HOME >> JVM NEWS 一覧 >> 個別記事
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
国内外の各分野で活躍されている獣医師の先生方にインタビューを開始しました。
第1回目は、海外で活躍する獣医師として米国ニューヨーク州でご活躍されている五十嵐和恵先生(写真1A)にインタビューを行いました。
今回は、五十嵐先生が米国獣医師免許を取得された経緯やご苦労をされた点を含めてお話をうかがいました。
Q1.五十嵐先生はどのようにして米国での獣医師免許を取得されたのでしょうか?
アメリカ国外で獣医師免許を取得した人が、米国で免許を取得するには2つの方法があります。具体的には、PAVEとECFVGで、私は、ECFVGを使いました。
このプログラムを終了し、北米獣医師国家試験であるThe North American Veterinary Licensing Examination(NAVLE)に合格、NY州の審査を受け、獣医師免許を取得しました。
PAVEについては、以前「SAMI NEWS」に掲載された瀧澤遥絵先生のインタビュー記事「海外で活躍する獣医師:瀧澤遥絵先生の北米獣医師免許試験取得編」をご参照下さい。
Q2.ECFVGとは何ですか?
ECFVGは、Educational Commission for Foreign Veterinary Graduates(ECFVG)の略です。
簡単にいうと日本の大学を卒業した人がAVMA(American Veterinary Medical Association米国獣医師会)という、獣医師を代表する非営利団体に認められた大学を卒業したのと、同じ知識や技術があるということを証明するためのプログラムです。
獣医師免許を取得するには、ECFVG終了後(またはその間)に、NAVLEに合格することが必要です。
ECFVGが終了した時点では、日本で獣医大学を卒業したのと同様で、国家試験を受験していない状態です。
Q3.日本のどこの獣医大学がAVMAに認可されているのでしょうか?
残念ながら日本の獣医大学は、認められていません。アジアではソウル大学が唯一AVMAの承認を受けた大学になります。
Q4.ECFVGの主なステップとおよその費用を教えて下さい。
全部で4段階になります。
- STEP1
-
- 申し込み、獣医大学卒業証書と成績を送付
- 費用(概算)US$1400
- STEP2
-
- 英語の試験(TOEFFLもしくはIELTS)
- TOEFL iBT:25 in listening, 22 in writing, 22 in speaking, and 23 in reading
- IELTS:6.5 (overall band score), 6.5 in the listening, a 6.0 in the writing, and a 7.0 in the speaking; no minimum reading score is required.
- 費用(概算)US$200~300(IELTSを利用)
- STEP3
-
- BCSE(筆記試験)
- 費用(概算)US$220
- STEP4
-
- CPE(実技試験)
- 費用(概算)US$7630+旅費
ECFVGを終了すると、国家試験免許の受験資格がもらえます。総額 日本円で100万~150万くらいかかります。
詳細はAVMAのホームページの「Educational commission for foreign veterinary graduates」をご参照下さい。
Q5.BCSE(筆記試験)についてもう少し詳しく教えて下さい。
BCSEは、Basic and Clinical Science Examinationの略で、大動物から小動物、エキゾチック動物まですべてを含む筆記試験となります。コンピューターによる選択問題で、225問、制限時間は220分です。ただし、225問中25問は点数にはカウントされません。
試験センターで受験するので、年中いつでも受験可能です。
試験の内容としては、臨床的な問題が多いのですが、診断までのテストについて聞かれるものが多く、治療方法については少なかった印象です。
Q6.BCSE(筆記試験)の具体的な項目数などを教えて下さい。
下記になります。
- 解剖学
- 解剖学
- 質問数18~20
- 薬理学、生理学、毒性学
- 薬理学、生理学、毒性学
- 質問数28~32
- 病理学
- 解剖病理学、臨床病理学、病態生理学
- 質問数20~23
- 医学
- 病因、病態生理学、診断と治療
- 質問数50~55
- 麻酔
- 麻酔
- 質問数20~23
- 外科
- 外科
- 質問数22~25
- 診断
- 診断技術と画像診断
- 質問数22~25
- 動物福祉
- 安楽死、種に適した行動、動物の異常な行動、痛みの評価と管理、虐待の兆候、種特有の飼育法、拘束技術
- 質問数6~7
- 予防医学
- 疾病予防、疫学、栄養、公衆衛生、規制プログラム
- 質問数14~15
900点中580点以上で合格。ただし、合否のみしか知らされないので、点数はわかりません。
Q7.CPE(実技試験)についてもう少し詳しく教えて下さい。
CPEとは、Clinical Proficiency Examinationの略で3日間7セクションの実技試験となります。畜産動物、馬、病理解剖、小動物、レントゲン、麻酔、手術など幅広いスキルが問われます。
実技試験なので、実際に馬や牛を診察したり、牛の直腸検査などの検査、犬の避妊手術も含まれます。
このCPE試験を受験するためには、Step3のBCSEに合格していることと、避妊を含む6件の手術経験があることが必要となります。
CPE試験の内容(馬と小動物)を紹介します(→写真2A)。
