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■日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(14)ノーザンファームしがらき 成富麻純先生

2026-01-19 15:49 掲載 ・2026-01-20 09:33 更新 | 前の記事 | 次の記事

写真1・写真2・写真3・写真4

写真5 成富麻純先生(左)。右は筆者。

写真6・写真7・写真8・写真9

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSにおいて日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。

今までは、日本中央競馬会(以下JRA)に勤務されている獣医師、日本の競馬界に貢献した生産者の獣医師、帯広のばんえい競馬場の馬を診療されている獣医師、全国的な規模で展開している乗馬クラブの馬を診療している獣医師、地方競馬に勤務されている獣医師、馬の歯を特に治療されている獣医師の記事を掲載してきました。

海外にも視点を向け、獣医大学を卒業後単身ドイツに渡り馬の臨床獣医師として活躍されている先生、カナダのプリンスエドワードアイランド大学獣医学部で馬の外科のレジデント(専門科研修医)をされている獣医師、中近東のカタール国ドーハで馬の診療所(EVMC)附属病理部長の獣医師の記事を掲載いたしました。

前回の第13回目は、馬の二次診療で有名な有限会社 社台コーポレーション 社台ホースクリニックに勤務されている獣医師の記事を掲載いたしました。

第14回目は、「ノーザンファームしがらき」(写真1~4)に勤務されている獣医師の成富麻純先生(写真5)にお話をうかがいました。

(取材日:2025年6月25日)

Q1.ノーザンファームの診療業務の概要およびアピールポイントを教えてください。

ノーザンファームは、在厩頭数3684頭、毎年700頭以上を生産する世界最大規模のサラブレッド生産/育成牧場です。繁殖牝馬の妊娠分娩から現役競走馬まで、北海道、福島県(天栄)、滋賀県(しがらき)の3拠点を有し、各地に獣医師が勤務しています。

競走成績においても獲得賞金リーディングを15年間継続中で、世界的に有名なディープインパクト・イクイノックス・フォーエバーヤングなどを輩出しており、実際にそれらの馬の治療や栄養管理のみならず、トレーニングのアドバイスや海外遠征に帯同してのコンディショニングなども獣医師の重要な仕事です。

北海道には生産、育成、調教部門があり、馬のあらゆるライフステージに寄り添う中で遭遇する疾病も多種多様です。実際に牧場から数分の場所に位置する社台ホースクリニック(以下SHC)と連携し、一次診療の診断技術だけでなく外科的知見を習得することができて幅広い知識と経験を効率良く積むことができます。

本州(天栄・しがらき)では競馬直前の馬と関わり、運動器疾患や運動生理学の専門性を高めていきます。前述の通り自分がケアした馬が数週間後に競馬場で活躍し、携わったスタッフの喜ぶ姿を見ることに大きなやりがいを感じます。

生産育成を一貫して行う中で強いアスリートを育成するための予防医療を提唱し、スタッフと一体となって馬作りの中核としての役割を担うのが、ノーザンファーム獣医チームの特徴です。

他の馬診療施設と比較しても一年目から実際に縫合や直腸検査などの処置をさせてもらうことにより症例数を多く積むことができます。またチーム医療としてディスカッションを大切にしており、気軽に相談できる上司や同僚が多くいることで、柔軟で引き出しの多い診療スタイルを身に付けることもできます。

Q2.ノーザンファームに勤務されている職員の数、獣医師の数(内:女性獣医師の数)を教えてください。

牧場の全職員数は1050名、各場のマネージャー5名の内4名が獣医師です。マネージャーを除いた臨床獣医師は18名(内8名が女性)で、内訳としては北海道12名、天栄3名、しがらき3名です。

Q3.診療概況について教えてください。

2023年では、全場の延べ診療件数は34,000件、手術件数518件(JRA35件、SHC314件、牧場内手術:肢軸矯正手術88件、声帯レーザー手術6件、帝王切開2件、去勢73件)です。

Q4.病類別で多い疾患は何ですか?

