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インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWS として日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。
第1回目~4回目は日本中央競馬会(以下JRA)に勤務されている獣医師、第5回目は日本の競馬界に貢献した生産者のひとつである社台ファームの獣医師、6回目は帯広のばんえい競馬場内にある合同会社アテナ統合獣医ケアBan'ei競走馬診療所の代表獣医師、7回目は全国的な規模で展開している乗馬クラブクレインの馬を診療している有限会社大和高原動物診療所の関東診療所に勤務されている獣医師にインタビューを実施しました。
第8回目は、視点を海外に移し麻布大学卒業後単身ドイツに渡り、馬の臨床獣医師として活躍されている佐藤俊介先生(写真1A)にお話をうかがいました。(取材日:2024年5月20日)
Q1.獣医大学卒業後、日本でなくドイツに留学した理由を教えてください。
高校生の時に短期間ですがドイツに留学したり、大学在学中にヨーロッパで実習を経験し、症例数や獣医師の経験値の違いを目の当たりにしたことで、ドイツに留学しようと思いました。また、小さな頃からお世話になっている馬術の先生や両親からの勧めも後押しとなりました。
Q2.ドイツでの獣医師免許取得までのステップを教えてください。
ドイツで獣医師免許(写真1B)を取る方法は大きく2つあります。1つは、ヨーロッパ共通言語枠試験(TelcやGoetheなど)のC1レベルの語学試験に合格し、ドイツの大学に5年間通って免許を取得する方法です。もう1つは、日本で獣医師免許を取得した後にヨーロッパ共通言語枠のドイツ語B2の語学試験に合格し、ドイツの外国人用国家試験15科目を受験する方法です。
Q3.ドイツ語B2試験のレベルについて具体的に教えて下さい。
GoetheやTelc(これは国で公式に認められる試験機関です)が行っているヨーロッパ言語共通参照枠(GER)に基づく共通評価レベルで、B2レベルのドイツ語能力が必要です。
Goethe-Zertifikat B2はヨーロッパ共通言語枠B2を満たしていますが、Telc-Zertifikat B2も同様にヨーロッパ共通言語枠B2を満たしています。
このレベルに到達するためには、予備知識や学習条件にもよりますが、600時限から800時限(1時限は45分間)の授業を受ける必要があります。また、B2レベルに合格することは、熟練したドイツ語能力を証明することができます。この試験は、GERに基づく6段階の共通評価レベルで4番目にあたるB2レベルに相当します。
Q4.ドイツの外国人用国家試験15科目を具体的に教えてください。
- 動物遺伝子学
- Tierzucht und Genetik einschließlich Tierbeurteilung
- § 28 TAppV (rechtsrelevant)
- 動物愛護と動物行動学
- Tierschutz und Ethologie
- § 29 Nr.2 TAppV (rechtsrelevant)
- 動物栄養学
- Tierernährung
- § 29 Nr.3 TAppV (rechtsrelevant)
- 動物伝染病と感染疫学
- Tierseuchenbekämpfung und Infektionsepidemiologie
- § 29 Nr.8 TAppV (rechtsrelevant)
- 薬理学
- Arznei- und Betäubungsmittelrecht
- § 29 Nr.10 TAppV (rechtsrelevant)
- 放射線学
- Radiologie
- § 29 Nr.12 TAppV (rechtsrelevant)
- 食品衛生学
- Lebensmittelkunde einschließlich Lebensmittelhygiene
- § 29 Nr.14 TAppV (rechtsrelevant)
- 肉衛生学
- Fleischhygiene
- § 29 Nr.15 TAppV (rechtsrelevant)
- 乳衛生学
- Milchkunde
- § 29 Nr.16 TAppV (rechtsrelevant)
- 医学法規
- Gerichtliche Veterinärmedizin, Berufs- und Standesrecht
- § 29 Nr.20 TAppV (rechtsrelevant)
- 家禽疾病学
- Geflügelkrankheiten
- § 29 Nr.11 TAppV (klinisch)
- 病理学
- Allgemeine Pathologie und spezielle Anatomie und Histologie
- § 29 Nr.13 TAppV (klinisch)
- 繁殖学
- Reproduktionsmedizin
- § 29 Nr.17 TAppV (klinisch)
- 内科学
- Innere Medizin
- § 29 Nr.18 TAppV (klinisch)
- 外科と麻酔学
- Chirurgie und Anästhesiologie
- § 29 Nr.19 TAppV (klinisch)
これらのうち11~15の科目はドイツでの臨床経験によって免除される場合もあります。
Q5.ドイツで特に馬に力を入れている獣医大学を教えてください。
ハノーバー大学とギーセン大学には大きな馬のクリニックがあり非常に有名です。次いでベルリンです。
Q6.先生は、Chu University Españaを卒業されていますがそこで獣医学の何を主に学ばれてたのでしょうか? また、何故その大学を選ばれたのでしょうか?
