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■日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(5)社台ファーム

2024-04-09 16:10 | 前の記事 | 次の記事

1:藤田卓也先生(左)と筆者(右)。社台ファーム正門前にて

2A:手術の様子/2B:出産の写真の様子/2C:直腸検査の写真/2D:レントゲン写真のショッ ト/2E:内視鏡の検査の写真/2F:ウオーキングマシーン/2G:低酸素の練習風景/2H:坂路とレーニングの写真(写真2の画像提供:社台ファーム)

3A:競走馬を診療する際に参考にしている獣医関連本/3B:社台ファーム 勝負服/3C:ヨーロッパの古城を思わせる素敵な施設のある社台ファーム

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWS として日本の競馬界を支える獣医師の先生方を紹介しています。

第1回目は競走馬のスポーツサイエンスを究め、競馬の発展と競走馬の未来に貢献していく、日本中央競馬会(以下JRA)競走馬総合研究所のインタビューを実施し、第2回目は日本の競馬を守る若き獣医師として、世界水準の先端医療を目指すJRA栗東トレーニング・センターの競走馬診療所のインタビューを行いました。第3回目と第4回目は、世界にも類を見ない、「馬の温泉療養所」である、JRA競走馬リハビリテーションセンターのインタビューを行いました。

今回は、数々の育成名馬を輩出し、日本の競馬界に貢献した生産者のひとつである社台ファームの藤田卓也先生(写真1)にお話をうかがいました。

Q1.社台グループの概要について教えて下さい。

社台グループは、大きく3つに分かれています。創始者が吉田善哉氏で、3兄弟の長男照哉氏が社台ファーム代表、次男勝巳氏がノーザンファーム代表、三男晴哉氏が追分ファーム代表です。

それ以外に関連会社として3人の代表が共同経営する社台スタリオンステーション、白老ファーム、そして社台ホースクリニック(SHC)があります。

Q2.社台ファームの診療業務の概要およびアピールポイントを教えて下さい。

我々社台ファームの獣医師は社台ファームで生産、育成、調教されている馬の一次診療に従事しております。また、社台ファームの獣医師内で定期的に勉強会を実施しています。SHCが主催するSHCカンファレンスにも参加しています。

社台ファームのアピールポイントとしては3つあります。

1つ目はサラブレッドの生産頭数が全国2番目であるところです。

2つ目は優秀な繁殖牝馬を多く保有しているところです。そこに世界でもトップクラスの種牡馬と交配させることで、有望な産駒が誕生します。そのために毎年、海外から繁殖牝馬の導入もしています。

3つ目は、生産・育成・調教を一貫してできる施設を備えているため、様々なステージの馬に携わることができるところです。競走引退後に繁殖牝馬として競走引退後に牧場に戻ってきてくれる馬も多くいます。また、乗馬として牧場に戻り活躍してくれる馬もいます。

Q3.社台ファームで勤務されている獣医師数を教えて下さい。

社台ファーム本場(千歳)に5名、日高地区に3名、本州では、宮城県の山元トレーニングセンターに2名、滋賀県にあるグリーンウッド・トレーニングに1名勤務しており、産休者1名をふくめて計12名おります。内4名が女性獣医師です。

今年5月には三重県鈴鹿市でトレーニングセンターを開場する予定があり、獣医師1名が駐在予定です。

Q4.先程、関連会社の中に社台ホースクリニックがありましたが、社台ファームの診療部門とどのように異なる業務をされているのですか?

社台ファームは、馬の一次診療を実施いたしますが、社台ホースクリニックは、馬の二次診療を実施しています。

Q5.社台ファームの診療で多い疾患は何でしょうか?

各ステージや時期によっても異なりますが、当歳馬、1歳馬、繁殖牝馬は放牧地で多くの時間を過ごすため、外傷が最も多いです。続いて骨折や靭帯の損傷などの運動器疾患、それに伴う跛行です。

また、1歳馬では成長期の疾患(OCD、ボーンシスト)、当歳馬では肺炎による発熱、下痢に多く遭遇します。出産シーズンは難産もあります。牧場ではレースやレース直前ほどの強い調教負荷をかけていないため、浅屈腱炎の発生は多くはありません。

Q6.社台ファームでの2022年の総手術件数、内訳を教えて下さい。

全身麻酔を使用した手術(写真2A)は171件でした。主なものは以下になります。

  • 関節鏡手術(骨片摘出22件、OCD/ボーンシスト39件、感染性関節炎14件)
  • 骨折内固定手術3件
  • 肢軸矯正手術34件
  • 喉喉頭手術(喉頭片麻痺など)5件
  • 開腹手術20件
  • 難産4件(帝王切開1件)
  • 外傷5件

Q7.社台ファームで生産された有名馬を教えて下さい。

ハーツクライ、ダイワメジャー、ヴィクトワールピサ、ダイワスカーレット、スターズオンアース、ソールオリエンスなどです。

Q8.社台ファームは、1年間でどのくらいの馬が出産されるのでしょうか?また、出産時期のピークは1年でいつ頃でしょうか。

年間の出産数は450頭くらいです。出産時期のピークは2月~4月頃です(写真2B)。

Q9.診療関係でJRAとの連携は何かございますか?

