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■【寄稿】日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(20)JRA馬事公苑に勤務 吉田佳織先生

2026-10-16 19:35 掲載 | 前の記事 | 次の記事

写真1~写真7

写真8(写真提供:吉田佳織先生)

写真9~写真13

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSにおいて日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。

今までは、日本中央競馬会(以下JRA)に勤務されている獣医師、帯広のばんえい競馬場の馬を診療されている獣医師、全国的な規模で展開している乗馬クラブの馬を診療している獣医師、地方競馬に勤務されている獣医師を中心にインタビューを実施してきました。

視点を海外にも向け、獣医大学を卒業後単身ドイツに渡り、馬の臨床獣医師として活躍されている先生やカナダのプリンスエドワードアイランド大学獣医学部で馬の外科のレジデント(専門科研修医)をされている獣医師、中近東のカタール国ドーハで馬の診療所(EVMC)附属病理部長の獣医師にインタビューを実施してきました。

今回はJRA馬事公苑において馬の臨床獣医師として活躍されている吉田佳織先生(写真1)にお話をうかがいました。

(取材日:2026年7月1日)

Q1.馬事公苑内における診療業務の概要およびアピールポイントを教えてください。

繋養している馬は用途が幅広く、大人しく高齢な乗用馬から、競走馬を引退したてのリトレーニング中のサラブレッド、世界のトップレベルの馬術競技を経験した(今も活躍中の)海外品種の乗用馬、小さなお子さんとのふれあい専用のポニーなど様々です(写真2、3)。

多様な馬を満遍なく診るという意味では日本中央競馬会の中では少し特殊な環境かもしれません。

国際馬術連盟(FEI:Fédération Équestre Internationale)が主催する競技会などでは帯同獣医師を担当することがあるため、Permitted Treating Vetという国際馬術連盟が付与する獣医師診療資格を馬事公苑の獣医師は取得する必要があります。

また、馬事振興も馬事公苑の大事な業務目標であるため、乗馬を知らない人向けのイベント立案も大事な仕事です。「JRAホースショー」や「馬に親しむ日」というイベントでは、お客様に見学していただけるように、診療所、手術室、装蹄所を開放する企画を行っています。

さらには聴診体験といった獣医師の業務を体験するイベントも同時開催しており、小さなお子さんにも獣医師に興味を持ってもらえるよう心がけています。

設備としては、東京2020オリンピックの際に新しい診療所を建設し(写真4)、装蹄所、手術室(写真5)、入院馬房(冷暖房完備)、水冷馬房、研修室が設置され、国際競技はもちろん多様なニーズに対処できるようになっています。

Q2.馬事公苑で繋養している馬は何頭でしょうか?その中でサラブレッドの比率はどのくらいでしょうか?

70頭前後です。サラブレッドは2割程度です。

Q3.獣医師診療資格を取得するために実施されるテストの内容を具体的に教えてください。

Permitted Treating Vetという資格で、FEIの獣医規程等について英語で出題されます。FEI規程集を読み、FEIのwebサイトで過去問を解くこともできるのでそれで勉強しました。英語表記の問題になりますが、webサイトで何回でも受験することができます。なお、有効期間は3年間となります。

Q4.馬事公苑で開催されているオリンピック以外で代表的な国内外の競技大会を教えてください。

まさに今年2026年の秋に、愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会の馬術競技が開催されます。国内の競技としては、例年全日本馬場馬術大会part2、全日本障害馬術part1、RRCファイナルなどが馬事公苑で開催されています。またJRA主催の馬術競技として、5月にJRAホースショー、11月には内国産馬限定のジャパンブリーディングホースショーが開催されます。

Q5.馬事公苑に勤務されている職員の数、獣医師の数を教えてください。

獣医師は3名、診療助手が1名、装蹄師が4名です。獣医師の3人のうち2人が女性獣医師で、1人は育児短時間勤務で働いています。

Q6.女性から見たJRAの職場の雰囲気と働く環境はどのような状況でしょうか?また出産から子育てについて支援は何かありますか?

