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■【寄稿】獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(14) 猛禽類医学研究所-前編

2024-11-20 18:11 | 前の記事 | 次の記事

写真1A:釧路湿原野生動物保護センター の看板/写真1B:釧路湿原野生動物保護センターの全景(写真提供:猛禽類医学研究所)/1C:左から齊藤慶輔先生、筆者(釧路湿原野生動物保護センター内にて)

写真2A:オジロワシの眼科検診(写真提供:猛禽類医学研究所)/2B:オジロワシの診察(写真提供:猛禽類医学研究所)/2C:足環や衛星送信機/2D:輸血治療(写真提供:猛禽類医学研究所)/2E:3者連携(北海道電力、環境省、猛禽類医学研究所)で開発した感電防止器具(Ver.29)。29回開発改良を実施。北海道2,500か所以上に設置

写真3:パンフレット「環境治療先進都市釧路」。シマフクロウの写真が表紙を飾っている(左)。「環境治療」を紹介する内容で、環境治療に必要な「野生動物」と「人間」の双方からの視点、シマフクロウ、オジロワシ、オオワシの保護収容原因、釧路市内の主な対策物が設置されている場所などが掲載されている

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSとして水族館や動物園の獣医師の先生方を紹介しています。

前回は、動物園シリーズの第2回目として行動展示で有名な旭川市旭山動物園の記事を掲載しました。

今回は、旭川市旭山動物園 統括園長 坂東 元先生のご紹介で釧路湿原野生動物保護センター(写真1A、1B)を拠点に、新しい獣医学の分野である保全医学の立場から主に希少猛禽類のオオワシ、オジロワシ、シマフクロウなどを対象とした、保全や研究活動をされている猛禽類医学研究所(IRBJ:Institute for Raptor Biomedicine Japan)代表の齊藤慶輔先生(写真1C)にお話をうかがいました。

(取材日:2024年9月6日)

Q1.猛禽類医学研究所の活動概要やアピールポイントを教えてください。

IRBJの活動概要は、主に8つあります。

  • (1)個体の収容・治療・リハビリテーション・野生復帰
  • (2)傷病個体や死体の検分による原因の究明
  • (3)終生飼育個体の活用(輸血のドナーや事故防止器具の開発など)
  • (4)野生生物とのより良い共生を目指した環境治療
  • (5)自然界に生息する野生個体の健康状態把握
  • (6)追跡調査等による野生個体に対するリスクの把握
  • (7)主に次世代の育成を視野に入れた環境教育
  • (8)国内外の研究者や関係団体との情報交流

(1)から(3)について解説いたします。

(1)個体の収容・治療・リハビリテーション・野生復帰

環境省もしくは傷病個体や死体を発見した方からの通報を受け、現地に向かい収容します。北海道全域を対象範囲としていることから、状況によってはリレーでの搬送や治療しながら搬送(ドクターカーも使用)することもあります。その後センターにて本格的な治療を行います(写真2A、2B)。治療後、野生復帰可能と判断した個体は、回復後、野生復帰を目指して、採餌、飛翔訓練などのリハビリテーションを行います。足環や衛星送信機等(写真2C)を装着して放鳥することもあり、生態情報を保全策へ繋げていきます。残念ながら野生復帰できる傷病個体は、収容個体の4割弱です。

(2)傷病個体や死体の検分による原因の究明

診察や病理解剖を行うことで原因を究明し、保全対策への手がかりを得ます。

主な収容原因ですが、交通事故、感電事故、風車衝突、鉛中毒、巣立ち失敗などがあります。オオワシ、オジロワシ、シマフクロウなど収容された個体全ての収容原因を分析しています。

(3)終生飼育個体の活用

終生飼育個体とは一命を取り留めたものの重度な後遺症が残り、二度と野生に帰ることができない個体をさします。終生飼育個体となった鳥たちが、傷付いた仲間のリハビリの補助、環境教育活動、事故対策物の考案などで活躍しています。

また輸血のドナーになっています。事故対策物の実験として大きく「感電事故」と「交通事故」の検証実験を行っています。

IRBJの活動は、単に希少猛禽類の治療だけではありません。野生動物のけがや病気、死亡原因には人間の活動が深く関わっている場合が多いです。

希少野生動物との共生のためには、営巣地などの生活環境の保護だけでなく、傷病原因(生体死体を問わず)の究明を行って、人間と野生動物との間に生じている軋轢を解消して行くことが必要となります。

傷病原因の究明を行い、終生飼育個体を用いて事故対策物の検証を行い、解決策を考案して社会実装に導くことを行っているのがアピールポイントではないかと思います。

人間が傷つけたものは、人間の責任において治すだけではなく、傷つかないように予防したいという思いが根底にあります。

Q2.判明している傷病原因の中で人為的な原因が関わっているのは、どのくらいの割合ですか?

