JVMNEWSロゴ

HOME >> JVM NEWS 一覧 >> 個別記事

■獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(8) 沖縄美ら海水族館-前編

2024-04-11 13:49 | 前の記事 | 次の記事

1A:左は植田啓一先生 右は筆者/1B:人工尾びれの開発状況

2A:人工尾びれ装着後のジャンプの状況/2B:人工尾びれの特許取得の写真/2C:スキューバダイビングでジンベエザメの水中採血をしている写真/2D:マンタの水中エコーの検査風景(2A~2D画像提供:沖縄美ら海水族館)

3:沖縄美ら海水族館の入り口にあるジンベエザメのモニュメント

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

前回は、札幌の中心地(狸小路)で昨年7月オープンしたにもかかわらず、ELLEの建築やデザインを楽しめる美しい水族館[2023最新]の第3位にランキングされました、AOAO SAPPOROを紹介しました。第8回目の今回と次回第9回目は、ジンベエザメの長期飼育で有名な国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館(以下:沖縄美ら海水族館)に勤務されている沖縄美ら島財団附属動物病院 院長 獣医師の植田啓一先生(写真1A)にインタビューを行いました。

なお、インタビュー終了後、館内を広報担当の池上千鶴様にご案内された時に、広報担当の方から回答をもらったものは「広報」と記載しました。

Q1.沖縄美ら海水族館の年間来場者数はどのくらいですか?

2002年の開館以来、平均年間約300万人程です「広報」。

Q2.海外の来訪者はどんな国の方が多いですか?

台湾、韓国、香港の方が多いです。台湾から沖縄での飛行時間は1時間半なので東京よりも近い距離です「広報」。

Q3.植田先生からみた、沖縄美ら海水族館の魅力は何ですか?

私が獣医師として水族館の仕事を始めた時に、当時の沖縄美ら海水族館の内田詮三館長(『沖縄美ら海水族館が日本一になった理由』の著者:光文社新書2012)から内田イズムを引き継ぎ“世界一、世界初”への挑戦しています。

例えば、各分野の専門家と協力して「イルカの人工尾びれ」や「超音波診断装置(エコー)の防水装置などを作成しています。

また、日本では数少ない、専門技術を有した獣医師、愛玩動物看護師、検査担当からなる動物の医療チームを持つ水族館です。

ジンベエザメの世界最長記録を更新中です。1995年3月から(前身の「国営沖縄記念公園水族館」より)ジンベエザメを飼育しており世界最長記録を更新しています。未だ謎が多いジンベエザメの生態を長期飼育することで、その解明に挑み、世界初の試みに挑戦しています。

Q4.イルカの人工尾びれを作成された経緯を教えて下さい。

2002年10月にバンドウイルカのフジが細菌感染と循環不全が起こり、尾びれの75%を壊死で失いました。一命は取り留めたものの、遊泳動作を見せなくなり、運動不足や体重増加による肉体的、精神的な問題が懸念され、遊泳力の回復器具として、人工尾びれの開発に着手しました。

Q5.人工尾びれの開発にあたり株式会社ブリヂストン(以下ブリヂストン)を選ばれた理由は何故ですか?

人工尾びれの材料としては、イルカの尾びれに似ていることや加工のしやすさから「ゴム」を第一に考えました。

その分野では世界的規模で商品展開をし、国際的にも評価の高い企業である株式会社ブリヂストン様に協力を打診しました。

Q6.人工尾びれの開発にあたり、どんな目標を設定されましたか?またどんな訓練をイルカに対して行いましたか?

3つの目標を設定いたしました。「遊泳を十分に補助する機能を持たせること」、「他のイルカと同様の遊泳動作ができるもの」、「科学的に有益性のある尾びれであること」で開発が始まりました。

イルカは体表に異物をつけられることを極端に嫌がるため、飼育チームによる、フジに異物を認識させ装着させるための訓練を行いました。

Q7.2003年9月の初めてのテストの結果はどうでしたか?