10年ほど前から多数の女性獣医師が入会し、以前より産休育休に対する理解は進んだと思います。(馬を扱うので)危険を伴う業務や体力仕事なところがあるので、楽ではないですが、自分の体力や家庭状況に合わせて働き方を調整させてもらえるところはとても助かっています。

出産・子育て支援としては一般的な公務員や会社員と同じような産休・育休・時短勤務の制度があります。

Q7.2025年の診療概況について教えてください。

2025年はのべ診療件数963件、手術件数2件(いずれも去勢手術)でした。

Q8.病類別で多い疾患は何ですか?

運動器が35%、アレルギーなどの全身性疾患が17%、疝痛などの消化器疾患が15%、皮膚疾患が13%でした。昨年は一部の馬が蕁麻疹を繰り返したため診療件数が多くなりましたが、基本的に跛行以外は疝痛・創傷・皮膚炎などの疾病を満遍なく診ています。

Q9.馬の診療で使用される代表的な外国製の動物用医薬品は何かありますか?

主な3つの動物用医薬品を紹介いたします(写真6、7)。

  • ①V.A.M.Injection:クエン酸アンモニウム(鉄)、硫酸銅、ビタミンB群(B2、B5、B6、B12)およびビオチンを含有しています。使用目的は赤血球数の維持、食欲のサポート、そして組織の修復や運動によるストレスからの回復を助けます。
  • ②VetriBute:フェニルブタゾンの経口投与の錠剤(Bolusタイプ)。使用目的は、骨格筋系の炎症状態、疼痛、発熱の緩和です。
  • ③Regu-Mate:雌馬の発情を抑制するために使用される経口投与用のアルトノゲスト製剤です。液剤タイプです。

Q10.診療関係で馬事公苑と他のJRA施設との連携関係はありますか? あればその内容も教えてください。

去勢や外傷に対する縫合術等の比較的簡単な手術は馬事公苑で実施しますが、より高度な整形外科手術や開腹手術は美浦トレーニング・センターへ馬を輸送し実施します。また、美浦トレーニング・センターではMRI検査も実施できるため蹄疾患などの馬を輸送して検査することもあります。

他のJRA診療施設も同様ですが、病理検査などは競走馬総合研究所にお願いしています。

Q11.吉田先生が馬の臨床医を目指された理由とJRAに勤務を希望された理由を教えてください。

大学馬術部で馬に初めて触れ、馬の獣医師を目指しました(写真8)。JRAを希望した理由は研修プログラムが充実していたことと、馬の臨床だけでなく競馬開催や馬事振興など馬産業の中で幅広く活躍する機会が得られることを魅力に感じたためです。

Q12.具体的にどんな研修プログラムがあり充実しているのでしょうか?

まず入会すると全国のJRAの診療施設及び競走馬総合研究所を回る「獣医研修」を受けますし、年次が上がったら生産地の研修、海外の競馬関連施設を回る研修なども多数あります。

選抜されないと受けられない研修も多数ありますが、競馬やサラブレッドに関する知見を広める機会はたくさんあります。

Q13.吉田先生のJRA入会から現在までの経緯について教えてください。

入会時、栗東トレーニング・センター(5年)→馬事公苑(2年目)です。

Q14.栗東トレーニング・センターに5年間勤務されたとのことですが、そのご経験が現在の馬事公苑でどのような時に役に立っていると思われますか?

乗馬の世界では少ない若くてホットな馬を見ても落ち着いて診療することができることでしょうか。

Q15.吉田先生が診療の中でご経験された印象深い出来事&残念だった出来事を教えてください。

長く治療し、リハビリした馬が競技会で目標とする成績を収められたときは嬉しく感じました。

前々から歩様の良し悪しに波がある馬で、なかなか痛点や病変部を診断できない時は悔しいなと思います。

Q16.仕事のやりがいと吉田先生が大切にされていることは何でしょうか?

健やかな馬を見ることが何よりの原動力です。また、馬の担当者から体型のことや乗った時の違和感など小さなことでも相談されると、信頼されているのかなと感じて日々の診療業務のやりがいに繋がります。

今まで競走馬をメインで診療していた身として大切にしていることは、競走馬と比べて乗馬は痛みや感情を我慢しやすい馬が多いため、小さな変化も見逃さないよう診療することです。

Q17.競走馬と比べて乗馬は痛みや感情を我慢しやすい馬が多い理由は何だと思われますか?

