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インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWSとして日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。
第1回目から4回目までは、日本中央競馬会(以下JRA)に勤務されている獣医師の先生にインタビューを行いました。
5回目は、数々の育成名馬を輩出し、日本の競馬界に貢献した生産者のひとつである社台ファームの獣医師の先生にインタビューを行いました。6回目は、帯広のばんえい競馬場内にある合同会社アテナ統合獣医ケアBan'ei競走馬診療所の代表獣医師の先生にインタビューを行いました。
今回は、全国的な規模で展開しています乗馬クラブクレインの馬を診療している有限会社大和高原動物診療所の関東診療所に勤務されています奥原秋津先生(写真1)にお話をうかがいました。取材場所は茨城県の乗馬クラブクレイン竜ケ崎内の診療所でした(写真2)。(取材日:2024年4月24日)
Q1.乗馬クラブクレインのアピールポイントを教えて下さい。
乗馬クラブクレインは全国各地に41か所、会員数40000名のネットワークを持つ会員制の乗馬クラブです。エリアとしては、北は宮城県(仙台)から南は大分県(湯布院)までをカバーしています。
乗馬クラブというと敷居が高いように思われがちですが、当乗馬クラブは、幅広い層の方を受け入れている(子供や高齢者も含め)気軽に入りやすい乗馬クラブです。
Q2.今日は女性が多く見られますね。
乗馬クラブクレイン竜ケ崎の平日での会員の利用者のうち、女性は70~80%を占めています。また、女性のスタッフが多いのも特徴です。シャワー室も完備されています。
Q3.乗馬クラブクレインの馬を診療しているのが有限会社大和高原動物診療所ですが、その名前の由来を教えて下さい。
名前の由来は、1992年奈良県天理市で開業する際に、近隣の「大和高原」という地名から取ったそうです。その後、大阪府羽曳野市へ移転しました。
Q4.大和高原動物診療所の診療所はどこに設置されているのでしょうか?
診療所は、茨城県、栃木県、大阪府にあります。往診については、関東、中部、近畿、四国、中国地方を中心に対応しています。茨城県の診療エリアとしては、仙台から東京、山梨、神奈川などの関東エリアをカバーしています(写真3)。
Q5.茨城県の診療所の獣医師数はどのくらいですか?また、女性獣医師の数を教えて下さい。
獣医師数は5名です。そのうち女性は3名です。5月から1名の女性獣医師が加わります。
Q6.どのような疾患が多いですか?
1番多いのが運動器疾患です。次いで便秘などの疝痛、内科疾患、呼吸器疾患、フレグモーネ、皮膚疾患などがあります。
Q7.皮膚疾患はどのようなものがありますか?
細菌性皮膚炎やアレルギーによる皮膚病が多いです。アレルギーに関しては、アレルゲンを特定するために検査会社に外注します。
Q8.アレルゲンの原因は何が多いのでしょうか?
アレルゲンとしては、虫(アブ・ブヨ等)、餌(チモシー・アルファルファ等)などが原因となることが多いです。
Q9.どのような外科手術をされていますか?
去勢手術、蓄膿症による副鼻腔炎開窓術等を実施します。また、フィールドでの手術も行いますが、関東ではJRA美浦トレーニングセンター外部施設、関西では大阪公立大学りんくうキャンパスのオペ室を利用して、腫瘍摘出や開腹手術なども行うことがあります。外部の先生に依頼して、手術の協力をしていただくこともあります。
Q10.1日どのくらいの施設数やどのくらい頭数の馬を診療されていますか?
馬の疾病次第で異なりますが、1日1か所~2か所くらいです。平均5頭くらい診療します。
Q11.馬の疾病次第で診療時間が異なるとのことですが,時間がかかる疾患について教えてください。
時間がかかる疾病は疝痛です。長い時は処置や経過観察の為、2泊3日で不眠不休の対応をしたこともあります。
Q12.馬の往診ですが、乗馬クラブクレイン以外の他の乗馬クラブの馬も診療対象となるのでしょうか?
基本、乗馬クラブクレインの馬を診療いたしますが、依頼があれば他の乗馬クラブや大学馬術部などの馬も対応します。
Q13.競走馬と比較して乗用馬特有の疾患があるのでしょうか?
慢性関節炎や変形性関節炎、蹄葉炎が多いです。
Q14.慢性関節炎の治療法を教えて下さい。
運動制限やヒアルロン酸やステロイドの関節内投与を行います。また、装蹄師さんとの連携のもと、蹄鉄に充填剤を入れるなど工夫して、馬の歩行をスムーズに動きやすくしたりします。
Q15.昨年、関西地区から関東地区に異動されたとのことですが、両地域に違いはありますか?
関東地区は、関西地区に比べて、乗馬を治療する獣医師が多いと思います。これは、乗用馬の繋養頭数や乗馬クラブの数が、関東に多いためだと思います。また、美浦トレーニングセンター周辺に乗馬クラブが集中しているのが特徴的だと思います。
Q16.ご経験された中で印象深い出来事や残念だった出来事を教えて下さい。
印象深い出来事としては、重症の馬が手術により回復したことです。疝痛を発症した馬ですが、大阪公立大学のオペ室で社台ホースクリニックの先生に協力していただき開腹手術を実施し、9mも小腸を切除しました。その後その馬は順調に回復し、鹿児島国体でも活躍しました。
残念だったことは、馬に対して安楽死をどの段階で実施すべきか決断をしなければならなかったことです。オーナーの意向もありましたが、馬にとって一番苦しまないで処置する時期を外さないようどの段階で判断および決断することの難しさを感じました。
Q17.仕事のやりがいや大切にされていることは何ですか?
