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写真1A:左から船津先生、堤先生(長崎県獣医師会 会長)、立川先生(大分県獣医師会会長)、関先生(北九州市獣医師会 会長)、西先生(福岡県獣医師会 災害担当理事)、佐々木先生(鹿児島県獣医師会 災害担当委員長)/1B:VMATの制服を着用した筆者(左)と船津敏弘先生(右)/1C:熊本地震における初めてのVMAT本隊の出動/1D:熊本地震で被災した犬たち(写真1A提供:関 一弥先生、写真1C・D提供:船津敏弘先生)
記事提供:動物医療発明研究会
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
国内外の各分野で活躍されている獣医師の先生方へのインタビュー記事を不定期で掲載しています。
第1回目、第2回目は、米国ニューヨーク州で動物病院に勤務されている五十嵐和恵先生。米国獣医師免許を取得された経緯とニューヨーク州マンハッタン近郊での動物病院事情に関する記事を掲載しました。第3回目は動物用医薬品会社のゾエティス・ジャパン株式会社に勤務されている獣医師へのインタビュー記事を掲載しました。
第4回目は、災害派遣獣医療チーム(VMAT)の九州地区の第一線で活躍されている、北九州市獣医師会 会長の関 一弥先生(写真1A)にお話をうかがいました。
なお取材に当たり、福岡獣医師会災害時動物救護対策でVMATの育成活動に取り組まれ、2016年の熊本地震では福岡VMATを率いて被災地の支援活動を実施された動物環境科学研究所 所長の船津敏弘先生(写真1B)に資料をご提供いただきました。
(取材日:2024年8月26日)
Q1.VMATとは何の略称でしょうか?また、設立の背景を教えてください。
VMATはVeterinary Medical Assistance Teamの頭文字をとったもので、災害派遣獣医療チームの呼称です。2011年の東日本大震災後の動物救護の経験がきっかけとなり、組織としての活動が必要ということで、まず福岡県獣医師会が福岡VMATを設立し、熊本地震時に初めて実働ということになりました(写真1C、1D)。
現在は日本各地の獣医師会がVMATを設立しています。
九州においては、熊本地震後、九州地区9つの獣医師会(福岡県獣医師会、熊本県獣医師会、佐賀県獣医師会、長崎県獣医師会、大分県獣医師会、宮崎県獣医師会、鹿児島県獣医師会、沖縄県獣医師会、北九州市獣医師会)のVMATが集まり九州VMATを結成し、日々、情報交換や合宿訓練を行っています。
Q2.VMATの具体的な活動内容を教えてください。
災害発生時の地域獣医療の維持・確保です。具体的には、次のことになります。
- (1)避難所における人と動物の安全な生活の維持(人と動物の共通感染症蔓延防止など)
- (2)避難ペットの巡回診療(ストレスからくる動物の体調不良発生時の対応など)
- (3)災害救助犬の医療サポート
- (4)シェルター収容動物の健康管理
- (5)ペット相談コーナーの設置と維持
平常時においては、VMATの教育・訓練や地域の防災訓練(写真2A)などに参加し、動物防災の啓発活動(写真2B、2C)を各所で行っています。
動物病院内では飼い主さんに防災の意識の啓発を図っています。具体的には、避難所生活にて必ず必要となる「狂犬病予防」「各種予防接種」「外部寄生虫の予防」「マイクロチップ」「クレートトレーニング等」の重要性を伝えています。
獣医師会としては、災害発生時の対応・対策を行政と行っています。
Q3.DMATと異なる点は何ですか?
人の災害派遣医療チームであるDMATは大きな病院単位で構成されていて、災害発生時より被災地で活動を行います。
一方、VMATは獣医師会毎に構成されるチームですが、災害発生から72時間の人命救助優先の時間帯は、被災地に入ることができません。 主に先程回答したQ2の活動を行います。
Q4.VMATチームはどのようなメンバー構成なのでしょうか?
各地方により様々ですが、獣医師、愛玩動物看護師等で構成されています。
Q5.現在どのくらいのVMATが組織されているのでしょうか?
