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■日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(4) JRA競走馬リハビリテーションセンター 後編

2024-02-27 17:30 | 前の記事 | 次の記事

A:Bモード検査。浅屈腱炎を発症した直後の損傷部は黒く表示されます/B:エラストグラフィ検査。浅屈腱炎を発症した直後の浅屈腱の損傷部は、非常に軟らかいことを示す赤色で表示されます/C:パワードップラー検査。浅屈腱炎を発症した腱組織では、損傷部位を修復しようと通常よりも多くの血管が作られるため、パワードップラー検査で検出できる微小血管の数が多くなります/D:UTC検査。浅屈腱炎を発症した画像は赤色を示します(A~D画像提供:JRA競走馬リハビリテーションセンター)

A:競走馬から簡便かつ安全に採取できる胸骨内の骨髄液を利用します/B:エコー検査を行いながら幹細胞が腱損傷部に正しく移植されたことを確認します/C:UTCの装置/D:一般の方にわかりやすいように解説したパンフレット/E:温泉マークのメンコをかぶった馬(A、B、E画像提供:JRA競走馬リハビリテーションセンター)

JRA創設70周年記念のポスター

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSとして日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。

第4回目は、第3回目に続くJRA競走馬リハビリテーションセンター(競走馬総合研究所常磐支所)でのインタビュー記事です。

Q1.屈腱炎に対するリハビリテーション実施後の治療効果の判断には、どのような検査機器を用いていますか?

主にエコー検査機器を用います。そして効果判定を行うための検査方法は4種類あります。

1番目は、Bモード検査です。Bモード検査は、馬の浅屈腱炎のエコー検査では最も一般的な検査法であり、人では妊娠鑑定にも利用されています。

Bモードでは、正常な腱組織は一般的に灰色で表示されますが、浅屈腱炎を発症した直後の損傷部は黒く表示されます(写真1A)。

2番目は、エラストグラフィ検査です。体内にある組織の硬さを外部から調べることができるエコー検査法です。組織の「軟らかい」から「硬い」を赤~黄~緑~青のカラーグラデーションで表示します。

正常な腱組織は、エラストグラフィ検査で硬いことを示す青色で表示されます。

一方、浅屈腱炎を発症した直後の浅屈腱の損傷部は、非常に軟らかいことを示す赤色で表示されます(写真1B)。この理由は、腱損傷部では血液や浸出液などの液体成分を含む軟らかい肉芽組織に置き換わっているためです。さらにエラストグラフィ検査は、浅屈腱炎のリハビリにおいても活用されています。浅屈腱炎の修復過程では発症時(硬い状態→軟らかい状態)とは逆に、軟らかい状態から腱本来の硬い状態に回復していく変化がみられます。

3番目は、パワードップラー検査です。パワードップラー検査は、体内の血管(血流)を検出し、その部分を赤色で表示するエコー検査です(写真1C)。パワードップラー検査では、腱内の微小な血管を正確に評価するために、体重を支える力が腱組織にかかって血管が潰れないよう、馬の肢を持ち上げて実施します。

浅屈腱炎を発症した腱組織では、損傷部位を修復しようと通常よりも多くの血管が作られるため、パワードップラー検査で検出できる微小血管の数が多くなります。

4番目は、UTC(ultrasound tissue characterization)です。UTCは腱・靭帯の横断像を0.2mm間隔で連続撮影できる超音波診断装置であり、撮影部位を三次元的に画像構築することが可能で、腱線維束の太さや連続性の違いにより腱線維配列を4段階(Ⅰ:正常・緑、Ⅱ:修復・青、Ⅲ:損傷・赤、Ⅳ:破断・黒)に色付けし、分類することが可能な検査機器です。

浅屈腱炎の損傷部は画像上赤色で示されます(写真1D)。

以上のように、競走馬リハビリテーションセンターでは、複数のエコー検査を組み合わせることによって、腱損傷部の状態を客観的かつ多角的に評価し、リハビリテーション期間中における適切な運動負荷や浅屈腱炎の再発防止に役立てています。

Q2.馬の屈腱炎の幹細胞治療についてもう少し詳しく教えてください。

馬の屈腱炎に対する幹細胞治療は2000年代前半から始まりました。当初は手探りであった幹細胞の分離方法や培養方法は、現在では洗練され、安定的に培養増殖することができるようになりました。

JRA競走馬総合研究所では、競走馬から簡便かつ安全に採取できる胸骨内の骨髄液を利用しています(写真2A)。

骨髄液採取後は、骨髄液中の幹細胞を増殖させるために時間をかけて培養します。

増殖が完了したら幹細胞を回収し、注射器を用いて直接損傷部に移植します。移植を行う際は、エコー検査を行いながら幹細胞が腱損傷部に正しく移植されたことを確認します(写真2B)。

Q3.UTCによる幹細胞治療の効果判定の状況はいかがでしょうか?