この大学ではTraditional Chinese Medicine(TCM)中国伝統医療を勉強しました。勉強内容は鍼やお灸、ツボを使ったマッサージ方法からTCM的フードセラピー、漢方を使った治療法などを学びました。私は犬猫と馬の鍼とお灸のコースを卒業しており、引き続き勉強中です。
Q7.ドイツで馬の獣医師の数はどのくらいですか?馬の臨床獣医師の協会などがありますか?
馬と小動物や馬と牛など兼業している方もかなり多く、馬の獣医師という定義が難しいですが、馬の専門医はドイツ獣医師会の統計で現在675人いるそうです。
また、他の企業の統計ではドイツで馬の診療ができる獣医師は獣医師全体の11.7%いるそうです。主要な管理はすべて獣医師会が行っており、特別な馬の協会は私の知る限りありません。
Q8.日本では未実施や未承認薬でドイツでは既に実施されている検査方法や治療方法(薬剤、血液製剤)について教えてください。
少し大きなテーマなので詳細にはカバーしきれないですが、幹細胞を腱や靭帯、関節軟骨に対して注射する再生医療やPRP(血小板療法)、IRAP(インターロイキン阻害血漿、写真1C)、α2マイクログロブリンなどを関節内や腱や靭帯に注射することで修復を助けたり抗炎症作用が得られたりする自己血治療、オステオパシーやカイロプラクティック、フィジオセラピーや有名なところで言えばBaymarやEquitronなどの様々な機械を用いた理学療法においては、ドイツでは対応できるクリニックや選択肢が多いと思います。
Q9.馬に対するオステオパシーの考え方について教えてください。
馬のオステオパシーは、人間のオステオパシーから理論と理念を取り入れ、それを馬の解剖学的、生理学的な特性に適応させたものです。徒手療法を用いて自己回復力を活性化させ、馬を一つのユニットと捉えて、クラニオセイクラルセラピー、内臓のオステオパシー、構造と機能の原理を用いて馬を健康なバランスに調整することが基本的な考え方です。
Q10.馬の診療で印象深い出来事や、残念だったことを教えてください。
一頭一頭特別なストーリーがあり、全頭が印象深く、また救えなかった時や上手くいかなかった時は常に残念です。ただ、中でもオーナー様が非常に喜んでくださった難しい手術などは特に嬉しいですね。
Q11.佐藤先生がご勤務されている馬の診療所名と何故この診療所を選ばれたかを教えてください。
Pferdepraxis Delbrückです(写真2A,2B)。最寄りの空港はパーダーボルン空港です。私はドイツ語も話せず何もわからない状態でドイツに来ました。そんな中で最初はSchöckemöhleという有名な繁殖厩舎で勉強させていただいていたのですが、そこの先生の紹介で今のクリニックに来ました。
Q12.勤務されている馬の診療所の概要を教えてください。
診療は日によりますが30件〜40件、手術は1〜5件あります。
診療する馬の種類は、趣味で飼っているポニーから現役競走馬、競技馬、馬車を引く重種馬やペットのロバ、動物園の馬など多種多様です。比率は競技馬が4割、趣味の馬や動物園などの非スポーツホースが4割、競走馬が2割程度です。
業務内容は多岐にわたり、救急医療、外科手術(写真3A,3B)、跛行診断、骨折整復術、内科診療、歯科診療(写真3C)、眼科診療、繁殖診療(写真3D)、伝統的中医療、カイロプラクティック、予防医療、往診業務、競技会業務などを行っています。
Q13.参考にされている獣医学書を教えて下さい
- 外科手術
- 『Equine Surgery』
- 『Equine Fracture Repair』
- 『The Equine Acute Abdomen』
- 『Arthroscopy in the Horse』
- 麻酔
- 『Equine Anesthesia』
- 眼科
- 『Equine Ophthalmology』
- 一般
- 『Handbuch Pferdepraxis』
- 繁殖
- 『Equine Reproduction』
- 『Equine Reproductive Procedures』
- 跛行診断
- 『Adams and Stashak's Lameness in Horses』
- 『Ross and Dyson Lameness in the Horse』
- 『Clinical Radiology of the Horse』
- 『Equine Ultrasonography』
- 『Equine Joint Injection and Regional Anesthesia』
- 歯科
- 『Equine Dentistry and Maxillofacial Surgery』
- 『Atlas der Zahnheilkunde beim Pferd: Befunde und Behandlung』
- 鍼
- 『Xie's Veterinary Acupuncture』
- 『Traditional Chinese Medicine』
- オステオパシー
- 『Osteopathy in Pferde』
他にも多くありますが、主にこれらを参考にしています。また、各ドイツ大学の講義資料やセミナーの資料なども多用しています(写真3E)。
Q14.馬の歯科疾患にどのような治療方法を実施されていますか?