日本国内には日本獣医師会と55の地方獣医師会があります。都道府県に1つ、さらに政令指定都市に県から独立した8市獣医師会(仙台市獣医師会、横浜市獣医師会、川崎市獣医師会、名古屋市獣医師会、京都市獣医師会、大阪市獣医師会、神戸市獣医師会、北九州市獣医師会)があります。
ほとんどの獣医師会に「災害対策委員会」はありますが、VMATと名前がついた実働チームを持っているのは群馬県獣医師会、東京都獣医師会、大阪府獣医師会、岡山県獣医師会、岐阜県獣医師会 香川県獣医師会、愛媛県獣医師会、北九州市獣医師会、福岡県獣医師会、佐賀県獣医師会、長崎県獣医師会、大分県獣医師会、熊本県獣医師会、宮崎県獣医師会、鹿児島県獣医師会、沖縄県獣医師会の16獣医師会です(2024年9月現在)。
Q6.災害時における動物の主なケガや病気を教えてください。
ケガの主なものは骨折、打撲、気胸、皮下気腫、皮膚損傷、貫通性外傷、火傷、四肢切断、四肢麻痺などです〔『増補第二版 VMAT標準テキスト』(災害動物医療研究会)参考〕。
病気としては犬、猫ともに嘔吐、下痢、食欲不振などの消化器性疾患がほとんどを占めます。熊本地震、能登半島地震では避難所において、ストレス性の消化器疾患、膀胱炎等が認められました。ストレスに対してのツボ療法は、被災地においても比較的容易にできる有効な治療法です。
Q7.犬や猫でストレスに効くツボがありましたら教えてください。
ストレスに効果があるツボはいくつもありますが、比較的アプローチしやすいものは以下の2つです。1つ目は頭の百会(ひゃくえ)、もう1つは、気海(きかい)です。
Q8.VMATには救護の為の救急車のようなものがあるのでしょうか?
DMATは各隊に緊急車両として、車やヘリコプター等を持っています。羨ましい限りです!
各獣医師会単位ではそのような装備を持っている所は少なく、獣医系大学の中では岩手大学が緊急車両を持っています。「わんにゃんレスキュー号」と名付けられた移動診療車が、岩手大学動物病院に配備されています。日本獣医師会のメールマガジン「メルマ日獣」の第227号(2024年1月28日配信)では、「岩手大学から貸与のペット専用移動診療車による被災地での診療活動及び健康相談を開始」と能登地震での活動が紹介されました。
Q9.VMATに装備されている動物の治療の為の医療器具セットのようなものはありますか?
決まった基本セット的な物はありません。VMAT認定講習会では基本セットについて学習し、準備するように指示されています。
地域により災害の種類が異なるという地域性もあり、それに合わせた装備を各獣医師会VMATチームが考えています。
Q10.VMATの活動でのご苦労された点、感動した点を教えてください。
現在進行形で苦労している点は、獣医師が災害発生時に行う活動について、日頃から行政(国、県、市)に認知してもらうことです。
人命第一、動物は二の次であることは仕方がない面ですが、「動物が心配で逃げない飼い主さん」がいることや、「動物への支援が飼い主さんへの心のケアにつながる」ことなど、VMATの活動は「飼い主さん(人)の為になる事」であることを、各県の獣医師会は所属地域の行政に訴え続けることが大切だと思います。
県などの行政との折衝は、難航することが多々あります。私の大学時代からのいちばんの友人が、鹿児島県獣医師会の災害対策担当です。発展半ばの本活動、いろいろな問題、困難点が沢山ありますが、気心の知れた大学の友人がいることが救いになっています。大学時代の友人は一生モノです。このことが私にとっては「感動モノ」ともいえます。
九州VMATを設立し、会議等はどうするのかと考えていた時に、新型コロナ感染症蔓延でオンライン会議のツールが発展し、年間数回の九州VMATオンライン会議を開催できるようになりました。
昨年より年1回は実際に集まる会議を開催しています。さらに年1回は大分県の九州災害時動物救援センターで九州VMATの合宿訓練(写真3)を行い、訓練と共に親睦会を開催しています。
現在、九州VMAT隊員はLINEをグループで日頃から連絡が取れる環境も作れています。
容易な手段でのネットワークの構築で密な連絡を行うこと、さらに合同訓練などで顔を突き合わせることで、連携が深まることになります。「〇〇県の〇〇先生が大変だ!!何とかしよう」という感覚になります。それらは良い点だと思います。もちろん救援対象が面識のない相手であっても手助けの手を抜く訳ではありません。
Q11.VMATに参加するために獣医師として要求される資質は何だと考えられますか?