品種や年齢が大きいと思います。また、普段から、体を触られてもじっとすることを求められている真面目な馬だと、競走馬と比べると控えめだなと思います。

Q18.競走馬と乗用馬で病気の発生に違いはありますか?

競走馬と乗馬はともに運動器疾患が多いですが、競走馬は主に前肢の腕節・球節の骨折、腱靭帯炎が多く、乗用馬は蹄部や背中、腰などといった腕節・球節以外の運動器疾患も多くみられます。

Q19.今後、吉田先生がチャレンジしたいことや目標は何でしょうか?

乗馬の跛行は複雑で診断が難しいと感じます。機会があれば海外のハイレベルな跛行診断技術を学びたいと思っています。

Q20.競走馬の診療をする上で参考とされている国内外の本や学術雑誌について教えてください。

次の参考書となります。

    • 跛行⇒『Adams and Stashak's Lameness in Horses』
    • 診断麻酔⇒『Equine Joint Injection and Regional Anesthesia』
    • 競技馬の疾病総論⇒『Equine Sports Medicine and Surgery Basics and Clinical Sciences of the Equine Athlete』
    • レントゲン⇒『Clinical Radiology of the Horse』

Q21.今後、必要となる動物用医薬品、機器、器具などがあれば教えてください。

FEIが指定する海外製のマイクロチップリーダーはBluetooth機能によりFEIの公式アプリと連携できますが、日本に輸入する際に、その機能が国内の電波法の関係で、消去されてしまうと聞いています。日本の電波法内で、FEIの公式アプリと連携できるマイクロチップリーダーがあれば嬉しいです。

Q22.馬事公苑の診療所の今後の方向性があれば教えてください。

おそらく馬事公苑は、馬と触れ合ったことがない一般の方々にも来訪していただきやすい日本で一番の馬の施設だと思います。この環境を活かして、馬に興味を持つ人が一人でも増えるように馬の獣医師の仕事を積極的に発信していきたいです。

Q23.その一般の方への普及活動の例がありましたら教えてください。

ホースショーなどのイベント時に馬の心臓の聴診体験を開催したり、診療所を開放し設備や診療道具を見て触れていただく機会を作ったりしています。

Q24.JRAの獣医職を希望する獣医学生へのメッセージがあればお願いします。

残念ながら馬事公苑ではインターンシップは受け入れていませんが、JRA関連施設では栗東・美浦トレーニング・センターや競走馬総合研究所で学生の研修を受け入れていますので、少しでも興味がある方はぜひ参加してみてください。

Q25.獣医学生へのアドバイスとして、JRA入会に向けて吉田先生がなされた試験対策を教えてください。

まずは馬の診療施設へ研修にいくことが大事だと思います。就職先を探す上で、研修先の職員からたくさんお話を聞き、その職場で働くビジョンが見えてくるかどうかはとても大事だと思います。また、そこで教わる代表的な馬の疾病についても勉強しておくと、採用の筆記試験でも役立つのでお勧めします。

編集後記

今回はJRA関連の取材の4回目としてJRA馬事公苑で勤務されている吉田佳織先生にインタビューをいたしました。

JRA馬事公苑は、東京2020オリンピックの際に新しい診療所を建設して装蹄所、手術室、入院馬房(冷暖房完備)、水冷馬房、研修室が設置され、国際競技はもちろん多様なニーズに対処できるようになっていることがとても印象的でした。

吉田先生はJRA馬事公苑に異動される前に、栗東トレーニング・センターに5年間勤務されていてその経験を活かして、競走馬と乗用馬との病気の違いや性質の違いなどを良く把握されていることは、とても素晴らしいと思いました。

JRA馬事公苑は,一般の方にも馬事振興の普及活動を行っており、メインオフィスの1階は馬術関係の書籍・映像を楽しめるライブラリーや、本格的な馬術の気分を味わえるホースシミュレーターがあります(写真9、10)。また、2階はメインアリーナを一望できる素敵なレストランも併設されています(写真11、12)。

東京都内のこのような広大な緑があり、馬とも触れ合うことができる施設(写真13)はそう多くはないので、「JRAホースショー」や「馬に親しむ日」という馬のイベントの際は是非行ってみるべきだと思いました。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」