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■【寄稿】国内外の各分野で活躍されている獣医師(17) 米国アイオワ州立大学 獣医学部腫瘍科 村上景子先生:前編

2025-11-11 18:11 掲載 | 前の記事 | 次の記事

写真1

写真2・写真3・写真4

写真5

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

国内外の各分野で活躍されている獣医師の先生方の取材記事を掲載しています。第16回目は、ペットフードメーカーに勤務されている獣医師のインタビュー記事を掲載しました。

今回は、酪農学園大学を卒業後、渡米して米国腫瘍内科専門医と米国放射線腫瘍科専門医の2つを取得され、アイオワ州立大学(ISU)に勤務されていた村上景子先生(写真1)にISUの腫瘍科の概要をうかがいました。

取材のきっかけは、JAVSコラボレーション企画の「獣医師による獣医大学訪問」の中で酪農学園大学を「前編」と「後編」の2回で紹介した際、村上景子先生から寄せられた先輩からのメッセージ(「後編」の写真3)です。メッセージに対して、村上先生の勤務されていたISU獣医学部腫瘍科についてもっと知りたいとのリクエストが多くありました。学生さんからの熱い要望に応えて前編・後編の2回に分けて紹介いたします。

(取材日:2025年2月10日)。

Q1.アイオワ州立大学獣医学部内にありますロイド獣医医療センターの概要を教えてください。

ロイド獣医医療センター(LVMC)の業務は大きく3つに分けられます。1番目は小動物診療(ヒクソンリード小動物病院)、2番目は産業動物の診療、3番目は馬の診療です。

ヒクソンリード小動物病院(写真2)は米国動物病院協会(American Animal Hospital Association:AAHA)認定の小動物病院で、専門医・教員、レジデント、インターン、獣医学部4年生、看護師で医療チームが構成されています。

Q2.ロイド獣医医療センターの名前の由来は何でしょうか?

ロイド獣医医療センターは、W.ユージン ロイド博士とその妻リンダにちなんで名付けられました。

ロイズ夫妻は、アイオワ州立大学獣医学部の施設が1970年代半ばに建設されて以来、最大の施設プロジェクトである獣医学教育病院の拡張と改修の主要寄付者でした。

この寄付は、アイオワ州立大学と獣医学部に彼らが提供した数多くの寄付の1つであり、彼らはまた、獣医学におけるW.ユージン&リンダ R.ロイド寄付講座、毒物学におけるW.ユージン ロイド講座、および獣医学のためのロイド基金を設立しました。

W.ユージン ロイド博士は、米国獣医毒物学会から優秀賞を受賞し、アイオワ農業局の150周年記念プログラム「変化をもたらしたアイオワ人」で表彰され、20世紀半ばの米国獣医学のリーダー28名の1人に選ばれました。

Q3.ヒクソンリード小動物病院にはどのような動物種が来院するのでしょうか?

年間診療数が24,610頭で、以下の内訳になります。犬、猫、ラマが増加傾向です。

  • 犬:62.3%(↑増加傾向)
  • 馬:15.2%(変動なし)
  • 猫:13.0%(↑増加傾向)
  • 牛:4.7%(↓減少傾向)
  • 羊:2.2%(↓減少傾向)
  • ウサギ:0.3%(↓減少傾向)
  • 爬虫類:0.2%(↓減少傾向)
  • 鳥:0.2%(↓減少傾向)
  • 山羊:0.7%(↓減少傾向)
  • 豚:0.2%(変動なし)
  • フェレット:0.1%(↓減少傾向)
  • ハムスター:<0.1%(↓減少傾向)
  • アルパカ:0.1%(↓減少傾向)
  • ラマ:0.1%(↑増加傾向)
  • その他:0.6%

Q4.小動物診療にはどのような専門診療科がありますか?

総合診療科、循環器科、救急治療、歯科、皮膚科、内科、腫瘍科、眼科、整形外科、軟部外科、リハビリテーションクリニック、繁殖科などがあります(「Specialty Care」)。

Q5.ロイド獣医医療センターのアピールポイントを教えてください。

ロイド獣医医療センターは他大学の動物病院と比べて、比較的若年層の教員が臨床業務と教育部門を支えている印象です。それぞれの科が協力しあい、動物たちの診断、治療のために最善を尽くす、という強い信念が行き届いた大学病院だと思います。

大学の方針が教員、学生に対して非常にサポート的で、私たちが任務に集中できるような環境を整えてくれています。

Q6.腫瘍科の特徴を教えてください。

ヒクソンリード小動物病院の腫瘍科は、動物のがん治療を行う腫瘍内科専門医および放射線腫瘍科専門医を擁するアイオワ州唯一の動物病院です(写真3、写真4)。アイオワ州のみでなく、アイオワ州を取り巻くミネソタ州、サウスダコタ州、ネブラスカ州、カンサス州、ミズーリ州、イリノイ州の6州からも腫瘍科を求めて患者が来院します。