馬の歯科疾患に対しては大きく二つの治療方法があり、虫歯を削ってセメントなどで充填する歯内治療と抜歯などの外科治療を実施しています。
Q15.ドイツにおける有名な馬術の大会を教えてください。また、ドイツが乗馬大国(強豪国)である理由を教えてください。
有名な大会にはCHIO Aachenの世界馬術大会とHumbug Derbyがあります。
ドイツが強豪国である理由は、良血統の種馬を多数保持しており、ハイクオリティな馬を自国生産・調教しているため、全てが統合的に競技が成り立っている点だと思います。
Q16.海外で診療を目指す学生さんにメッセージやアドバイスをお願いします。
最初は自分でできるだろうかとか、海外が全く違うものに思えるかもしれませんが、大丈夫です。
海外の学生も先生も同じ人間で、僕らと同じ悩みを抱え、頑張っています。海外でやりたい気持ちがあるのであれば、ぜひ思い切って飛び出してみてください。
Q17.ドイツで学んだ技術を日本の乗馬診療、乗馬クラブ、競馬界にどう貢献したいですか?
日本では難しい手術や、治すのが難しいチャレンジングな症例に挑み、助けていけたらと思います。
また、若い獣医師の教育にも力を入れていきたいです。
Q18.今後取り組んでいきたい診療スキルや夢を教えてください。
取り組みたい診療スキルは多すぎて書ききれませんが、直近では中国医療のアドバンスやキネシオテーピング、サドルフィッティング、ナチュラルホースマンシップ、カイロプラクティックなどに興味があります。
夢は日本に世界トップレベルの馬のクリニックを建てることです。
Q19.ドイツで日本と異なる馬の慣習について教えてください。
ドイツでは馬をペットとして飼うハードルが日本に比べて非常に低く、多くの方が馬を飼っています。
長期休暇には家族と馬と一緒に車で湖や森に出かけて外乗を楽しんだり、リゾート施設に厩舎があって馬と一緒に休暇を過ごすことが一般的です。また、馬具の祭典や馬のショーなどのイベントが日本に比べて多いです。
Q20.馬の売買(セリ)と獣医師の診断書の関係とその重要性について教えてください。
ドイツでは趣味で飼う馬の売買でも、獣医師の健康検査を受けてから購入する場合が多いです。
全身のレントゲン検査や身体検査を行うことで、起こり得るリスクを事前に知ることができ、より良いメンテナンスで馬の病気を予防することができます。
Q21.ヨーロッパで活躍されている日本の獣医師の先生がいたら教えてください。
イギリスで小動物のフリーランス獣医師をされている川田彩代先生です。
Q22.先生から見た乗馬の魅力は何ですか?
乗馬はオリンピック競技で唯一、動物とパートナーを組んで戦う競技です。言葉の通じない馬と心を通わせることができる一つの方法だと思います。
人間同士でさえ、心を通わせるのが難しいですが、馬と一つになれたときの幸福感や達成感は、乗馬の最大の魅力だと思います。
編集後記
今回、麻布大学卒業後単身ドイツに渡り、ドイツの獣医師免許を取得されてドイツの診療所で活躍されている佐藤俊介先生にインタビューをいたしました。
まずは慣れないドイツ語を習得することは難しくご苦労されたと思います。その後ドイツの国家試験に合格して、馬の獣医師としてドイツの診療所で勤務されています。ドイツの獣医師免許証は、日本の賞状の様に大きいサイズではなくコンパクトなカードタイプであることは驚きであると共に合理的だなと思いました。
乗馬大国であるドイツの厳しい臨床現場の中でご活躍されていることも凄いことですが、西洋医学だけでなく東洋医学(鍼灸)についてもスペインの大学で積極的に学ばれ馬の診療に取り組まれていることはとても素晴らしいことだと思います。
日本からの往診の要請があると、帰国されるとお聞きしています。まさに獣医界の「福島孝徳先生」です(福島孝徳先生は、ゴッドハンドと言われた米国を拠点した脳神経外科医)。
今後の夢としてドイツで学ばれた経験を活かして、「日本に世界トップレベルの馬のクリニックを建てる」ことだとお聞きしました。その日が早期に実現することを祈念しています。
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シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」