生産地研修ということで4月~5月頃にJRAの先生方が来所されます。

本連載にも掲載されました栗東トレーニング・センター競走馬診療所の飯森先生やJRA競走馬リハビリテーションセンター(競走馬総合研究所常磐支所)の小平所長も来所されています。

お互い、普段診療している馬の成長ステージが異なるので(社台ファームは出産~育成馬、JRAはレース出場馬)、疾患、検査(写真2C)、治療方法について良い情報交換ができています。

Q10.馬が育成していく過程で、健康上問題ないかどうかを確認する上で、定期的に何か健康診断などチェックをする検査などはありますか?

主に2つの検査(スクリーニング)を実施しています。

1つ目はレントゲン撮影です(写真2D)。2つ目としては、海外製の動物用内視鏡を用いた喉の疾患(喉頭麻痺、奇形の有無)の検査です(写真2E)。

またスタッフが集まって馬体、歩様を確認する作業は随時行って意見交換をしています。

Q11.1頭の馬に対してどのくらいの枚数のレントゲン写真を撮影されているのでしょうか?

撮影する獣医師の被爆の影響も考えて、1頭16ショットです(球節、飛節、後膝)。偶発的な発見もあるので、それらの有所見に対するその後のリスクの把握を目的としています。また、セレクトセールなどのセリへの上場前のプレレポジトリー(レポジトリーとは馬のセリの際に販売者が購買者に四肢のレントゲン、上部気道の内視鏡検査動画を公開するもの)として事前に確認するという目的もあります。

Q12.社台ファームで馬の育成時にトレーニングする為の施設や機器が何かございましたらご紹介下さい。

全部で3つあります。

1つ目は、ウオーキングマシーンです(写真2F)

2つ目は、低酸素トレッドミルです。このトレーニングにより人が騎乗しなくても心肺機能を鍛えることができます(写真2G)。

3つ目は、最大勾配3.5%、直線1000mの坂路です(写真2H)。この傾斜角度と距離はJRAトレーニング・センターと引けをとりません。

Q13.先生がご経験された印象深かった出来事、残念だった出来事を教えて下さい。

印象深かった出来事は2つあります。

1つ目は、入社してすぐに難産に遭遇したのですが、処置がうまくできず残念ながら母馬が亡くなりました。仔馬は無事に助かったのですが、その2年後に疝痛症状を呈し、検査の結果、横隔膜ヘルニアを発症していました。この横隔膜ヘルニアは、難産時に発症していたと考えられました。開腹手術にも立ち会い、術後は無事に競走馬になりました。残念ながらレースで活躍することはできませんでしたが、今はまた社台ファームに戻って母馬になっています。この一連のことは、私の経験として大切にしています。

2番目としては、ヨーロッパから馬の獣医師が社台ファームに来所して、社台ホースクリニックでの手術を見学した際に、「施設もさることながら、外科医の手技がアメージングだ」と言われたことです。社台グループが築いてきたものを高く評価されたことを嬉しく思いました。

わずかな判断の間違いで馬が命を落としたり、競走馬としての道を閉ざしてしまったりする残念な出来事も経験してきました。その度に自身の無力さを感じます。

Q14.仕事のやりがいや先生が大切にされていることは何ですか?

私は、社台ファームに入社してから12年が経過し、獣医チームをまとめる立場となりました。

多くの馬がいますので、自分独りでできることには限界があります。自分ができないことを、どうやって責任感を持たせ、かつモチベーションももたせながら他の獣医師の先生方に実施してもらえるか、常日頃考えております。日々頭を悩ませることに遭遇しますが、まずその馬に何ができるか、何がベストな選択かを考えて行動するようにしています。

Q15.今後先生がチャレンジしたいことは何ですか?