Q8.CPEの受験経費と受験場所を教えて下さい。
受験費用は、US$7630です。1セクション再受験するのに、US$1450かかります。
受験場所は、アメリカ国内では、ラスベガスのViticus Groupの試験センターと、ミシシッピ州立大学獣医学部のみです。
ラスベガスは毎月、ミシシッピは年に数回行っていますが、秋ごろに次の年の申し込み枠が開き、先着順で申し込みです。いつ申し込みが始まるかわからないので、頻繁にチェックして、すぐに申し込まないと一杯になってしまいます。コロナで中断したり、受け入れられる人数が減ったため、待機している人数がとても多いので、競争率が激しいです。また、申し込みしてから1年近く待たなければならないことも多いようです。ただ、急に申し込み枠が空いたりするので、運がよければ、数か月後に受けられることもあります。
Q9.五十嵐先生が米国で獣医師免許を取得しようとした経緯を教えて下さい。
結婚を機に渡米し、子育てが楽になったので、仕事を始めようとしましたが、獣医大学卒だと他にできる仕事があまりなく、動物病院で獣医看護士として働き始めました。
すでに40歳を超えていたので、米国で獣医師になることは諦めていたのですが、ある先生に40歳からの20年間で何でもできるから頑張ってみたら、と言われた言葉がずっと心に残っていました。
資格があるのにもったいないのと、やはり収入面やできることにかなりの差があるので、再度獣医師免許を取得することに決めました。
娘から獣医さんになって欲しいと言われたのも、きっかけの一つです。
Q10.五十嵐先生がECFVGの試験を取得する上でご苦労された点と、感動された点を教えて下さい。
仕事と子育てをしながら勉強していたので、なかなか時間が取れず苦労しました。何一つ楽だったものはないのですが、まず、大学受験から相当時間が経っていたので、読解問題に慣れておらず、英語の試験にも苦戦しました。初めはTOEFLを受けたのですが、readingとwritingの点が伸びず、IELTSに変更し、合格しました。
CPEは技量というより、緊張と戦わなければならないので、精神的に辛かったです。しかも、1回目は自分のミス、2回目は試験官のミスで、3回も受けることになってしまったので、費用もたくさんかかってしまいました。職場や知り合いの獣医師が快く練習をさせてくれたり、試験のための長期休暇を取らせてくれたのが救いでした。
ECFVGとは別ですが、NAVLEが一番試験としては大変でした。文章問題が多いので、英語を早く読んで解答するというのを、7時間半の試験時間、休憩を含めて8時間半行うのは、本当に辛かったです。集中力と体力、精神力を維持しなければなりません。しかも、1回目は点数が足りず、2回受けました。
失敗して帰ると、職場の獣医師達が、君は技術はあるのだから次は大丈夫だよ、と励まして応援してくれたのも有難かったです。また、試験の内容を見て、こんな難しい試験は実際に働いている獣医師だって受かる人は少ないよ、と笑い飛ばしてくれて、気持ちが楽になりました。
最後のCPEの日が娘のお誕生日。しかも米国では大きなお祝いをする16歳でした。一緒にお祝いしてあげられなかったことは、今でも残念で申し訳なく思っていますが、おかげで合格できたので感謝しています。
Q11.ECFVGが終了後、獣医師免許取得に必要なステップを教えて下さい。
ECFVGが終了してから、(または、途中に)NAVLE試験を受け、合格することが必要となります。その後、勤務先の州のテスト(勤務先の動物病院がニューヨーク州ならば、ニューヨーク州)または審査を受けて合格(写真1B)する必要があります。
Q12.一番試験として難しかったNAVLEについて詳細を教えて下さい。
北米獣医師国家試験であるThe North American Veterinary Licensing Examination(NAVLE)は、北米(米国とカナダ)の獣医師国家試験で、1年に2期間のみ開催されます。
11~12月の4週間、4月の2週間。米国の獣医大学卒業生が受験するもので、ECFVGやPAVEの途中、または終わってから受験します。
コンピューターによる選択問題で、360問。試験は7時間半で1時間の休憩を好きな時に取ることができて、全てで8時間半かかります。
NAVLEの試験問題の1例を紹介します。
An 8-year-old spayed female Chihuahua dog is evaluated because of a six-month history of cough. The client reports that the dog's tongue occasionally turns blue during a coughing episode. Body condition score is 8/9. Heart rate is 150 beats/min and respiratory rate is 28 breaths/min. Palpation of the trachea elicits a dry, honking cough with a gag noted at the end of the coughing episode. Thoracic auscultation discloses mildly increased bronchovesicular sounds. A lateral radiograph is shown. Treatment with prednisone, theophylline, and hydrocodone fails to improve the clinical signs. Which of the following is the most appropriate next step in management ?
