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■【寄稿】国内外の各分野で活躍されている獣医師(5)~エランコジャパン株式会社 福本一夫先生

2024-12-16 18:08 | 前の記事 | 次の記事

写真1 福本一夫先生(左)と著者(エランコジャパン株式会社本社にて)

写真2~写真7、図1~図3(写真・図提供:エランコジャパン株式会社)

写真8 1日1回投与のJAK阻害剤「ゼンレリア」

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

国内外の各分野で活躍されている獣医師の先生方へのインタビュー記事を不定期で掲載しています。

第1回目、第2回目は、米国ニューヨーク州で動物病院に勤務されている五十嵐和恵先生。米国獣医師免許を取得された経緯とニューヨーク州マンハッタン近郊での動物病院事情に関しての記事を掲載しました。第3回目は、「JAVS(日本獣医学生協会)コラボレーション-獣医師による獣医大学訪問」の取材において、学生さんから記事掲載の希望が多かった動物用医薬品メーカーに勤務されている獣医師としてゾエティス・ジャパン株式会社の記事を、第4回目は、VMATの記事を掲載しました。

今回は、動物用医薬品メーカーに勤務されている獣医師の第2回目としてエランコジャパン株式会社開発薬事部 部長 福本一夫先生(写真1)にお話をうかがいました。

(取材日:2024年9月4日)

Q1.エランコジャパン株式会社の概況(売上金額、動物種別の売上割合、小動物関連、大動物関連の主力製品)を教えてください。

売上金額については正確な数字を申し上げられないのですが、100億は越えており、TOP5にランキングされています。

動物種別の売上げとしてコンパニオンアニマル部門と産業動物部門の売上げ比率は約半々で少しコンパニオンアニマル部門の方が産業動物部門と比べ、売上金額が多い状況です。

産業動物部門については牛、豚、鶏の売上金額比率は均等です。

コンパニオンアニマル関連の主力製品は以下となります。

  • ノミ・マダニ・フィラリア予防薬
  • クレデリオシリーズ【クレデリオ錠、クレデリオプラス錠(写真2)】
  • 治療薬製品
  • 心臓・腎臓疾患関連製品(フォルテコール錠、フォルテコールプラス)
  • 皮膚疾患関連製品(ネプトラ)
  • 疼痛緩和関連製品(オンシオール、ガリプラント錠)
  • 感染症関連製品(バイトリル、ベラフロックス)
  • 代謝性関連製品(エルーラ)

産業動物関連の主力師品は以下となります。

  • 動物用飼料及び飼料添加物
  • 初乳製剤、ルメンシン、サーマックス
  • 牛・豚・鶏関連の薬
  • バイトリル(写真3)、プルモチル(写真4)、デナガード、バイコックス

Q2.アピールポイントを教えてください。

各動物種の売上金額のバランスが取れていることです。

コンパ二オンアニマル部門においては、ノミ・マダニ・フィラリア予防薬が主力でしたが今後、治療薬製品の開発も強化して行きます。

犬用外耳炎治療薬として,「ネプトラ」という商品があります(写真5)。1回の投薬で細菌性、真菌性の外耳炎を28日間抑えてくれるというものです。

1度の投与で約1カ月程効果が続くため、飼い主の自宅での投与がなく、飼い主・愛犬ともにストレスが少なく治療できるユニークな製品になります。

また、猫用の代謝性用薬として「エルーラ」が発売されました。エルーラは世界初の動物用グレリン受容体作動薬で食欲増進ホルモンであるグレリンの受容体に結合して食欲と摂餌を刺激するとともに、成長ホルモン分泌刺激することで体重増加を促進する、これまでにない新たな治療薬です。

Q3.心臓領域の製品で「フォルテコールプラス」というユニークな薬がありますが詳しく教えてください。また開発にいたった経緯も教えてください。

日本初のベナゼプリル塩酸塩(ACE阻害薬)とピモベンダン(強心剤)の配合剤です(写真6)。

通常、慢性心不全の内科療法には複数の薬剤を長期間併用する必要があり、特にACVIM(米国獣医内科学会)が提唱するガイドラインにおいて推奨されるステージC(慢性期)の治療においては、ACE阻害剤、ピモベンダン、利尿剤を中心とした複合的治療が推奨されています。

一方、慢性期 の治療において問題になってくるのが投薬コンプライアンスの遵守があります。ペットオーナーは複数の種類の薬剤を日々複数回、犬に与えなければならず、投薬毎の薬剤の数や種類が異なること、量が多いことなどにより、犬のQOLの低下を招き、またペットオーナーにとっても負担が大きいです。

当社は、ベナゼプリル塩酸塩とピモベンダンの配合剤である本剤を開発することで、薬剤の投与錠数を減らし、犬及びペットオーナーの投薬に伴うストレスの軽減、またQOLの改善に貢献することを目指し、本剤を開発するに至りました。

Q4.「フォルテコールプラス」は、心不全のどのようなグレードの症例に対して投与が可能でしょうか?