VMAT隊員に限りませんが、小動物臨床獣医師として、私たちは日頃から自分と家族の安全、自分の動物病院に対する防災意識を持っていなければなりません。
私が住む北九州市は災害が少ない地域で、獣医師も飼い主さんも防災については疎い状況です。そのように意識に流されず、災害発生時に動物病院が機能しなくなることは避けなければなりません。
そうでなければ、日頃診察している動物たち、飼い主さんたちを路頭に迷わせる結果につながります。
また、地域獣医療の空白地においては公衆衛生の悪化などの問題発生の可能性も高くなります。
ただ日々診療すればよいということではなく、地域獣医療、公衆衛生に対する責務があるという獣医師としての基本的な心構えを持っていることが重要だと思います。
Q12.VMATになるためにはどんなステップを踏まなければならないのでしょうか?
各獣医師会で認定を受けて、VMATに参加することになります。それは下記の手順となります。
- (1)講習会:災害概論など講義
- (2)実習:救急救命や防災シミュレーションの実習
- (3)認定試験:受講後の試験
認定試験に合格すると所属獣医師会から、VMATの認定を受けます。その時に制服と制帽が貸与されます。
Q13.動物の治療以外に飼い主さんに対してどのようなケアを行っていますか?またどのようなことを心掛けていますか?
心理学的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド)が重要だと思います。
災害により肉体的にも経済的にも、そして何より心理的に大きなダメージを受けた被災者の方にとって、寄り添って話を聞くことが何より大切なケアになるのです。
飼い主さんの心が落ち着くことで、ペット達のストレスも減らすことができます。
Q14.VMATの活動費用はどのように賄われているのでしょうか?DMATのような国からの支援はあるのでしょうか?
国や行政からの支援は一切ありません。
VMATの活動費用は各地方獣医師会の会員の会費、一般の方々からの寄付で賄われています。
また、九州地区では九州VMAT運営にあたり、九州地区の9地方獣医師会から活動費用を徴収し、合宿訓練、防災訓練等の活動費用にしています。
蛇足ですが、各地方獣医師会の活動目的の中には、学校飼育支援事業(北九州市内で私が20年前に立ち上げ現在も活動継続中)、動物愛護デー、盲導犬支援、人と動物の共通感染症対策など多くの社会貢献の事業を行っています。「北九州市獣医師会Webサイト」では、それらのことを詳しく紹介しています。
Q15.VMAT活動に必要なものとして、開発して欲しい医療器具や動物用医薬品などがありますか?
日頃使っている診療機器(レントゲン・エコー・血液検査・麻酔器など)を軽量最小化しバック等で運べるくらいのサイズになっているものが欲しいです。
災害時の被災現場では、動物病院で行っている治療のすべてができるわけではありません。多種多様な診断・治療行うためには大掛かりな準備が必要であり、その装備を持って行くのは困難です。
避難所で行う処置には限りがあり、軽症処置と緊急処置のトリアージが中心になります。
地域動物病院との連絡体制を密にし、対応できない疾患時は、近隣の動物病院にバトンタッチすることが必要となります。そのためには地域の動物病院がどこまで稼働しているのか、あらかじめの情報収集が必要になります。
しかしながら、広域、大規模災害発生時は通信手段(電話、メール等)が不通になる可能性が高いです。その結果、動物病院の稼働状況を確認することが困難になります。
できればどんな災害時にも使える通信手段が欲しいです。
あとドラえもんの「四次元ポケット」「どこでもドア」のようなもの、それ以上に「もしもボックス」が必要かもしれません。
Q16.今後VMATでチャレンジしたいこと、獣医師の方々に伝えたいことがありますか?
