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■日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師(12) カタール国ドーハEquine Veterinary Medical Centerに勤務 及川正明先生

2025-06-23 14:04 掲載 ・2025-06-24 08:55 更新 | 前の記事 | 次の記事

写真1 及川正明先生(写真提供:及川正明先生)

写真2 128-slice CT(写真提供:及川正明先生)

写真3 超音波診断装置は2D、 3D/4D. M-mode、 Doppler ultrasonography(写真提供:及川正明先生) jvm20250623-001-f03.jpg

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSに日本の競馬界を支える獣医師を紹介しています。

日本中央競馬会(以下JRA)に勤務されている獣医師、生産者のひとつである社台ファームの獣医師、帯広のばんえい競馬場内にある 合同会社 アテナ統合獣医ケアBan'ei競走馬診療所の代表獣医師、全国的な規模で展開している乗馬クラブクレインの馬を診療している獣医師、地方競馬のひとつである大井競馬場に勤務する獣医師の記事を掲載しました。前回は馬の歯科疾患の治療で有名な獣医師のインタビュー記事でした。

海外で活躍されている馬の獣医師として、大学卒業後単身ドイツに渡り、ドイツの獣医師免許を取得し、馬の臨床獣医師として活躍されている佐藤俊介先生とカナダのプリンスエドワードアイランド大学獣医学部で馬の外科のレジデント(専門科研修医)をされている中前陽子先生の記事も掲載いたしました。

今回は海外インタビューの第3回目としてヨーロッパや北米ではなく、中近東のカタール国のEquine Veterinary Medical Center(EVMC)附属病理部長の及川正明先生〔Facebook:https://www.facebook.com/p/%E5%8F%8A%E5%B7%9D%E6%AD%A3%E6%98%8E-100049633502435/〕(写真1)にお話を伺いました。

(取材日:2024年8月24日)

Q1.EVMCの概要を教えてください。

EVMCは、2016年に設計や着工が始まり、2018年に診療業務がスタートしました。設立当初は、カタール財団(非営利の準国家組織)の一部門であり、アラブ馬の種の保存と生産を行う“Al Shaqab” の施設内の種牡馬と繁殖牝馬の約2,000頭および生産される仔馬への疾病対応を主目的としていました。

現在では“Al Shaqab”所属の馬のみならず国内の全ての馬を取り扱う馬の二次診療機関として活動しています。ちなみに、カタール国アラブ馬登録協会(Qatar Arabian Horse Registry)の2018年の公式発表によると、カタール国内では同年9,753頭のアラブ馬(アラブ馬の品種を問わずQatari Arabian horseと総称されています)が飼われていた、とのことです。したがって、この年には、おそらく、数百頭のアラブ種の仔馬がこれら繁殖牝馬から生産されたものと思われます。

また、この国ではサラブレッドとアラブ馬による競馬や砂漠で長距離を競う耐久レースも行われていますので、カタール国内で飼われている馬の数はさらに多いものと推察されます。

なお、参考までに述べますと、カタール内のアラブ馬は、6種類に大別されるアラブ馬の中でもPurebred Arabian horseが最も多く、次いでStraight Egyptian horseの2品種が多いといわれています。

EVMCの年間の診療頭数は約4,000頭です。診療に来る馬の多くはEVMC以外では対応が難しい症例です。

EVMCの組織は診療部門、薬剤部門、臨床検査部門、管理部門から構成されています。臨床部門は更には外科、内科、臨床繁殖の3部門に分かれ、歯科、装蹄及び救急診療チームが臨床部門全体をサポートしています。

臨床検査部門では、EVMC内や外部の牧場から送られてくる馬の検査材料(血液、関節液、脊髄液、胸水、腹水、糞便材料、外科手術生検材料、病理解剖例、子宮内膜生検組織など)の、主として臨床病理学的検査と感染症に対応しています。昨年度は約8,000検体の検査が行われました。

最近では、馬の海外の輸出入に関わる検査材料も増えてきています。これら検査については国際認証が得られています。

この国では、動物の検査機関がほとんどないに等しい状況にあることから、ラクダ、犬、猫、山羊、羊、鳥類など、馬以外の動物の検査もEVMCで行って欲しいとの要望が国からEVMCに寄せられており、現在、各種動物の検査に対する国際認証を得るための準備が進められています。

