HOME >> JVM NEWS 一覧 >> 個別記事
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWSとして水族館や動物園の獣医師の先生方を紹介しています。
動物園シリーズの第1回目は、株式会社アワーズが経営し、ジャイアントパンダの繁殖で有名な和歌山県南紀白浜にあるアドベンチャーワールドを紹介しました。第2回目の今回、行動展示で有名な旭川市旭山動物園の獣医師 統括園長の坂東 元先生(写真1A)にお話をうかがいました。(取材日:2024年5月1日)
Q1.旭山動物園のシンボルマークは、何を意味していますか?
旭山動物園のシンボルマークは、雪の結晶と北方系の動物であるエゾシカをモチーフにデザインされています。このマークは開園(昭和42年)時に日本を代表するグラフィックデザイナーであり版画家でもある遠藤 享氏によってデザインされました(写真1B)。
Q2.旭山動物園の理念は何ですか?
動物園で、ありのままの動物たちの生活や行動、しぐさの中に「凄さ、美しさ、尊さ」を見つけ、「たくさんの命あふれる空間の居心地の良さ」を感じてほしい。家畜・ペット種との触れ合いを通じて「命の温もり、命の尊さ」を感じてほしい。そして、野生動物の保護や環境問題を考えるとき、動物たちは私たちと対等な生き物なんだと思うきっかけになれる、そのような動物園でありたいと思っています。本園の理念である「伝えるのは、命」という言葉には、このような思いが込められています。
Q3.獣医師の眼から見た旭山動物園の魅力およびアピールポイントは何ですか?
生き物を閉鎖的に飼育する中で、いかにして動物本来の身体能力と精神的なものを共存させるかをテーマにして展示しています。例えばライオンですと雄・雌・子供を一緒に飼育しています。
動物達は野生の環境と異なり、餌の確保も保証されており、また天敵から襲われる心配もなく、ある意味刺激がない状態です。そのような環境の中で、来園するお客さん達にも動物達を観て、あきさせないように展示に工夫を行ったり(行動展示)、餌を与えながら動物について解説する(もぐもぐタイム)、動物にまつわる標本や写真等を用いて動物の特徴を解説する「なるほどガイド」、飼育スタッフの「伝えたいこと」がぎっしりつまっている「手書き看板」があるのが特徴だと思います。
旭山動物園で飼育されている動物は特に目新しい動物は飼育されていませんが、北海道産の動物たちを(多数)展示していることが他の動物園にはないところだと考えています。
Q4.旭山動物園の行動展示の代表的な施設と設置時期を教えて下さい。
- 2000年 ぺんぎん館(写真1C、1D)
- 2002年 ほっきょくぐま館(写真1E)
- 2004年 あざらし館(写真1F)
- 2005年 おらんうーたん館、くもざる・かぴばら館
- 2008年 オオカミの森、エゾシカの森
- 2012年 北海道産動物舎リニューアル
- 2021年 エゾモモンガ舎
- 2022年 えぞひぐま館
- です。
Q5.何人の獣医師の先生が勤務されていますか?
私を含め4名の獣医師が勤務しています。
Q6.動物園で飼育されている動物の診療でご苦労された点は何ですか?
自分の経験の中では、苦労した点の1番目は、入園2年目の時にライオンやトラが猫のカリシウイルス感染症に罹患したことです。4頭全頭に感染し、昼夜を問わず麻酔導入後、点滴による補液治療を実施しました。毎日2頭ずつの治療をほぼ1人でこなしました。
そのことをきっかけに翌年から猫用のワクチン接種をライオン・トラなどネコ科動物に行うことになり、さらに、病気に関係なく健康診断を1年に1回実施するようになりました。
2番目に苦労したのは、平成12年頃にペンギンの親が子供の子育てを終えて、手が離れる時期に突然死したことです。繁殖の雌が出産後40~50日で死亡するケースが多発しました。
最初、感染症を疑いましたが否定されました。ペンギンの親は死亡するのに、子供のペンギンは元気だったからです。その後、色々な研究をした結果、親ペンギンが「低ナトリウム血症」に陥ることを突き止めました。
ペンギンはもともと海水とともに魚などを捕食しており、余分な塩分を体外に排出することが分かっています。しかし、動物園では、健康管理上、陸上で手渡しで給餌しています。さらに淡水で飼育していることから、自分の体を維持する塩分しか摂取できていない状態になります。ペンギンは親が一度食べた魚を、半消化の状態で吐き戻してヒナに給餌します。言わば、頻繁に嘔吐していることになり、親が大量の電解質を失うことになります。その結果、低ナトリウム血症になったと考えました。
血液検査の結果で判明しました。そのヒントとなったのが、「アザラシにおける低ナトリウム血症の発生」の報告で、ペンギンでもそうではないかと仮説をたてました。
それ以来、ペンギンの餌に塩を混ぜる対策を講じています。
Q7.病気に関係なくトラやライオンの健康診断を1年に1回実施しているとのことですが、病気になってからでなく、健康な動物にも健康診断する理由はなんですか?