フジはぎこちなくドルフィンキック(尾を上下に振る)を行うものの、装着部が体にフィットせず、尾びれ自体にも“しなり”が無くスムーズな遊泳動作ではありませんでした。

型取りでフジが尾びれを動かし、実際の尾びれよりレプリカが大きくなって生じた、尾びれと人工尾びれの間の隙間や尾びれ自体の形状が原因でした。

Q8.初めてのテストの結果を踏まえてどんな対策を行いましたか?

流体力学の専門家である神部勉博士のアドバイス「本物のイルカの尾びれを参考にせよ」を得て、バンドウイルカの尾びれ標本の形状を立体データ化し、それをもとに新たに友人の彫刻家にお願いしハンドメイドで尾びれのレプリカを作製いたしました。

Q9.2004年に第2型、第3型へと続き改良をされていますが、どんな点を改良したのでしょうか?

バンドで固定するタイプの2型を製作しましたが、ゴム製の尾びれは柔らかすぎて推進力は得られませんでした。そこでゴム製の尾びれにカーボンファイバーの中芯を埋め込み、強度としなりを重視した第3型の人工尾びれを完成させました。

Q10.2004年6月カーボンファイバー製のカバー(カウル)と中芯を埋め込んだカウリング型人工尾びれを開発されましたが、どのようにその有用性を科学的に証明されたのですか?

開発された人工尾びれの動きは驚く程滑らかで、本物のイルカと見分けがつかない程でした。

科学的な知見を得るためにデーターロガーという計測機で遊泳速度や加速度などを測定いたしました。また、船型試験水槽で特性を科学的に解析いたしました。

Q11.最終目標には何を設定されましたか?

日常生活において支障の無い尾びれの完成を目指しました。破損してしまえば、イルカ自身に怪我を負わせることになるので、衝撃性や耐久性を図るためにもジャンプに耐える強度が必要と考えました。

具体的には、水深70cmの浅瀬プールへの誘導訓練や遊泳訓練を実施しました。背泳やツイスト(立ち泳ぎ)に積極的に取り組み、フジの行動種目に対する意欲も確実に向上しました。

カウルや中芯の形状に強度と改良を加えたことで(写真1B)、体全体が水面上にでるハイジャンプが可能になりました。

その目的を達成するために、アテネオリンピックの自転車競技用に開発された高弾性繊維等を使い、グラスファイバーを上回る強度と、しなりを確保しました。

2004年12月に3mのハイジャンプを連続でこなし(写真2A)、人工尾びれの完成としました。

Q12.人工尾びれが完成した後、どんな反響がありましたか?

水族館では、一般のお客様の前でフジに人工尾びれを装着し、継続的なリハビリと遊泳データ収集を兼ねてさまざまな動作のデータの収集を行いました。

身障者の方々からも多くの賛同と励ましの言葉も寄せられました。

このプロジェクトを通して、心理的な面も含めたリハビリテーションといった「飼育する側の人間から飼育している動物への新たな取り組みの可能性」を見出すことができました。

また人工尾びれは2009年12月に特許として登録されました(写真2B)。

フジは、人工尾びれを装着してから約10年の間、未来の人工尾びれの開発のために多くのデータを残し、2014年11月1日に死亡いたしました。

Q13.人工尾びれを開発するということに対して何かきっかけあるいは苦労されたことはありましたか?

特に苦労に感じられませんでした。酪農学園大学の学生の時、獣医外科学研究室に所属しており、その時、下半身麻痺をした犬に対して車椅子を作製しているのを間近で見たことが、役立ったのではないかと思います。

Q14.ジンベエザメの世界最長記録を更新中ですが、記録更新のために何か実施していることはありますか?

ジンベエザメの健康状態を観察するために、水中でダイバーがジンベエザメの鰭から採血(写真2C)エコー検査(写真2D)を実施していることです。これにより定期的に負荷を与えず多くのデータを得ることが可能となりました。

特に水中でのエコー検査の試みは世界初です。

Q15.採血は、一般的に水中でなく、地上で採血するのが一般的ですが、水中での採血時における注意点は何かありますか?