2023年では、運動器疾患5,520症例、呼吸器疾患2,441症例、消化器疾患841症例、皮膚疾患(創傷も含む)521症例、周産期・新生児疾患504症例、眼疾患257症例の順で、やはり運動疾患が多くを占めます。

Q5.ノーザンファームの診療所における2023年総手術件数、内訳を教えてください。

肢軸矯正手術(螺子固定)88件、声帯レーザー手術6件、去勢73件です。それ以外の手術は前述の通り近隣のSHCと連携し、全て立ち会います。

Q6.ノーザンファームで生産された有名馬を教えてください。

イクイノックス、アーモンドアイ、ディープインパクト、キングカメハメハ、フォーエバーヤング、ドウデュース、ジェンティルドンナ、リスグラシュー、ブエナビスタなどです。

Q7.診療等で社台グループとの関係はありますか?

診療においては社台ホースクリニック(SHC)に手術や精密検査(CTや跛行診断等)を依頼しています。

直接的に社台ファームや追分ファームと診療で関わることは少ないですが、お互いに牧場のクラブツアーに参加させていただくこともありますし、学会やSHC主催の勉強会で意見交換をさせいただくこともあります。

Q8.成富先生が馬の臨床を目指された理由とノーザンファームに勤務を希望された理由を教えてください。

学生時代に実家の近くにあった場外馬券場の受付のアルバイトを始めたことにより、競馬に興味を持つようになりました。そこで競走馬の獣医師の存在を知り、東京競馬場の診療所に異動希望を出して働かせていただいて、さらに馬を身近に感じるようになりました。

2013年のダービーでは多くの人々の希望を背負って2011年の東日本大震災をきっかけに広まった言葉「絆」を馬名の由来とするキズナが優勝するのを間近で見て、こんなにも多くの人に祝福してもらえるような馬を私も作りたいと思って競馬の世界を目指しました。

ノーザンファームを希望した理由は牧場が今まで培ってきた経験に加えて、獣医師を中心として科学的根拠に基づいた飼養管理、調教、治療を行っていき、競馬の結果を見ながら毎年答え合わせができることも魅力だと思ったからです。

Q9.成富先生が診療の中でご経験された印象深い出来事&残念だった出来事を教えてください。

私が北海道に勤務していた頃は全ての出産に獣医師が立ち会っていました。

試行錯誤を繰り返す中で、以前は救うことができなかった難産で心肺停止状態で生まれた新生仔の蘇生に成功するようになり、スタッフの献身的な入院治療により1週間後には元気に放牧地を走り回る姿を見ると、達成感を感じると同時に仔馬の生命力に驚かされます。

超良血馬の仔馬が先天性の免疫不全で、呼吸困難、肺炎、多関節の感染性関節炎、角膜潰瘍を併発し、1か月以上思いつく限りの治療とケアを尽くしましたが、最終的には多剤耐性菌の出現により感染をコントロールできずに救えなかったことが残念でした。

弊社には獣医師出身のマネージャーが多いこともあり、経済的にも労力的にチャレンジングな治療にも獣医療発展のためであれば理解があります。例え救えなかった症例があったとしても責められたことはなく、次同じ症例が出たら何ができるか、同じ症例を出さないために何ができるかをいつも問われ、臨床獣医師の意向を尊重してくれるのでやりがいを感じると同時に責任感が養われます。

Q10.「例え救えなかった症例があったとしても責められたことはなく、次同じ症例が出たら何ができるか、同じ症例を出さないために何ができるかをいつも問われている」とのことですが、具体的にどのようなことを実施されて再発防止をされているのでしょうか?

北海道で助けられなかった馬に対しては、酪農学園大学にて病理解剖を実施します。その際に診療を担当した獣医師も病理解剖に立ち合います。その結果を含めて今後の対応策を記載したレポートを会社に提出し、朝のミーティングにて報告を行います。

報告後、皆でディスカッションを行い獣医師出身のマネージャーから質問やコメントをいただくことがあります。これらのレポート報告は新入社員の時から実施しています。これにより、診療技術の早期レベルアップが図れると思います。

Q11.仕事のやりがいと成富先生が大切にされていることは何でしょうか?

