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記事提供:動物医療発明研究会
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWSとして水族館や動物園の獣医師の先生方を紹介しています。
前回は、北海道たんちょう釧路空港(写真1)から近い釧路湿原野生動物保護センターを拠点に、新しい獣医学の分野である保全医学の立場から主に希少猛禽類のオオワシ、オジロワシ、シマフクロウなどを対象とした、保全や研究活動をされている猛禽類医学研究所(IRBJ:Institute for Raptor Biomedicine Japan)代表の齊藤慶輔先生の記事を掲載しましたが、今回はその後編となります。
(取材日:2024年9月6日)
Q1.代表としてご苦労した点、感動された点は何ですか?
苦労した点としては、組織として、IRBJの運営資金を集めることです。クラウドファンディングやオリジナルグッズを販売したり、本を執筆したり、テレビ出演、講演会や講義などを実施しています。また環境省や大学、企業などからのオファーを受け、研究開発や治療薬の臨床試験などを行っており資金を調達しています。
SNSであるX、Instagram、FacebookなどでIRBJの活動を発信していますが、行政や政治家などの方々が興味を持って下さり、実際色々な問い合わせをしてくれるのが感動した点です。
現在、Xのフォロワ―数はおかげさまで7万人以上になっています。
Q2.具体的にどんな本を執筆されたり、テレビ出演、講演会、講義などを実施されているのでしょうか?
出版物は以下のものになります。
- 『野生動物救護ハンドブック』(共著、文永堂出版、1996)
- 『Raptor Biomedicine Ⅲ including Bibliography of Diseases of Birds of Prey』(共著、Zoological Education Network, Inc.、2002)
- 『生態学からみた野生生物の保護と法律』(講談社、2003)
- 『野生動物の医学』(共訳、文永堂出版、2007)
- 『日本の希少鳥類を守る』(共著、京都大学学術出版会、2009)
- 『猛禽類学』(共訳、文永堂出版、2009)
- 『野生動物のお医者さん』(講談社、2009)
- 『The eagle watchers』(共著、Cornell University Press、2010)
- 『オホーツクの生態系とその保全』(共著、北海道大学出版会、2013)
- 『野生の猛禽を診る-野生の猛禽を診るー獣医師・齊藤慶輔の365日』(北海道新聞社、2014)
- 『命の意味 命のしるし(世の中への扉)』(共著、講談社、2017)
- 『コアカリ 野生動物医学』日本野生動物医学会編(共著、文永堂出版、2023)
- 最新刊『僕は猛禽類のお医者さん』(KADOKAWA、2024、写真2)
テレビ出演では、プロフェッショナル仕事の流儀、情熱大陸、ソロモン流、ダーウィンが来た!、ワイルドライフ、SWITCHインタビュー達人達、テレメンタリー、ニュースゼロ、ニュース23などでIRBJの活動が取りあげられたことがあります。
海外では、カタール国のドーハにあるハヤブサ病院「Souq Waqif Falcon Hospital」というところで講義と実習を行いました。野生の猛禽類を対象としているわけではなく、 飼育下にあるハヤブサ 専門の動物病院です。
中近東において鷹狩り用のハヤブサ類はステータスとして首長や富裕層を中心として飼われており、専門の診療所もいくつかあります。
一番初めに猛禽類の鉛中毒は発表したのは、1998年に南アフリカのヨハネスブルグで開催された学会です。会合の内容は書籍『Raptor Biomedicine Ⅲ including Bibliography of Diseases of Birds of Prey』としてまとめられています。
また、2008年5月にアメリカ合衆国のアイダホ州で開催された猛禽類の鉛中毒に関する国際シンポジウムでも講演をしました。そこで数多くの希少種が犠牲になっている日本の悪しき事例の報告は、世界中に衝撃を与えました。
Q3.猛禽類の診療・保護はどこで経験をなされたのでしょうか?
猛禽類の保護については、英国・スコットランドでオジロワシの移入計画に参画したことです。そこで猛禽類の移入計画の第一人者ロイ・デニス氏に出会いました。
英国では、以前オジロワシの繁殖個体が数多く存在していましたが、人間による捕殺や環境汚染、生育環境の悪化などにより地域的に絶滅してしまいました。その後、英国では国家プロジェクトとしてノルウエーで繁殖しているオジロワシの雛をスコットランドに持ち込み野外に特設した飼育施設の中で人工的に育て上げ、人馴れしていない状態で野生復帰させるという事業が取り組まれました。
このプロジェクトで印象深かったのは、多くの専門家がそれぞれの得意分野を生かしながら一つの共通目標に向かってひた走ったことです。
この役割分担と互いの専門性を尊重し合いながらタッグを組む姿勢は、今の私の活動の基本理念になっています。
猛禽類の生態については独自でクマタカなどの野外調査を重ねて経験を積んだほか、イヌワシなどを研究する国内外の研究者と交流することにより学びました。
猛禽類を含めた鳥の診療は、海外で野生鳥類の救護を行っている組織や施設を訪れて情報交流を行ったほか、当時は数少なかった論文や正書を頼りに独自に経験を積みました。特に小鳥の病院などで臨床を経験したことはありません。
Q4.猛禽類の診療のために色々な器具を開発されていますが具体的にどのようなものがありますか?