定位放射線治療(Stereotactic Radiation Therapy:SRT)が可能な数限られた施設となっています。

SRTは脳下垂体、脳、脊髄、肺、骨、鼻、その他多くの固形腫瘍に使用されており、通常1~4回の治療で、根治的放射線療法と比べると、治療回数が80~95%削減されます。例えば、犬の脳腫瘍、髄膜腫などに対して、従来は根治的放射線治療として1日1回、合計で15~20回の治療がスタンダードでした。SRTによる治療法が確立されて、トータルで1~4回という治療回数で根治的放射線治療に近い効果が得られています。照射回数の低減は、とても優れた利点です。

治療例として、犬の小脳・脳幹部という外科療法が極めて困難な部位に発生した髄膜腫をSRTで治療したところ、放射線治療前は右斜頸がひどく歩行が困難であった症例が、治療後1ヵ月後には斜頸がほぼ消失し、歩行も改善され通常の生活が可能になりました(写真5)。

今後、患者やご家族へのサービス提供能力を拡大するため、アイオワ州理事会の許可を得て、ロイド獣医医療センターに「ペットの為のがんクリニックセンター」を建設するための計画と資金調達を進めています。

Q7.根治的放射線療法とは、どのような放射線療法でしょうか?

SRTのように数回の照射で緩和的に治療するのではなく、1日1回、合計で15~20回の治療です。非常に有用ですが、患者への負荷の増大と高額な費用がかかりご家族の理解と協力が必要になります。

Q8.「ペットの為のがんクリニックセンター」についてもう少し教えてください。

推定費用700万ドルで、放射線治療施設に隣接されます。現在のところ、総計700万ドル計画のうち140万ドルの資金が集まり、計画は順調に進んでいます。これらの資金は患者のご家族などから腫瘍内科、放射線腫瘍科へ特別に寄付されたものです。

Q9.「ペットの為のがんクリニックセンター」の設立により、どのようなメリットが期待できるのでしょうか?

下記の点が期待できます。

  • 患者中心の治療エリア
  • 化学療法、放射線治療や免疫療法によるペットの高度な診断と治療
  • 腫瘍患者専用の相談スペース
  • 臨床試験機能の強化
  • 獣医学生の教育の強化

Q10.腫瘍科では現在どのようなな臨床試験を実施されているのでしょうか?

  • ①犬の骨肉腫と外部放射線治療
  • ⇒研究目的:放射線療法が正常骨と癌骨の強度と組織学に与える影響を評価します。
  • ②悪性腫瘍を罹患する犬の肺転移も対する静脈内ビノレルビン投与
  • ⇒研究目的:自然発生した悪性腫瘍を持つ犬の肺転移に対する静脈内ビノレルビンの抗癌効果を評価します。
  • ③犬の軟部組織肉腫の緩和放射線治療と放射線増強剤SQAPの併用
  • ⇒研究目的:放射線に対して抵抗性と言われる軟部組織肉腫に対する、放射線増強剤「レブリチン」の効果とその安全性について評価します。

Q11.臨床試験「犬の軟部組織肉腫の緩和放射線治療と放射線増強剤SQAPの併用」で用いられる放射線増強剤SQAPは何処の国の製品でしょうか?

これは、日本のメーカーである株式会社MT-3の「レブリチン」という製品です。「レブリチン」は、腫瘍の再酸素化を中心とした次の3つの作用により、放射線増感効果を示します。

3つの作用は、①腫瘍の再酸素化作用、②放射線照射による腫瘍細胞DNA損傷の固定化作用、③腫瘍の血管新生スイッチオフ作用(投与24h~72h)です。

Q12.来院される犬と猫の発生率の高い腫瘍の種類を教えてください。

  • 犬:リンパ腫、肥満細胞腫、骨肉腫、血管肉腫、軟部組織肉腫、肺腺癌、下部尿路腫瘍
  • 猫:リンパ腫、注射部肉腫、肥満細胞腫、乳腺癌、鼻腔内腫瘍

Q13.腫瘍科において汎用する犬・猫の腫瘍治療剤を教えてください。

犬においては化学療法剤以外にトセラニブ「Palladia」、非ステロイド性消炎鎮痛薬、「LAPATINIB」などをよく使います。

  • トセラニブ「Palladia
  • 日本でも使用され始めてから時間が経ちますが、使い方さえ間違わなければ大変良い薬だと思います。
  • 非ステロイド性消炎鎮痛薬
  • COX-2が発現されている腺癌には必ずと言ってよいほど使います。鎮痛効果のみではなく、抗がん作用も期待できますし、安全性が高く、Quality of Lifeの向上にも効果が高いので腫瘍科にはなくてはならない薬剤の一つです。
  • 犬では、ピロキシカム、カルプロフェン、メロキシカム、フィロコキシブ、デラコキシブなどを使用しています。
  • LAPATINIB
  • 化学療法薬ではありませんが、ターゲット療法として、日本人研究者から発表された文献をもとに、犬の下部尿路器の腺癌の治療法として一気に広がりました。他の全身療法に比べ、安全で効果が高く、しかも経口投与できる素晴らし薬だと思います。放射線治療との併用療法として、非常に研究の幅が広い薬ですので、今後の研究に非常に期待しています。