「フォルテコールプラス」の臨床試験において、NYHA分類のクラスⅢ、Ⅳを対象としています。

Q5.「フォルテコールプラス」でペットオーナーや犬のQOLを向上させる為に製剤で工夫されている点は何かありますか?

「フォルテコールプラス」は白色の層(ベナゼプリル塩酸塩層)および淡褐色の層(ピモベンダン層)からなる楕円形の二層錠で、両面に割線を有し、ピモベンダン層にフレーバーを含有しています。

また、ベナゼプリル塩酸塩層は、フォルテコール錠のフレーバーで使用されている特殊なコーテイング技術を応用しています。具体的には口の中で溶けず、胃の中で溶けるため、苦みを感じない製品設計になっています(図1)。

Q6.エランコ社の理念を教えてください。

エランコ社は、革新的なソリューションを提供することによって、ビジョンである“「食」と「動物たちとのふれあい」を通した豊かな暮らし”の実現を目指しています。

より有効で経済性も満たす製品の開発・供給を通して、消費者が安心して楽しめる「食」づくりと、効率的で持続可能な食糧需給に貢献していきます。

また、人とコンパニオンアニマルの“絆”を深める仲介役としての役割を高めて行きたいと願っています。

コンパニオンアニマルを伴侶動物として捉え、長く健康に生きることを目指します。そのためにも、老齢性疾患に対する治療薬やパルボウイルスの治療薬などアンメットメディカルニーズを満たす動物用医薬品の開発を目指します。

Q7.エランコジャパン株式会社に勤務されている獣医師の数と獣医師の多いセクションを教えてください。

エランコジャパン株式会社の獣医師数は全従業員の約10%程度で、獣医師が多いセクションは開発薬事部、テクニカルコンサルタント部、マーケティング部です。

Q8.福本先生が担当されている仕事の概要を教えてください。

開発薬事部長として、薬の承認申請関係の取りまとめと部下のマネージメント作業があります。

また、日本を含めたアジア・パシフィック地域の申請や開発に関する会議に参加し、この地域への革新的新薬、すなわちイノベーションの各国への導入をサポートしています。具体的には、現在主要国への革新的新薬導入は、きっちりした道筋がありますが、それを各地域の主要国以外に広げるために、日本での承認取得経験をもとにサポートするということになります。

アジア・パシフィック地域の中で、日本がリーダーシップを出して、アジアの各国における申請のアドバイスを行うことにより、アジア・パシフィックのレベルアップに今後貢献したいと考えています。

Q9.日本を含めて薬の承認申請での注意点などを教えてください。

申請をする際に米国や欧州の申請時の資料を右から左へ流すのではなく、その国が要求する内容について対応することが必要です。日本の状況に応じて、当局や調査会に分りやすい資料を提出することが大切です。

また、米国や欧州では実施していない試験を、日本やアジアやパシフィック地域で要求される場合、日本で実施するということもあります。

アジア・パシフィック地域は、申請方法が各国バラバラであること、毎年のように新しい規制が変わることが、他の地域と比べ苦労する部分です。

Q10.アジア・パシフィックで市場が大きい国はどこですか?

日本以外では、中国・オーストラリアになります。中国は申請方法が独自路線で、オーストラリアでは臨床試験が実施できる施設があり、互いにコンタクトを取りながらプロジェクトを進めています。

Q11.獣医大学を卒業後、獣医師として思い出に残る出来事、残念だった出来事について教えてください。

印象深いのは、日本において申請が無理だと言われていた製品の承認を取得できたことです。最初は無理だと言われましたが、試験関係や当局とのコミュニケーションを密にすることで、高いハードルを越えることができました。その商品は、抗菌性飼料添加物の「モンテバンバン100」(成分名:ナラシン)です。

残念に思っているのは、発売に至らなかった薬のことです。犬の問題行動治療薬として犬の問題行動に対しSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の「リンコサイル錠」(成分名:フルオキセチン)を開発しました。マイナーな分野の薬ですが、必要性は高いと判断しました。承認取得までにとても苦労しました。残念ながら発売までには至りませんでした。しかしその後、他のメーカーから販売されている状況です。

