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■獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(2)仙台うみの杜水族館

2023-11-10 15:43 | 前の記事 | 次の記事

左は筆者、右は田中悠介先生

 A:三陸の海を切り抜いたような美しさを象徴するような大水槽「いのちきらめくうみ」(画像提供:仙台うみの杜水族館)/ B:うみの杜ビーチで。ケープペンギンが多く生息する保護区南アフリカのボルダーズビーチをモデルに作成したビーチ。(画像提供:仙台うみの杜水族館)/ C:東北最大級(約1000人収容可能)の観覧席を有するイルカ・アシカ・バードのパフォーマンス(画像提供:仙台うみの杜水族館)

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

前回よりJVM NEWSとして「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」を定期連載することになりました。

第1回目は、「絵画のような水族館」と言われている四国水族館を紹介させていただきましたが、今回第2回目は、東日本大震災から4年後の2015年7月にオープンした「復興を象徴する水族館」と言われている「仙台うみの杜水族館」に勤務されているリーダー獣医師の田中悠介先生(写真1)にインタビューをいたしました。

Q1.獣医師の眼から見た仙台うみの杜水族館の魅力および他の水族館と比較して優れている点は何ですか?

1つ目は、80年以上の歴史を持つ「マリンピア松島水族館(1927年開館、2015年5月閉館)」で獣医師として採用された後に、仙台うみの杜水族館に配属された当初は、新しい仙台うみの杜水族館の白を基調としたスタイリッシュな建物に、マリンピア松島水族館とのギャップを感じました。

8年間経過した現在では、地域に密着した水族館になってきたなと感じるほどなじんできたことです。

2つ目は、展示が特徴的な点だと思います。

Q2.1つ目の「地域に密着した水族館」だと感じられる具体的な事は何がありますか?

まず初めに、三陸の海を切り抜いたような美しさを象徴するような大水槽「いのちきらめくうみ」では、2万5000尾のマイワシの群泳は、圧巻です(写真2A)。

また、別名:海のパイナップルと言われる朱色に輝くマボヤとトチザメが浮かぶ天井の水槽も地域ならではの海の光景だと思います。

2番目としては、当館と地元の酒蔵さんとコラボしたナイトイベントを開催していることです。日本酒だけでなく最近では、「ワインと夜の水族館」のタイトルで2023年11月18日一夜限りですが、県内6社のワイナリーメーカーと3社のインポーターとのコラボでワイン会を楽しめるナイトイベントを開催し地域の魅力を発信する企画もあります。

3番目としては、仙台うみの杜水族館の建物ですが、白を基調とした清潔感のある外観で、水平方向に長くアップダウンを極力なくしたバリアフリーの木造構造だけでなく、建築基準法で定められている耐震性能を確保し、津波避難のビルとしての機能も併せ持つ建物であることです。

実際、近隣企業の方と合同で津波避難訓練を実施するなど、地域の方々と協力しています。

Q3.2つ目の展示が特徴的であるというのは、具体的にどんなものをさすのでしょうか?

1番目としては、当館のうみの杜ビーチでは、ケープペンギンが多く生息する保護区南アフリカのボルダーズビーチ(ケープペンギンが間近で見ることができる世界で唯一の場所)をモデルに、臨場感や一体感を体感できる環境一体型展示です。これにより、ペンギンとの「つながり」を体感できます(写真2B)。

2番目としては、東北最大級(約1000人収容可能)の観覧席を有するイルカ・アシカ・バードのパフォーマンスです。また、アクリル面のないプールは、お客さんと生き物たちとの距離が近く臨場感あふれるパフォーマンスが体験できます(写真2C)

私も取材後、午後2時半からのパフォーマンスを拝見いたしましたが、飼育員と獣医師の田中先生が一緒にイルカ、アシカパフォーマンスを実施しているのは、お互いに良いコンビネーションの状態であると感じられました。

また、バードのインコもパフォーマンスの開場の周りも何回も旋回して、田中先生の所に戻って来る様子は、まるで鷹匠の取り扱う鷹のように、良く訓練されているなと感じました。

3番目としては、国内2園館(仙台うみの杜水族館と鳥羽水族館)のみ展示されている、イロワケイルカ(別名:パンダイルカ)が飼育されていることです。

Q4.水族館の飼育動物の診療で苦労された点、感動された点は何ですか?

苦労した点は、野生動物のフンボルトペンギンの胃癌を発見しあらゆる治療を施しましたが亡くなったことです。最初黒色便を発見し、症状と血液検査から貧血だと判断し、内視鏡検査で生検を実施した結果、胃癌であることが判明しました。輸血療法や流動食給餌などあらゆる対症療法を実施しましたが、胃の負担を考えると思うように加療できず、でもこのままでは痩せてもいくし体力もなくなってしまうというジレンマの中、手術によって外科的に除去すべきかどうかを検討している時に、最後は残念ながら亡くなってしまったことです。

感動した点は、同様の麻酔プロトコール(薬剤のメニューや処置方法など)に対する挙動が同じ海棲哺乳類でも、動物種によって異なることを実感したことです。犬や猫などの愛玩動物では、麻酔に対する挙動がある程度解明されていますが、例えばアシカとアザラシではそもそも生理的な呼吸様式が異なります。アザラシはアシカに比較して深く長く潜水することが可能なので、長い間息を止めることが可能です。野生下でそのような生活様式をとっていることが、麻酔時の反応にも影響しているものと考えられるので、その動物に合った処方が必要になるわけですね。

Q5.水族館で飼育されている動物等の治療を実施する上で参考にされているものはどんなものがありますか?

