HOME >> JVM NEWS 一覧 >> 個別記事
■【寄稿】国内外の各分野で活躍されている獣医師(30)ジョンズ・ホプキンス大学 ブルームバーグ公衆衛生大学院 博士課程 戸上絵理先生:前編
記事提供:動物医療発明研究会
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
国内外の各分野で活躍されている獣医師の取材記事を掲載しています。
厚生労働省に勤務されている獣医師の仕事について知りたいとの要望があり、厚生労働省獣医系技官の3人の先生にインタビューを行いました。その後ワンヘルスや人畜共通感染症に関する公衆衛生学分野において海外で活躍されている獣医師の先生にインタビューをして欲しいとの要望がございました。
今回はその第1回目としてジョンズ・ホプキンス大学 ブルームバーグ公衆衛生大学院 博士課程 戸上絵理先生(写真1)にお話をうかがいました。
(取材日:2026年1月27日)
Q1.ICU高校をご卒業されて、日本獣医生命科学大学に入学され獣医師を目指された理由を教えてください。
父の仕事の都合でオーストラリアに住んでいた中学生の時に獣医師を志しました。
何かの専門職についてみたかったのと、友人がオーストラリアビクトリア州の牧場出身で動物が身近な存在だったので、動物の専門家になりたいと思い、獣医師を目指しました。
将来像として、パソコンの前で一人で働くよりも、手足を動かして動物と接する職業に就くことにピンときました。
Q2.大学時代、座間の米軍陸軍基地で小動物の研修をされたとのことですが、研修を希望された理由と研修後、次のステップに進むに当たりどのように役立ったかを教えてください。
大学5年次に、日本獣医生命科学大学付属動物病院の他に、外部の病院での小動物実習が必須でした。せっかくならば知らない世界で、そして英語で診療する病院で研修してみたいと思い、座間基地の獣医科クリニックで実習をしました(写真2)。
希望していた通り、基地内の動物病院ではすべて英語の診察でしたし、クライアントも基地内の伴侶動物ばかりでした。座間基地での実習では、「獣医学×英語」で働くという将来のイメージを具体的に想像することができました。
また、実習で日頃お世話になっていた先生に「あなた世界に飛び出して活躍したほうがよいよ。」という一言をいただき、そのうちチャレンジしてみたいと思っていた留学を決意することができました。そして、基地内の公衆衛生獣医師の方に大学院の推薦状も書いていただきました。
今考えると、この実習は私にとって一つの転機だったのかもしれません。
Q3.新しい仕事を進める上で、推薦状や紹介をいろいろいただいていらっしゃいますが、推薦状などをもらうために、どのように自分をアピールしたり、売り込んでいらっしゃるのでしょうか?秘訣を教えてください。
これまで、たくさんの素晴らしい教授や上司にお世話になってきました。
以前アドバイスをいただいたのは、「良い」推薦状を書いていただけますか?とお願いすることです。
そのため、推薦状をお願いするときは、長く一緒に仕事をしている信頼できる上司や教授にしか頼まないことが大切だと思います。
有名だから、偉い人だから、と関係が希薄な先生に頼むと、自分のことを理解してくれていないため逆効果です。
また、複数の推薦状が必要なときは、それぞれに何を書いてもらうか、そしてどのような立場の先生が書いてくれるのかのバランスを考えることが大切です。
例えば、大学の指導教官からはチームを率いて複雑な研究を進めていくスキルと日頃の人柄、職場の先生からはプロジェクトを責任もって遂行する力、もう一人からは自らチャンスを切り開いていく力、などについて書いてもらうことです。
Q4.大学時代の授業で今の自分に一番影響を受けた講義は何ですか?またその理由を教えてください。
大学時代に最も影響を受けたのは、獣医公衆衛生学です。
外科や放射線学などといった臨床科目に感銘を受ける同級生が多い中、私は人・動物・環境の繋がりを考え、その健康や保全を目指すワンヘルスの考え方に惹かれました。
公衆衛生学の授業では世界保健機関(WHO)の活動を知ったり、感染症を人や動物の集団単位で予防・制御する「疫学」を学んだりすることができ、楽しかったです。右も左もわからないまま、図書館で人獣共通感染症の英文雑誌を借りてみたり、One Healthをインターネットで検索してみたりしました。
Q5.2012年の学生時代に、OIEアジア太平洋地域事務所にインターンとして勤務された理由・きっかけを教えてください。
インターンのきっかけは、国際的なワンヘルス関連のインターンのお知らせが大学の掲示板に貼ってあると、友人に教えてもらったことでした。
東京大学にあるOIEアジア太平洋地域事務所でのインターンは1週間ほどでした。
内容は、食品衛生と人獣共通感染症についての国際会議の運営をサポートし、海外の専門家の議論の手伝いをすることでした。これだ、と思い熱い志望理由書を書いた覚えがあります。
Q6.OIEアジア太平洋地域事務所での主な業務内容について教えてください。
インターンでは書記や通訳を務めたり、専門家の議論の内容をポスターにまとめたり、また、アジア太平洋諸国における食品由来感染症の簡単なデータを集計したり、地図に表記したりしました。
サルモネラや大腸菌感染症の講義をうけ、大学の授業で習った内容が世界の専門家の間での共通知識なんだということを知りました。
何もかもが新鮮でした。各国の獣医師や専門家と話し、互いに意見を出し合う様子を観察することがとても楽しかったです。
ちなみに、そこで出会ったサルモネラの専門家の先生には10年後くらいにカナダのOne Healthの学会で再会でき、感慨深かったです。
Q7.2014年から2017年までイェール大学公衆衛生大学院に留学された理由・きっかけを教えてください。
イェール大学公衆衛生大学院への留学は、公衆衛生をもっと学んでみたい、アメリカの大学で学んでみたい、世界に飛び出してみたい、という気持ちで挑戦しました。
日本獣医生命科学大学の卒業試験、獣医師国家試験、アメリカの大学院受験、奨学金受験とたくさんの試験が重なるタイミングだったので、当時の記憶があまりないほど大変でした。また、同じ道を進んできたロールモデルが少なく、つてや保証のない中での挑戦でしたが、先ほど紹介した米軍基地の先生に後押しされた一言をきっかけに一気に準備を進めました。
Q8.留学に当たりどんな奨学金プログラムを活用されましたか?