1頭の馬が競走馬になるまでにたくさんの人が関わっており、勝ったときには喜びを皆で分かち合えることに特にやりがいを感じます。獣医師といっても動物を介して人(飼い主や普段世話をする人)とのコミュニケーションが必要な仕事です。

馬だけを見ていても分かることは多くはなく、普段世話をしているスタッフやライダーから問題解決のために必要な情報をどう聞き出していくのか、どう感覚をすり合わせていくのかなどのコミュニケーションが馬の病気を治す上でも大事になってくると思います。

Q12.今後、成富先生がチャレンジしたいことあるいは目指す目標は何ですか?

出生時から治療が少なくて済む健康である馬を作ること。飼養管理を徹底して行い、栄養と運動のバランスを整えることで病気になりにくい健康なアスリートを作っていきたいと思います。

世界で一番の規模と人馬が揃った牧場なので、前例のない領域の馬作りをしていく必要があります。私個人は、チームの中で今まで海外のコンサルタントに頼りがちだった栄養分野の勉強をして牧場独自の検証を牽引できればと思います。

Q13.「海外のコンサルタントに頼りがちだった栄養分野の勉強をして行きたい」と回答されていますが、具体的に今後どのように勉強をされていくのでしょうか?

勉強のひとつとして、2026年ポルトガルのリスボンで開催予定の馬の栄養に関する学会EWEN(European Workshop on Equine Nutrition)(2026年7月14日~17日)に参加する予定です。

これらの勉強を行いながら病気の少ない馬づくりに貢献していければと思います。

Q14.ノーザンファームは女性獣医師にとってどのような職場でしょうか?

会社から性別での扱いや待遇面での差は特に感じません。緊急時や時間外の対応などどうしても体力が必要な場面はあり、個人的に体力面での性差は感じることはあります。

業界全体に言えることかと思いますが、弊社の女性獣医師も近年急増しましたので、その世代が産休や育休を取りやすいように、上司や会社も柔軟に労務管理面の改善に取り組まれており、長期的に性別に関わらず不公平感を感じずに多様なライフステージに適した働き方ができる仕組み作りが進んでいくように感じています。

Q15.ノーザンファーム診療所は、何か課題をかかえているでしょうか?

馬臨床獣医師はライフワークバランスがとりにくく、在宅勤務もしづらい仕事のため、今の世の中の流れと逆行している業界ではあります。10年前と比較しても休日数や福利厚生も格段に良くなりましたが、ノーザンファームで働くことが魅力だと感じてくださる新たな人材を確保することは容易ではないと思っています。

Q16.競走馬の診療する上で参考とされている国内外の本や学術誌を教えてください。

  • エコー:『Atlas of Equine Ultrasonography』
  • レントゲン:『Clinical Radiology of The Horse』
  • 跛行診断:『Adams & Stashak's Lameness in Horses』
  • 診断麻酔:『Equine Joint Injection and Regional Anesthesia』
  • 内科学:『Equine Medicine, Equine Fluid Therapy』
  • 外傷治療:『Equine Wound Management』
  • 栄養学:『Equine Applied and Clinical Nutrition, Equine Clinical Nutrition』
  • 解剖学:『Essential of Clinical Anatomy of The Equine Locomoter System』、『馬の解剖アトラス』
  • 雑誌:「Equine Veterinary Education (AAEP)」、「Equine Veterinary Journal (BEVA)」、「Equine Veterinary Education (BEVA)」

Q17.検査機器、検査器具、動物用医薬品などについて、動物用医薬品会社や動物用医療機器メーカーへの要望があれば教えてください。

競走期までに発症した外科適応ではない慢性関節痛に悩む馬に対するペインコントロールはパフォーマンスだけではなく引退後においてもニーズがあります。

現在は関節症に対する関節内治療薬としてArthramid Vet社のPAAG 2.5%製剤を使っていますが、日本で未承認のNoltrex社のPAAG 4%製剤も使ってみたいと思います。これらの製品は老齢コンパニオンアニマルに対しても有用ではないかと考えており、国内製品が流通することを願っています。