下の本を主に参照しています。

海獣動物全般

  • 『海獣診療マニュアル(上巻・下巻)』
  •  現場に則した生の情報が、網羅的に得られるので参考にしています。
  • 『感染症レジデントマニュアル 第2版』
  •  (私の)大学時代には学べなかった*臨床に則した微生物学的な考え方や抗菌薬の適正使用について学べるだけでなく、ポケットサイズなのでいつでも持って歩けて気になることは調べられます。人医療の参考書なので動物が対象ではありませんが、考え方は本当に勉強になります。
  •  *単に私個人の努力不足かもしれません(笑)
  • 『レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版』
  •  2番目の図書を更に深堀したものです。同じく人医療の参考書なので参考まで。
  • 文献検索(PubMed、Google Scholar)による情報収集

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Q6.水族館の獣医師の先生方が加盟あるいは参加されている国内外の学会や協会は何ですか?

日本の学会では「日本野生動物医学会」に所属しております。

Q7.今後、診療上開発してほしい動物用医療器具、水生動物の為の薬剤あるいは剤形、翻訳本、学術データがありますか?

  • バンドウイルカ、ペンギン、カリフォルニアアシカ、オタリアの薬剤投与時の血中動態データを要望いたします。その理由として、国内外の本で薬物の投与量が記載されていますが、時々、その投与量や投与間隔で問題がないか疑問に思うことがあります。知りたい投与薬剤としては、アモキシシリン、ユナシン(アンピシリン、スルバクタム)などのβラクタマーゼ阻害剤配合抗生物質です。
  • バンドウイルカの血液の生化学的な正常データを要望いたします。できれば一覧表になっているものが欲しいです。ホルモン(甲状腺ホルモンや性ホルモンなど)を測定した結果の記載もがあれば助かります。

Q8.貴館では、全国で2館しか飼育されていないイロワケイルカ(別名:パンダイルカ)を飼育されていますが、他のイルカとの違いは何かございますか?

イロワケイルカは、一日中ずっと泳いでいるイルカで神経質な動物だと思います。

Q9.同じアシカ類に属するオタリアとカリフォルニアアシカで病気の発生に違いがありますか?

オタリアは歯科トラブルになることが今現在少ないのですが、当館で飼育されているカリフォルニアアシカが高齢なのかもしれませんが歯科疾患が多いです。恐らくオタリアは、カリフォルニアアシカと比較して下顎がしっかりしていることが影響しているかもしれません。

Q10.グループ施設である横浜・八景島シーパラダイスと連携関係はありますか?

あります。例えば横浜・八景島シーパラダイスでは、バンドウイルカの飼育については、仙台うみの杜水族館より経験豊富なのでアドバイスをもらっています。

Q11.田中先生の獣医師としての業務と飼育展示業務はどのくらいの比率でしょうか?今後はどちらに比率を変えて行きたいなどの、今後の仙台うみの杜水族館への提案などが何かございますでしょうか?

現在の飼育展示業務と獣医師としての業務の比率は7:3くらいの割合です(飼育業務の一環として行っている健康管理は飼育展示業務に含む)。今後は、ハイレベルな医療体系を構築する上で、獣医師としての業務の比率を多くすべきではないかと考えております。

今後の仙台うみの杜水族館への提案に関する詳細については、論文「仙台うみの杜水族館おける飼育動物の健康管理および医療の課題と解決に向けての挑戦」を参照いただければ幸いです。

Q12.水族館に就職を希望する獣医の学生の方々へのアドバイスあるいは学生時代に何か準備しておきたいことはありますか?

各施設で機材等の充実度、飼育している動物が異なります。自分が将来どんな動物に関わりたいか、診療したいかを良く考慮した上で、実習先や就職希望先を決められた方が良いと思います。

私の場合、学生時代に4か所の水族館に実習に行きました。大学3年生の時は、沖縄県の美ら海水族館、大学4年生の時は愛知県の知多ビーチランド、大学5年生の時は山口県の下関海響館に行きました。

また、犬・猫あるいは大動物などの臨床経験があった方が良いと思います。まずは、獣医療が発展している動物の診療経験を積むことで、水族館に就職した際に臨床の基礎が既にできているので、即戦力として今後活躍できる可能性が高いと思います。

編集後記

今回は、東日本大震災から復興を象徴する水族館として「仙台うみの杜水族館」をインタビューさせていただきました。マイワシを含めた多様な水生生物が集まる幅14m、水深7.5mの巨大水槽は、三陸の豊かな海を再現されており、圧巻の存在でした。建物もスタイリッシュでいながらも温かみを表現しているだけでなく、耐震性も確保され、津波避難ビルしても活用できていることは特筆すべき事だと思いました。

うみの杜ビーチは、ペンギンとひとがつながる場所であり、まさに、海と人、水と人との新しい「つながり」をうみだす水族館ではないかと思います。

今後、ワイン会を楽しめるナイトイベント等を開催することにより、東北の魅力を発信する水族館になって行くことを期待しております。

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シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」