獣医師用の防護手袋と鋭い猛禽類の爪から身を守るため防護用のバンクル(腕輪)を開発しました(写真3A、3B)。
防護手袋の開発の経緯ですが、猛禽類を安全に取り扱う上で欠かせない革製の手袋についてはこれまで主に保定者が使用していました(写真3C)。保定者とともに診療を行う場合、獣医師は薄手の医療用手袋を付けて診療や治療に臨みますが、その時どうしても自身に対する防護機能が失われてしましまいます。
そこで、細やかな指の動きを妨げず、それでいて猛禽の爪やくちばしから身を守ることができる、診療用の革手袋を作る事ができないかということを考えたのですが、海外で個体数調整のために捕獲されているキョン(偶蹄目シカ科の哺乳動物)の革を取り扱う奈良県の工房経営者と知り合ったことで、現実のものになりました。共同開発をしました。
防護用のバンクルを開発したきっかけは、事故で大腿骨を骨折したオオワシが治療室に運ばれ、1人でこの大物の治療に当たった際に大出血の怪我をしたからです。
私が若かりし頃は冬でも硬化しない素材のジャケットが無く、硬い素材のジャケットか大きなタオルを着せるように包んでワシを保定していました。寒さで硬くなったジャケットを使ってワシを保定して治療に臨みましたがワシのすさまじい力でジャケットが緩みました。次の瞬間、自由になったワシの右脚が伸び出て、私の左腕をつかんだため、鋭いかぎ爪が牛革の手袋ごと私の手首を貫通して大出血しました。種毎に違う大きさの、冬でも硬化しないジャケットはこの経験を元に開発しました(写真3D)。
それ以来猛禽類を診る時に私は左腕には丈夫な時計、右手首には金属製のバングルを着け何度もワシやシマフクロウの鋭い爪をしのいできました。
あれから数十年、長く私の手を守ってきたバングルを新調することになり、詳細な仕様を示した上で、磁気を帯びないシルバー製のものをオーダーしました。必要十分な強度があることはもちろん、診療する猛禽への敬意を表してコタンコロカムイ(シマフクロウ)の風切羽と足跡をデザインに取り入れてもらいました。
Q5.獣医師用の防護手袋は何故素材にキョンを採用されたのでしょうか?
キョン(偶蹄目シカ科の哺乳動物)の革は薄いにも関わらず、非常にきめ細かくしなやかで、とがったもので突いても貫通しにくい点です。さらに適切に洗浄すれば、その質感や特性を失うこともなく、長期の使用にも耐えるらしいとのことです。これらの特性を生かし、その昔は高級な武具などにも使用されていたとのことです。
また、シカ革は、古来より日本における鷹狩りの道具にも多用されています。それらの事を踏まえてキョンを革の素材として採用しました。
Q6.猛禽類の診療を実施する上で参考とされている参考本、学術冊子を教えてください。
- 『Birds of Prey: Health and Disease, 3rd Edition』
- 『Raptor Medicine, Surgery, and Rehabilitation, 3rd Edition』
- 『Avian Medicine, 3rd Edition』(Jaime Samour)
- 『Current therapy in Avian Medicine and Surgery』(Brian L.Speer)
Q7.加盟あるいは参加される国内外の協会・学会を教えてください。
- 日本野生動物医学会
- World Association of Wildlife Veterinarians(WAWV)
- Wildlife Disease Association
- Raptor Research Foundation
Q8.今後診療上、開発して欲しい医療器具、猛禽類の為の薬剤あるいは剤形、翻訳本、学術データ(例:抗菌剤投与時の野生鳥類ごとの血中動態などによる投薬のタイミングと投与期間)の希望はございますか?
- 鳥類用の血球計算機-現在でも存在するが大きくて高価
- 日本製のポータブル血中鉛濃度測定機
Q9.感銘を受けた言葉、行動はありますか?
決まった道はない。ただ行き先があるのみだ。
Q10.猛禽類医学研究所を設立されて来年で20周年を迎えますが、振り返って何か思うことはありますか?
先進的な希少種救護、傷病原因の究明それに基づく環境治療など、以前はその必要性を含めて理解されていなかった事項に対して一般市民や企業などから大きな関心が寄せられ、初等教育の教科書などでも紹介されるようになりました。1996年に初めて確認した狩猟用鉛弾に起因する希少猛禽類の鉛中毒などは、四半世紀に及ぶ現状調査と防止活動により、法や条例による全国を対象にした狩猟用鉛弾の規制に動き始めています。長年現場で保全医学活動を続けてきた者としては、ようやく時代が追いついてきたように感じます。
Q11.猛禽類医学研究所が目指すゴールは何ですか?
新たな人為的な傷病原因が発生しているのでそれを解決して行きたいと考えています。
具体的には、発電用風車との衝突や列車事故など大量死に繋がる新たな事故が多発し、種の保存に大きな影響を及ぼしかねない高病原性鳥インフルエンザなどが希少種において問題となっているので、今できることから対策などを講じていきたい。
人間ファーストでも動物ファーストでもなく、いかに共生していくか。人は人らしく、そして動物は動物らしく生きることが、目指すべき方向だと思っています。
Q12.ゴールに向けて新たに取り組まれていることはありますか?