X線画像(→写真2B)
- (A) Arytenoid lateralization
- (B) Intraluminal stenting
- (C) Oral administration of pimobendan
- (D) Parenteral administration of furosemide
- (E) Sublingual administration of nitroglycerin
全国にある試験センターで受験するので、居住地の近くで受験可能です。畜産動物から小動物やエキゾチックアニマルまで、臨床的な治療方法を問うものや、獣医師の倫理に関する問題まで、あらゆる分野から出題されます。
360問問題がありますが、試験の点数に反映されるのは、300問のみです。60問は正解でも不正解でも点数には含まれません。受験生には、どの問題が点数に含まれないのかは分からない状態です。
海外の獣医師が受験するには、ECFVGでBCSEを合格していること、またはPAVEでQualifying Science Examination を合格していることが必須になります。
800点中450点以上で合格。合格でも点数を教えてくれて、不合格の場合、依頼すれば、どの項目が足りなかったか教えてくれます。
NAVLE合格後、NY州やいくつかの州はCPEが終わらなくても、監督の獣医師の下でのみ働けるという、条件付きの獣医師免許を取得できます。
Q13.獣医師免許取得までのステップの流れを教えて下さい。
- (1)ECFVG申し込み。獣医大学卒業証書と成績を送付(英語と日本語)
- ↓
- (2)英語の試験(TOEFFLもしくはIELTS)
- ↓
- (3)BCSE(筆記試験)
- ↓
- (4)CPE(実技試験)
- ↓
- (5)BCSEとCPEをパスするとECFVGは完了。
- ↓
- (6)NAVLE(北米獣医師国家試験)を受験
- ※BCSEをパスした後、NAVLEを受験可能。労働したい州か、ICVA(International council for veterinary assessment)に申し込む。獣医大学卒業証明、成績を送付(英語と日本語)
- ↓
- (7)NAVLE合格後、獣医師として労働したい州の獣医師試験を申請。州によって試験もある。(NY州は審査のみ)
- ↓
- (8)州の審査、または州の試験に合格すると、獣医師免許が送られてくる。獣医師として勤務可能になる。州によっては、CPEが終わらなくても、制限付き獣医師免許で、他の獣医師の元で勤務可能。
Q14.米国獣医師免許を取得する上でPAVEと比較して、ECFVGのメリットとデメリットを教えて下さい。
メリットは、仕事をしながらでもできることです。今、お金に余裕がなくても、参加できますし、どこからでも(日本からでも)挑戦できます。また、引っ越す必要がないので、家族がいても可能です。
PAVEは大学のインターンにならなければならないので、費用を払う必要がありますし、その大学の場所に一定期間は住まなければなりません。
デメリットとしては、BCSEとCPEを受けなければならないので、試験が多くなります。勉強だけでなく、精神的にもかなり辛いです。私は日本で手術の経験があったので、問題にはならなかったのですが、避妊手術の練習ができるところを探すのが大変なようです。
Q15.ECFVGにおけるCPE試験の大動物臨床試験をパスするために、どのように対策をされましたか?
やることが決まっているので、大動物は準備をすれば、それほど難しくはありません。
動物愛護の観点から、無理なことは動物にはさせないようにしていて、ぬいぐるみを使ったり、練習装置を使ったりしますので、経験がなくても、対策しやすいです。
Q16.ECFVG取得により米国以外に働ける国はどこですか?
