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■JAVSコラボレーション-獣医師による獣医大学訪問(2) 酪農学園大学-後編

2024-05-13 14:34 | 前の記事 | 次の記事

写真1A:左から筆者、浅川教授、石﨑講師/1B:WAMCの研究・教育活動報告の1例/1C:『野生動物の法獣医学~もの言わぬ死体の叫び~』(地人書館)、『野生動物医学への挑戦~寄生虫・感染症・ワンヘルス~』(東京大学出版会)/1D:法獣医学をテーマにしたコミックのシリーズ『ラストカルテ』(小学館)

写真2 植田啓一先生からのメッセージ

写真3 村上景子先生からのメッセージ

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSとしてJAVS(日本獣医学生協会)とのコラボレーションにより獣医大学を紹介しています。

第2回目は、第1回目に続き酪農学園大学です。酪農学園大学獣医学類感染・病理学分野 医動物研究室の浅川満彦教授と石﨑隆弘講師にお話をうかがいました(写真1A)。

Q1.酪農学園大学に野生動物医学センター(WAMC:Wild Animal Medical Center)が設置された経緯を教えて下さい。

2004年4月、WAMCは文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(酪農学園大学大学院、当時代表:谷山浩行 元教授)の一環として、大学付属動物病院(現・酪農学園大学付属動物医療センター)構内に設立されました、

WAMCは、野生種のみならず、動物園水族館(園館)の飼育動物、アルパカや、ダチョウなどの特用家畜・家禽、愛玩鳥、エキゾチック動物(エキゾ)などを対象に諸活動を実施しています。

設立時の背景として主に3つの理由があげられます。

1番目は、21世紀になってすぐの秋、北海道・美唄という場所に飛来した国の天然記念マガンにおいて、ウイルス感染症マレック病の病変を見出したことがきっかけでした。

マレック病は、脚や翼に麻痺症状が起きる病気で、鶏やウズラで届出伝染病に指定されており、養鶏産業上、問題視されています。したがって、野鳥にマレック病が発生すれば。養鶏に悪影響があるので、調査は予防のために必須となります。

2番目は、この年、高度病原性鳥インフルエンザが発生し、野鳥における感染症問題は酪農を含む畜産業にとって看過できなくなっていました。マガン以外の他の野鳥も危険ではないかという連想もあり、酪農学園大学に野鳥が運ばれ、検査を後押しする追い風となりました。

3番目は、2005年には、外来生物法が施行されて、酪農学園大学南縁に隣接する野幌森林公園ではびこり始めたアライグマのような外来哺乳類も運びこまれ、その病原体調査が本格的に開始されました。

このような理由から、次第に感染症の病原体を扱うことが業務の中心となっていったことから、バイオリスク面で難ありとされ、大学付属動物病院(現・酪農学園大学付属動物医療センター)に2004年4月にWAMCが設立されました。

以降、私がその運用を任されています。

Q2.浅川教授がWAMCの運用を任された理由は何だと考えられますか?

以下の理由が考えられると思います。

  • 研究に基盤を置き教育する大学なので、まず、関連論文業績が考慮された。
  • 寄生線虫類の生物地理研究のため、野生動物を宿主モデルにしており、この研究で日本生物地理学会賞と獣医学博士号を取得したこと。
  • 学位取得直後、酪農学園大学組織改編の都合で野生動物学兼任を命ぜられたこと。
  • そのキャリアアップとしてロンドン大学王立獣医大学校(大学院)で野生動物医学専門職修士号MSC WAHを得たこと。
  • 学外同志とともに日本野生動物医学会を創立したこと。
  • 同窓会の中で牽引力となる人材教育のために認定医制度を策定したこと。
  • 認定医制度を策定し、その資格(感染病理分野)を得たこと。

これらの遠因が理由だと考えます。

Q3.浅川教授が獣医師を目指した理由あるいは動機は何ですか?

