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■【寄稿】国内外の各分野で活躍されている獣医師(6)~ロンドン大学衛生熱帯医学大学院 篠崎夏歩先生

2025-02-03 18:00 | 前の記事 | 次の記事

写真1・写真2(写真はすべて篠崎夏歩先生提供)

写真3

写真4、写真5、写真6

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

第1回目と第2回目は、米国ニューヨーク州で活躍されている五十嵐和恵先生の記事、第3回目は「JAVS(日本獣医学生協会)コラボレーション-獣医師による獣医大学訪問」の取材において、学生さんから記事掲載の希望が多かった動物用医薬品メーカー勤務の獣医師としてゾエティス・ジャパン株式会社の鍵和田哲史先生の記事、第4回目はVMATについて紹介し、第5回目は動物用医薬品メーカー勤務獣医師の第2回目としてエランコジャパン株式会社の福本一夫先生の記事を掲載しました。

今回は、帯広畜産大学を卒業後、タイのマヒドン大学熱帯医学部でのインターンを経て、イギリスのロンドン大学衛生熱帯医学大学院で研究をされている篠崎夏歩先生(写真1)にお話をうかがいました。

今篠崎先生には、帯広畜産大学のEAEVE認証システムを活用して初めて英国獣医師免許を取得した経緯やプロセスについて主にお聴きしました。

(取材日:2024年9月12日)

Q1.帯広畜産大学に入学された理由を教えてください。また、大学入学の際、EAEVE認証のことはご存じでしたか?

幼少期から自然や動物が大好きだったので、緑の多い環境で獣医学を学びたいと考えた時に真っ先に候補として挙がったのが帯広畜産大学でした。オープンキャンパスで訪れた際に広大なキャンパスに心を奪われ、「絶対に受験する」と決めたことを今でも覚えています。入学当時はEAEVE認証のことを知りませんでしたが、私が大学2年生の時に評価委員会の方が来学され、そこで制度に興味をもった記憶があります。

Q2.大学時代、寄生虫病に関する研究に興味を持たれた理由・きっかけを教えてください。

正直なところ寄生虫病に興味があって研究室を選んだ訳ではなく、指導教官の先生やラボの雰囲気、英語環境などに惹かれて原虫病研究センターの研究室を選びました。しかし日本住血吸虫の研究を進めるうちに、雌雄や生活環のステージによって薬剤に対する感受性が異なることなどを知り、想像以上に奥深く面白い分野だと感じるようになりました。

Q3.大学をご卒業後、タイのマヒドン大学熱帯医学部でのインターンをご経験されましたが、マヒドン大学熱帯医学部を選ばれた理由、そこでの主な研究テーマについて教えてください。

マヒドン大学はタイで初めて設立された医科大学で、特に熱帯医学と公衆衛生の分野でレベルが高い大学です。寄生虫病について研究した後に公衆衛生学を学ぶ予定だった身からすると、マヒドン大学は理想的なインターン先でした。ご縁に恵まれて本当に良かったです。

マヒドン大学では主にメコン住血吸虫の組み換えタンパク質を発現させることを目標としていました。そのほかにも切片作製や細胞培養、ELISAなど、幅広い実験手法についてより深く学ぶ機会もいただけました(写真2)。

Q4.イギリスのロンドン大学衛生熱帯医学大学院で公衆衛生学の勉強をしようと思われた理由を教えてください。

学部での研究や新型コロナウイルスの流行を通じて感染症と闘うには社会科学的な視点からのアプローチも必要だと考えるようになり、大学院で公衆衛生学を専攻することを決意しました。政策や経済などの「社会の在り方」は人と動物の健康に直結しているからです。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)は公衆衛生学の分野で世界をリードしている大学であり、医療関係者だけでなく多様な分野の専門家が集まっていることに魅力を感じこの大学を選びました。さらに、1850年代に疫学的手法を導入し、コレラの大流行を終息させたジョン・スノウにゆかりのある地であることも理由の一つです。

