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■【寄稿】国内外の各分野で活躍されている獣医師(31)ジョンズ・ホプキンス大学 ブルームバーグ公衆衛生大学院 博士課程 戸上絵理先生:後編

2026-05-28 15:22 掲載 | 前の記事 | 次の記事

写真6~9

写真10~13

図1 戸上先生が歩まれてきた経緯をまとめたもの(パワーポイントの提供:戸上絵理先生)

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

前編はこちら

Q17.2017年にカリフォリニア大学デービス校獣医学部 One Health Instituteに勤務するきっかけと、なぜアメリカの数ある獣医大学の中でカリフォルニア大学デービス校を選ばれたのか、教えてください。

カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)は全米でもワンヘルス分野をけん引する大学です。

UC Davis One Health Instituteは全米で初めて設立されたワンヘルスの研究施設なので研究プロジェクトや野生動物医学、疫学、感染症、環境学の専門家が多く活躍していることに惹かれました。

しかし、私がデービス校を選んだという見方は少し間違いで、MPHを卒業したばかりの私を縁があって選んでもらえた、という立場です。

Q18.カリフォリニア大学デービス校獣医学部One Health Instituteにおいて、先生の主な業務内容について教えてください。

One Health Instituteではワンヘルス・フェローとして研究所長だったジョナ・マゼット教授のあらゆる仕事のサポートをさせてもらいました。

アメリカ政府(アメリカ国際開発庁USAID)の投資を受けたPREDICTという人獣共通感染症のプロジェクトに携わりました。

例えば、カンボジアでコウモリの採血をしたり、タイ政府とワンヘルスのプロジェクトを立ち上げたり、タンザニアの国立公園(写真6~9)や離島で学生のワンヘルス研修を手伝ったりしました。

また、全米医学アカデミーでワンヘルスの教育指針の策定や会議の企画を行ったり、獣医学部の大学院生の講義をさせてもらったりしました。

幅広く、スケールの大きい仕事を経験させてもらう上で、好きなことや苦手なことを認識することができました。

Q19.好きなことや苦手なことは具体的に何でしょうか?

具体的に、私が好きなことは国際的な会議や研修を企画すること、講義や発表をすること、そして面白いと思ったアイディアを論文に書いて発表することなどです。

逆に、苦手なことはコーディネーターとしての事務作業だけを淡々と続けることです。

しかし事務作業やマネジメント業務も大切なので、それに並行して、深くものごとを考えたり、新しいアイディアを生み出したりする環境があると、充実して仕事を楽しめます。

Q20.カリフォルニア大学デービス校以降から現在の状況について教えてください。

2年8か月のUC Davisのワンヘルス・フェローシップを終えた後、スイス・ジュネーブにあるWHO本部の危機管理部門に勤務しました。

いわゆる、感染症の集団発生(小規模なアウトブレイクや世界的なパンデミック)の対応を行うとても忙しく、やりがいのある部署です。

始めは、コンゴ民主共和国で発生したエボラウイルス感染症の公式な疫学レポートを毎週作成するという仕事内容で行きました。

しかし、ジュネーブに到着後わずか一週間でCOVID-19が発生したため、結果的にCOVID-19の仕事の比重が増していきました。

具体的には、全世界の政府から送られてくる感染者数の発生動向をまとめ、その動向をもとに今後の世界の動向を科学的に推察したり、次々と出版されるCOVID-19に関する感染経路やウイルスの特性などについての論文を読み、大切な情報をウイルス学者や数理モデルの専門家とまとめ、世界に発信しました。

COVID-19の発生からしばらくは極度のプレッシャーの中、仲間と支えあいながら、がむしゃらに働きました。あのような経験はもう二度とできないと思います。

Q21.COVID-19の発生からしばらくは極度のプレッシャーの中とのことでしたが、プレッシャーの原因は何だったのでしょうか?