Q12.海外で承認されいるが日本で未発売のものや開発中の商品を教えてください。

海外で承認取得済みで、日本ではまだ未発売のものには以下があります。

§コンパニオンアニマル関連製品

  • 犬のパルボウイルスに対する治療薬(モノクローナル抗体製品)
  • 猫CKD(慢性腎臓病関連)関連製品
  • Varenzin-CA1:猫のCKDの貧血治療薬
  • 猫の糖尿病関連の治療薬
  • Bexacat(bexagliflozin tablets)米国FDAで最初に承認されたSGLT2阻害剤

海外で開発中の大型候補製品には以下のものがあります。

§コンパニオンアニマル関連製品

  • Zenrelia:犬の皮膚病治療薬でJAK阻害剤
  • Credelio Quattro:経口投与の駆虫剤(ノミ・ダニ・内部寄生虫)

§産業動物関連製品

  • Bovaer:乳牛のメタンガスの発生を減少させる飼料添加物

Q13.フルオロキノロン系抗菌薬「ベラフロックス」が発売されて2年になりますが、開発の経緯や製品の特長を教えてください。

開発の経緯ですが、ヒト医療においても極めて重要な薬剤であるフルオロキノロンの耐性菌問題を克服すべくバイエル社が開発したのが「ベラフロックス」(成分名:プラドフロキサシン、写真7)です。

3つの特長があります。

1番目は、耐性菌発現の低減が期待できるフルオロキノロン系抗菌薬であることです。

2番目は、従来のフルオロキノロン系抗菌薬と比較してグラム陽性菌に対して抗菌活性がより強くなり、嫌気性菌に対しても強力な活性を示すことです。

3番目は、投薬遵守率と嗜好性の向上を目指して開発された剤型であることです。

犬用のビーフ風味フレーバーの錠剤と、猫の好むバニラフレーバーで苦みをマスキング加工した初めての「猫用」経口懸濁液である「2.5%の経口懸濁液」を発売しています。

Q14.「ベラフロックス」は高い抗菌作用を発揮するのでしょうか?

細菌のDNA複製においては、DNAジャイレースとトポイソメラーゼⅣが必須酵素ですが、従来のニューキノロン系抗菌薬と異なり、プラドフロキサシン(ベラフロックス)はこの2つの酵素を同時かつ均等に阻害することで高い抗菌作用を示します。

Q15.何故ベラフロックスは耐性菌発現リスクが低減できるのでしょうか?

耐性菌発現は耐性菌の選抜によります。耐性菌も発育阻止できる濃度MPC(耐性株発育阻止濃度 Mutant Prevention Concentration)と、感受性菌の発育が阻止されるMIC(最小発育阻止濃度 Minimum Inhibitory Concentration)の間の濃度、MSW(耐性菌選抜域 Mutant Selection Window)は、理論的に最も耐性菌を選抜しやすい濃度域となりますが、感染組織での薬剤濃度がMPCを十分に上回るほど耐性菌が選抜されにくい状況となります。プラドフロキサシンはこの部分に着目し、MPC以上の濃度に速やかに到達し、強い抗菌活性で病原菌を効果的に除去できる薬剤となっています。

各動物用フルオロキノロン系抗菌薬の黄色ブドウ球菌に対するMPCの比較において、プラドフロキサシンは他のフルオロキノロンと比べ十分に低いMPCを示しており、耐性菌の増殖を抑制することが示唆されました(図2)。

Q16.臨床現場において同じフルオロキノロン系抗菌薬である「バイトリル」と「ベラフロックス」はどのように使い分けるのでしょうか?

「バイトリル」は緑膿菌に対する活性が強い点と、「ベラフロックス」にはない剤型(注射)があるため、そういったケースでは「バイトリル」が選択されると考えています。

Q17.抗菌薬で初めての「猫用」経口懸濁液である2.5%の経口懸濁液はどのような嗜好性試験を実施されたのでしょうか?

健康な成猫20頭を用いプラドフロキサシン2.5%経口懸濁液バニラフレーバー付き(最終製剤)を1日1回3日間経口投与し、投与直後の行動的反応を観察・評価しスコア化しました。

その結果、78%の猫において非常に飲ませやすい(45%)もしくは、簡単に飲ませられる(33%)と評価され、良好な嗜好性が示されました(図3)。

Q18.今後、福本先生がやってみたいこと、チャレンジしたい事は何ですか?