Q5.英国獣医師免許の取得に意欲がわいたきっかけや理由を教えてください。

当時進路について悩んでいたのですが、英国に残る可能性があったのと、せっかくEAEVE認証をとった大学を卒業したのだから…と思い申請に至りました。英国のEU離脱により今後いつまで同じ制度を利用して英国獣医師免許を取得できるかは分からない、と言われたことも後押しになりました。

Q6.英国獣医師免許の申請手続きから取得までのステップ、事前準備する書類、申請費用、取得までの期間について教えてください。

EAEVEの認証を取得してから共同獣医学課程を卒業した学生は、英国の獣医師資格認定試験の受験が免除されます。英国で獣医師名簿の登録を担っているのはRoyal College of Veterinary Surgeons(RCVS)なので、RCVSのWebサイトに従って手続きを進めていきます。具体的な申請手続きは以下のとおりでした。

  • ①必要書類の準備
    • 英文の卒業証明書:出身大学の教務課の方にお願いして直接RCVSに送っていただきました。
    • 英語能力を示すスコア:私はIELTSのスコアを提出しました。IELTSの場合は、(1)Overall 7.0、(2)4分野のうちどれか1つで6.5以上、(3)その他3分野で7.0以上、を全て満たす必要があります。
    • 身分証明:パスポートのコピーと証明写真
    • 日本の獣医師免許:英文に翻訳してもらう必要があります。
    • Evidence of good standing:出身大学に間違いがないことや犯罪歴がないことを示す宣誓書のようなものです。こちらはRCVSの方にテンプレートを送ってもらったので、それに加筆修正する形で提出しました。
    • 特に身分証明、獣医師免許、そしてEvidence of good standingはSolicitor(事務弁護士)やNotary(公証人)に依頼してサインを貰い、法的文書にしてもらう必要があるので注意が必要です。
  • ②オンラインで申請フォームの記入、書類の提出
  • フォームを記入し、①で準備した書類をここで全て提出します。
  • ③登録費の支払い
  • 登録する月によって支払う金額が若干異なるのですが、私の場合は登録費と年会費を合わせて£402支払いました。フォームを提出してから14日以内に支払わなければならず、これが完了しないと申請手続きも先に進みません。
  • ④RCVSによる書類や記入事項の確認
  • ⑤面談
  • RCVSの方に登録にあたっての注意事項や年毎の更新について説明していただくような形式でした。獣医学の知識を問われるようなものではなかったです。

帯広畜産大学から初めての申請者だったことや必要書類の準備に時間を要したことから、私の場合は全部で一か月半ほどかかりました。

Q7.今回取得された英国獣医師免許証を見せていただけませんでしょうか?

写真でお見せいたします(写真3)。

Q8.ロンドン大学衛生熱帯医学大学院でどのようなご研究を実施されているのでしょうか?

日本におけるヒト子宮頸がん(HPV)ワクチンの有効性と医療経済評価に関する研究を行っております。具体的には、HPVワクチンの接種プログラムを1回接種(現在は2回または3回接種が基本です)に移行した場合やキャッチアップ接種をもう1年間延長した場合に、費用対効果がどのように変化するのかについて調べています。

Q9.英国獣医師免許を取得することによるメリットを教えてください。

基本的には英国で獣医師業務全般(臨床、検疫業務、食品検査など)を担うことができます。さらに、獣医師免許を持っているとOfficial Veterinarian(OV:英国政府に代わって業務を遂行できる個人開業獣医師)の資格を取ることができ、輸出業務やツベルクリン反応検査などに関して手技を磨き専門性を高めることもできます。

Q10.英国在学中にご苦労されたこと、感動的なできごとを。

公衆衛生学は人間の集団の健康に焦点を当てた学問なので、タバコやお酒、生活習慣病など獣医学部で扱ってこなかったトピックが多く最初は少し苦労しました。経済や政策などについても同様で今まで触れてこなかった分野だったので、そのあたりの科目には自習時間を多めに割きました。