Q2.EVMCの特長を教えてください。

専門性の高い人材を揃えているところが特徴と考えます。すなわち、欧米の大学で臨床専門医の資格を取得した経験豊富な馬の臨床獣医師が診療の中核を担っており、欧米認定の動物介護士が診療を支える体制となっています。

この点が、国内の他の馬の診療所よりもEVMCがより質の高い獣医療を提供できるポイントになっていると私は考えます。

ハード面では3T MRI、CT-scan、核シンチグラフィーなどの画像診断装置(写真2、3)を揃え、関節内のみならず腱鞘内の細部を観察可能な内視鏡なども導入されおり、診断面で威力を発揮しています。

また、臨床繁殖部門では、繁殖疾患への対応と共に、ICSI(Intracytoplasmic Sperm Injection:顕微授精)による雌雄別の受精卵の作成や凍結精液による人工授精サービスを年間約500頭行っています。

Q3.カタールでの馬の獣医師の数、それ以外の動物の獣医療について教えてください。

私の知る限り、馬の臨床獣医師の数は40名です。その内訳はEVMC勤務の獣医師が12名、インターンが5名、牧場専属や開業の馬獣医師が23名です。

この他、獣医師のライセンスを持ちながら馬の医薬品や機材の販売店を経営する人や、国内の牧場を訪問してワクチン接種を主とする獣医師組織がいくつかあるようですが、その実態はよく分かりません。

私が、この国の獣医師免許証を取得したのは、EVMCに着任した2018年の2月24日の後、獣医師認定機関であるQatar Veterinary Medicine Licensing Board(Ministry of Environment,Department of Animal Resources所属の国家公務員から成る委員会)へ必要書類を提出し、その後、委員会に呼ばれ、面接を受けた後の9月のことでした。発行された獣医師登録番号を見ると189番でした。したがって、この番号から推測するに、私以前に既に188名の獣医師が登録されていたと考えられます。

最近目立つこととしては、犬や猫の診療所の増加があげられます。この国の人口とペットの増加は目覚ましいといわれていますが、ペットの増加は、カタールに移住する際に欧米人が持ち込んできたことが要因として考えられます。2001年には小動物診療の獣医師が主体となってQatar Veterinary Association (QVA)が結成されました。聞くところによると、QVAが最近World Veterinary Association (WVA)とFederation of Veterinarians of Europe (FVE)のメンバーになったと伝えられ、この分野は更に発展するように思われます。またラクダやハヤブサの診療所もあります。

なお、高額な競走馬のレースで有名なお隣の国のアラブ首長国連邦(UAE)の競馬会に相当するUAE Equestrian and Racing Federationによって同国内で馬の診療を許可されている獣医師の数は46名と報告されています。

Q4.印象深い出来事等があれば教えてください。

馬鼻肺炎ウイルス、サルモネラ菌、クロストリジウム菌、寄生虫、ピロプラズマなどによる馬感染症が、不顕性の状態で国内に蔓延しているようです。

苦い経験となりますが、EVMCがオープンして間もない頃のことでした。私とスタッフが、サルモネラ感染症例を病理解剖室で解剖した後、入院馬にサルモネラ感染が多発したのです。

病理解剖室は入院棟に併設されているのですが、我々スタッフが解剖室を出入りする際の消毒が十分ではなく、その結果、院内感染へとつながったことが疑われました。以来、むやみに関係者以外は解剖室には入れない、また我々も入院馬には近づかない、解剖室の洗浄や消毒を徹底する、感染例の解剖材料の廃棄は特別扱いにするなど、気を配っています。

ちなみに、現在は入院する馬は全頭、先ず隔離検疫棟に入れて、血液、体液、糞便の病原体検査を行い、陰性所見が得られた後、初めて入院棟に移動するようにしています。このような対応も、一見健康で不顕性感染している馬が来院して起こった過去の失敗事例から学んだ故の対応です。

この国では、恐らく獣医師以外の人が抗生物質や抗寄生虫薬を購入して、馬に多用した結果と思われる抗生物質の抵抗性の細菌や寄生虫(線虫が主体)が増加している傾向にあります。この傾向は、薬剤感受性試験や糞便検査の成績から推察されます。