実現できるか否かは別として、大学で学生たちに薬剤開発での獣医師の役割みたいなことを教えてみたいですね。このあたりの情報はこの業界に入るまでは全くと言ってよい程情報がないため、獣医師の仕事としてのイメージが全くわかなかった自身の経験から、獣医師の仕事の一つとして認識してもらうためにもチャレンジしてみたいです。あとは、自身で小規模でもよいので動物、具体的には牛又は豚を飼ってみたいです。現在は薬剤を開発する立場ですが、生産者から見た薬剤の役割、ニーズというのを体験してみたいです。

Q19.エキゾチックアニマル分野において、動物薬メーカーとして、今後どのような展開を考えていますか?

現段階では、市場性が小さいので参入は厳しいと考えています。ただし、市場性が小さくても行政からの要望などで必要性がある場合は対応いたします。

Q20.具体的に行政からの要望で対応された商品や効能がありましたら教えてください。

「タイラン水溶散」(主成分:タイロシン)は、法定伝染病である蜜蜂のアメリカ腐蛆病用の唯一の予防薬(抗菌薬)です。従来品の「アピテン」(主成分:ミロサマイシン)が製造中止となったことを踏まえ、平成29年(2017年)9月に農林水産大臣の迅速な承認を受け、平成30年2018年に販売を開始した経緯があります。

Q22.最近「CLYNAV」というアトランティックサーモンの膵臓疾患を防ぐ新世代のDNAベースのワクチンや、「IMVIXA」という寄生虫に有効な治療薬などの革新的な製品を含んだエランコ社の水産向け製品をMSD Animal Healthに売却した理由を教えてください。

エランコ社のグローバルの戦略の中で今後、コンパニオンアニマルや食用動物の画期的新薬に注力するために、「選択と集中」の判断で水産用部門を売却いたしました。

Q23.日本の開業獣医師へのメッセージがあればお願いします。

製薬企業の獣医師と動物病院の獣医師がよりコミュニケーションを取っていければと考えています。動物病院が治験の場となるということについて、開業獣医師にもっと興味を持っていただき、より良い方向性にして行きたいと考えています。行政関連の獣医師が加われば更に素晴らしいと思います。

Q24.動物用医薬品メーカーに就職を希望される学生さんにメッセージやアドバイスをお願いします。

企業が求める人材は、学生時代に何かしら自分が自慢できる体験(この事に関しては誰にも負けない研究や体験)を持ち、自分で工夫して問題解決ができるような人間ではないかと思います。また、会社側からの質問に対してハッキリとレスポンスすることも重要かと思います。

もちろん外資系なので英語の能力も要求されます。英語力を磨く上で、英会話学校へ通ったり、獣医関連の英語の学術文献を常日頃読むことも重要なことと思います。

編集後記

今回は動物用医薬品メーカーに勤務されている獣医師の第2回目としてエランコジャパン株式会社に勤務されている福本一夫先生にお話をうかがいました。

エランコジャパン株式会社の特徴として、各動物種の売上金額のバランスが取れていることであり、コンパニオンアニマル製品では「ネプトラ」、「エルーラ」、「フォルテコールプラス」、「ベラフロックス」などユニークな製品が多いことがあげられます。

また、「フォルテコール」、「コバルジンカプセル」、「エルーラ(CKD)」の3製品の発売など、猫の老齢性疾患であるCKD(慢性腎臓病)に関する製品の品揃えを充実させています。

ニューキノロン系抗菌薬「ベラフロックス」は、効用、作用の特長のみならず、初めての猫用経口懸濁液も発売していることは特筆すべき点ではないかと思います。

また、市場性が小さくても行政からの要望を踏まえ、蜜蜂のアメリカ腐蛆病用の唯一の予防薬(抗菌薬)である「タイラン水溶散」を販売をするという取り組みは立派だと思いました。

エランコ社のグローバルの戦略の中で今後、コンパニオンアニマルや食用動物の画期的新薬に注力する為に、「選択と集中」の判断で水産用部門をMSD Animal Healthに売却したことにも回答いただきました。

取材後、コンパニオンアニマル分野で大型候補品である「ZenreliaTM」(日本名:「ゼンレリアTM錠」)が、米国で2024年9月、日本では10月に承認取得されました(写真8)。効能は犬のアトピー性皮膚炎に伴う症状及びアレルギー性皮膚炎に伴う掻痒の緩和で、1日1回投与のJAK阻害剤です。

日本市場に画期的な新薬が、継続的に発売されることを期待しています。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「国内外の各分野で活躍されている獣医師」