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■【寄稿】日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(19)ドイツPferdepraxis Delbrückに勤務 佐藤杏菜先生

2026-09-16 17:41 掲載 | 前の記事 | 次の記事

2016年御殿場での全日本ジュニア ヤングライダー選手権(写真提供:佐藤杏菜先生)

写真2、写真3(写真提供:佐藤杏菜先生)

写真4、写真5

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSにおいて日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。

今までは、日本中央競馬会(以下JRA)に勤務されている獣医師、帯広のばんえい競馬場の馬を診療されている獣医師、全国的な規模で展開している乗馬クラブの馬を診療している獣医師、地方競馬に勤務されている獣医師を中心にインタビューを実施してきました。

視点を海外にも向け、獣医大学を卒業後単身ドイツに渡り、馬の臨床獣医師として活躍されている先生やカナダのプリンスエドワードアイランド大学獣医学部で馬の外科のレジデント(専門科研修医)をされている獣医師、中近東のカタール国ドーハで馬の診療所(EVMC)附属病理部長の獣医師にインタビューを実施してきました。

今回は、ドイツで馬の臨床獣医師として活躍されている佐藤俊介先生と同じ診療所Pferdepraxis Delbrückに勤務されている佐藤杏菜先生にお話をうかがいました。佐藤杏菜先生は、佐藤俊介先生の妹さんでもあります。

(取材日:2026年2月21日)

Q1.獣医大学を目指された経緯を教えてください。

私は幼少期から乗馬をしており、小学生から本格的に馬術競技を始め大学卒業まで馬場馬術競技をやっていました(写真1)。その影響で昔から馬が大好きで絶対に馬に関わる仕事に就きたいと考えました。

父が小児科医だった影響で元々医療分野にも興味があったため、馬の獣医師になりたいと思い獣医学科を志望いたしました。

Q2.どのような学生生活を過ごされましたか?

大学時代も4年次で引退するまでは全ての余暇は練習に費やしていたほど、馬術漬けの生活でした。長くパートナーを組んでいた馬が亡くなり競技を引退してからは、いろいろな実習先で馬の実習をいたしました。

また大学4年次にご縁があり、半年アメリカに留学し、そこでChi Institute(現在のChi university)に通いEquine Acupunctureコースを修了いたしました。

Q3.日本獣医生命科学大学を卒業後、日本でなくドイツに留学しようと思った理由を教えてください。

大学5年生の時、ドイツの馬病院にて実習を行い、症例数の多さや獣医師の経験値、馬を診療する環境に感銘を受けたためです。

またドイツは自分が大好きな馬術競技の本場であるため多くの国際競技会があり、それに獣医師として貢献できるチャンスがあるというのも魅力の一つでした。

Q4.ドイツの獣医師免許を取得されていますか?取得されるまでにご苦労された点がありましたら教えてください。

私はドイツの獣医師免許は取得しておらず、日本の獣医師免許でドイツで労働許可(Berufserlaubnis)を得て働いています。この労働許可を得るにはドイツ語の一定以上の言語能力試験に受からなければならないため、やはりドイツ語の勉強が大変でした。

Q5.ドイツに留学する際に日本で事前に準備されたことはありますか?

少しだけドイツ語を教科書などで学んでから行きましたが、今考えるとほとんどゼロだったと思います。

Q6.現在勤務されている馬の病院を選ばれた理由を教えてください。

就職の際いくつかの馬クリニックを訪れましたが、ドイツでも施設によって特色があり、残業なしのホワイトな病院や繁殖に力を入れている病院など様々でした。

今の病院は症例数がかなり多い点、乗馬やペット、競走馬、ミニチュアポニーから重種馬まで様々な症例が来る点、病院がとてもアットホームで雰囲気が良い点で選びました。

Q7.ドイツで特に馬に力を入れている獣医大学を教えてください。

ハノーファー大学とギーセン大学は馬のクリニックが大きく特に有名な大学です。

Q8.ドイツで馬の獣医師の数はどのくらいいますか?

ドイツでは小動物と馬、牛も診ているミックスの病院も多いため、馬獣医師の定義が難しいですが、馬医療に携わる獣医師は全体の約7%と言われているため、2000人程度と予想されます。

Q9.佐藤俊介先生と同じ診療所に勤務されていますが、同じ職場でやりづらいこと、また一緒で良かったことはありますか?

やりづらいことはあまりないですが、強いて言うなら同僚とは休暇はずらして取らなければならないため、日本で両親に一緒に顔を見せて家族が一堂に会することはできないことですかね。

一緒で良かったことは、わからないことを気軽に日本語で質問できることです。また同じ職場でお互いの状況も性格も知ってる分、いろいろな相談ができたりすることです。

また行って良かったセミナーの話なども共有してもらえるのでそれも助かりました。

Q10.佐藤俊介先生から何か馬の診療についてアドバイスを受けたことがありますか?