高校2年生の頃、進路を模索する中で、寄生虫による風土病、あるいは宿主-寄生虫関係の固有分布が、なぜ生じたのかという疑問を持ちました。

幼少期の回虫排出や、40年前以上の故郷・山梨では日本住血吸虫が風土病であったことなどが背景となり、きっといろいろな動物には、いろいろな未知の寄生虫がいるはずだ、そして、そのような寄生虫の由来を地域の歴史と紐づけて見たいと思い、酪農学園大学に進学しました。

Q4.浅川教授がWAMCを運営されている中で思い出深かったことは何かありますか?

スズメが大量死した際にWAMCを含めて死因の究明と死んだスズメの取り扱いについて各部署で転々とし、また、それぞれの検査機関で死因が異なる結果になったことです。

2001年秋、WAMCで国の天然記念物マガンからマレック病ウイルスによる腫瘍病変が発見されて以来、北海道庁(以下道庁)は、水鳥(海鳥を含む)の死因解明を、酪農学園大学に依頼するようになりました。

それまで、野鳥全般の死因解明は、北大が一手に担っていました。その負担は大変大きいので、道庁は北大に配慮し、陸鳥のみを依頼することにしました。

もちろん、スズメは陸鳥なので、大量死したスズメの依頼は最初北大に行きましたが、変性が著しい腐ったスズメの死体は受け取られず、大量の死体が宙に浮き、道庁冷蔵庫に戻って来ました。

しかし、その直後、別部署から冷蔵庫を空にせよと同僚から迫られた道庁職員は、そのまま廃棄するのは惜しいと考えました。

そこで、道庁職員は酪農学園大学が野生動物の死体を集めていることを思い出しWAMCにスズメ死体が送付されました。届いた死体は、外見は正常でしたが、内部は変性した(塩辛・スルメ)状態でした。

そのような中でWAMCが出した死因は、スズメのそ嚢から、ブドウ球菌が濃厚に得られたことにより、免疫抵抗力を落とす要因が背景にあり、細菌の日和見感染が起きたと道庁に報告しました。

一方、後に送られた新鮮な死体から北大は「死因は融雪剤による急性塩中毒」とする酪農学園大と異なる結論を出しこれが道庁の公式見解となりました。

そのうち、スズメの集団死は、さらに南にある登別でも起き、その死体が回収され、津軽海峡を渡り、神奈川県の麻布大学獣医病理学研究室に送られました。そこでの結果は、サルモネラ菌Salmonella Typhimurium DT40感染症が原因とされました。

同じスズメの集団死でも、異なる死体状況で3つの死因説が出るのは興味深いことでした。

今回の経験から、乾燥や腐敗が高度に進行した死体でも積極的に死因解析する分野が、獣医学には必要と痛感しました。それが、死因解析で正統派の獣医病理学が受け付けない野生動物の死体を解析する「法獣医学の確立」という目的につながりました。

Q5.WAMCの研究成果はどのような形でフィードバックされているのでしょうか?

印刷物の形で活動報告をしています(写真1B)。

Q6.野生動物医学に関する浅川教授の著書には何がありますか?

近著として2つあります。

1冊目は『野生動物医学への挑戦-寄生虫・感染症・ワンヘルス』(2021年、東京大学出版会)、2冊目は『野生動物学の法獣医学 もの言わぬ死体の叫び』(2021年、地人書館)です(写真1C)。

Q7.『ラストカルテ』という法獣医学のテーマを扱ったコミックがありますが、浅川教授はご存知ですか?

はい、この漫画の著者は私の娘です(写真1D)。

Q8.浅川教授がロンドン大学王立獣医大学校(大学院)留学で印象に残ったことが何かありますか?