旭山動物園の動物も高齢化になり、治療が必要になることがあります。治療が必要になった時だけの血液検査では、今までの病気の進行度合いを把握することはできません。
定期的にかつ各個体ごとに血液検査や生化学検査を実施して各個体の健康状態の傾向を把握することは、動物達の健康を維持する上でとても重要なことだと感じています。
Q8.健康診断での血液検査の重要性がよくわかりました。検査では麻酔が必要になると思いますが、何か工夫されていることはありますか?
麻酔をストレスなくスムーズ、かつ安全にどう実施するかが課題となりますが、ホッキョクグマなどについては、ハズバンダリートレーニングを実施しており、無麻酔で採血やエコーなどを実施しています(写真2A)。
Q9.前園長としてご苦労された点は何ですか?
入園した当初は、公立の動物園なのでゾウやゴリラなど一般的な飼育動物が多い中、9~10人の飼育員で対応していました。自分も獣医の仕事だけでなく飼育員として活動しました。
飼育動物の姿・形だけを見せる展示では、珍しい動物であっても、見慣れてしまうと当たり前となり、来園者は減少していきます。だからこそ施設の特殊性を出して、差別化していくことに尽力しました。
その解決策として、動物園を改装工事してきました。地元の設計事務所の方々と一つ一つ課題を解決していったのですが、それは印象深く心に残っています。「単に喜びだけでなく、心に届く展示施設にする」と常に心がけました。「来園者が満足しないのは、展示の見せ方に原因があるのではないか」と思い日々チャレンジをしました。
Q10.行動展示に関する施設のデザインにおいて、不可欠なことや心掛けていることは何ですか?
今では当たり前になりましたが「動物心理学」も導入し、どんな動物がどんな可能性を持っているかなどの情報収集を行いました。
また、科学は本来、人間を相手とした学問であり動物達には関係ないことです。動物的な理解を深める為に具体的に動物側からの見方を研究しました。
例えば、ライオンとシマウマでは同じ環境にいても、それぞれが見る景色は違います。動物の本来の感性をどう引き出すかを工夫し、研究しました。
Q11.どのような時に行動展示の施設に関するデザインアイデアが浮かぶのでしょうか?
例えばあざらし館を設計する際には、アザラシの身体機能を通して物事を見るとどう見えるのかを考えてみました。「こういう時はこういう風か」と考えながらの試行錯誤の連続で、それらは簡単に数値化できるものではありません。動物達はもちろん環境を考えたり提案したりはできませんので、試行錯誤のなかでべースとなる環境デザインを考えました。
行動展示については、私がアイデアを具体化し、動物が暮らしていく中で、もっともっとその動物らしさを引き出せるよう、担当者とともにリフォームしてきました。
廃園の危機にあったころ、理想の動物園について深夜まで語りあうことが度々あり、それをスケッチにしていました。そして数々の夢の結晶が現在の展示施設として生まれてきたのです。スケッチを描いたのは当時飼育員で、現在絵本作家として活動するあべ弘士さんらで、現在も14枚のスケッチ(素描)が残っています(写真2B)。それらの経緯は『旭山動物園の作り方~「伝えるのは命」最北の動物園からのメッセージ~』(2005年柏艪舎発行、星雲社発売)をご参照ください。
Q12.治療を実施する上で先生が参考とされている参考本、学術雑誌は何ですか?
- 『Fowler's Zoo and Wild Animal Medicine Current Therapy, Volume10』
- 『Medical Management of Wildlife Species: A Guide for Practitioners』
- 『Zoo and Wild Mammal Formulary』
- 『注文の多すぎる患者たち~野生動物たちの知られざる診療カルテ~』(2024年、ハーパーコリンズ・ジャパン)
- 『野生動物の医学』(中川志郎 監訳、文永堂出版)
- 『動物園動物管理学』(村田浩一・楠田哲士 監訳、文永堂出版)
- 『動物園学』(村田浩一・楠田哲士 監訳、文永堂出版)
- 『Avian Medicine』(梶ヶ谷博 監訳、インターズー)
- など(同園獣医師の佐藤先生による回答)
Q13.坂東統括園長が加盟あるいは参加されている国内外の協会・学会を教えて下さい。
ボルネオ保全トラストジャパンの理事です(写真3A)。
JAZA(公益社団法人日本動物園水族館協会)の理事もやっています。
Q14.今後診察上、開発して欲しい医療器具、野生動物の為の薬剤あるいは剤形、翻訳本、学術データなどがありますか?
- 【翻訳してほしい本】
- 『Fowler's Zoo and Wild Animal Medicine』シリーズ
- 『Zoo Animal and Wildlife Immobilization and Anesthesia』
- 『Zoo and Wild Mammal Formulary』
- など(同園獣医師の佐藤先生による回答)
Q15.コロナ渦での対応でご苦労された点は何ですか?