答えきれないほどたくさんのアドバイスや学びを貰いました。

私が急患当番を1人でやり始める前は、兄ともう1人の先輩で集中的に指導をしてくださり、自分にとってメンターのような存在だったと思います。

1人で急患対応を始めてからも難しい症例がきたらいつでも1番に相談できる存在であったため、すごく心強かったですし感謝しています。

Q11.馬の診療の中で得意な分野はありますか?

前述した通り、鍼治療をアメリカで学んだため鍼治療が必要な症例には私が治療を行うことが多いです。鍼治療では主に背中に痛みを抱えている症例や、ヘッドシェイキングや腰フラなどの神経疾患などの症例に対して行うことが多いです。

また歯科に強い先輩たちが多いので、整歯や歯科治療は多くの経験を積んでいると感じます(写真2、3)。

Q12.ドイツで特に馬用の動物用医薬品に力を入れている会社はどこでしょうか?またどんな製品を汎用されていますか?

Boehringer IngelheimやWDT(Wirtshaftsgenossenschaft Deutscher Tierärzte)などが有名な会社として挙げられます。

Boehringer Ingelheim はウエストナイル熱に対するワクチンや呼吸器疾患で使う去痰薬、PPID(馬の下垂体中葉機能障害)の症例で使う薬などがあります。

WDTは眼科疾患に使用する目薬や破傷風感染が疑われた際の抗破傷風血清などが普段使う薬品です。

Q13.馬の治療方法について日本で未実施な検査方法や治療方法があれば教えてください。

駆虫薬は日本より種類が多くピランテルやプラジカンテルなども使用することで耐性がついた虫の駆虫を行っています。また幹細胞やIRAP(インターロイキン阻害血漿)などで腱や靭帯などを治療する再生医療などもドイツでは良く行われる治療です。

Q14.馬を診療されて印象深い出来事や、残念だったことを教えてください。

酷い疝痛で運ばれてきて予後が厳しい場合でも、懸命な治療により回復し無事オーナーさんの元に帰れた症例などはやはり印象深いですね。

逆にどんなに自分たちがベストを尽くし懸命に向き合ったとしても残念ながら助からない場合もあるので、そういう場合はとても残念に思います。

Q15.馬を診療する際に心がけていることやポリシーは何でしょうか?

まずは馬も人も安全に十分配慮して怪我なく診療を行うことです。

また馬ごとに正解は一頭一頭違うので、オーナーさんと十分にコミュニケーションを取りながら一緒にその馬にとってベストな選択を探していくことを大事にしています。

Q16.今勤務されている診療所において、どのように貢献したいと考えていますか?

まだまだクリニックの中では若手なので、先輩たちに指導を仰ぐ場面も多いですが、自分でも外部のセミナーや学会に参加し学びを深めることで得た新たな視点を院内で共有し、貢献していけたらと考えています。

Q17.今後、馬の診療についてスキルアップするためにチャレンジしたいことは何でしょうか?

長期的な目標としては、次は渡英し馬の専門医資格(ECEIM)を取りたいと考えています。

Q18.佐藤先生が参考にされている獣医学書(成書)を教えてください。

    • 外科手術
    • 『Equine Surgery』
    • 『Equine Fracture Repair』
    • 『The Equine Acute Abdomen』
    • 『Arthroscopy in the Horse』
    • 麻酔
    • 『Equine Anesthesia』
    • 眼科
    • 『Equine Ophthalmology』
    • 一般
    • 『Handbuch Pferdepraxis』
    • 『Differanzialdiagnosen Innere Medizin beim Pferd』
    • 繁殖
    • 『Equine Reproduction』
    • 『Equine Reproductive Procedures』
    • 跛行診断
    • 『Adams and Stashak's Lameness in Horses』
    • 『Ross and Dyson Lameness in the Horse』
    • 『Clinical Radiology of the Horse』
    • 『Equine Ultrasonography』
    • 『Equine Joint Injection and Regional Anesthesia』
    • 歯科
    • 『Equine Dentistry and Maxillofacial Surgery』
    • 『Atlas der Zahnheilkunde beim Pferd: Befunde und Behandlung』
    • 鍼
    • 『Xie's Veterinary Acupuncture』
    • 『Traditional Chinese Medicine』

Q19.佐藤先生が考えられるドイツが乗馬大国である理由を教えてください。

そもそもの乗用馬の生産数が多く、多くの良血統の種牡馬がいることは理由の一つだと思います。

また乗馬自体も比較的安価に始められ、乗馬人口が多く裾野が広いため、馬に関心がある人が多くイベントや競技会にも多くのお金をかけられることも大きいと思います。

Q20.乗馬自体が比較的安価とのことですが、具体的にはどのくらいの金額でしょうか?