英国では、野生動物死傷の対応について、英国獣医師会が編纂したマニュアル『BSAVA Manual of Wildlife Casualtiest(傷病鳥獣のBSAVAマニュアル)』があり、その中にも法獣医学的事項が盛り沢山でした。

また、英国留学先の法獣医学の先生であるDr J・クーパー博士が2007年に書いた『Introduction to Veterinary and Comparative Forensic Medicine(獣医学・比較法医学入門)』では、「法獣医学が対処する問題として、厳密な法規とは関連しない“non-legal”な諸問題も包含すべき」と述べられ、野生動物も積極的に法獣医学の対象になることが提案されています。これは、日本で法獣医学を展開する際に、大変示唆的であるし、何よりも私は勇気付けられました。

Q9.法獣医学という分野は日本ではいつどんな目的でできたのでしょうか?

法獣医学という分野名称は、最近になって飼育動物の虐待を証明する実学とされるようになりましたが、元々、明治時代に粗悪な乳肉や家畜の不正売買に伴う犯罪などを立証し、もって類似の事件発生を未然に防ぐ分野でありました。以上のように現今の法獣医学と明治の法獣医学とでは、若干焦点が異なる印象なので、一度整理して異物同名などの無用な混乱を防ぐ必要があると思います。

Q10.WAMCが閉鎖になった理由を教えて下さい。

酪農学園大学が欧州獣医学教育機関協会(European Association of Establishments for Veterinary Education 以下、EAEVE)の国際認証を目指し、獣医学教育の質の保証と国際化に取り組んでいる中で、本学獣医学群全体のバイオセキュリティーの見直しが行われ、WAMCにおいて野鳥傷病鳥獣救護活動を継続することは、人畜共通感染症の蔓延防止の観点から困難とされました。

また、WAMCが入っている建屋は別目的の施設となる予定のため、約34年間続いた本学における救護活動が停止しました。

Q11.石﨑先生が今後研究でやっていきたいテーマは何ですか?

医動物学研究室には野生動物から収集した蠕虫標本が500点以上あるので、そのサンプルを使用して分子生物学的研究や、遺伝子解析による過去と現在の寄生虫相の比較研究を実施したいです。

またフィールドワークとして、原虫類の中でもバべシア原虫を研究し、ピロプラズマ症の研究に貢献したいです。

Q12.浅川教授 が今後やっていきたいことは何ですか?

中高生向けの本を執筆したい考えています。

・2人の先輩からのメッセージ

1人目は沖縄美ら海水族館の獣医師である植田啓一先生です(写真2)。

2人目は、米国のアイオワ州立大学獣医学部で活躍されている村上景子先生からです。英文と和文の両方でメッセージをいただきました(写真3)。

沖縄美ら海水族館のインタビュー記事の詳細はシリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」の「(8)沖縄美ら海水族館-前編」と「(9)沖縄美ら海水族館-後編」をご覧下さい。

編集後記

今回は、酪農学園大学の浅川教授と石﨑講師にWAMCを中心にお話をうかがいました。

WAMCが閉鎖されるのは大変残念な事です。野生動物法医学については、まだ日本において新しい分野ですが、『ラストカルテ』や『野生動物の法獣医学』にわかりやすく説明されており、今後継続的に学問の研究が進まれることを望みます。

また、酪農学園大学の先輩お二人から熱いメッセージを今回いただきました。

お1人は、沖縄美ら海水族館で世界初のイルカの人工尾びれの作成とそれを用いた理学療法の実施をされ、マンタの水中エコー検査やジンベエザメの水中採血を試みた植田啓一先生です。

もう1人は、単身米国の獣医大学に留学され「米国獣医腫瘍内科学専門医」と「米国獣医放射線腫瘍学専門医」を取得されました村上景子先生です。現在、アイオワ州立大学医学腫瘍内科および放射線腫瘍科の教員としてご活躍されています。

お2人の共通する点は、まだ誰もやっていない初めての試みについて、恐れることなく果敢に取り組んだ結果、数々の研究成果や資格を取得されたことと思います。

これが、酪農学園大学のスピリッツだと思います。後輩の皆も是非、先輩に続いて獣医学分野において、新たなチャレンジをして下さい。

シリーズ「JAVSコラボレーション-獣医師による獣医大学訪問」