Q5.やりがいを感じていることや大切にしていることを教えてください。

私の職場は基本的に馬の救命や治療を最終目的としていますので、私の担当する病理形態学的診断も、この目的に生かされねば意味がない、と考えます。

言い換えると、病理検査成績と臨床の関連性には常に気を配っています。1例を挙げれば、腸捻転の手術時に生検材料(腸管の端々吻合部位の組織)が検査室に持ち込まれ、腸組織の組織学的viability判定(形態学的に腸組織が受けているダメージの程度を数量的に示す判定法)を依頼されることがあります。

この診断結果は吻合手術をした腸管が再吻合手術をすべきなのか否かの判断材料にも用いられます。手術した当事者はもちろんのこと、組織診断を下した私自身も心配で、つい馬房に行き、患馬の状態を見たりすること、しばしばです。

それだけに手術馬が無事退院した時は、安堵することはもちろんですが、やりがいを感じる時でもあります。病理解剖の際に心がけていることとしては、剖検前には必ず画像診断像や血液所見などを調べてから剖検を開始することにしています。私は自然発症例の剖検では、病理組織診断はあくまでも肉眼所見を裏付ける手段と考えていますので、死因や病因が肉眼的に見つかるまで解剖を詳しく行います。

もちろん、特異的な肉眼的病変を欠く感染症や病気もあるのですが、基本的に死に至る症例は死に至るに足る、或いは症状を起こすには、症状を起こすに足る肉眼的病変が存在するにちがいない、と私は考えています。

馬の病理診断に携わる者は、顕微鏡観察の目を肥やすことも大切ですが、肉眼的病変(Gross Pathology)を観察する目を養い、馬の生物学的特徴を十分考慮したうえで死因や病因解明に努めてゆくことが大切だと思っています。

Q6.目標は何ですか?

これから長期のビジョンを描き、実行するには、あまりにも遅い年齢になってしまいました。

したがって、これまでと同じく、一つ一つの臨床症例を新鮮な気持ちで観察し、できる限り症例報告として記録に残してゆくつもりです。もし状況が許せば、これまで観察した症例を臨床像との関連性から見直し、馬の病理症例記録集を作ることができれば申し分ないな、と思っています。

私が生業としてきた分野は、生命を扱う科学の中でも、さらに馬の病気だけを扱うという、極めて特殊な狭い分野です。ですが、やればやるほど、知らないこと、解らないことが逆に増えてきました。この奥深い分野に携われることができた僥倖には感謝以外ありません。

Q7.馬関係で参考としている本や学術誌を教えてください。

  • 日本の書籍と学術誌
  • 日本獣医病理学専門家協会発行の総論、各論、カラーアトラス
  • 絶版になっていますが昭和17年陸軍省発行の『軍陣獣医剖検提要』
  • 学術誌は「病理と臨床」、「日本獣医師会雑誌」、「産業動物臨床医学雑誌」を参考にしています。
  • 海外の学術誌
  • 目次を眺めるだけの時もありますが、下記の学術誌を参考にしています。
  • 「Veterinary Pathology」
  • 「Journal of Comparative Pathology」
  • 「Journal of Equine Veterinary Science」
  • 「Equine Veterinary Education」
  • 海外の書籍
  • 下記の書籍を用いています。これらは私の良き師匠であります。
  • 『Pathology of Domestic Animals』
  • 『Pathologic Basis of Veterinary Disease』
  • 『Gross Pathology of Domestic Animals』
  • 『Rooney's Guide to the Dissection of the Horse』
  • 『Equine Pathology』
  • 『Biomechanics of Lameness in Horses』
  • 『Autopsy of the Horse』
  • 『Color Atlas of Equine Pathology』
  • 『Kirkbride's Diagnosis of Abortion and Neonatal Loss in Animals』
  • 『Veterinary Forensic Pathology』
  • 『Color Atlas of Reproductive Pathology of Domestic Animals』
  • 『Reproductive Pathology of Domestic Mammals』
  • 『An Atlas of Alimentary Tract Pathology』
  • 馬医学の百科事典
  • 『Book of Horses: A Complete Medical Reference Guide for Horses and Foals』を重宝して用いています。

Q8.EVMCと日本の連携は何かございますか?