留学にはお金がかかります。
大学院の留学資金は親には頼らなかったので、奨学金を受給できることが留学の絶対条件でした。
該当する複数の奨学金に応募し、ありがたいことに中島記念国際交流財団の日本人海外留学奨学生の生命科学部門に合格しました。
この奨学金制度では往復の渡航費、生活費の補助、そして上限付きで学費を補助していただきましたので、大変感謝しています。
この奨学金のお世話にならなければ、今の私の仕事や研究はありませんでした。
Q9.イェール大学公衆衛生大学院でどのようなことを学ばれたのでしょうか?また学ばれたことが次のステップにどのように役立ちましたでしょうか?
イェール大学公衆衛生大学院では、Master of Public Health(MPH、公衆衛生学修士号)の学生として2年間学びました(写真3)。
MPHのカリキュラムでは統計学と感染症の疫学を中心に学びました。
感染症の疫学とは病原体がどのように広がっていくのかを人、場所、時間に着目してその傾向をもとに対策を編み出す学問で、現在の活動の基盤となっています。
例えば、獣医師国家試験対策でも覚えた、検査の感度や特異度についてや、季節性インフルエンザの流行曲線をsinθやcosθを使って表す方法などを幅広く学びました。
講義で学んだことの他にも、自分が関心のあることを教授にアピールして後押ししてもらうこと、なかなか芽が出なくてもチャンスをひたすら探すこと、チームで論文を書くことなど、仕事で大切なスキルを学ぶことができました。
チームで論文を書くときは多いときだと8~10人、またはそれ以上の人数で協力するときもあります。特にワンヘルス分野ではあらゆる専門家の意見を反映させる必要があるので大所帯になりやすいです。
そして、様々な分野の第一線で活躍している人と接するうちに、ここで学んだことを活かして「自分は世界を変えることができる」と思えるようになりました。
Q10.2015年WHOフィジ―国事務所に勤務されましたが、勤務された理由・きっかけを教えてください。
イェール大学のMPHプログラムの一環として2~3カ月のインターンシップが必要でした。
OIE(現在のWOAH)でインターンをしてから、国際機関で働くことに関心があったのと、獣医学以外の世界を見てみたかったので、世界保健機関(WHO)で働きたいと思いました。
しかし、ウェブサイトをみてもチャンスはなく、指導教官に相談しました。指導教官の先生は、レプトスピラ症の研究の繋がりでWHOのフィジー事務所に共同研究者がいたので、紹介してもらいました。しかし、先生はWHOでのインターンを私に勧めませんでした。理由は他の機関の方が充実した研究ができると考えていたためです。しかし、そこを無理にお願いして紹介してもらいました。
インターンは無給だったので、ここでも再びイェール学内の奨学金に応募して合格する必要がありました。
Q11.WHOであえてフィジー国を選ばれたのはご自身の希望でしょうか?
上記の通り、私がどこかの国を選り好みする立場ではありませんでした。
春までにインターンシップを決めないと卒業できない、という焦りの中、必死で探していました。
高校時代から常夏の島に住んでみたい、という希望はあったので結果的に希望に沿う場所にはなりました。ズーノーシス(人獣共通感染症)は熱帯地域の途上国で発生することが多いので、それも関係あるかもしれません。
Q12.WHOフィジ―国事務所での主な業務内容について教えてください。またフィジ―国事務所で勤務されたことで何を得たのでしょうか?
