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記事提供:動物医療発明研究会
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
前回は、名古屋港水族館の獣医師の先生にインタビューを行いました。
今回は、大阪港に隣接する海遊館(写真1、2)に勤務されている飼育展示部マネージャー参事で獣医師の伊東隆臣先生(写真3)にお話をうかがいました。
(取材日:2024年12月4日)
Q1.海遊館の名前の由来は何ですか?
一般公募を募り、全国各地からご応募いただいた候補の中から「海遊館」に決定しました。「遊という文字が動きと広がりを感じさせ、ラウンド=巡るという意味が館テーマ、展示方法を端的に表現している」が選考理由です。
Q2.施設の特色を教えてください。
「海遊館のコンセプト」は『すべてのものは、つながっている』。「地球とそこに生きる生き物は、互いに作用しあう、ひとつの生命体である。」という考えに基づき、太平洋とその周辺の自然環境を再現した水槽で、約620種、30,000点の生き物たちを飼育展示しています。
各地域/海域をモチーフにした水槽は実際の地理に合わせて配置されており、「太平洋をめぐる旅」をご体験いただけます。
Q3.「日本の森」「モンタレー湾」「エクアドル熱帯雨林」「タスマン海」「太平洋」の各水槽の特徴を教えてください。
- 「日本の森」
- 日本の森林、渓流域を再現したエリアで、植物たちは季節ごとに葉が芽生え、花が咲くなど四季折々の姿を見せてくれます。また、今では絶滅してしまった「二ホンカワウソ」がいた頃の風景を、近縁種の「コツメカワウソ」(写真4)の展示で再現しています。
- 「モンタレー湾」
- アメリカ・カリフォルニア州の環境を再現しています。ここで暮らす「カリフォルニアアシカ」と「ゴマフアザラシ」は、岩場をすり抜ける躍動感のある泳ぎや、陸場ですやすや昼寝をするなど、様々な一面を見せてくれます。
- 「エクアドル熱帯雨林」
- 南米のアマゾン川流域を再現しています(写真5)。世界最大の淡水魚の一種であり、1億年以上も姿が変わっていないと考えられている「ピラルク」から、全長数cm程度のペンギンテトラ、果ては陸上、水中に茂る植物たちなど、多様性に富んだ生き物たちが暮らしています。
- 「タスマン海」
- オーストラリアとニュージーランドに広がるこの水槽では、「カマイルカ」(写真6)が暮らしています。深さのある水槽の中を群れで泳ぎまわったり、飼育員手作りのおもちゃで遊ぶなど、活発な姿を見せてくれます。
- 「太平洋」
- 深さ9m、水量5,400tの、海遊館で一番大きな水槽です。世界最大の魚類「ジンベエザメ」(写真7)や海遊館が世界で初めて飼育展示に成功した「イトマキエイ」(写真8)をはじめ、約50種、1500点の生き物が暮らしています。
Q4.建物が8階建ての理由と設計をケンブリッジ・セブン・アソシエイツ社に依頼した理由を教えてください。
水族館事業を含む大阪港エリアの再開発計画が発足した際、当時海外園館のデザインを複数手掛けられ、水族館づくりにおいて経験豊富なケンブリッジセブン・アソシエイツ社に企画設計を依頼することになりました。
会議を重ね、太平洋を中心とした環境再現をコンセプトにすることが決まり、コンセプトを表現するために同社から提案いただいたデザインから、現在の建築設計となりました。
Q5.大阪港における海遊館の位置づけを教えてください。
コンセプトの通り海遊館は、太平洋を中心に、各地域での生態系、地球環境と生き物の繋がりを表現する施設として、レクリエーションはもちろん、環境教育としても欠かせない施設でありたい、と考えています。
また、土地柄観光で来館されるお客様が多い施設ではありますが、大阪湾のスナメリ目視調査や海遊館前の天保山岸壁生物調査といった調査研究も実施しており、大阪のお客様にも意外と身近なところで暮らす生き物たちのことを伝えていきたいです。
Q6.治療を実施する上で参考とされているものは何ですか?