いかに動物への負担を少なくして行うかという技術的な手技が必要です。また動物が予想外の動作をする時があるので、遊泳能力や遊泳技術も不可欠となります。

Q16.水中での採血が可能なのは、ジンベエザメ以外に他の水棲動物もいますか?

マンタやトラフザメなどの大型の板鰓類などは可能な種が多いです。

Q17.Q3で、日本で数少ない、専門技術を有した獣医師、愛玩動物看護師、検査担当からなる動物の医療チームを持つ水族館とのことですが、このチームが発足したきっかけを教えて下さい。

近年動物医療においても様々な検査や処置が行えるようになり、チームとして機能することで効率よく診療が行えると感じたからです。

Q18.医療チームのメンバー構成を教えてください。

獣医師が現在2名、看護担当が3名(内1名は人間の看護師)、検査担当が2名、運営係担当が1名です。

Q19.動物のチーム医療を導入したことによるメリットは何ですか?また、今後の課題は何かありますか?

獣医師だけでなく看護、検査、運営担当を導入することにより、多角的に診療を行えるようになり、かつ効率良く業務を行えるようになったと考えています。

Q20.どのような検査を実施していますか?

血液検査、血液生科学検査、細菌・真菌検査などの検査のほかに、PCR測定、病理検査、ホルモン検査などを実施しています。画像診断検査により確定診断の研究や、ホルモン検査により繁殖研究が進んでいます。

Q21.血液塗抹検査は、基本的に個体の体調不良時に行うものですが、沖縄美ら海水族館では定期検査の際に検査を実施しているとのことですがその理由は何ですか?

やはり、病気の時だけでなく正常な状態の検査データを残すことが重要だと考えます。獣医大学での授業でも、まず初めに正常な状態を知る上で生理学を学び、その後、病理学で異常な状態を学習するのと同じです。

Q22.鯨類の血液は、どんな染色法で塗抹を作成していますか?

ライト・ギムザ染色変法を使用しています。

ライト染色液は、細胞質や顆粒の染色性がよくギムザ染色液は核の染色性がよいというようにそれぞれのいいところをあわせたのがライト・ギムザ染色です。

編集後記

今回は、水族館の西の横綱といわれている沖縄美ら海水族館を訪問しました(写真3)。インタビューを行いました植田啓一先生は、2007年6月17日にTBSの情熱大陸で人工尾びれの開発について紹介された先生です。

人工尾びれの開発は、「ドルフィンブルー」という映画も放映され、そのモデルになった人です。人工尾びれの開発に踏み切ったことだけでも大変なことなのに、人工尾びれの開発のスタートが2003年5月から開始し、2004年12月に人工尾びれが完成したので、わずか1年7か月という短時間で開発をしたことは特筆すべきことだと思います。

また、「沖縄美ら海水族館が日本一になった理由」の著者である詮三館長から内田イズムを引き継ぎ“世界一、世界初”への挑戦として、ジンベエザメの健康状態を観察するために、水中でダイバーがジンベエザメの鰭から採血、エコー検査などという形で確実に実現されてることは素晴らしいことだと思いました。

このような初挑戦で実現した成果が、定期的に負荷を与えず多くのデータを得ることが可能となり、ジンベエザメやマンタの長期飼育の成功に繋がったものと思います。

さらに、海外の水族館では、獣医師や動物看護士、検査技師などの専門性の高いメンバーでのチーム動物医療が進んでおり、豊富な人材のほか、検査施設・設備も充実し、高度化・多様化した獣医療に対応しています。

沖縄美ら海水族館は、日本で初めてこのチーム医療を導入し運用しているのも注目すべき点です。

後編は、『海獣動物初の診療マニュアル(上巻、下巻)』を発刊した経緯や水中での超音波画像診断の開発のきっかけ、ギネスに認定された巨大アクリル水槽について紹介いたします。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」