判明している(不明を除く)傷病原因のほとんどは何かしらの人間活動が関わっています。ですので人為的原因が解決されれば、より多くの野生動物が救われます。

Q3.収容されている個体の中で終生飼育個体の割合はどのくらいでしょうか?

釧路湿原野生生物保護センターには終生飼育個体が約70羽います。そのうち活用個体としてIRBJが環境省から飼育管理に関わる費用等を肩代わりしているのは約40羽です。

Q4.先程、終生飼育個体が輸血のドナーになっているとのことでしたが、どのような時に輸血が必要となるのでしょうか?

救護された傷病個体の中で、事故などで多量の出血があった個体に対して手術前後に輸血が必要となることがあります(写真2D)。また、鉛中毒による貧血もあります。こうした時にドナーとして血液を提供してくれています。

Q5.2回目以降の輸血の際はクロスマッチテストが必要かと思いますが実施されていますか?

実施しています。その手法も確立しています。

Q6.事故対策物の検証実験を実施されているとのことですが、どのような検証実験を実施されているのか、その対策について具体的に教えて下さい。

感電事故と交通事故に対する検証実験について説明します。

(1)感電事故

送・配電設備に大型猛禽類がどのようにとまろうとするのか、実物の送電鉄塔の一部を使ったとまり木へのとまり方をケージ内に設置し、それを見ることで事故時の姿勢を再現するといった、感電事故の発生するメカニズムの解明を試みています。

危険な箇所へのとまり防止の為に、ケージ内のとまり木に様々な色や形の構造物を設置し、効果検証を行っています。

電力会社と20年前から現在に至るまで継続的に改良中の感電防止器具(バードチェッカー、写真2E)は、現在道内の多くの送・配電設備に設置されており、感電事故の防止に役立っています。

(2)交通事故

交通事故は、大型猛禽類が橋や道路を横断したり、橋梁を利用したりする場面で発生しており、道路上もしくは近傍に存在する轢死体などの餌が、猛禽を道路に誘引する原因の一つになっています。

事故の防止策として、橋の欄干や道路脇へのポール設置、橋梁やガードポールなどにとまらせない器具の設置などを考案してきました。

これらの器具は、屋外のフライングケージで実験することで、効果的な形状や適正なポールの設置間隔を検証しています。

また、道路に溝を刻む「グルービング」を施し、カエルを求めて路面に降りてくるシマフクロウに対して、発生する音によって近づいてくる車の存在を知らせ、交通事故を防ぎます。

対策の一部は次のとおりです。

  • 交通事故対策:道路上の飛翔横断防止用のポール、橋梁へのとまり防止のガードロープ、ガードポールへのとまり防止のデリネーター、グルービング
  • 列車事故対策:シカ死体の覆隠シート
  • 感電事故防止:バードチェッカー、アークホーンカバー、感電防止用のとまり木など
  • 電線衝突防止:電線装着用のマーカー
  • 養魚場での溺水事故対策:浮島
  • 風車衝突対策:バードストライクを起こしにくい新型風車の開発(垂直軸型マグナス式風力発電機)など
  • まだまだ実験開発をしています。

Q7.検証実験の実施や対策結果について何か一般の方にフィードバックされていますか?

はい。「環境治療先進都市釧路」というパンフレット(写真3)を作成し配布しています。英文と和文のものを作成しました。著作・編集・発行は釧路国際ウエットランドセンター、釧路市です。

制作協力は、環境省釧路自然環境事務所、国土交通省北海道開発局釧路開発建設部、北海道電力株式会社、北海道電力ネットワーク株式会社、北海道旅客鉄道株式会社、猛禽類医学研究所です。令和5年8月に発行しました。

Q8.パンフレットの題名であります、「環境治療」とはどのような意味でしょうか?