例えば、チームがミスをすれば、全世界のニュースに取り上げられて報道されます。また、各国の政治的な意向によりデータが得られなくなることもありました。

通常のパンクしそうな業務に加えて、世界中の研究者やジャーナリストからの質問が来るので、それに返答するための科学的根拠をまとめる作業も突如求められます。

そして、最新のレポートを早く発表するように他の国際機関から催促されることもありました。

パンデミックの終息が見えない中、仕事が深夜を回ることもざらにあったので、どのように自分とチームメイトをいたわりながら仕事するかが大切でした。

その後2022年にCOVID-19のパンデミック対応が落ち着いたタイミングで、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の博士課程(Doctor of Philosophy、PhD)を始めました。研究テーマは相変わらずワンヘルスと人獣共通感染症です。

アフリカ・ルワンダの農村におけるブタ、人、雨水や野菜、汚染された土の間で感染が広まる嚢虫症という寄生虫病(Taenia solium感染症)を研究しています(写真10、11)。

感染症の特性だけでなく、その感染症によって引き起こされる経済的なダメージ(ブタが死んでしまう、市場での販売価格が下がる)や社会との繋がり(ブタを飼育している農家が感染症についてどう理解しているか、どうすれば分かりやすく、地域に根差した情報提供ができるか)など、社会学的な観点からも探求しています。

これまでに二度ルワンダに赴き、動物市場やブタ飼育の様子、農村の人へのインタビューを行ってきました。アメリカの博士課程は4~5年間と長く、授業や研究で求められるレベルが高く、厳しいことで知られています(写真12)。

始めはWHOでの仕事を手放すことと、再び学生に戻ることに躊躇しましたが、思い切って舵を切ってよかったと思えるように毎日頑張っています。

Q22.アフリカ ルワンダで調査する際、感染性の特性だけでなく社会学的な観点からも探求する上で、現地の人と交流を含めて調査が必要となると思います。その際に調査を上手く進行させるために、現地の人とのコミュケーションをとるうえで、気を付けていらっしゃることは何でしょうか?

おっしゃる通り、現地の研究者だけではなく、田舎の農村地帯の方々にいかに受け入れてもらうか、そして現地の人や経済活動のためにいかに役に立つ研究にするかはとても大切なポイントです。

そのために私が心がけていることは、ルワンダの文化をスポンジのように吸収することです。

文化というと、具体的には言語、流行りの音楽やドラマ、服装、食べ物、飲み物、そして歴史や宗教を含みます。

準備段階では歴史の本を読んだり、YouTubeで旅行者の動画を楽しんだりします。

そして調査に行くときはメモ帳を持って、タクシーの運転手さんやホテルのフロントの方に言語を教えてもらったり、現地の服を買ったり、オフの日には歴史博物館にいったりします。

そうすると、2週間ほどの短い滞在であっても、帰るころには現地の人に驚かれるくらいキニヤルワンダ語で挨拶をしたり、少しでも文化が理解できるようになります。

Q23.全米医学アカデミー ワンヘルス専門家委員会のコミティーメンバーでもありますが、その委員会でどのような役割を果たされているのでしょうか?

全米医学アカデミーは医学、工学、科学部門からなる団体で、アメリカ政府に科学的な視点から独立した立場から提言する役割があります。また、アメリカ全土の大学研究の方向性を提言するという役割もあります。

私が所属する有志のワンヘルス専門家委員会では、ワンヘルス分野において社会的に必要とされていることについて意見を出し合い、科学論文やポッドキャスト、そしてオンラインセミナーを通して人獣共通感染症や食品安全、人材育成などについて議論し、一般に情報発信しています(全米医学アカデミー「One Health Action Collaborative」)。

例えば、ここ最近では、アメリカ、カナダ、メキシコで猛威を奮っている鳥インフルエンザA型H5N1がニワトリの他に乳牛やネコにも感染し、大きな問題になっています。

このことを受けて、鳥インフルエンザなどのアウトブレイクが発生した際に、獣医師、酪農家、養鶏家、政府機関の間でどのように信頼関係を築き、コミュニケーションをとっていけば良いかについて論文を発表しました(「Building trust before the next crisis: lessons from the avian influenza front lines」)。

Q24.先生の2026年1月に発表された上記の興味深い論文の要旨を教えてください。特に関係者間の信頼の欠如が対応の効率性を低下させている解決策として、どのように信頼関係を構築し、コミュニケーションが必要なのかを具体的に記載していただけますと幸いです。