主にケーススタディなどの論文を参考に治療を行っています。書籍を活用することは少ないのですが、海遊館に入館された飼育展示担当の新人教育として『海獣診療マニュアル(上巻・下巻)』を参考にすることはあります。
現在、海遊館に2名、大阪万博公園にあるNIFRELに2名の計4名の獣医師が勤務していますが、全員で情報共有を行い、重症例などでは全員で対応することもあります。またローテ-ションで海遊館やNIFRELの動物や海獣動物等を経験することによって、診療のレベルアップを図っています。
『CRC Handbook of Marine Mammal Medicine』は水族館に勤務されている獣医師の皆さまがご覧になられていると思います。
それ以外に専門分野の権威の先生にメールで直接お聞きすることがあります。
Q7.具体的にどんな動物の診療を行うのでしょうか?
海遊館では、主に魚類と海獣類です。NIFRELでは、ホワイトタイガー、ミニカバやワオキツネザルなどの陸生動物や、オウギバト、ケープペンギンなどの鳥類、イリエワニ、カメレオン、カエルなどの爬虫類・両性類の診療を行っています。
Q8.専門分野の権威の先生に尋ねることもあるとのことですが、具体的に教えてください。
魚類の麻酔関連だとGreg Lewbart先生、海獣類関係だとIAAAM(International Association for Aquatic Animal Medicine)の元会長のDonald Stremme先生、眼の病気はCarmen Colitz先生、ウミガメの麻酔下外科手術はイタリアのAntonio Di Bello先生など、その都度必要に応じていろいろな先生に聞いています。
Q9.所属あるいは参加される国内外の協会・学会を教えてください。
日本野生動物医学会に所属しています。2024年12月14日~15日に沖縄で開催されます第30回日本野生動物医学会大会にてシンポジウム登壇を依頼されています。学会ではありますが、日本鳥学会という研究会に所属しています。
Q10.医療器具、薬剤、翻訳本、学術データなどへの要望がありますか?
まず、オリンパス社が動物用の内視鏡事業から撤退したことは残念です。大型の動物にもより対応するために動物用CTを備えたいです。
Q11.海外の水族館で研修されたとのことですが、どの水族館でしょうか?
2023年5月23日にアラブ首長国連邦の首都アブダビのヤス島にオープンした「シーワールド アブダビ」です。施設は最新の機器が備えられてあり、優秀な獣医師の先生が集められていました。
Q12.飼育動物の主な疾病を教えてください。
海遊館では基本、予防医学に重点をおいています。具体的には健康診断をスケジュール化しています。
公益社団法人日本動物園水族館協会(JAZA)の各動物の平均年齢よりも長く飼育している動物が当館では多いです。
また、動物の解剖学、生理学、生態学などに合わせて水槽などの施設のデザインを設計しているので、ジンベエザメを含めた飼育動物の疾病率が低いと思います。
Q13.ジンベエザメを飼育している水族館は少ないと思いますが、飼育する上で気を付けられていることは何かありますか?
まず、海遊館で飼育されているジンベエザメは、四国で捕獲された際に、四国の土佐清水にある海遊館の研究所である「大阪海遊館 海洋生物研究所以布利センター」において、採血やエコーなどで健康診断を実施すると共に、十分に馴致された個体のみを海遊館で飼育するシステムになっています。
また万が一、海遊館で飼育していて体調の悪くなったジンベエザメは、四国の海遊館の研究所に戻して検査および治療を行っています。
Q14.土佐清水までどうやって移動するのですか?
ジンベエザメ専用の「輸送容器」に積載して(写真9)、トラックで運びます。
Q15.就職を希望している獣医学生へのアドバイスをお願いします。
海遊館では獣医学生の研修生の受け入れを行っています。今年も2名を受け入れました。2名の募集に対してそれ以上の応募があった場合は、学年の高い方を受け入れます。
今まで海遊館への採用を希望した学生さんは、水族館獣医師のメリット・デメリットを十分理解してモチベーションの高い人でした。
水族館も色々なカラーがあるので、学生時代に色々な水族館を経験されていた方が良いかもしれません。
Q16.伊東先生の目指すものは何ですか?
動物福祉に力を入れて行きたいです。日本は欧米に比べて20年くらい遅れている状況で、今、欧米で問題になっていることが今後日本にとって課題になるのではないかと考えます。海外ではイルカショーが廃止になる動きがあります。動物福祉に配慮し動物に寄り添った水族館を目指したいと考えています。
2番目として民間企業の水族館として社会に貢献したいと考えています。海遊館では、フィールドでは研究を行うにはハードルの高い野生動物を飼育しており、飼育下において様々なデータ収集・分析を行い、その結果を自然界にフィードバックを行うことにより、地球への貢献(域外保全)に繋がるのではないかと考えます。
また、野生動物の保全(域内保全)という観点では大阪湾でのスナメリの調査を行っています。今までは目視調査やストランディング調査を行っていましたが、今後はドローンを駆使して調査を行う予定です。これらの調査の結果を学会にて報告を行っています。
Q17.他の水族館や獣医大学との技術的な面での交流はありますか?