環境治療とは、人間と動物を育む自然環境を健全で安全なものに変えていくことです。私が命名しました。関係する行政や企業などと協力し合いながら取り組んでいます。

Q9.Q7以外にどのような行政や企業などと協力しあって取り組んでいるのでしょうか?

例えば日本で高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)が流行する以前の2000年から野鳥を対象にした発生状況の調査を行っていました。治療は、2022年から塩野義製薬株式会社や北海道大学獣医学部の協力を得て行っています。

希少猛禽類の殺処分には、特別な理由を元にした環境省の許可が必要です。

殺処分できないから治療しているわけではありません。希少種においては1羽の命は種の保存に直結し、治療の意義があるのです。そのために治療法を開発しています。

HPAIの発生状況に鑑みて、環境省の対応レベルが高いときは現地で簡易検査を行った上でセンターでヘパフィルターボックスの中に入れて個体を搬送します。

生体については全ての個体を対象に個体をセンターの屋内に搬入する前に、センターで検体のPCR検査を行っています。陽性だった場合には環境省の許可を得て別棟の陰圧隔離室にそのまま搬入します。HPAI以外の重要感染症についても同様です。

そのような対応で、今、言われている「One World,One Health」の観点から人間、動物、そして双方を取り巻く自然環境の健康を図っています。

Q10.猛禽類の診療でご苦労された点、感動された点は何ですか?

苦労した点はリハビリの最終段階に入ったら鳥に人に対する一定の警戒心を抱かせるようにすることです。リハビリテーション期間中は、複数の同類種と「同居」させてリハビリテーションを行うようにしています。

その目的ですが長期の入院治療などで失いかねない野生の心と身体を取り戻させ、自然界で自活していける野生の猛禽類を再生することです。

同居させることにより人馴れを防ぐとともに鳥同志のコミュニケーションを促し、さらには競争力を取り戻させることを目的としています。別個体の存在は、限られた餌を奪い合う際のライバルであると同時に、相手の行動が食べられるものの在りかを察知する役にも立ちます。また、外敵の接近などの異常状態にいち早く気付くために、他の個体の行動を観察することは重要です。野生動物は常に周囲の状況にアンテナを向け、得られた情報を有効に活用しながら生活しているからです。

冬鳥として渡来するオオワシを夏に放鳥することは避けています。本種の採餌環境としては夏季のほうが充実していることは明らかですが、この種が季節的に分布していない以上生態系のかく乱を可能な限り防ぐ配慮が必要だからです。この場合は、夏の間リハビリケージの中でしっかりと運動させ、オオワシが再び渡って来る晩秋を待って放鳥しています。

少しでも野生に帰れる可能性があるならば放鳥を実施しています。

実際片目を失ったり、嘴が変形した状態の猛禽類が放鳥され、衛星追跡によって野生の中で生活している生き様を見て感動することがあります。

編集後記

今回は、釧路湿原野生動物保護センターを拠点に、新しい獣医学の分野である保全医学の立場から主に希少猛禽類のオオワシ、オジロワシ、シマフクロウなどを対象とした、保全や研究活動をされている猛禽類医学研究所 代表の齊藤慶輔先生にお話をうかがいました。

齊藤慶輔先生は出版物を多数執筆されている他に、テレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」、「情熱大陸」、「ソロモン流」、「ダーウィンが来た!」で活動がとりあげられている著名な先生です。

猛禽類医学研究所の活動は、単に希少猛禽類の治療だけではなく、野生動物のけがや病気、死亡原因には人間の活動が深く関わっている場合が多いです。

希少野生動物の共生のためには、営巣地などの生活環境の保護だけでなく、傷病原因(生体死体を問わず)の究明を行って、野生動物との軋轢を解消していくことが必要となります。

傷病原因の究明を行い、施設の終生飼育個体を用いて事故対策物の検証を行い、解決策を考案して社会実装に導くことを行っているのが素晴らしい点だと思いました。

検証実験の実施や対策結果について、一般の方向けに「環境治療先進都市釧路」というパンフレット(和文・英文)を作成し、発行(令和5年8月)していることは特筆すべき点ではないかと思います。

後編は、代表としてご苦労された点や齊藤慶輔先生の執筆された本、テレビ出演、講演会、講義の紹介や、猛禽類の診療のために先生が開発されたいろいろな器具や今後の展望について紹介します。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

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