カナダだけのようです。
Q17.BCSE、CPE、NAVLE受験の為にそれぞれ使用したテキストがありましたら教えて下さい。
- (1)BCSEは「Zukureview」のアプリを活用
- (2)CPEは自分でまとめた資料とYouTube、特に決まったテキストはなし。小動物臨床では、『Blackwell's Five-minutes Veterinary Consult Canine and Feline』を活用
- (3)NAVLEは「Vetprep」のアプリを活用
Q18.今後、米国で獣医師の資格を取得し動物病院の勤務を希望する獣医の学生さんにアドバイスやコメントをお願いいたします。
日本より年収が高いところが多いですが、特にニューヨークは生活費用も高いので、どちらがよいかは言えません。病院によっては、週3日休みという病院や、シフト制で終了時間に帰宅できるところもあり、働きやすいかもしれません。
また、私の勤務先は少し郊外にあるためか、日本でいう大型以上の犬(ここではゴールデンは中型)が多いので、異物や腫瘍も大きく、興味深い症例が多いです。
ただ、1日英語で過ごすのは容易ではないことと、咄嗟に言葉が出なかったり、自分の英語を理解してもらえないこともあって、凹むことも多いです。
訴訟の多い国なので、訴訟や、免許剥奪の心配もしなければならないのが、少々怖いところです。
宗教観の違いからか、日本に比べて、動物が苦しむ姿を見たくないという観点から、または費用が高過ぎて、ある程度、回復の見込みがなくなると、安楽死を選択する人が多いです。どちらが正しいとか間違いとは言えませんが、安楽死をする機会が多いので、受け入れるのは大変かもしれません。
日本人は手が器用で細かく、勤勉なので、重宝されることも多いかと思います。異国で生活して働くのは、簡単なことではありません。それでも、挑戦してみたいという気持ちがあれば、ぜひ試してほしいです。コロナからのペットブームで、人手不足な業界なので、求人は多いと思います。
最後に五十嵐和恵先生のご経歴をまとめました。
- 1996年
-
- 日本獣医畜産大学(現在の日本獣医生命科学大学)卒業
- 獣医師国家試験免許取得
- 都内動物病院で臨床獣医師として2年間勤務
- 1998年
-
- 愛犬とともにアメリカに渡り、コーネル大学などで行動治療学を学ぶ
- 2000年
-
- 帰国後、「ベストフレンド・ペットの行動クリニック」を開設し、おもに問題行動のカウンセリングを行う
- 赤坂動物病院などでしつけ教室も行う
- 著者に『世界一幸せな老犬に!-愛犬が元気で長生きできる法』(共著、2002)、『年とった愛犬と幸せに暮らす方法』(共著、2012年)などがある
- 2006年
-
- 渡米
- 2012年
-
- NY州のCrawford Animal Hospital(写真3)で週1のボランティア
- 2013年
-
- 同病院に獣医看護士として勤務
- 2019年2月
-
- IELTSに合格
- 2021年
-
- 6月 BCSE(筆記試験)合格
- 12月 NAVLE(北米獣医師国家試験)受験-不合格
- 2022年
-
- 4月 NAVLE合格
- 11月 CPE(実技試験)受験-麻酔のみ不合格、他は合格
- 2023年3月
-
- NY州の審査(試験はなし)に通り、獣医師免許が届き、獣医師として勤務開始
- 2023年
-
- 6月 CPE麻酔のみ受験-不合格
- 10月 CPE麻酔のみ受験-合格
- 11月 ECFVG終了の通知
編集後記
今回、国内外で活躍されている獣医師として、米国のECFVGプログラムを終了し、NAVLE(北米獣医師国家試験)を取得され、ニューヨーク州の動物病院に勤務されている五十嵐和恵先生にインタビューを行いました。動物病院に勤務しながらECFVGプログラムに合格することは、かなり大変だったと思います。
以前、瀧澤遥絵先生のPAVEプログラム終了後、NAVLE(北米獣医師国家試験)を取得されたことを、動物医療発明研究会の会報誌「SAMI NEWS」 No.64で紹介しました。
2つの紹介したプログラムにはメリット・デメリットがあるので、受験される方の環境条件にあわせて、選択されても良いと思います。米国の動物病院での勤務を目指す獣医学生の一助になれば幸いです。
第1回目は、獣医師として海外で活躍されている先生を紹介しましたが、今後、各分野で活躍されている獣医師、例えば企業に勤務されている獣医師や水産獣医師を紹介できればと考えています。
動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。