VMATは災害時の地域獣医療を守る活動です。獣医師ができる社会貢献の一つとなります。その対象は動物のみならず、住民を含めたものとなります。
それを遂行するためには、災害発生時まずは自分(家族も)の体を守り、備えを整え、そして自分の診療施設が災害発生時でも、診療ができる状態を維持することが必要だと思います。
Q17.海外でもVMATのような活動を行っているのでしょうか?
VMATのように災害時にペットを救助するチームは、アメリカやヨーロッパなどにたくさんあります。
中国、台湾、韓国にはまだありません。
Q18.VMATを今後志願される獣医師や獣医学生にメッセージをお願いします。
皆さんは「ワンヘルス(One Health)」という言葉を知っていますか?
ワンヘルスとは、「人の健康」「動物の健康」「環境の健全性」を一つの健康と捉え、一体的に守っていくという考え方です。
私たちが健康に暮らしていくためには、地球に暮らす動物、そして地球自身も健康である必要があります。
One Healthには6つの基本理念があります。
- (1)人獣共通感染症対策
- (2)薬剤耐性菌対策
- (3)環境保護
- (4)人と動物の共生社会づくり
- (5)健康づくり
- (6)環境と人と動物のより良い関係づくり
これらは獣医学領域に大きく関与しています。獣医師の代表的な職種である公衆衛生獣医師、産業動物獣医師は、この分野に直結し大きく貢献しています。
昨今の感染症のパンデミック等の経験からOne Healthの重要性がクローズアップされていますが、「人と動物の共通感染症」に対して、人の身近にいる動物(ペット)の健康維持を通じて人の健康を守ることを担っているのが、小動物臨床獣医師です。
災害発生時、「人と動物の共通感染症」の蔓延の危険性が高くなります。逃亡したペット達が地域の衛生環境の悪化につながる可能性もあります。また動物が人々の心の拠り所になることも多いです。小動物臨床獣医師は、それらに対応し貢献している重要な職種です。
私たち小動物臨床獣医師は、日頃診察している動物達とその飼い主さん方を路頭に迷わさないようにしなければなりません。
編集後記
今回、VMAT(災害派遣獣医療チーム)の九州地区の第一線で活躍されている北九州市獣医師会 会長の関 一弥先生にインタビューを行いました。
VMATの仕事は単に被災した動物の治療だけでなく、飼い主さんへのケアとして、災害により肉体的にも経済的にも、そして何より心理的に大きなダメージを受けた被災者に寄り添うことが大切だと述べられています。
また、飼い主さんの心が落ち着くことで、ペット達のストレスも減らすことができます。
平常時においては、VMATの教育・訓練や地域の防災訓練などに参加し、動物防災の啓発活動を各所で行っています。動物病院内でも飼い主さんに防災の意識の啓発を図っており、避難所生活で必要となる「狂犬病予防」「各種予防接種」「外部寄生虫の予防」「マイクロチップ」「クレートトレーニング等」の重要性を伝えるなど、地道な活動をされていることが印象的でした。
関先生のインタビューの中の「昨今の感染症のパンデミック等の経験からOne Healthの重要性がクローズアップされていますが、『人と動物の共通感染症』に対して、人の身近にいる動物(ペット)の健康維持を通じて人の健康を守ることを担っているのが、小動物臨床獣医師です」は、特筆すべき点でした。
このような各種活動を行っているVMATに対して活動費用に関して、国や行政からの支援は一切ありません。VMATの活動費用は各地方獣医師会会員の会費、一般の皆様の寄付で賄われている状況です。国や行政や動物保護団体などからの支援があれば、更なる活動ができるのではないかと思いました。
動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。
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