東京農工大学の田中あかね教授、松田浩珍特任教授とは数年前から、我々EVMCのスタッフと共同でSIRSなどの疾患を中心に共同研究を行っています。

以前、北里大学の大動物臨床学研究室の前田洋佑講師がEVMC訪れ、繁殖牝馬の臨床免疫学的研究成績について講演してもらったことがありました。JRAの競走馬診療所からは、管理職の方が一度EVMCの見学に訪れたことがありましたが、組織としての連携は特に取っていません。

Q9.カタールの獣医大学との連携はございますか?

お隣のアラブ首長国連邦(UAE)とは異なり、カタールには獣医学科はありません。ただし、カタール財団直営のHamad Bin Khalifa University (HBKU)では、動物も扱う医学生物学科がありますので、我々EVMCのスタッフが客員教員として学生の教育に携わることがあります。また、EVMCと同じ敷地内にある国営のQatar Biomedical Research InstituteやQatar University付属の Laboratory Animal Instituteには獣医師出身の研究者が勤務していますので、研究面で彼らと打ち合わせすることもあります。

Q10.カタールでの競馬や馬術大会について教えてください。

この国では、Qatar Racing & Equestrian Club(QREC)がトレーニングセンター、競走馬診療所、馬博物館、競馬場を所有し、サラブレッドとアラブ馬のレースを主催しています。ドーハ市内の2競馬場でレースが行われています。

これまで、日本の中央競馬会あるいは地方競馬会の競走馬が毎年参加してきました。調教師や馬主さんからの依頼で、騎手、厩務員、関係者のドーハ滞在中のお世話を頼まれたことがありました。一度、騎手の方が真夜中に突然ホテル内で体調を崩し、その対応のためドーハ市内を奔走したこともありました。なお、カタールのレースの賞金額は、お隣のサウジアラビアやUAEの高額賞金レースやJRAの賞金とは全く比べものにならないほど低額です。

馬術競技はEVMCの隣にある“Al Shaqab”の馬術アリーナで行われます。大きな国際馬術大会の際には事故に備えて臨床スタッフが会場で待機します。

馬術大会における私の役割は競技中の突然死や骨折などにより安楽死された馬を病理解剖することです。その後、病理診断書を競技委員会と保険会社の両方に提出します。

カタールにおける馬術競技や馬のイベントを紹介した動画「Al Shaqab紹介動画」や「Al Shaqab Webサイト」がありますので、興味ある方はご覧ください。

Q11.EVMCの今後の方向性を教えてください。

最初に述べたようにEVMC設立時の目的は“Al Shaqab”所属の種牡馬、繁殖牝馬、胎子、新生仔馬、若馬を対象とした臨床繁殖学的及び周産期の疾患対応でした。

それゆえに、初代の臨時の所長として米国のケンタッキー大学の臨床繁殖学の教授であり、大学付属のGluck Equine Research Centerの所長であったMats Troedsson博士と、馬の妊娠の免疫学及び遺伝学研究の権威者であるコーネル大学のDoug Antczack教授二人がカタールに招聘され、EVMCの計画から立ち上げ、そして獣医師の採用を担当しました。

設立以後は、彼らの理念に基づき、EVMCはアラブ馬の遺伝子解析、Bio Bankや 再生医療部門の設立、所員からのプロジェクト研究公募、カタール国内外の馬獣医師に向けたオンラインセミナーの開催、国際共同研究の実施、国際学会の開催、インターンの指導・教育とレジデントの専門医取得のための教育機関としての認定、学術論文の発表等々、馬の診療、研究、教育を3本柱とした馬医療の拠点作りを目指して活発に活動を行いました。

しかし、Troedsson教授やAntczack教授が去った3~4年前頃から、教育と研究に対する予算が大幅に減額されることとなり、さらに、英国でMBAを取得したカタール人の女性(経営の専門家で、非獣医師)が新所長に一昨年に就任されてからは、教育と研究に対する予算や学会参加旅費が全廃となり、EVMCの経営方針が診療や検査による収入を増すことの一点のみに向けられるようになりました。

この経営方針の大幅な変更により、臨床研究やレジデント・インターン教育のリーダー格だった人が国外に去り、創立時にあった熱気が低下してしまいました。

私個人としては剖検の際に参考となる情報をいつも提供してくれた画像診断専門医が去ってしまったことが痛手です。したがってEVMCの今後の方向性については現在不透明な状況にあるといえます。