この論文は、私が2025年に携わらせてもらった、全米アカデミーの公開討論をもとに執筆したものです。

公開討論では鳥インフルエンザの影響を受けている卵の生産者、乳牛を取り扱う農家、アメリカ・コロラド州の獣医技官、そして農場職員の研修をする専門家を招きました。

学問的な「信頼」の定義は相手の行動によって自分が受けうるリスク(負の影響)を許容することです。信頼関係があると、リスクのある行動をとりやすくなります。

例えば、農家の方にとっては、風評被害をうけるリスクがあっても、鳥インフルエンザの発生を政府に報告することです。

また、情報を発信する側の政府機関にとっては、一般の方に「無知だ」、「この間と言っていたことが違う」と言われてしまうリスクがあっても、動物や人の健康を守るために情報発信を続けることです。

感染症の発生時の信頼の構築には、次の3点が重要だという結論になりました。

1つ目は、鳥インフルエンザのような有事が発生する前に、日常的にコミュニケーションをとり合い、お互いの優先事項や仕事のタスクを理解した上で信頼を構築しておくことです。

2つ目は、緊急事態が起こってしまった場合には透明性のあるコミュニケーションをとることです。具体的に、現在分かっていることの他に、まだ解明されていないこと(感染経路など)や、政府のアドバイスが今後変わるかもしれない、ということまで含めて、情報を隠すことなくみんなに伝えることを指します。

3つ目は、アウトブレイクの対応に協力してくれる農家や農場で働く人に、金銭的なサポートや謝礼、感染予防に必要な研修、そして病気になった場合に安心して病院に行けるような休業制度を設けることです。つまり、職場や社会全体でのサポート体制が必要だということでした。

Q25.Q23で、鳥インフルエンザA型H5N1が乳牛やネコに感染するとのことですが、乳牛とネコの感染ルートや感染源はどのようになっているのでしょうか?

乳牛の感染経路は呼吸器経路ではなく、H5N1ウイルスの受容体があるとされている乳腺からだと考えられています。

例えば、搾乳機器にウイルスがついていると牛から牛へと感染する可能性があります。

また、ネコの主な感染経路は、殺菌処理されていない牛乳と火の通っていないとり肉の摂取だと考えられています。

Q26.鳥インフルエンザA型H5N1に感染した牛やネコはどのような病態(重症化、死亡、不顕性感染)になるのでしょうか?

鳥インフルエンザA型H5N1は200種以上の哺乳動物から検出されています。

ネコは特に重篤化しやすいとされており、死亡例が多く報告されています。

乳牛で認められる臨床症状は食欲減退、搾乳量の減少、牛乳の性質異常などが挙げられます。

乳牛はネコと比べて重症化しにくいですが、病原体の二次感染により死亡例も確認されています。

Q27.今後、日本においてもニワトリだけでなく乳牛やネコの鳥インフルエンザA型H5N1感染の可能性は考えられるのでしょうか?

日本でもニワトリ以外の哺乳類で鳥インフルエンザA型H5N1感染することが考えられます。

例えば、すでに2022年に北海道のキタキツネから鳥インフルエンザA(H5N1)クレード2.3.4.4bが検出されました。

クレードとは、似ているウイルスのグループのことです。クレード2.3.4.4bは、現在アメリカでアウトブレイクを起こしている鳥インフルエンザウイルスと同じものです。

このため、今後も引き続き、人を含むさまざまな動物で鳥インフルエンザの発生状況の調査を続け、防疫をしていくことが大切です。

Q28.海外から見た日本のワンヘルスの状況はどのようだと考えられますか?

コロナ発生以前は、欧米やアジア・アフリカ諸国と比べてなかなかワンヘルスへの理解が進んでいない印象でした。

今では野生動物による被害や薬剤耐性菌問題、感染症などが社会問題として取り上げられているので、ワンヘルスの考え方が浸透してきたように思います。

2024年に南アフリカで行われたワンヘルスの国際学会でも、福岡県のワンヘルスのブースがあり、嬉しかったです。

今後は政府機関や大学などが、さらにワンヘルスの取り組みを進めていくのではないかと期待しています。

Q29.日本が東南アジアの発展途上国に対してワンヘルスについてどのように貢献すべきだと先生は考えているのでしょうか?

東南アジアでは大学教育や研究におけるワンヘルスの取り組みがとても進んでいます。

そのため、日本が東南アジア諸国から学べることがたくさんあると思います。

例えば、2011年に立ち上げられた東南アジアワンヘルス大学ネットワーク(SEAOHUN)を通して、獣医学・医学・環境学の学生対象の研修を行ったり、共同研究をしたりしています。

政府機関や大学もワンヘルスの考え方を取り入れることに積極的な印象です。

今後は日本と東南アジアの機関が共同で学会を開催したり、人獣共通感染症のワークショップを開いたりして、ワンヘルス分野における繋がりを強めていけたらいいですね。

Q30.今後チャレンジしたいことは何でしょうか?

