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■日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(17)ドイツPferdeklinik Duisburg GmbHに勤務 進藤千聖先生 後編

2026-06-22 17:23 掲載 ・2026-06-23 15:04 更新 | 前の記事 | 次の記事

写真8・写真9

写真10・写真11

写真12~写真14

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

前編はこちら

Q18.ドイツで就職されてから馬の診療で思い出深いことがありましたら教えてください。

どの症例も思い出深く、1つに絞ることは大変難しいのですが、やはり助けられた症例よりも助けられなかった馬たちのことが多く思い浮かびます。

働き始めたばかりの頃、重度の急性疝痛で1頭の馬が来院しました。緊急開腹手術をしましたが状態が安定せず、疝痛を繰り返し、予後不良となりました。回腸生検から後にEquine Grass Sickness(EGS、自律神経異常症)と診断が下りましたが、私はそもそもその病気を知りませんでしたし、当時はただ先輩獣医師の治療を手伝うことしかできず、いかに自分が無知で無力かを悟りました。また、獣医師として馬の死に立ち会うことも初めてだったため、非常に重く辛い経験でした。

EGSはイギリスをはじめとした限られた地域での報告が多く、原因も特定されていない、未だわからないことの多い神経疾患です。私は学生時代に消化管運動に関する研究をしていたため、この分野には特に興味があり、EGSについても本症例に出会った際にたくさん勉強しました。

近い将来、病因や急性症例に対する有効な治療が明らかになることを強く願っています。

Q19.EGSに関する症例の論文はありますでしょうか?

EGS(Equine Grass Sickness)に関する参考論文として次のものがあります。

  • Pirie RS, Jago RC, Hudson NP.
  • Equine grass sickness.
  • Equine Vet J. 2014 Sep;46(5): 545-53.
  • doi: 10.1111/evj.12254.
  • Epub 2014 Apr 20. PMID: 24580639.

Q20.海外で馬の臨床医として働くことの大変さを具体的に教えてください。また、海外で働いていて良かった点も教えてください。

自身がドイツ語ネイティブでないことは常に悩みの種です。獣医師として働き始めた今でも、可能な限り毎日ドイツ語学習に取り組むようにしており、日常生活においてはほぼ困らない程度のドイツ語技能は身についているはずなのですが、やはり同僚と医療用語を交えた学術的な会話をする時や、そこで話し合われた内容を飼い主さんにわかりやすい表現に言い換えて説明する時、それぞれの場面に応じた適切な表現を選択するのがとても難しいです。

また、馬の生命に関わる仕事をしている以上、語学力の不足が致命的なミスにつながるようなことは決してあってはならないという責任を常に感じています。

特に急患対応は一刻を争うため、緊迫して焦りが出そうになりますが、そのような状況下でも誤解が生じることのないよう、同僚や飼い主とのコミュニケーションに細心の注意を払い、適切な判断を下し冷静に行動をすることを心がけています。

海外で働いていて良かった点は、海外生活を経験できていることです。日本を出たからこそ、それまで当然のように享受していた日本の素晴らしさを身に沁みて感じるようになりました。24時間開いているコンビニ、時刻表通りに来る電車、スムーズで迅速な行政手続きなど、日本での当たり前がドイツではそうではありません。

そのような環境でどうにか生活を成り立てていく“生きる力”を身につけられることも、ある意味海外で働くメリットかもしれません。

Q21.ドイツ語による馬の診療に関する医療用語(テクニカルターム)は何か参考書のようなものがあるのでしょうか?

私は、ドイツ語で書かれた馬の教科書を読んで単語を集めています。

Q22.馬の診療においてドイツと日本で異なる点がありましたら教えてください。

私は新卒で渡独したため、日本で馬臨床医として勤務した経験がありません。したがって、日本における馬の診療の現在を深く理解できていないため、日本とドイツの詳細な比較が難しいのが現状です。

しかしながら、個人的に美浦トレーニングセンターでの骨シンチグラフィの導入には大変興味があります。骨シンチグラフィを用いた核医学検査では、レントゲンでは判別が付きづらい骨折の発見や、CT検査を実施しづらい体幹部の骨疾患の診断への活用が期待されます。

私自身、ドイツのクリニックで実習をした際に骨シンチグラフィ検査に立ち会う機会があり、その精度の高さに驚きを覚えました。日本での実用化をとても楽しみに思っています。