Q12.中近東で勤務希望の獣医学生アドバイスをお願いします。

私はEVMCで勤務して7年目となるのですが、この国の活気、文化、風俗には驚かされることが多く、いっこうに飽きがきません。朝令暮改のようなことも度々で、今では慣れてしまいました。多分、規則を守り、真面目な人には中東は向かないのかもしれません。

もし、こちら中東で起業するのであれば、法人設立は容易ですので、例えば臨床検査センター、コンサルタント業を立ち上げることも可能かと思います。

カタール国内では、前述したQatar Racing & Equestrian Club所有のトレーニングセンターの競走馬診療所、牧場、診療所からの獣医師募集情報をみかけることがあります。

隣国のUAEのドバイの動物園では現在、哺乳類、鳥類、爬虫類などを扱うことができる「獣医病理学の専門医を募集中」ですし、アブダビに新設されたラクダと馬を扱う病院では臨床病理学的検査室の「責任者となる獣医師を募集」しています(下記のAbu Dhabi Equine and Camel Hospital)。

これらの情報は、中東地域の人材募集のネット情報、例えば「Naukrigulf」「GulfTalent」「Jobrapido」などから入手できます。

ただ、これら募集の上で注意を要する点としては、日本に比べ、はるかに自由に働ける環境にはある反面、簡単に解雇されるリスクも高く、一方でヘッドハンティングも盛んであり、人材の流動性は高い地域であることです。

我々のEVMCの宣伝になりますが、こちらでは有給のインターンシップの制度(1~2年)を設けています。世界各国からの応募者を書類選考の後、オンラインによる面接の上、採用していますので、興味のある方はEVMCの総合案内のWebサイトから情報をご覧ください。

インターンの業務内容は我々獣医師の補助となりますが、時には真夜中から朝方までの手術や急患対応のため、休日もなく駆り出されるので、大変です。ただし、インターン終了後はEVMCの認証や推薦を得て、他の職場や専門医取得のために大学に進む人もいて、その後の進路は人により様々です。

特に専門医志向のインターンには、我々が症例報告の論文作成の手伝いなどをして、大学側が受け入れ易い履歴を整えることもあります。なお、彼らインターンの報酬はかなり高額です。国籍や男女の違いを問わないEVMCのインターン制度で研鑽を積むことは中東地域で馬の臨床獣医師として生きてゆこうとする人には恵まれた制度と考えます。

なお、中東においてインターン、大学生向けのエクスターンの受け入れに最も熱心なのはUAE、ドバイのDubai Equine Hospitalです。この病院の昨年までの所長はカリフォルニア大学デービス校 (UCDavis)で外科の専門医を取得したDr.Thomas Yarbroughであり、JRAのプロジェクト研究で外科学のJohn Pascoe教授らと共に競走馬総合研究所で当時の帆保誠二研究員(現在は鹿児島大教授)らとかつて共同研究された方です。彼は欧米流のインターン、エクスターンのシステムをいち早く中東の馬の診療所に持ち込んだ先駆者でもあります。

さて、中東では基本的に会話であれ、カルテであれ、診断書であれ、英語で意思疎通が行われていますので、この点の準備はインターン応募の際には最低限必要なことかと思われます。

英語に関しては、この国の指導層や教育者が、アメリカではなく、イギリスで学んできていますので、彼らの英語はイギリス英語が主体ですが、庶民レベルでは通じればいい程度の簡単な英語が使われていますので、日本人の英語レベルであれば、こちらの普段の生活においては全く不自由ないと思います。

欧米先進国の高度な獣医療を目指す人には、中東は物足りなく、不向きかもしれませんが、砂漠地帯に生きるアラブ馬や日本ではお目にかかれない猛禽類や一説には22,000頭もの競走用のラクダがいるこの国で、診療を学ぼうとする方にとっては、この地域は魅力ある場所かもしれません。

そして、獣医療の組織が十分に整備された地域ではなく、発展の余地がまだまだ多い地域ですので、逆に言えば伸びしろのある場所であり、個人の力量次第では活躍できる可能性が高い地域であることは間違いありません。私個人としては、煩わしい組織内の人間関係によるストレスが少なく、大雑把な雰囲気のこの国が気に入ってます。

Q13.行ってみたい海外の馬の診療施設を教えてください。

過去に訪れた中で、印象深く、もう一度訪れてみたい馬の検査・研究機関をあげます。

  • 繁殖牝馬の子宮疾患の病理学的研究で有名なドイツライプチヒ大学の獣医病理学研究所
  • アイルランドのIrish Equine Centre
  • 英国ニューマーケットのRossdales Laboratories
  • 米国ケンタッキー大学のVeterinary Diagnostic Laboratory
  • オーストラリアのメルボルン大学獣医学部のWerribee キャンパスにあるEquine Centre
  • ドバイにあるCentral Veterinary Research Laboratory

Q14.中近東で知り合いの日本人獣医師はいますか?

