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■日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(15)社台スタリオンステーション 登石裕子先生

2026-02-25 17:26 掲載 | 前の記事 | 次の記事

写真1・写真2・写真3

写真4・写真5

写真6・写真7・写真8・写真9

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSにおいて日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。

今までは、日本中央競馬会(以下JRA)に勤務されている獣医師、日本の競馬界に貢献した生産者の獣医師、帯広のばんえい競馬場の馬を診療されている獣医師、全国的な規模で展開している乗馬クラブの馬を診療している獣医師、地方競馬に勤務されている獣医師、馬の歯を特に治療されている獣医師の記事を掲載してきました。

海外にも視点を向け、獣医大学を卒業後単身ドイツに渡り馬の臨床獣医師として活躍されている先生、カナダのプリンスエドワードアイランド大学獣医学部で馬の外科のレジデント(専門科研修医)をされている獣医師、中近東のカタール国ドーハで馬の診療所(EVMC)附属病理部長の獣医師の記事を掲載いたしました。

そして第13回目は馬の二次診療で有名な有限会社社台コーポレーション 社台ホースクリニックに勤務されている獣医師、第14回目はノーザンファームしがらきに勤務されている獣医師の記事を掲載いたしました。

今回は、有限会社社台コーポレーション 社台スタリオンステーション(写真1~写真3)に勤務されている獣医師の登石裕子先生(写真4)にお話をうかがいました。

(取材日:2025年7月9日)

Q1.社台スタリオンステーションの業務の概要およびアピールポイントを教えてください。

社台スタリオンステーションはサラブレッド種牡馬を繋養している牧場です。2月~6月の繁殖シーズンに毎日交配業務を行っています。競馬で活躍する産駒が数多く誕生するように、繁殖シーズン中により多くの牝馬を受胎させることを目指します。そのために、種牡馬の健康状態を維持し、交配による疲労を蓄積させることがないように管理しています。

サラブレッドは人工授精が認められていないため、牝馬に種牡馬を乗駕させて交配を行います。交配業務の中で最も重要なことは、馬はもちろんのこと、交配業務に携わるスタッフに怪我がないよう安全に交配を行うことです。そのためには、交配日当日に来ている牝馬の発情の状態を適切に見極めることが重要になります。もし見誤っていて牝馬が発情期でなかった場合、交配を拒絶するため種牡馬を蹴る、種牡馬から逃げようとして暴れる、立ち上がるなどして危険だからです。

安全に配慮することに加えて、受胎に結び付けられる交配を目指しています。種牡馬が背中や腰に疲労を蓄積したまま過ごしていたら、牝馬に乗駕した時にかぶりが浅くなり、射精したとしても射精直後に降りてしまうなど、精液が子宮内に届かず受胎する可能性が低い交配になってしまいます。繁殖シーズンを通して牝馬にしっかりと乗駕して交配ができるように、繁殖シーズン中のケアはもちろんのこと、繁殖シーズン以外の時期には次の年の繁殖シーズンのために馬体作りに取り組んでいます。

Q2.社台スタリオンステーションに勤務されている職員の人数、獣医師の人数を教えてください。

種牡馬を扱う現場のスタッフは17名、事務所のスタッフが15名、牧場内のメンテナンスなどを行うスタッフが3名です。獣医師は私1名ですが、同じ有限会社社台コーポレーションの社台ホースクリニックの獣医師に診療で助けてもらっています。

Q3.病類別で多い疾患は何ですか?