1番目は、1頭1頭丁寧に馬を診療することについて心がけています。その背景として、大和高原動物診療所は、特に馬の診療数について特にノルマがないことです。そのため、じっくり診察ができます。
2番目は、装蹄師さんとのコミュニケーションを大事にしています。運動器疾患では、装蹄を工夫することでも予防や治療に繋がります。
Q18.今後チャレンジしたいこと、あるいは目指す目標は何ですか?
1番目は、鍼灸を勉強してみたいです。2番目は、家庭を持つ女性獣医師が増えてきたので、どうしても遠方への往診が課題になってきました。今後は、馬の入院管理や馬のリハビリテーションに力を入れて行きたいと考えています。
Q19.感染症の馬の治療にはどんな抗菌薬を使用されていますか?
セフェム系の注射薬(セフチオフルナトリウム注、コアキシン:成分名セファロチンナトリウム)、ST合剤、ミノサイクリン、ゲンタマイシンの注射薬、ニューキノロン剤(ノルフロキサシン、エンロフロキサシン、マルボフロキサシン、オルビフロキサシン)を使用します。
Q20.関東の診療所での課題がありますか?
それぞれの先生が診療に関する得意分野を持っていますので、それを共有化できたら良いなと考えています。
Q21.大和高原動物診療所と関連あるいは提携関係のある企業や施設は何かありますか?
先程お話ししたかと思いますが、北海道の社台ホースクリニックの先生と連携を取りながら手術を実施したり、術後管理などのフォローをしています。大阪公立大学が関西空港の近くにあるので、社台ホースクリニックの先生に千歳空港から関西空港まで飛行機で来ていただき、関西の馬を外科手術したり、技術指導をしていただくなどの交流があります。
また、血液検査関係や新薬開発に係る企業から、治験やデータサンプリングをお手伝いしています。
大阪公立大学をはじめ、獣医学部のある大学とも病理解剖等でお世話になっています。
Q22.乗馬用の馬を診療する上で参考とされている国内外の本や学術雑誌について教えて下さい。
- 『イラストで見る馬の病気』(緑書房)→オーナーに馬の病気を説明する際に使用。
- 『新 馬の医学書』(緑書房)→馬の概論&馬の病気。馬の基礎知識や体の構造・機能、馬に必要な栄養素・飼料給与方法など飼育に必要な情報が記載されている。
- 『馬の臨床マニュアル』→JRAが『Manual of Equine Practice 2nd Edition』を監訳したもの。馬の臨床について詳細の記載有り。
Q23.今後乗馬クラブクレインにおいて必要となる検査機器や動物用医薬品などの要望事項はありますか?
CT・MRIなど使用させてもらえる施設があると、確定できる疾患が増えるかなと思います。
Q24.乗馬クラブの馬の診療を希望する獣医学生へのメッセージやアドバイスをお願いします。
学生時代にいろいろなところに実習に行かれた方が良いと思います。私も大学4年生以降、JRAのトレーニングセンター、日高の育成牧場、馬の開業獣医師、農業共済など実習に行きました。実習に行くといろいろな繋がりができます。
何かしら馬との関わり合いを持った方が良いと思います。乗馬クラブのオーナーさんにいろいろと馬のことについて質問されることが多いので学生時代から馬に触れていた方が良いと思います。
また、乗馬クラブクレインにおいて獣医の学生さんの見学をいつでも受け付けております。
最近の傾向として女性の獣医の学生さんが多いです。
Q25.馬に関する学会など参加されたことがありますか?
米国のAAEP(American Association of Equine Practitioners)に参加して来ました。米国は競走馬より乗用馬を診療する先生の方が多く、若い先生は女性の比率が高かったです。
Q26.乗馬に関するイベントについて教えて下さい。
乗馬に関するイベントでは、Horse Messeがあります。最近では第6回目が2024年2月10日~12日の間、JRA馬事公苑で開催されました。
編集後記
今回、全国的な規模で展開しています乗馬クラブクレインの馬を診療している有限会社大和高原動物診療所 関東診療所の奥原秋津先生を訪問しました。
関東診療所のカバーするエリアは広くて大変だと思いますが、1頭1頭丁寧に診療されていることがとても印象的でした。
また、北海道の社台ホースクリニックの先生と連携を取りながら手術を実施したり、術後管理などのフォローをしていることも特筆すべき点だと思いました。取材を通じて、競走馬と異なり乗用馬特有の疾患があることも大変勉強になりました。
奥原先生のチャレンジしたい目標のひとつとして、家庭を持つ女性獣医師が増えてきたので、どうしても遠方への往診が課題になってきており、今後は、馬の入院管理や馬のリハビリテーションに力を入れて行きたいとのことですので、ぜひその目標にチャレンジしていただき実現して欲しいです。
今後のご活躍を祈念しています。
シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」