2つのことに今後チャレンジしたいです。

1つ目は、社台ファーム獣医師がコンスタントに海外の馬の臨床獣医師が集まる学会AAEP(American Association of Equine Practitioners:2024年12月7日~11日 米国オーランドで開催予定)等に参加し最新情報を収集できるようにしていきたいです。また、海外の競走馬のセリへの参加や、海外のレースに出走する馬に帯同させたいと思っています。

国内外問わず、社台ファーム所属獣医師が社台ファームでしかできない経験を積んでいける環境を作りたいと思っています。

2つ目は、社台ファームを今後どう更なる成長をさせていくかということです。

我々獣医師は、治療をすることが重要な目的ですが、社台ファームという会社の一員でもあります。ある時は、どこまで馬の治療を実施、継続すべきかどうかを経営的に判断することも必要です。国内外問わず、馬との接し方は場所によります。海外でも米国とヨーロッパ各国では馬に対する接し方が異なると感じました。今後、馬にどう経営的な観点を踏まえて診療を実施することができるかが、今後のチャレンジ目標です。

Q16.社台ファームの今後の課題は何ですか?

まずは競走馬として出生した馬たちが、順調に成長し、無事にレースでデビューでき、彼らがパフォーマンスを発揮できるように獣医医療体制の向上はもちろん、各分野のレベルアップをしていきたいと思います。馬を扱う人の教育体制を整えることも大切なことだと思います。

また、最近では競走馬を引退した馬たちのセカンドライフに注目されていますが、競走馬になる前にそのキャリアを絶たれた馬たちのセカンドライフも築いてあげたいと思っています。

Q17.競走馬を診療する上で参考とされている国内外の本や学術雑誌は何ですか?

下記の本があげられます(写真3A)。

  • 馬の解剖アトラス 増補改訂第4版
  • 新 馬の医学書
  • Equine Sports Medicine and Surgery
  • Current Therapy in Equine Reproduction
  • Equine Internal Medicine
  • Equine Joint Injection and Regional Anesthesia
  • Adams & Stashak's Lameness in Horses

Q18.今後、社台ファーム様の診療所において必要となる検査機器や検査器具、動物用医薬品、動物用医療機器メーカーについての要望事項はありますか?

2つあります。

1つ目は内視鏡についてです。今、使用している内視鏡が外国製(ホクトメット)なので、日本製を開発して欲しいです。

2つ目は、馬用駆虫剤についてです。

イベルメクチンが耐性化しているので、他の駆虫剤を馬用として日本で認可して欲しいです。

例えば、米国のPanacur(成分名:フェべンタゾール)などが認可されるとありがたいです。

Q19.社台ファームで獣医職を希望する獣医大生についてのメッセージあるいは学生時代に実施すべきことをアドバイスをお願いします。

色々な研修、実習先に行ってみたほうが良いと思います。社台ファームでは1週間程度のインターンシップを随時行っております。繁殖、当歳、1歳、調教馬、各ステージの診療に立ち会えると思います。レントゲン、エコーを使った跛行診断などはもちろん、1月後半から5月であれば出産にも立ち会うことができます。馬と向きあっているときは真剣ですが、普段は、和気あいあいとしたアットホームな雰囲気の職場です。

馬が好きな人、馬や競馬に関して興味のある人は大歓迎です。

Q20.社台ファームが今後目指す方向性(どんな馬を生産したいか、海外でチャレンジしたいこと)について教えて下さい。

社台ファームの獣医師としては、獣医師という立場から強い馬作りに貢献し、厩舎スタッフや装蹄師など生産馬にかかわる多くの立場の方々と共に生産馬の活躍の喜びを分かち合いたいと考えています。

そのためにも、獣医師としての治療や検査などはもちろんのこと、健康なウマ作りのための予防医学や飼養管理・調教管理、相馬眼の構築や、セリでの馬の購入など競走馬にかかわる広い分野における知見を世界から学ぶ姿勢を大切にしていきたいです。

編集後記

日本中央競馬会(以下JRA)の施設に関して計4回インタビューを行いました。今回は、数々の育成名馬を輩出し、日本の競馬界に貢献した生産者のひとつである社台ファームをインタビューしました(写真3B、写真3C)。

記事の中でも記載していますが、普段診療している馬の成長ステージが異なるので(社台ファームは出産~育成馬、JRAはレース出場馬)、疾患、検査、治療方法について良い情報交換ができていることは、お互いに素晴らしい事だと思いました。

藤田先生の回答の中で、我々獣医師は、治療をすることが重要な目的ですが、社台ファームという会社の一員でもあります。ある時は、どこまで馬の治療を実施、継続すべきかどうかを経営的に判断することも必要という発言は、経営者的な視点で重要な事だと思いました。

今後、馬にどう経営的な観点を踏まえて診療を実施することができるかが、今後のチャレンジ目標とのことですので是非、実現して欲しいと思います。

社台ファームの益々の活躍を祈念いたします。

馬関連の獣医師への今後のインタビューの展開としては、地方競馬の帯広ばんえい競馬場、二次診療の社台ホースクリニック、乗馬クラブの獣医師に行っていきたいと思います。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」