フィジーをはじめとする22の太平洋の島国における人の感染症の発生動向を調査していました。具体的には、各国の保健省から送られてくるインフルエンザのような呼吸器感染症、下痢症、急性発熱と湿疹、デング熱などの人数を集計し、公式なレポートを作成し、公表していました。これを症候群サーベイランスと呼びます。
このとき正常よりも発生人数の多い異常値が認められれば、その国と連絡をとり、いつから、どこでその感染症が発生しているのかを調べて、遠隔からデータ整理の手伝いをしたり、他国からの専門家の派遣が必要かどうかを協議したりしました。
また、蚊媒介性の感染症によって発症したと疑われたギランバレー症候群のアウトブレイク対応にも携わりました。
例えば、フィジーの首都スバの病院で神経科の先生が実際に患者さんを診る際の記録を手伝い、複数の患者さんの症状の発生状況や地理的分布をまとめたりしました。
実際に起きている感染症の解明に携われることにワクワクしました。
そして、WHOの繋がりでニュージーランドのマッセイ大学と共同研究で伴侶動物と産業動物におけるレプトスピラ症の抗体分布調査も行いました(写真4)。
この研究では数カ月間、外国人がいない田舎の村で仕事をしたので、また別の世界を見ることができました。これが後にわたしの修士論文となりました。
この経験で得たことは、途上国で働くことの充実感です。
当時まだ経験の少なかった自分でも、精一杯知恵を絞ればその国の人々のためになることができる、と実感できました。
また、獣医学部時代に微生物学教室で学んだPCRの仕組みや病原体の知識が直接役に立つのだと驚きました。
Q13.実際に起きている感染症の解明に携われることにワクワクしましたと非常に先生はポジティブに捉えられていますが、自分自身がアウトブレイクしている感染症に感染するかもしれない恐怖はありませんでしたか?
このときの調査では恐怖はありませんでした。
なぜならば、その病気は飛沫感染する呼吸器感染症や直接触れると感染する病気ではなかったからです。また、感染後数カ月経過した神経性の後遺症についてだったので、感染する確率は極めて低かったです。アウトブレイクといってもさまざまなので、場合によっては恐怖があったかもしれません。
しかし、今でも感染症の研究調査に行くときは、食べ物、飲み物、手洗いにはとても気を付けて、その他感染リスクを挙げる行為(人や動物に触る、水に触れる、川で泳ぐ、洞窟に入るなど)は極力避けたり、対策をして臨むようにしています。
Q14.フィリピンのWHO西太平洋地域事務所(WPRO)に、2016年と2018年に勤務されていますが、それぞれどのような業務内容でしたでしょうか?また、フィリピンを選ばれた理由を教えてください。
フィリピンのマニラにあるWHOのWPROでは、アジア太平洋地域全般の感染症のサーベイランスを行い、感染症の集団発生があれば、そのリスク評価とアウトブレイク対応を行いました(写真5)。
リスク評価とは、集団感染(アウトブレイク)があった場合に、その病原体の感染経路の特性、時間、人数、地理的分布、そしてその国の対応力を総合的に判断し、対応策を練る作業です。
また、WHO各国の国事務所とスイスにあるWHO本部を繋ぐ連絡係も務めました。
フィリピンに行ったのは、WHOの西太平洋地域事務所に日本から派遣されていた先生がおり、その方からチャンスをいただいたことがきっかけです。
Q15.WHOなどの国際機関で働く魅力・醍醐味は何だと先生は思われますか?
国連機関で働く魅力はたくさんあります。
例えば、入ってくる情報の速さと質の高さです。例えば感染症の報告件数だと、国際保健規則という法律のもと、病気によっては各国からWHOへ報告する義務があるので各政府の専門家によって集計されたデータが入ってきます。また、それぞれ目的意識を持った、志の高い同僚とスケールの大きい仕事ができるのは何にも代え難い経験です。
一方で、キャリアのステップアップのためや所属する機関の変化に応じて世界をまたぐ異動(赴任)が必要になるため、配偶者に別のキャリアがあったり、子どものために安定した生活を築きたい場合は課題があります。そのため、遠距離カップルや子どもと離れて暮らす生活をしている人も多い印象です。
Q16.WHOなどの国際機関で働く上で、職員として必要なスキルや資質は何だと思われますか?
働くポジションにもよりますが、まずはその機関が欲しいと思っている専門分野の知識やスキルです。
状況によりますが、例えば統計学、感染症疫学、院内感染予防、薬剤耐性菌の政策、などです。
また、英語で読む、書く、話す、プレゼンする力も大切です。英語が母国語でないたくさんの人とも仕事をするので、少しアクセント(訛り)のある英語を理解できるとよいですね。
このように、専門性とコミュニケーション力を挙げましたが、初めからこれらのスキルを持ち合わせている人は少ないので、働きながらスキルを磨いていく、という方が正しいです。
最も重要なのはインターンシップ、政府のJunior Professional Officer派遣制度、コネクションなどをみつけて国際機関に飛び込むチャンスを探すことだと思います。
以下、後編に続きます。
<後編に続く>


