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インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWSとして「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」を定期連載することになり、第1回目は四国水族館、第2回目は仙台うみの杜水族館を報告しました。
今回は番外編として、水族館や動物園を影で支えている人々をとりあげます。水族館や動物園の来場者により感動を与えるため、その展示の工夫に関して、たゆまぬ努力を続けている世界のアクリル水槽のトップシェアを誇るNIPPURA株式会社の代表取締役 敷山靖洋 様(写真1)にお話をうかがいました。前編と後編の2回にわけて掲載します。
Q1.アクリル水槽のトップシェアを誇るNIPPURA株式会社ですが、そのシェアと売上高のうち輸出の占める割合を教えて下さい。
シェアは70%くらいです。売り上げの約80%が海外で、2023年11月現在、世界62か国に輸出しています。今まで国内外のアクリル水槽を納入した動物園および水族館の施設の詳細は、弊社のホームページをご覧下さい。
Q2.沿革を教えてください。
1969年香川県高松市に会社を設立しました。1970年に香川県屋島山上水族館に世界初のアクリル製回遊水槽を納入しました。その後、1982年に海外市場に参入しましたが、水槽用大型アクリルパネルの最初の海外の水族館の納入は、1993年の米国カリフォリニア州モントレーベイ水族館で、その増築工事におけるものでした。
同年に北米事務所をシアトルに開設し、1998年に現地法人U.S.NIPPURA INC.をノースカロライナ州に設立しました。
香川県木田郡の本社工場のほか、1989年に香川県さぬき市に志度工場、2004年に沖縄工場、2009年に神戸工場を設立し、現在4工場を操業しています。
また、2006年に屋島山上水族館の経営を引き継ぎ、水族館事業にも参入しました。リニューアルを行い、新屋島水族館として運営しています。
Q3.大きな水槽での水圧に対する構造計算は、どのような方法を用いているのでしょうか?
有限要素法(FEM)を用いた構造解析により、想定される水圧等の外力から変位や主応力を算出し安全な板厚設計をしてます。
Q4.印象深い水族館や苦労の多かった水族館がありますか?
毎回、ひとつとして同じものはないので、毎回が新たな課題・要望についての挑戦であり、苦労が絶えることはありません。
印象深いものは、海外で初めて現場接着加工の伴う大型アクリル水槽を設置した米国カリフォリニア州のモントレーベイ水族館です。
Q5.モントレーベイ水族館の発注内容や苦労を具体的に教えて下さい。
モントレーベイ水族館の仕事は、今から約30年前の1993年です。クラゲ展示へのこだわりがあり、クラゲの不思議な魅力を宿した水槽により「人々の心を癒す幻想的な展示空間を創ろう」というコンセプトで、光が透過するブルーバックのアクリル水槽を作製して欲しいとの依頼でした。
ブルーの色を表現するためにアクリル水槽に色を塗ったりなどの試行錯誤を経た結果、技術的に困難とされていた継ぎ目のないカラーパネルの製作において接着剤の色をブルーにしたものを何層か重ね合わせたことで、色のむらがなく見やすさも追及することができました(写真2A)。
この依頼がなければ、弊社の技術力の向上に関して大きな飛躍はなかったと思います。
私も取材の際に、ブルー色の表現を出すために制作されたアクリル水槽の断面模型を見学しました(写真2B)。
Q6.モントレーベイ水族館でのこだわりを含めて、水族館の要望はどのような立場の方から出されるのでしょうか。
水族館の館長からの依頼が多いです。そのベースには飼育員からの展示に関する要望があり、それらの要望をくみ取り、館内で検討し、最終的に館長からの依頼となります。海外の水族館は、こだわりの強い依頼が多いです。
Q7.行動展示で有名な旭山動物園では、2000年のペンギン舎増築、2002年のシロクマ舎、2018年のオラウータン舎を手掛けられていますが、その経緯を教えて下さい。
旭山動物園への来客数が多くない状況のなかで、東京の水族館にある半円形のアクリル水槽と同様の水槽の設置により、来客数を増やしたいとの依頼がありました。しかし、同じ水槽だけでは、北海道以外の観光客の来園はあまり望めないのではないかということで、目の前を、頭上を悠々と泳ぐ海の動物たちが見える既存の半円形を採用するのではなく、今までにない「まるで海の中を散歩している人間をペンギンが観察しているような空間を創ろう」いうコンセプトに辿り着きチューブトンネルを作製することになりました。
これは、クライアントである旭山動物園と設計事務所、そして弊社の濃厚なコミュニケーションから生まれたものです。せっかく水族館、動物園に来たのだから、それに見合った感動を覚えて欲しいという、そんな熱い思いが重なり水槽が完成しました(写真2C)。