獣医大学との技術的な面では、大阪公立大学獣医学部との学術交流を行っています。具体的な例としては、海遊館で飼育しているカリフォルニアアシカ、コツメカワウソ、ペンギンなどの臨床でご協力いただいたり、先述のストランディングしたスナメリの死因調査も行っていただいています。
また国内・国外の水族館とも連携を図っています。
Q18.国内外で参考あるいは是非訪問してみたいと思われる水族館を教えてください。
先程お話しましたが、海外研修に行ったアラブ首長国連邦の首都アブダビのヤス島にオープンしたシーワールド アブダビです。
Q19.伊東先生は、生物ミステリーに関するユニークな本である『古生物水族館のつくり方』の飼育監修をされていますが、この本の内容を教えてください。
この本は古生物を飼うのであれば、どのように捕獲するか、どのような施設が必要なのか、そのすべてを1冊の本にしようという試みでできた本です(写真10)。
この本を製作するにあたって、リアルな古生物学者の方には現時点で知られている限りの生態の情報を、私は、「予算と面積を気にせずに」古生物を飼育するためにどのような施設が適当といえるのかを検討したものです。
『古生物水族館のつくり方』の姉妹本として『古生物動物園のつくり方』では天王寺動物園の佐野祐介先生が飼育監修をされています。
編集後記
今回1990年に大阪港の再開発の中核施設として開館した海遊館を訪問しました。海遊館を設計したのは、水族館づくりにおいて経験豊富なケンブリッジセブン・アソシエイツです。このケンブリッジセブン・アソシエイツ(米国)は、水族館の建築レベルを底上げした立役者であり、この設計事務所の特徴は大きく2つあります。
1つは、大水槽の周りをらせん状に下りるという見せ方を生み出したことです。この手法は、海遊館においてもジンベエザメを色々な角度で見ることができとても壮観でした。
もう1つは、ガラスを多用した現代的なデザインを世に示したことです。海遊館においても上部のガラスボックスの透明な部分は空を、基部の赤は火を、青は海を表しています。
海遊館の建物は8階建てで、エレベーターで最上階の8階に登り、そこから日本の森、モンタレー湾、エクアドル熱帯雨林、タスマン海、太平洋の各種水槽を順に見ることができます。
太平洋の水槽は深さ9m、水量5,400tの、海遊館で一番大きな水槽で、世界最大の魚類「ジンベエザメ」を見ることができます。また、その「太平洋」水槽のバックヤードであるジンベエバックヤードを別料金で見ることができます。
健康診断をスケジュール化するなど、予防に重点をおいた診療体制は海遊館の特徴だと思います。あわせて動物の解剖学、生理学、生態学などを考慮した飼育環境が、ジンベエザメを含めた飼育動物の疾病率を低くし、JAZAの各動物の平均年齢よりも長く飼育できている理由だと思います。
海遊館に2名、NIFRELに2名の計4名の獣医師の先生が勤務されていますが、全員で情報を共有し重症例などでは全員で対応する体制、両館の飼育動物の診療を経験できるローテ-ション勤務によって、診療のレベルアップを図っていることは特筆すべき点です。
2025年4月から開催の大阪万博に出かける方も多いでしょう。ぜひ海遊館にも足を延ばしてみてください。
動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。
シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」
- (1)四国水族館
- (2)仙台うみの杜水族館
- (3)NIPPURA株式会社-前編
- (4)NIPPURA株式会社-後編
- (5)átoa
- (6)アドベンチャーワールド
- (7)AOAO SAPPORO
- (8)沖縄美ら海水族館-前編
- (9)沖縄美ら海水族館-後編
- (10)大成建設株式会社
- (11)新江ノ島水族館-前編
- (12)新江ノ島水族館-後編
- (13)旭川市旭山動物園編
- (14)猛禽類医学研究所-前編
- (15)猛禽類医学研究所-後編
- (16)NIFREL
- (17)名古屋港水族館