直近では、来年の博士号の取得にむけて、ルワンダでの人獣共通感染症の研究内容をしっかりと解析して、複数の論文として書き上げることに現在チャレンジしています。

将来はまた国際機関で働いたり、研修などを通してワンヘルスに携わる若手の育成に携わったりしてみたいです。

Q31.オフの日は何をされていますか?

オフの時間は育児とランニングをしています(写真13)。

博士課程2年次に長男を出産したので、フィールドワークやデータ解析と並行して今は2歳の息子の育児に奮闘しています。最近はよく一緒に消防車の絵を書いたり、マグネットブロックで新幹線を作ったりしてます。

また、ランニングは日獣大時代に片頭痛の予防で始めたものですが、今ではアメリカのフルやハーフマラソンに出たりしながら、かれこれ15年くらい続けています。春になったらきれいな山を颯爽と走ってみたいです!

Q32.今後、海外での獣医師の仕事を目指す獣医学生さんにメッセージをお願いします。

海外で獣医師として働くことは楽な道ではないかもしれませんが、見たことのないワクワクする世界が広がっています。

興味があったらぜひチャレンジしてみてくださいね。私が助けてもらったように、応援してくれる先輩が待っています!

Q33.今まで歩まれた経歴をまとめたものを紹介いただけますか?

パワーポイントで世界地図の資料を作成いたしましたのでご参照ください(図1)。

幼少期のカナダオンタリオ州から、ジョンズ・ホプキンズ大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の博士課程までを記載しています。

編集後記

戸上先生のことを最初に知ったのは、日本獣医生命科学大学6年次の、座間の米軍陸軍基地における小動物臨床の研修記事でした(日本獣医生命科学大学 学生レポート「在日米陸軍基地・キャンプ座間内の動物病院実習を終えて」)。

この記事を読んでエネルギッシュさを感じると共に、「せっかくならば知らない世界で、そして英語で診療する病院で研修をしてみたいと思った」という言葉に強く感銘を受けました。

『この研修実習で、日頃お世話になっていた先生に「あなた世界に飛び出して活躍したほうがよいよ。」という一言をいただき、そのうちチャレンジしてみたいと思っていた留学を決意することになった』と先生が語られるように、まさに先生にとってのターニングポイントにはなったのではないかと思います。

その後、戸上先生の動向について検索したところ、公衆衛生分野において海外で活躍されていることをJVM NEWSの記事を通じて知りました(JVM NEWS 2019-09-18「国際的に活躍する獣医師を目指して インターン制度の活用を」)。

今年は4月に東京で31年振りに世界獣医学会が開催されました。そのメインテーマは「One Health for a Better Tomorrow」であり、公衆衛生分野が今後いかに重要かということが伺われます。

戸上先生の発表された鶏インフルエンザの論文ですが、関係する人との連携の重要性を感じる興味深い論文でした。鶏インフルエンザは単に鶏だけが伝播するのではなく、乳牛やネコも感染することです。アメリカで鶏インフルエンザの乳牛に関する発生率の高さや、猫も感染すると重症になることも知りました。日本において、アメリカの発生状況は決して対岸の火事ではすまされないと思いました。

また、ルワンダの嚢虫症の研究も大変興味深いです。単に疫学調査だけでなく、周りの住民を巻き込んだ調査でもあり、寄生虫感染だけでなく、住民の生活にも影響することの大切さがよくわかりました。

戸上先生は海外のいろいろな国に赴任されていますが、新たな職場で働くにあたってどのように取り組んでこられたかという点を特に読んでいただければ幸いです。先生のコメントにあるように「チャレンジすることの大切さ」を獣医学生の方々にもわかっていただければと思います。

オフにお子様と過ごされる様子は、とても微笑ましい印象的な光景でした。

今後、ジョンズ・ホプキンズ大学ブルームバーグ公衆衛生大学院で早期に博士号を取得されることを祈念いたします。

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シリーズ「国内外の各分野で活躍されている獣医師」