Q8.作製や設置の技術的な困難さや冬の寒さの厳しい旭川の立地条件の悪さが想像されます。
旭山動物園に提案する前にプロトタイプとして、スペインの水族館にチューブトンネルのアクリル水槽を納入したという実績があり、技術面における自信はありました。
また、どんな酷暑、極寒の地であっても、設置作業場を囲って作業場内環境を一定の恒温室にコントロールすることで、同品質の製品を世界中に納入できるノウハウを既に会得していましたので、十分にやり遂げる勝算はありました。
Q9.旭山動物園のチューブトンネルが成功した事による反響を教えてください。
多くの施設の増改築計画が、一度に大規模リニューアルを行うのではなく、旭山動物園のように1つずつの展示エリアを順番にリニューアルするという手法でリピーター客を増やすという計画に変化しました。それに伴い、個々のエリア改装の展示アイデアを弊社に直接求めてこられるケースが増えました。
Q10.旭山動物園のシロクマ舎のような動物園用のアクリル水槽を作製する際に、水族館用とは異なる点や注意されている点を教えてください。
基本的に大きな違いはありません。ただし、雄の体重が400~600kgになるシロクマの場合など、大きな動物が水に飛び込んだり、誤ってアクリル水槽にぶつかったりした場合などを想定した動水圧の計算を行っています。あくまでシミュレーションによる計算で水槽を作製していますが、現在まで特に大きな事故は発生していません。
Q11.依頼から設置までの期間はどれくらいでしょうか。
構想企画、基本設計で約2年、実施設計で半年~1年間、そして工事期間が1年~2年間となり、おおよそ3~5年間くらいはかかります。長いものですと、中国のチャイムロング横琴海洋王国のプロジェクトは2期連続工事で約15年に及んでいます。
Q12.工場は本社を含めて4つ。それぞれの工場で製造しているものに特長があるのでしょうか。また工場はすべて国内ですね。
4つの工場とも同じ品質の製品を製造できるよう体制を整えています。地震などの天災で、どこかの工場が稼働できなくなった時のリスク分散のためです。
地震などの天災が理由であっても、契約した納期から遅延した場合はペナルティーの金額を支払わなければならないなど、特に外国企業にはシビアな対応が求められます。
神戸は海外輸出の拠点として重要です。また、沖縄と神戸は現地の知事、市長からの熱い工場設置のお誘いがあったのも理由のひとつです。
以前、シンガポールに工場の設置を検討いたしましたが、「メイドイン・ジャパン」のものづくりにこだわり、国内工場だけとなっています。
Q13.海外で設置した施設で特徴的なものを紹介下さい。
特にという2つを紹介します。1つ目は、故 グレース・ケリー公妃のモナコ公国のモナコ海洋博物館です。タッチプール水槽が特徴的です(写真2D)。2つ目は、特異的な施設としてシンガポールにありますマリーナベイ・サンズ カジノです(写真2E)。
Q14.2023年以降に水槽工事を予定している水族館はありますか。
大きなところで、国内には2つの水族館があります。
1つ目は神戸須磨シーワールド(仮称)です。この水族館の前身は、神戸市民から「スマスイ」の愛称で親しまれた神戸市立須磨海浜水族園です。同園は2023年5月31日をもって35年間の幕を閉じました。2024年6月にグランドオープンが予定されています。イルカ・シャチを近くに感じる特別な空間の水族館のようです。シャチが泳ぐ様子を見ながら食事を楽しめるオルカレストランが設置されます。
もう1つは、東京の葛西臨海水族園の建替え工事です。葛西臨海水族園は、1989年にオープンいたしましたが、建物が老朽化したため、隣接地への建替え工事を行います。建替えが全て完了するのは2028年3月の予定です。
海外では次ぎの水族館や施設の工事を受注しています。
- シンガポール動物園のカバ水槽(シンガポール)
- シーワールドアンチョール(インドネシア、ジャカルタ)
- シュトラールズンド水族館(ドイツ、シュトラールズンド)
- ビダンタシルクドソレイユ劇場(メキシコ、ナリヤット)
- クウェートサイエンスミュージアム(クウェート)
編集後記
今回は、水族館・動物園を支える人々としてテレビ東京の「カンブリア宮殿」でも取り上げられたアクリル水槽では世界の70%のシェアを誇るNIPPURA株式会社を取材しました。日本の行動展示で有名となった旭山動物園からの受注の経緯や、海外初となる米国モントレーベイ水族館からのこだわりの要望に対する課題解決などを紹介しました。確かな技術に裏付けられて成し遂げられた成果は、たゆまぬ努力とチャレンジ精神があってのことでした。
後編では、次々とギネス記録を更新した超大型水槽や「人も動物もワクワクするドーナッツ型水槽」の設計、アクリル水槽以外の製品など、今後の同社の方向性を紹介します。
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シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」