Q23.骨シンチグラフィを使用する際の注意点も教えてください。

骨シンチの注意点ついて私が参考にした論文をいくつかご紹介します。

余談ですが、私が見学した骨シンチのあるクリニックでは、ヨーロッパでは骨シンチはだんだんと立位CTやMRIに置き換わりつつある傾向も若干あるそうです。というのも、骨シンチは入院が必須ですし、放射性同位元素を使うため、一定時間の隔離が必要で、やや煩わしさがあるとのことです。

また、診断麻酔により場所が特定されている症例、軟部組織の疾患などは、骨シンチよりもCT、MRIの方が感度が高く精密な結果が得られるようです。

しかしながら、原因部位がはっきりとしない、複数あるため、全体的なスキャンが必要な場合や、骨盤や仙腸関節など分厚い部分の精査が必要な場合は、やはり骨シンチが有用だそうです。日本に全ての選択肢が揃えば、最高だなと思います。

Q24.ドイツにおける主な馬用医薬品メーカーと主力製品を教えてください。

  • 動物用医薬品メーカー(写真8、9)
  • ①CP-Pharma社:医薬品代理販売事業を行っている会社、鎮静・鎮痛薬、麻酔薬、抗炎症薬、抗生物質など様々な製品を取り扱っている
  • ②Boehringer Ingelheim Animal Health社:Equioxx(フィロコキシブ)、Gastrogard(オメプラゾール)、Buscopan compositum(ブチルスコポラミン臭化物)、Atrovent(イプラトロピウム臭化物水和物)、各種ワクチン
  • ③Heel社:Traumeel、Engystolなどのホメオパシー製剤
  • ④Zoetis社:駆虫薬、各種ワクチン
  • ⑤Virbac社:Inflacam(メロキシカム)、Plumodox(ドキシサイクリン)
  • ヒト医療から
  • ①INFECTO PHARM社:Penicillin G(水に溶かして静脈投与可能なベンジルペニシリンナトリウム塩)
  • ②MILA International社:MILACATH Seldingerカテーテル(長期間留置可能なカテーテル)

Q25.馬の診療において今後、販売や改良して欲しいものがありますか?

日本語で書かれた馬の学術書籍はまだ数が限られているように感じます。

英語やドイツ語で書かれた様々な分野の馬の医学書が、今後より多く和訳され出版されれば、日本における馬臨床教育にも役立つのではないかと思いますし、私にできることがあれば積極的に協力していきたいと考えています。

Q26.具体的に教えてください。

私が最も良く参考にしているのは、ドイツ語で書かれたこの2冊の教科書です。

英語の教科書も数多く参考にはしているのですが、やはり今はドイツ語を使う現場で働き始めたばかりで、ドイツ語の専門用語のインプットに集中したいという狙いから、ドイツ語の教科書をメインに勉強しています。

特に2冊目の鑑別診断の教科書は、とても理解しやすく、日本語版があったら、と思うことが多いです。

Q27.今後、先生が勤務されている馬の診療所において自分がどう貢献したいか、あるいはチャレンジしたいことがありましたら教えてください。

今後も引き続きクリニックでの獣医師としての仕事を全うし、経験豊富な先輩獣医師のもとでたくさん学びたいです。また外部での研修にも積極的に参加して、知識や経験を増やし、馬臨床医として更に成長したいです。

Q28.ドイツでの獣医師免許取得の状況はいかがでしょうか?

現在は上級医の監督のもと獣医師として働く許可をもらい、病院に勤務しています。数年間の勤務の後、ドイツの外国人獣医師用の試験を受験し獣医師免許を取得する予定です。

Q29.ドイツで特に馬に力を入れている獣医大学を教えてください。

私の知る限りですが、ギーセン大学、ハノーファー大学、ベルリン大学、ミュンヘン大学に馬のクリニックがあると聞いています。

Q30.ドイツにおける馬の競走馬のG1レースや大きな国際的な馬術大会を教えてください。

  • G1レース:Grosser Preis von Baden, Deutsches Derby
  • 馬術競技会:CHIO Aachen 2026、Longines Global Champions Tour Riesenbeck、FEI World Championships Aachen 2026(世界選手権)

Q31.ドイツでは馬による「ホースコーチング」はどの程度普及しているのでしょうか?

ドイツでホースコーチングに取り組んでいる組織の一つとしてHorseDreamという団体を聞いたことがあります。HorseDreamでは、馬を通じてリーダーシップやコミュニケーションを学ぶ体験型コーチングを提供しています。

個人・企業・教育現場など様々な対象に向けた研修プログラム「Horse Assisted Leadership & Team Development - Worldwide with HorseDream」があり、体験学習やチームビルディングの機会として積極的に活用されています。

Q32.馬に関して日本と異なる点やドイツに学ぶべき点は何でしょうか?