種馬所で対応を迫られる疾患についてお答えします。種牡馬側に起きうることとしては、乗駕するときに牝馬に蹴られる、交配中に牝馬が動くことによりペニスに血腫ができることがあります。その場合は回復するまで交配業務をお休みします。牝馬では、交配中にペニスで膣壁を損傷してしまうことがあります。

Q4.社台スタリオンステーションが飼養している有名馬を教えてください。

キタサンブラック、キズナ、イクイノックス、エピファネイア、ドウデュース、コントレイル、オルフェーヴルなどです。今年からはベラジオオペラが新しく入厩しました。過去にはディープインパクト、キングカメハメハ、サンデーサイレンスなどがいました。

Q5.社台スタリオンステーションの繋養種牡馬の種付料を教えてください。 

100万から2500万円(2026年2月現在)まで、血統、産駒成績、競走成績などにより様々な価格帯の種牡馬を繋養しています。

Q6.社台スタリオンステーションで登石先生が担当されている業務を教えてください。

普段は種牡馬スタッフと一緒に交配業務にあたっていますが、交配に来た牝馬の発情兆候が良くなかった場合には、交配を続行するのか中止するのかを判断しなければいけません。

社台スタリオンステーションに交配に来ている牝馬は、各牧場で担当獣医師によって交配に適した日を診断され、その診断を元に交配の日時を予約して来ていますが、交配に来た牝馬が実際には発情期ではない場合があるため、その状態を直腸検査、ホルモン検査、外子宮口の検査を行って判断しています。

Q7.STD(交配によって伝播する伝染病)で特に注意を要する疾患はありますか?

入社してから経験した交配による感染症は馬媾疹です。馬媾疹は馬ヘルペスウイルス3型による疾患で、交配によって感染します。発症しますと種牡馬はペニスに、牝馬は陰唇に発疹ができ時間の経過とともに自壊してかなりの痛みを伴いますし、交配で感染するためしばらく交配業務を休むことになります。

社台スタリオンステーションでは、2015年と2017年に1頭ずつ種牡馬が発症し、その2頭は約2週間交配業務を休止しました。

Q8.登石先生が学位を取得された研究内容の概要を教えてください。

論文のタイトルは「Hormonal Evaluation for Reproductive Management and Treatment with Anti-viral Drug and Epidemiological Study for Equine Coital Exanthema in Thoroughbred Stud (サラブレッド種馬所における内分泌学的評価を用いた繁殖管理及び馬媾疹に対する抗ウイルス薬による治療と疫学調査)」です。前半は、人用のホルモン測定装置、PATHFAST(PHC Corporation)を馬でも使用できないかを検討し、具体的にそれを用いた診断についての研究に取り組みました。後半は先ほど申し上げた馬媾疹についての研究を行いました。

Q9.登石先生が学位を取得された研究のひとつである、人用のホルモン測定装置、PATHFAST(PHC Corporation)を馬でも使用できないかを検討した結果は、どのようになりましたでしょうか?

本研究では、PATHFASTによるホルモン濃度の迅速測定により、交配前の雌ウマの発情の診断や繁殖能力に問題のある雄ウマの鑑別診断が可能となり、種馬所運営の改善に有用であることが示されました。

Q10.診療関係等で社台グループとの関係はございますか?

社台ファーム、ノーザンファーム、追分ファームからはたくさんの牝馬が交配に来ます。発情兆候が一致しない馬については、担当獣医師から事前に牝馬の状態の連絡や黄体ホルモンの測定依頼が来ます。各牧場での当て馬の状態を連絡してくれる獣医もいますので、そういう情報はとても助けになります。社台ホースクリニックは同じ有限会社社台コーポレーションですので、種牡馬の診療に来てもらっています。

Q11.種付けに来られる牝馬は主に社台グループからでしょうか?また社台グループ以外でしたらどのような牧場から来られているのでしょうか?

社台グループ以外では主に日高地区の牧場から多くの牝馬が来ています。遠い所だと青森県からいらっしゃることもあります。

Q12.登石先生が馬の臨床を目指された理由と社台スタリオンステーションに勤務を希望された理由を教えてください。

馬の臨床獣医師になろうと思ってはいなかったので、社台スタリオンステーションで勤務することになるとは思ってもいませんでした。

在学時に在籍していた獣医生理学研究室が社台スタリオンステーションと共同研究を行っており、社台スタリオンステーションから送られてきた検体のホルモン測定を私が行っていました。共同研究を行っていく過程で、当時の社台スタリオンステーション場長の角田獣医師に声をかけていただき、こちらで働くことになりました。