現在研究データを蓄積中です。UTC(写真2C)を用いた屈腱炎に対する幹細胞治療効果の研究は、今後の研究課題となります。

Q4.診療する上で参考とされている国内外の本や学術雑誌について教えてください。

主に『Equine Surgery』や『Atlas of Equine Ultrasonography』を参考資料としています。

Q5.先生方が経験された中で印象深い出来事、残念だった出来事を教えてください。

リハビリテーションを実施した馬が無事レースに出走することは、いつも感慨深いものです。

リハビリテーションを実施した馬が怪我を再発し、引退を余儀なくされた場合はとても残念に感じます。

Q6.仕事のやりがいと大切されていることは何ですか?

リハビリテーションを実施した馬が無事に競走復帰することは、やりがいとなります。

毎日療養馬と接している厩務員や一緒に働いている装蹄師などの同僚とコミュニケーションを取ったうえで、リハビリテーションや治療を実施することを心がけています。

Q7.今後、先生がチャレンジしたいこと、あるいは目指す目標は何ですか?

現在勤務しているリハビリテーションセンターの経験を活かし、治療中の馬が競馬に出走するためにどうするのがベストかを判断できるようになり、調教師や厩舎、同僚からアドバイスを求められる獣医師となることを目指したいです。

Q8.温泉を用いたリハビリテーションにより馬の治療を実施している海外の施設はあるのでしょうか。また、海外の馬関係の方が施設の見学に来られたことはありますか?

海外で馬のリハビリテーションを実施している施設はありますが、温泉を用いているのは、おそらく日本だけです。

海外からの視察については、数年前にベルギーの獣医大学(Université de Liège)の見学者が来たことがあります。

Q9.検査機器、検査器具、動物用医薬品などについて要望がありますか?

変形性関節症の治療法の一つとされているIRAP(インターロイキン1受容体アンタゴニスト)を導入して欲しいです。

以前は国内でもキットが入手できましたが、現在はそれが困難な状況と聞いています。

Q10.地域との関係を教えてください。

以前よりいわき市の観光協会等と良好なお付き合いをしており、競走馬リハビリテーションセンターが湯本地区の観光スポットの一つになっています。

また、競走馬リハビリテーションセンターの業務を一般の方にわかりやすいように解説したパンフレットを作成し、観光案内所等で配布しています(写真2D)。

馬のプール開きとプール納めの際は地元メディアの取材を受けたりしますし、地元のお祭りに参加したりもします。

Q11.競走馬リハビリテーションセンターの馬は温泉マークのメンコをかぶっていますね。

馬は基本的に憶病で、突発的な音や動きに対して敏感に反応します。メンコをかぶらせる理由は、余計な雑音をシャットアウトし、より安全にリハビリテーションできるようにするためです。競走馬リハビリテーションセンターは、特に地元の方から「馬の温泉」という名称で認知されており、そのイメージをわかりやすくするために作成しました(写真2E)。

Q12.JRAで獣医職を希望する獣医大生に向けてのメッセージやインターンシップのことを含めて学生時代に実施すべきことへのアドバイスをお願いします。

色々なところに見学や研修に行き、自分の働く姿をイメージしておくと良いと思います。

当センターでも個別にインターンシップの受け入れを実施しています。獣医大学の4年生~6年生が主に参加しており、期間は3日間です。リハビリテーションの様子や獣医師による各種検査の見学、馬のリハビリテーションに関する講義等を実施しています。

編集後記

前後編の2回に分けてJRA競走馬リハビリテーションセンターを紹介しました。

リハビリテーションメニュー、競走馬のメインの疾患のひとつである浅屈腱炎、そして最新の機器であるUTCを含めた各種検査機器を紹介しました。浅屈腱炎の治療においては幹細胞移植を実施するなど最先端の治療方法が確立し始めている状況です。

馬は基本的に憶病で、突発的な音や動きに対して敏感に反応します。余計な雑音をシャットアウトし、より安全にリハビリ集中できるようユニークな温泉マークのメンコをかぶせるのは、JRA職員の方々の馬に対する愛情も感じられました。

このような努力の結果、オグリキャップ、トウカイテイオーなどの名馬たちがリハビリテーション後、戦線復帰できたのではないかと思いました。

今年はJRA創設70周年(写真3)。記念すべき年に取材ができたことに、JRA関係者各位の皆さまに深く感謝申し上げます。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

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