ドイツにおける人と馬の関わりは非常に深く、馬は人の生活の一部としてなくてはならないかけがえのない存在であるという認識が強くあります(写真10、11)。そのため、馬の福祉がきちんと守られていたり、保険制度の充実により馬たちが十分な獣医療を受けられたりと、先進的なアニマルウェルフェアを感じる場面が多々あります。

一方日本では、様々な理由から馬が必要な獣医療を受けられなかったり、引退馬の受け皿がまだ十分ではないために馬のライフサイクル全体を守る仕組みが限られていたりします。

こうした現状を踏まえ、私は「EQUILENGE」という組織の共同代表を務め、イベント等を通して馬と人が健やかに関われる環境づくりに取り組んでいます。

ヨーロッパの仕組みを丸ごと取り入れるのではなく、日本の馬文化やニーズに沿った形で、アニマルウェルフェアの向上を目指し、日本で暮らす馬たちを支援する仕組みを整えていきたいと考えています。

Q33.保険制度が充実しているとのことですが、皆さんどのくらいの金額を保険にかけているのでしょうか?またドイツにおける馬の保険加盟割合は、およそどのくらいでしょうか?ドイツの代表的な馬の保険会社名を教えてください。

ここで言う保険というのは、ドイツ語ではPferdekrankenversicherungと呼ばれる馬の医療保険のことで、これには各保険会社にさまざまなプランが用意されています。

月々数十€から始められるライトなプランから、数百€の充実した医療保険まで存在し、それぞれ、馬の年齢や手術費用のカバーの有無、保証される入院日数の多少などに応じて料金が変わります。

馬の医療保険を提供している代表的な会社は、AllianzやUelzenerがあります。

加入率についての正確な数字は分かりませんが、私の職場に来院する馬は半数以上が加入している印象です。ただし、それは、競技馬が多いことが関連しているように思われます。おそらく、趣味で飼われている馬では加入率は下がる気がします。

Q34.EQUILENGEの概要を教えてください。また、その組織の中で共同代表としてどのように貢献されたいと考えていらっしゃいますか?

EQUILENGEは、馬に関わる人たちが立場や専門分野を越えて学び合い、知識を共有することで、より良い馬のケアや馬の福祉につなげていくことを目的とした組織です。

獣医師、装蹄師、トレーナー、ライダー、オーナーなど、さまざまな立場の人が集まって馬について考えられる場をつくることを目指しています。

これまでに、専門家による講義やワークショップ、イベントなどを通じて、馬の身体やケア、トレーニングについて学ぶ機会を提供してきました。今後もこうした活動を通して、馬にとってより良い環境づくりにつながる知識や考え方を広げていきたいと考えています。

自身、若い頃から共に過ごしてきた愛馬がおり、オーナーとして、またライダーとして、どうすれば彼にとってより心地良く幸せに生きてもらえるのかを常に考えてまいりました。きっと馬に関わる多くの方が、同じような思いを抱いていらっしゃるのではないかと思います。

だからこそ、獣医という専門的な立場からできることはもちろんですが、同時に一人の馬を愛する人間として、人と馬の関わりがより良いものになることを願っています。

また、共同代表としては、私たちが主催するイベントをより学びの多い有意義なものにしていくとともに、将来的にはより多くの方に参加していただける形へと発展させていけるよう、一歩一歩取り組んでまいりたいと考えています。

Q35.ドイツ語の馬に関することわざを教えてください。

“Das Glück der Erde liegt auf dem Rücken der Pferde”は、ドイツの馬好きの間で有名なことわざで、「馬の背に乗っている時がこの世で1番幸せ」という意味が込められています。初めて聞いた時は、「間違いない!なんて素敵な言葉なんだ!」と感激し、すぐに自分の座右の銘にしました。

このフレーズがプリントされた雑貨やアパレルも数多く販売されているので、馬好きの方はぜひ、ドイツを訪れた際には探してみてください。

Q36.ドイツで学んだ技術を日本の乗馬診療、乗馬クラブ、競馬界などに、どう貢献したいのですか?