CTなどの高度医療機器の導入を検討するなど、獣医療サービスを充実させることによって救命率と野生復帰率の向上を目指しています。
より多くの専門家や機関と連携し、人と野生動物のより良い共生社会の実現に向けて様々な視点・分野から環境治療に取り組んでいきたいと思います。
Q13.幼少期にフランスのベルサイユで過ごされたのことですが、今の仕事に影響を与えていますか?
とても自然豊かな町であるベルサイユの近くで育ち、シカやイノシシなどが観察できる森の保護区にでかけ、野生動物に関する野外授業を受けたりしました。そこで、フランス語が自然に身につき、幅広い視野を持つことができました。
また幼少期に色々な人種の人たちと接することができたため、海外の人と仕事をする上で抵抗なく接することができるのではないかと思います。
Q14.母校の日本獣医生命科学大学で得たものを教えてください。
在学中に初代野生動物学教室の教授だった和 秀雄先生と出会って野生動物医学に対する考え方を学んだことは、その後の人生において大きな糧となりました。
Q15.猛禽類関連の診療について就職を希望している獣医学生へのアドバイスや学生時代に準備すべきことを教えてください。
数十年後の自分自身の姿を思い描きながら目標を定め、それに向かって必要な知識や技術を身につけることが重要だと思います。言い換えると獣医学科の学生であれば、獣医学領域の学問にとらわれることなく、より幅広い視野の知識や人脈を獲得すべきだと思います。
Q16.国内外で参考あるいは訪問してみたいと思われる動物園や施設を教えて下さい。また、その動物園や施設を選ばれた理由もお願いします。
特にないですね。すでに世界中多くの場所を訪れて情報交流を行っていますので。
一方で正確な情報がほとんど入ってこない、旧ソ連諸国や北朝鮮における野生動物医学に関係する研究機関や関連施設を訪問して研究者らと情報交流したいと思っていますが、今の社会情勢に鑑みると難しいと思っています。
編集後記
猛禽類医学研究所 代表の齊藤慶輔先生へのインタビュー記事を前回と今回の2回に分けて掲載しました。
希少猛禽類の治療の中で獣医師用の防護手袋と鋭い猛禽類の爪から身を守るための防護用のバンクル(腕輪)を日常診療の経験をもとに、先生自身が開発されています。開発した製品は素材やデザイン性に優れており、とても素晴らしいものです。
また環境省の予算で賄えるのは、委託事業の対象となっている希少種のシマフクロウ、オオワシ、オジロワシ、タンチョウの餌代や治療費の一部のみで、野生動物保護活動に必要な医療機器や医薬品などは、先生が別の仕事で得た収入を注ぎこんで少しずつそろえたものだそうです。
これらの必要経費のために、オリジナルグッズを開発し販売したり、2022年からクラウドファンディングにチャレンジして資金集めをされていることは大変頭が下がる思いでした。現在も「クラウドファンディング」は実施中で、是非興味のある方は参加をお願いいたします。命を繋ぎ、共に生きる。希少猛禽類により良い救命医療と共生環境を!
2024年10月末に『僕は猛禽類のお医者さん』という本がKADOKAWAより出版されました。齊藤先生が今まで歩んでこられた歴史や、釧路湿原野生動物保護センターと猛禽類医学研究所の活動が、学校教育の教材にも取り上げられていることをこの本を読んで初めて知りました。「異業種が手を取り合って社会を変える」というテーマで、猛禽類の感電事故をなくしたいという釧路湿原野生動物保護センターと猛禽類医学研究所と、停電を防ぎたい北海道電力が問題解決に向けてコラボレーションする話が小学校の道徳の教科書に収載されています。また、中学校の英語の教科書には、鉛中毒の経緯や野生に帰れない終生飼育のワシたちの話が掲載されています。
私の学生時代にはなかった獣医師国家試験に向けたコアカリキュラム(必修科目)にも、野生動物医学が入る時代になりました。猛禽類医学研究所は設立されて来年で20周年を迎えます。
このようなタイミングで出版された『僕は猛禽類のお医者さん』は、齊藤先生の今までの道のりを示した集大成的な内容と次世代の仲間に伝えたい、自然界との共生や今後の課題(新たな脅威、太陽光パネルとアライグマ)が解りやすく書かれた時宜にかなった1冊です。
猛禽類医学研究所の今後の更なる活躍を祈念しています。
動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。
シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」
- (1)四国水族館
- (2)仙台うみの杜水族館
- (3)NIPPURA株式会社-前編
- (4)NIPPURA株式会社-後編
- (5)átoa
- (6)アドベンチャーワールド
- (7)AOAO SAPPORO
- (8)沖縄美ら海水族館-前編
- (9)沖縄美ら海水族館-後編
- (10)大成建設株式会社
- (11)新江ノ島水族館-前編
- (12)新江ノ島水族館-後編
- (13)旭川市旭山動物園編
- (14)猛禽類医学研究所-前編