Q18.ノーザンファームが目指しているものを教えてください。

「馬を通して世界中の人に感動を与え、幸せにする」

  • ①世界に通用する馬をつくる
  • ②おごらず謙虚に誠実に世界に通用する技術や知識を持った人となる
  • ③感動を与えるサービスを提供する
  • ④全従業員がノーザンファームで働くことに喜びと幸せを感じる牧場となる

というのが牧場の目標です。ただ勝つのではなく、人も馬も犠牲にせずに幸せにしながら勝つことにこだわって行こうと皆で話し合っています。その通過点として凱旋門賞など馬主様や競馬ファンが感動してくれるような世界中の大レースに挑戦し続けていきます。

Q19.ノーザンファームの獣医職を希望する獣医学生へのメッセージあるいはアドバイスをお願いします。

自分が好きなことを仕事にできる人はほんの一握りで、それがいかに幸せかということに気づかされることがあります。一括りに「馬の獣医」といっても、サラブレッド、乗馬、ばん馬でも大きく診療内容も変わりますし、生産地と競馬場や育成場でも求められる適性やモチベーションは大きく異なります。

学生時代に、臆することなくいろいろな職場に見学に行って、少しでも多くの先輩と話をする中で自分の内から湧き出るやりたいことや、どうありたいかをよく考えることが重要です。

ノーザンファームでは5~6年生を主な対象としたインターンシップを1週間ほど実施しています。チームの一員として働きたいと思ってもらえたら、年間2回設けている入社面接を受験していただく流れになります。私もそうだったように馬を扱ったことがない方でも馬や競馬が好きという気持ちがあればしっかりと教えていきますので、ぜひノーザンファームでの実習をきっかけに競馬の世界に飛び込んで来て欲しいと思います。

Q20.成富先生が学生時代に行った馬の施設見学についても教えてください。

私は、JRA関連の施設(日高育成牧場、栗東トレーニングセンター、競走馬総合研究所)、社台関連施設、NOSAIの日高支所家畜高度医療センター、生産牧場などを大学2年から見学に行きました。

編集後記

2026年は丙午(ひのえうま)です。十干の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」が組み合わさった60年に一度巡る年で、火のエネルギーが重なり情熱的で行動力が高まる、非常に勢いのある年とされています。

その年の「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」の第1回目のインタビュー記事として、在厩頭数3684頭、毎年700頭以上を生産する世界最大規模のサラブレッド生産/育成牧場であるノーザンファームをピックアップし、「ノーザンファームしがらき」に勤務されている成富麻純先生にお話をうかがいました。

ノーザンファームの競走成績は、獲得賞金リーディングを15年間継続中で、世界的に有名なディープインパクト・イクイノックス・フォーエバーヤングなどを輩出しており、実際にそれらの馬の治療や栄養管理のみならず、トレーニングのアドバイスや海外遠征に帯同してのコンディショニングなども獣医師の重要な仕事とのことでした。

獲得賞金リーディングを15年間継続しているのは、獣医師の診療技術の高さと新人獣医師の早期レベルアップが図られているということが、大きな理由であろうと思いました。①一年目から実際に縫合や直腸検査などの処置を行い、症例数を多く積むことができる、②チーム医療としてディスカッションを大切にしており、気軽に相談できる上司や同僚が多くいることで、柔軟で引き出しの多い診療スタイルを身に付けることもできる、③獣医師出身のマネージャーが多く、経費も労力もかかるチャレンジングな治療にも獣医療発展のためであれば理解がある、という体制からもそのことがみてとれます。

「救えなかった症例」に対する考え方、それを繰り返さないために病理解剖を行い皆で原因を追求する姿勢も素晴らしいものです。

成富先生の目標である「飼養管理を徹底して行い栄養と運動のバランスを整えることで病気になりにくい健康なアスリートを作る」に向けて、栄養学などの研鑚に励まれ、多くの「ノーザンファームならでは」を実現していただきたいと思います。

余談ですが、取材先の地、滋賀県信楽(しがらき)のことを少し紹介いたします。1つは信楽焼の窯元が多くあることです。中でも狸の焼き物は全国的に有名でとても愛らしいです(写真6、写真7)。もう一つは、信楽高原鐵道の鉄印帳です。信楽駅事務室でもらうことができます(写真8、写真9)。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」