ドイツで馬臨床医として知識や技術を深めるとともに、馬専門病院の経営マネジメントについても学びたいと考えています。

ドイツの馬医療をそのまま真似るだけでは、日本の需要に合致しない部分も多々あると感じているため、どのような形であれば身につけた知識や技術を日本の馬術界・競馬界により効果的に還元できるか、模索していきたいです。

Q37.今後取り組んで行きたい診療スキルや夢を教えてください。

将来の目標や挑戦したいことは多岐にわたっており、枚挙にいとまがありません。

短期的な目標として、まずはドイツの獣医師免許およびFachtierärztin für Pferdeという馬専門認定医の資格所得を目指しています。

長期的には、共同代表を務めるEQUILENGEの活動を広めていきたいです。

Q38.今後海外で診療を目指す学生さんにメッセージやアドバイスをお願いいたします。

海外進学や海外就職を視野に入れている学生の方には、思い切って日本を飛び出して挑戦してみてほしいです。私自身、大学入学当初は自分がドイツで馬の獣医として働く未来なんて全く想像していませんでした。

それが今や、天職だと思えるような仕事に出会えました。やりたい仕事ができる、これほど幸運なことはありません。しかし、学生時代の限られた時間の中でそういった仕事を見つけることは本当に難しく、大変悩ましい問題だと思います。自分に合った仕事とは?と自問を繰り返し、周囲の意見を聞くうちに、何が正しいのか、自分が何をしたいのかがわからなくなってしまうかもしれません。

そんな時はぜひ、まずは行動してみてください。実際に、私も学生時代に様々な実習やインターンシップに参加させていただきました。小動物臨床、公衆衛生分野、動物園、企業、さらには獣医業界とは全く関係のないベンチャー企業まで、元々視野に入れていない分野も含め、とにかくたくさんの職域に触れることを意識していました。

そうすることで、自分の好きなことだけでなく、苦手なことや向いていないことも知ることができました。こうした経験を通して自分自身への理解が深まり、将来像も描きやすくなりました。

もしも海外に少しでも興味があるならば、ぜひ一度長期休みを利用して実習をしに行ってみてほしいです。

楽しくて仕方がないかもしれないし、はたまた即刻日本に帰りたくなるかもしれません。いずれにしても、それは飛び出さなければわからなかった自分の素質ですし、それが職業選択の大きなヒントになるはずです。

この記事を読んでくださった学生さんが、素敵な就職ができますように。そして、あわよくば、ドイツで共に馬臨床に励む仲間が増えますように。

編集後記

今回は、2025年3月卒業後、4月からドイツPferdeklinik Duisburg GmbHに勤務されている進藤千聖先生にインタビューを行いました。

進藤先生は、ドイツの佐藤俊介先生の所で大学時代2回研修をされ、ドイツで馬の臨床医を目指すことを決められ、ドイツでの就職先の選定やドイツ語の勉強を開始されました。

特に日本の獣医師免許を以てドイツで獣医師としての労働許可をもらうためには、ドイツ語“B2レベル”以上の認定が必要とのことでした。当時の進藤先生はドイツ語能力が皆無で、「英語学習で例えるならば、英単語を全く知らない人が1年半で英検準一級を取得しなければならない」と言うのが印象的でした。

今後、ドイツで獣医師として働く日本の獣医師のことを考えて、ドイツ語B2レベル以上の認定に必要となる進藤先生が使用されていたテキストを具体的に紹介いただきました。

また、佐藤先生の所での2度目の研修の際には、実際の症例を見ながら所見・鑑別診断・必要な検査・治療方針等について現地の先生方と話す機会が豊富にあり、アウトプットの能力やコミュニケーションスキルも磨かれたとのことです。アウトプット能力やコミュニケーションスキル、その際に覚えたフレーズや表現についても紹介いただきました。

そして、「学生時代のドイツでの馬の実習を通じて馬大国ドイツの先進的でスピード感のあるパワフルな診療に惚れ込み、それまでは全く別の進路を考えていたのが、その実習を通して、私もドイツで馬の臨床医として働きたいと一念発起した」という言葉は特に印象的でした。

やはり何かにチャレンジしようとする際に、原動力となる情熱(パッション)やモチベーションが人にとってはとても重要ではないかと思いました。

後編ではドイツでの馬の診療状況、ドイツにおける主な馬用医薬品メーカーと主力製品、ドイツ人の馬に関する考え方など、ドイツにおいて馬を取り巻く環境を紹介しました。ドイツのクリスマスのこともうかがったのですが(写真12~写真14)、今回は写真の紹介にとどめます。

今後EQUILENGEでの活動を含め、進藤先生の益々のご活躍を祈念しております。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」