私の誕生日にフラットメイトが中心となりサプライズでピクニックを企画してくれたことが感動的でした。今まで盛大なサプライズで祝ってもらったことがなかったので、10人ほどの同級生が私のために集まってくれたのを見ると胸がいっぱいになりました。

Q11.英国の獣医師の数と獣医大学の数とランキングについて教えてください。

RCVSの2022年のデータによると、イギリスで獣医師として働いている人は27,000人強いるそうです。イギリス国外で働いている獣医師や、獣医師として働いていない人達を含めると、合計で35,000人強がRCVSに登録されています(出典:「RCVS Facts 2022」)。

イギリスで獣医学を学べる大学は以下のとおりです(出典:「BVA Becoming a vet」)。

  • Royal Veterinary College London
  • University of Cambridge
  • University of Liverpool
  • University of Edinburgh
  • University of Glasgow
  • University of Bristol
  • University of Nottingham
  • University of Surrey
  • Harper and Keele Veterinary School
  • The Aberystwyth School of Veterinary Science
  • University of Central Lancashire

Q12.英国を含めてオフの日は何をされていますか?

ロンドンには無料で入れる美術館や博物館が多いので、散歩がてら美術館・博物館によく行っていました。お酒も好きなので、友人と一緒にパブ巡りするのも楽しみの一つです(写真4、写真5、写真6)。

Q13.今後、EAEVEを活用して英国の獣医師免許を取得し、海外での獣医師の仕事を目指す獣医の学生さんにメッセージをお願いします。

獣医師には本当に多様な働き方ができると思っています。私もまだ模索中ではございますが、漠然と「海外で獣医師として働いてみたいな」と思っている学生さんの選択肢を増やしたり、背中を押したりする存在になれれば嬉しいです。いつか立派な獣医師になられた皆さんとどこかでお会いできるのを楽しみにしております。

Q14.今後は、何を目標にされていますか?

もっと広い視野で健康について考えられるようになったという点でこの1年間の留学は大変意義深い経験になったと思います。卒業後は感染症の研究所でサーベイランスに関する業務に従事する予定です。こちらでは、より効果的なサーベイランスと感染症対策を備えた社会の実現に貢献したいです。

さらに長期的な目標としては、人獣共通感染症の対策を通じて動物と人間の健康に貢献し、One Healthの考え方を軸にして分野横断的に活躍したいと考えています。

編集後記

篠崎夏歩先生は、「帯広畜産大学のEAEVE認証システム」(参照:JVM NEWS 2024-08-09「JAVSコラボレーション-獣医師による獣医大学訪問(5) 帯広畜産大学-後編」)を活用して初めて英国獣医師免許を取得されました。今回はその経緯やプロセスを中心にお話をうかがいました。

以前、米国での獣医師免許取得方法については、瀧澤遥絵先生(PAVEプログラムを活用。参照:SAMI NEWS No.64「海外で活躍する獣医師:瀧澤遥絵先生の『北米獣医師免許試験取得編』」)と五十嵐和恵先生(ECFVGプログラムを活用。参照:JVM NEWS 2024-03-19「国内外の各分野で活躍されている獣医師(1) 米国 五十嵐和恵先生」)のお2人に紹介いただきました。

今回はヨーロッパにおける英国獣医師免許取得について、EAEVE認証システムを活用しての報告です。この EAEVE に認証されている(獣医学教育が国際的な水準に達していると保証された)大学で学ぶと、国際通用力のある獣医師として卒業できるということです。例えば英国の獣医師を目指すならば、世界有数の難易度の獣医科大学のひとつである Royal Veterinary College London の卒業生と対等ともいえます。

海外で獣医師としての活躍を希望する学生達にとっては、篠崎夏歩先生はそのファーストペンギンといえ、この記事がそういった学生達に少しでも役立つならば幸いです。

英国での一年間の留学を終えて、卒業後は感染症の研究所でサーベイランスに関する業務に就職されるとお聞きしています。

今後、ワンヘルスの重要性が増し、社会における獣医師の更なる地位向上に繋がることを期待しています。

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