安価に乗りたい場合は月100€程度から乗ることも可能ですし、厩舎作業などの労働を対価として無料で乗れる場合もあります。

Q21.ドイツの馬に対する文化や考え方の日本との違いを教えてください。

ドイツでは競技や競走目的ではなく、もう少し家族やペットのような距離感で飼われている馬も多いと感じます。

また一般の飼い主様向けに馬の保険も比較的広く普及しており、それにより手術や治療の幅が広がるケースも多いです。

Q22.馬の保険がドイツでは比較的広く普及しているとのことですが、普及率はどのくらいで費用はいくらぐらいかかるのでしょうか?

明確な統計は出ていないのでわかりませんが、体感は5割程度でしょうか。

ただもちろん高額なスポーツホースであれば保険加入率は高いですし、ホビーホースでは比較的低めなど、馬の種類によって偏りはあると思います。費用は年齢やプランにもよりますが月20€程度から加入できます。

Q23.佐藤先生はEquilengeのチーム獣医師ですが、Equilengeの中でどう貢献したいと考えていますか?またやりたいことは何でしょうか?

Equilengeはいろんな獣医師や装蹄師、馬のプロフェッショナルたちが集まって、より良い馬のウェルフェアを実現していくためのチームだと認識しています。

そのため私も自分の専門性を高めEquilengeの中でも新しい視点を持ち込むことにより貢献していければと思います。

Q24.今後海外で診療を目指す獣医学生さんにメッセージやアドバイスをお願いいたします。

私は24歳まではほとんど海外経験がなく英語も全く喋れませんでした。

もちろん言語を学ぶことは簡単とは言えませんが、モチベーションさえあれば誰でもできることです。海外でやりたいことがあった場合、言語だけが理由で諦めるのはもったいないと思います。特別な人でなくても海外で働くことはできますし夢があるなら挑戦することをおすすめしたいです。

Q25.ドイツで学んだ技術を日本の乗馬診療、乗馬クラブ、競馬界にどう貢献したいですか?

元々ずっと馬術をやってきて日本の馬業界にはたくさんお世話になってきているので、日本の馬たちに恩を返せるように、ドイツで培った経験を活かして多くの治療選択肢を提示できるようにしていきたいです。

Q26.ヨーロッパで活躍されている日本の獣医師がいましたら教えてください。

進藤千聖先生はドイツで馬獣医師として頑張っている仲間で、後輩ながら尊敬することも多々あり切磋琢磨いたしております。

Q27.乗馬の魅力を教えてください。

やはり自分だけでは上手くいかないことでしょうか。馬の体調、調子も揃わなければ成功は難しく、その分本気で馬と向き合いまさに人馬一体で頑張っていくことが魅力の一つだと思っています。

編集後記

ドイツに渡り、馬の臨床獣医師として活躍されている佐藤俊介先生と同じ診療所に勤務されている佐藤杏菜先生にインタビューを行いました。

私が初めて佐藤杏菜先生を知ったのは読売テレビの『グッと!地球便』で、佐藤俊介先生が紹介された時に、同じ診療所で勤務されていました。

その後、2026年2月21日に馬事公苑で開催された日本最大級の馬の祭典『第7回ホースメッセTOKYO2026』のEQUILENGEブースで、来日された佐藤杏菜先生にお会いすることができました(写真4、5)。

今回、佐藤杏菜先生にはドイツの馬に関する診療状況をお聞きいたしました。鍼治療はアメリカで学ばれた佐藤先生が施すことが多いという話は印象的でした。また、ドイツで馬用の動物用医薬品に力を入れている会社や乗馬に関する費用や馬の保険加入率についてもお話いただきました。

ドイツで馬臨床医として活躍されている佐藤俊介先生、佐藤杏菜先生、進藤千聖先生の3人には、進藤先生が前回ご紹介されていた、ドイツの馬の臨床に関する本を和訳したものを出版して欲しいと思いました。

佐藤先生が海外で今後働くこと希望をされる獣医学生さんへのメッセージの中で、「海外でやりたいことがあった場合、言語だけが理由で諦めるのはもったいないと思います。特別な人でなくても海外で働くことはできますし夢があるなら挑戦することをおすすめしたいです」という言葉は大変感動的でした。

佐藤先生ご自身もチャレンジ目標として、渡英し馬の専門医資格(ECEIM:European College of Equine Internal Medicine)を取得したいと考えているとのことですので、ぜひその目標を早期に達せられることを祈念しております。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」