猫においては化学療法剤以外にトセラニブ「Palladia」、非ステロイド性消炎鎮痛薬などをよく使います。

今回紹介いたしました治療薬剤の用量や使用に関しては、あくまでも参考例なので、使用する際はすべて使用者の責任でお願いいたします。

Q14.腫瘍の治療に関して最近話題の動物用医薬品がありましたら教えてください。

  • Solensia「Librela
  • 私たち腫瘍科も興味がある薬剤です。基本的に関節炎などの疼痛に対して使用しますが、人の医療ではNerve Growth Factor(NGF)の抗体療法が人の骨の腫瘍に対して抗腫瘍作用があるのではないか、という研究がされています。
  • rabacfosadine「Tanovea
  • 10年ほど前に新薬として使用が可能になりましたが、米国では犬のリンパ腫に使います。日本ではまだ発売になっていないと思います。犬のリンパ腫の治療中などで化学療法プロトコルを変更する場合によく使用します。皮膚や肺などに特有の副作用が出ることがあるので注意が必要ですが、B細胞性リンパ腫にはよく効くと思います。また犬の皮膚型リンパ腫に対して奏功するという報告があります。高価ですが使用することはよくあります。
  • Gilvetmab
  • 犬の肥満細胞腫や悪性黒色腫の治療薬として使用開始になりました。私個人はまだ使用したことはありませんが、免疫療法に特有のアナフィラキシー反応や偽進行/偽憎悪といった反応も見られるようなので、使用の際にご家族とのコミュニケーションが大切になると思います。高価な治療になるのでしっかりと症例を吟味して使う必要があると思います。
  • Canalevia-CA1
  • 米国では犬の化学療法による下痢に対する治療薬として使用可能になりました。FDAの規定で、化学療法による犬の下痢にのみ使用が可能です。メトロニダゾールなどの抗菌剤を多用することで耐性菌を作るということが懸念されることで、この新薬の開発に至ったということになります。3日間の使用で約$80と高価になります。

編集後記

今回はアイオワ州立大学獣医学部に勤務されていた村上景子先生にその小動物診療についてお話をうかがいました。

小動物診療で来院する動物の内訳、専門診療科、ロイド獣医医療センターのアピールポイント、腫瘍科の特徴、放射線療法、がんクリニックセンターの設立、腫瘍科で現在実施されている臨床試験、放射線増強剤SQAPの紹介、来院する犬と猫の発生率の高い腫瘍の種類、腫瘍科において汎用する犬・猫の腫瘍治療剤、腫瘍の治療における最近話題の薬と多岐にわたってご紹介いたただきました。

この中で私が特筆すべき点は3つありました。

1つ目は、放射線療法において犬の小脳・脳幹部という極めて外科療法が困難な部位に発生した髄膜腫をSRTで治療したところ、放射線治療前は右斜頸がひどく歩行が困難であった症例が、治療後1ヵ月後には斜頸がほぼ消失し、歩行も改善され通常の生活が可能になったことです。

2つ目は、ペットの為のがんクリニックセンターが今後設立されることです。このがんクリニックセンターが設立されることにより、「患者中心の治療エリアとなること」「化学療法、放射線治療や免疫療法によるペットの高度な診断と治療ができること」「腫瘍患者専用の相談スペースができること」「臨床試験機能の強化」「獣医学生の教育の強化」などが期待でき、流石が米国の獣医学部は、スケールが大きいことを実施するなと思いました。

3つ目は、腫瘍関連治療薬剤の用量や使用に関してです。あくまでも参考例なので使用する際はすべて使用する獣医師の責任と裁量ということになりますが、その選択肢の多さとそれを裏付ける研究論文が充実していることは素晴らしいことと思いました。

後編は、放射線治療に適した腫瘍の種類、エキゾチックアニマルの腫瘍の治療症例、村上景子先生が今後、腫瘍分野で取り組んでいきたい課題/研究、日本と米国の放射線治療機器、米国の獣医大学に勤務を希望する学生さんへのメッセージを紹介します。ご期待ください。

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シリーズ「国内外の各分野で活躍されている獣医師」