Q13.登石先生が診療の中でご経験された印象深い出来事&残念だった出来事を教えてください。

就職して一番驚いたことは、発情期であっても牡馬を受け入れない牝馬(交配を嫌がる牝馬)が数多くいたことです。発情期であれば、本能的に交配を受け入れるのが普通なのだと思っていましたが、サラブレッドという種類がそうさせているのか、牡馬とは分かれて生活している飼養環境がそうさせているのか…。

黄体期(交配するのに不適切な時期)に交配に来ている牝馬が多かったことにも驚かされました。そのような状態で無理やり交配を行っても、牝馬が嫌がり暴れる可能性が高く、馬もスタッフもけがをする危険性が高いです。

ですので、繁殖牝馬の状態を見極め、必要に応じて直腸検査などの検査を行い、交配できない状態の場合はその情報をフィードバックして次の交配に備えてもらうようにしています。

Q14.仕事のやりがいと登石先生が大切にされていることは何でしょうか?

生産者の方から受胎に苦労していた牝馬が受胎したと聞いた時は特に嬉しくやりがいを感じます。昨年は特に複数の生産者の方から、「社台スタリオンステーションに交配に来た牝馬はすべて1回で受胎した」というお言葉をいただき、とてもありがたく感じました。

受胎に結びついたということは、種牡馬の状態が良かっただけでなく、牝馬の状態をしっかり整えてきてくださっているからこそだと思います。良い受胎率を維持できるように種牡馬を管理する、交配業務にあたることをこれからも大切にしていきたいです。

Q15.今後、登石先生がチャレンジしたいことあるいは目指す目標は何でしょうか?

種牡馬の受胎率が悪いときに原因がわからないことが多々あります。年齢が上がることにより、急激に受胎率が低下してしまった種牡馬もいました。

受胎率が低下する原因は種牡馬ごとに様々だと思いますので、それを診断できるように幅広い検査方法を確保し、原因がわかったらそれに対して何か対処できたらと思っています。

Q16.社台スタリオンステーションは女性獣医師にとってどのような職場でしょうか?

私にとっては働きやすい環境です。繁忙期は早朝から夜まで本当に忙しく、一日中ずっと活動しています。

繁殖シーズンが終わればプライベートの時間をしっかりとることができており、自分ではワークライフバランスはうまく取れていると思っています。

Q17.社台スタリオンステーションで現在問題となっている課題を教えてください。

馬を扱う技術や馬の状態を見極める技術の若手への継承でしょうか…。30代から40代のスタッフは、白老ファームで勤務した経験があるなど、社台スタリオンステーション以外での牧場勤務を経験している人が多いです。

そのため、繁殖牝馬の管理を行った経験があるのですが、若手スタッフは新卒で社台スタリオンステーションに入社、もしくは馬とは別業種からの中途採用の人がメインです。

そのような若手スタッフは繁殖牝馬が発情期を迎えて交配に来るまでの流れを経験したことがなく、種馬所での牝馬の様子しか知りません。ですので、当て馬時の牝馬の状態から、この牝馬は交配して大丈夫な状態なのか、それとも直腸検査をして確認した方がよいのかを判断するのが難しいと思います。

また、発情期の馬と黄体期の馬の様子の違い、生産牧場の方が、種馬所に交配に来るまでにどのような過程を踏んでこられたのか、なかなか受胎しない牝馬にどのような治療を行ってどのような苦労があるのかなどは教えていかなければならないと思っています。

Q18.競走馬の診療や繁殖をする上で参考とされている国内外の本や学術雑誌について教えてください。

  • 『Equine Reproduction 2nd ed.』
  • 『Current Therapy in Equine Reproduction』
  • 『Manual of Equine Reproduction』
  • 『Robinson's Current Therapy in Equine Medicine』

Q19.今後、社台スタリオンステーションの診療所において必要となる検査機器、検査器具、動物用医薬品など動物用医療機器メーカーへの要望事項はありますか?