職員にコロナが発生したらどうするか、飼育している動物で発生した場合、動物園内でどう隔離し、収束の対応を図るのかを考えていました。飼育体制についても、何度もマニュアルを書き換えました。
また、コロナ禍で動物園が休園していても、動物の日常は変わらずあるということ、そしてそれを忘れられないようにという想いから、SNSでのライブを始めました。旭山動物園の公式SNSとしてX,facebook,Insatagram,YouTubeの4つがあり、旭山動物園の最新情報のほか、SNSでしか見られない動物たちの写真や動画をほぼ毎日配信しています。
Q16.動物園の獣医師として就職を希望している獣医の学生へ、例えば学生時代に準備しておくべきことなどのアドバイスをお願いします。
自分が動物園で何を目標にして行きたいのかを考えた方が良いと思います。例えば個体ごとの動物の管理をしたいのか、環境問題について考えたいのか、あるいは生物の多様性を目指した獣医師になりたいのかなどです。人と野生動物の関わり方の中で野生動物に興味や関心を持つこともあるでしょう。動物園実習に行かれるのも良いと思います。
自由な時間がたくさん持てるのは学生時代の特権で、社会人になったらあまりありません。また、変に凝り固まった考えをもたず、いろいろな見方ができるほうがよいと思います。経験することで考えが変わることもあるでしょう。考えること、チャレンジ・経験することに時間を使って下さい。答えはひとつだけではありません。
Q17.今後先生が目指すゴールは何ですか?また新たに取り組みたいことはありますか?
今までは行動展示を皮切りに、つまらないを素晴らしいに変えたいと思い続けてきました。来園者数が減るということは、その施設が評価されていないということですから、来園者数は取組みの結果としてのバロメーターにしていました。
この4月より統括園長(参与)という新しい役職となり、今までとは立場が異なります。今後、環境問題の一つの取り組みとなる自然の再生など、環境の生き物である動物達への対応を図って行きたいと考えています。
動物園の役割は従来とは変わってきています。飼育動物の福祉もそうですが、さらには環境問題にどのように取り組んでいるのかも、動物園の重要な役割になっています。これらのことを実施していく上では私達だけなく、民間会社の力も必要となってきます。
そのためにも、旭山動物園が民間との繋がりを持つようなプラットホーム化が必要なのではと考えています。動物園の多目的化が今後重要となり、例えばホッキョクグマなどを知ってもらう場があっても良いと思います。
また、地元の生きものを紹介する動物園としてトップクラスを目指したいと考えています。そのひとつが旭山動物園の展示の中では最も新しい施設となります2022年に完成した「えぞひぐま館」です。また北海道の動物達を集めた北海道産動物舎(小型哺乳類、ワシ・タカ類、フクロウ類等)もあります(写真3B)。
クマ被害などが北海道では大きな課題になっており、動物園にも問い合わせが多く寄せられています。野生動物との共存・共生をはかれる動物園として、環境部などと統合した組織ができればと考えています。更に博物館と動物園の連携を深めて行きたいです。
Q18.国内外で参考あるいは、訪問してみたいと思われる動物園、水族館を教えて下さい。また、その理由も教えて下さい。
「神戸どうぶつ王国」(訪問したことはあるが改めて)です。国内外の生物多様性の保全活動に積極的に関わり、国内でもその活動の大切さの普及啓発活動に取り組んでいるからです。自分としては良きライバルだと思っています。
編集後記
行動展示で有名な旭川市旭山動物園を訪問しました。
旭山動物園は、行動展示のみならず、北海道産の動物たちを(多数)展示していることが特筆すべき点だと思います。
同園の行動展示は、坂東統括園長がアイデアを具体化していくことに始まり、もっともっとその動物らしさを引き出せるよう、担当者とともにリフォームされてきて、今があります。
そのきっかけともなったあべ弘士さんが中心となりまとめたスケッチの話は、大変印象的でした。
このような努力の結果によるぺんぎん館やほっきょくぐま館などの施設が行動展示として全国に注目され、来場者数の増加に結びつきました。
坂東統括園長は、今後は環境問題の一つの取り組みとなる自然の再生など、環境の生き物である動物達への対応を図って行きたいとコメントされています。それらについて、旭山動物園が中心的な役割を果たされていくことは素晴らしいことであり、そうなることを期待しています。今後の活動が楽しみです。
動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。
シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」
- (1)四国水族館
- (2)仙台うみの杜水族館
- (3)NIPPURA株式会社-前編
- (4)NIPPURA株式会社-後編
- (5)átoa
- (6)アドベンチャーワールド
- (7)AOAO SAPPORO
- (8)沖縄美ら海水族館-前編
- (9)沖縄美ら海水族館-後編
- (10)大成建設株式会社
- (11)新江ノ島水族館-前編
- (12)新江ノ島水族館-後編