ドバイで動物の医療器材や診断試薬を販売している日本人の支店長が一度EVMCを訪れたことがあります。

その方のお話では、広く中東全域を訪れてみたが、日本人の臨床や馬の獣医師は見当たらなかった、ということでした。ただし、分野は違いますが、医師や動物の遺伝学の研究者、音楽家の日本人が我々と同じ敷地内にある大学や研究機関、楽団で活躍しています。

Q15.EVMCを除いた中東における馬、ラクダ、猛禽類(ハヤブサ)の代表的な獣医診療センターを教えてください。

  • 馬関係
  • 1)QREC Equine Veterinary Hospital (カタール・ドーハ)
  • 2)The Equine Hospital (サウジアラビア・リヤド)
  • 3)Dubai Equine Hospital www.dubaiequine.ae/(UAE・ドバイ)
  • 4)Equine Veterinary Clinic (UAE・ドバイ;Royal Equine Clinic)
  • 5)Sharjah Equine Hospital (UAE・ドバイ)
  • ラクダ関係
  • 6)Al Shahania Camel Hospital (カタール・ドーハ 競走用ラクダの診療所)
  • 7)Salem Veterinary Camel Hospital (サウジアラビア・ブライダー 世界最大の競走用ラクダの診療所)
  • 馬とラクダ関係
  • 8)Abu Dhabi Equine and Camel Hospital (UAE・アブダビ 新設の馬とラクダの診療所)
  • ハヤブサの診療所
  • 9)Souq Waqif Falcon Hospital (カタール・ドーハ)
  • 10)Dubai Falcon Hospital (UAE・ドバイ)
  • 11)Abu Dhabi Falcon Hospital (UAE・アブダビ)

編集後記

海外で活躍されている馬の獣医師の3回目として、カタール国の首都ドーハのEVMCに勤務されている附属病理部長の及川正明先生にお話をうかがいました。

及川先生は、以前JVM NEWSに「カタール・ドーハ便り」を寄稿され、その記事を拝見し、EVMCとカタール国を含めた中近東の獣医事情について更にお聞きしたく、インタビューをお願いしたところ、ご多忙中の所、快く応じていただき大変感謝しています。

まずカタール国について簡単に説明しますとカタールは中東に位置し、大きなアラビア半島からペルシャ湾に小さく飛び出した半島国です。秋田県よりもやや狭い面積を有する小さな国であり、言語はアラビア語、イスラム教を国教としています。通貨は「カタールリヤル(QAR)」が用いられています。乾燥した砂漠と、ペルシア湾(アラビア湾)沿岸にビーチや砂丘のある長い海岸線をもち、首都ドーハもこの海岸線上にあります。ドーハは、近未来的な超高層ビルや、古代イスラムのデザインをもとにした近代的な建築物(石灰岩造りのイスラム美術館など)で知られる都市です。2022年のFIFAワールドカップの開催国でもあります。経済を支えているのは、天然ガスと石油で、特に液化天然ガス(LNG)では世界最大の輸出国です。

今回EVMCの概要、セールスポイントとカタール国の獣医師の状況を中心に紹介しました。その中で馬の腸捻転において病理検査成績と臨床の関連性が非常に重要であることが及川先生の説明を通じてよくわかりました。

将来、中近東で獣医師として勤務を希望する学生さんや獣医師のことを踏まえてEVMCを除いた中近東における馬、ラクダ、猛禽類(ハヤブサ)の代表的な獣医診療センターについて紹介いたしました。

今後、欧米だけでなく中近東で獣医師として活躍するという、一つの選択肢もあってもよいのではないかと思い記事にいたしました。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「日本の競馬界の未来を切り拓く獣医師」