精液の運動解析がiPad miniを使用して簡単にできるようになるなど、新しい検査機器が発売されている一方で、以前から使用していた薬品や器具が販売中止になることがあります。

例えば馬の膣鏡は外子宮口を確認するために使用されますが、取り扱いのサイズが減り不便を感じています。

要望としましては、あまり需要がないものの販売維持は難しいことは理解しておりますが、販売中止になる前に使用している獣医師との意見交換などを行い、必要なものは生産を続けていけるような取り組みがあればよいと感じます。

Q20.社台スタリオンステーションが今後目指す方向性を教えてください。

高い受胎率をキープできるような種馬所を目指して努力していきたいと思っています。

種牡馬によって生まれ持った繁殖能力がありますので上限はあると思いますが、繁殖シーズンを通して種牡馬がメンタル的にもフィジカル的にも元気に交配業務を継続できるようにすることは繁殖シーズンを通しての受胎率の維持に重要だと思います。

これには、繁殖シーズンが終わった後の管理も含まれますし、1回1回の交配時に適切に牝馬を保定し、種牡馬がしっかりと乗駕して射精できるようにすることも含まれます。交配時期は約5か月しかありませんので、交配業務を休まないように怪我や病気をしないよう日々の管理も重要です。

Q21.社台スタリオンステーションで獣医職を希望する獣医大生に向けてのメッセージあるいは学生時代に実施すべきことをアドバイスいただければ幸いです。

社台スタリオンステーションに限らず、馬関係の獣医師を目指している方は、いろいろな職場のインターンに行ってみた方がよいと思います。

馬関係の仕事といってもステージによって様々な仕事があります。社台スタリオンステーションのインターンシップの受け入れについては、「社台スタリオンステーションのWebサイト」からお調べいただけます。

馬の交配業務がメインですので、繁殖シーズンに来ていただくのがよいと思います。

編集後記

前回は、社台グループの第3回目として在厩頭数3684頭、毎年700頭以上を生産する世界最大規模のサラブレッド生産/育成牧場であるノーザンファームの取材記事を掲載しました。

第4回目は、社台スタリオンステーションに勤務されている獣医師の登石裕子先生にインタビューを行いました。社台スタリオンステーションは、サラブレッド種牡馬を繋養している牧場です。

2月~6月の繁殖シーズンには毎日交配業務を行っており、競馬で活躍する産駒が数多く誕生するように、繁殖シーズン中により多くの牝馬を受胎させることを目指しています。そのために、種牡馬の健康状態を維持し、交配による疲労を蓄積させることがないように管理されていることがよくわかりました。

昨年TBSの番組でドラマ「ロイヤルファミリー」が放映されましたが、競走馬の能力において父親(種牡馬)と母親(繁殖牝馬)のどちらが重要かは一概に言えず、両方の組み合わせが非常に重要となることを知りました。

競走馬の能力の骨格は父が、スタミナや特性は母が伝え、特に「母の父(ブルードメアサイアー)」の血統がその馬の特性(スタミナや馬場適性など)に強い影響を与えると言われています。

社台スタリオンステーションが飼養していた有名馬では、キタサンブラック、キズナ、イクイノックス、ディープインパクト、キングカメハメハ、サンデーサイレンスなどがおり、素晴らしい馬を数多く輩出しています。社台スタリオンステーション内には、ディープインパクト、キングカメハメハ、トウカイテイオーなどの墓もあります。

余談ですが社台スタリオンステーションやノーザンファーム(写真5)のある千歳空港周辺を紹介します。まず第1番目は、サケのふるさと千歳水族館です(写真6、写真7)。サケのふるさと千歳水族館は、淡水では日本最大級の水槽を有する水族館で、館内ではサケの仲間や北海道の淡水魚を中心に世界各地の様々な淡水生物を展示しています。千歳川の水中を直接見ることができる日本初の施設「水中観察ゾーン」では四季折々の千歳川の生きものたちの営みを間近に観察することができます。

第2番目は、サケのふるさと千歳水族館の近くにあるサーモンパーク千歳です(写真8、写真9)。道の駅なのでいろいろな店舗が入っておりますが、飲食店の「鮭の遡上丼オス」はお薦めです。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」