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インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWSに「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」を不定期で連載しています。
第1回目は「絵画のような水族館」と言われている四国水族館、第2回目は「復興を象徴する水族館」と言われている仙台うみの杜水族館、そして第3回目と第4回目は番外編として世界のアクリル水槽のトップシェアを誇るNIPPURA株式会社を紹介しました。
第5回目は、株式会社アクアメントが経営する「神戸の港の劇場型アクアリウム」と呼ばれるátoa(アトア)の展示部飼育展示課 獣医師の明石富美子先生(写真1)にお話をうかがいました。
átoaの水槽は写真家 銀鏡つかさ先生の初めての著書である『日本の美しい水族館』(株式会社エクスナッジ、2022年)の表紙にも採用されています。
Q1.「átoa」とはどのような意味でしょうか?
Aquarium to Artという意味で、アクアリウムとアートが融合した劇場型アクアリウムを示しています。
Q2.特長を教えて下さい。
館内には、生きものたちとアートが織りなす不思議とも言える世界が広がっています。まるで映画や舞台のワンシーンのような空間の中で、生きものたちをご覧いただけます。この空間への没入感が一番の魅力となります。
また、館内は8つのゾーンで構成され、それぞれのゾーンにはシンボリックな展示や水槽があり、訪れた人々に癒しと感動を提供します。
国内最大級直径3mの球体水槽「AQUA TERRA」(写真2A)や、まるで水面を歩いているかのようなガラス床水槽「MINAMO」、時とともに変化し成長し続けるテラリウム「Evergreen」などはátoaの独創的で幻想的な空間演出により、よりシンボリックな存在となっています。
これらの水槽には、魚類を中心に無脊椎動物、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など多様な生きものたちが暮らしています。
Q3.どのくらいの種類、数がいるのでしょうか?
約100種類3000匹います。
Q4.100種類3000匹は、どのようなゾーンに展示されているのでしょうか?
各階を順に追って各ゾーンを説明します。
まずは2Fです。
- CAVE「はじまりの洞窟」
- 隆起した台地に現れた洞窟をイメージした空間です。虹色に光る魚群に導かれた先には、超現実の世界が広がります。まるで万華鏡の中にいるような錯覚を起こします。劇場型アクアリウムの始まりを予感させワクワクする空間となっています。
- MARINE NOTE「生命のゆらぎ」
- 青光が差し込む揺らぎの世界です。かすかな潮の香りの中、まるで海中浮遊しているかのような感覚が体験できます。優雅で個性豊かな海の生きものたちとの出会い。「円」で統一された空間と水槽が特徴的です。
- ELEMENTS「精霊の森」
- まるでお伽話のワンシーンのような、不思議の森に迷い込んだような空間です。天井から降り注ぐ木漏れ日を感じながら、水辺や陸に暮らす生きものたちとの新たな出会いがあります。
- MIYABI「和と灯の間」
- 足元にはゆったりと鯉が泳いでおり、花鳥風月に親しむ雅なひと時(写真2B)が体感できます。風光明媚な和の世界。移り変わる光の演出で、日本の四季折々の情景を艶やかに表現しています。
- FOYER「探求の室」
- 水族への興味を喚起するコミュニケーションの空間です。観るもの、触れるものすべてが人々の知的好奇心を掻き立てます。太陽光が降り注ぐオーバーハング水槽「átoa sky」(写真2C)には、見上げるとたおやかに泳ぐカピバラの姿があります。
- PLANETS「奇跡の惑星」
- 生命の起源を感じさせる「奇跡の惑星」です。無数のスターライトに包まれた空間は、まるでいつか訪れたことがあるかのような既視感を覚えます。ここは宇宙か、深海か。日本最大規模の球体水槽「AQUA TERRA」を中心に、360°全方位、ミストとレーザーが織りなす光のベールに包まれます。
- GALLERY「ギャラリー」
- 美術館で絵画を鑑賞するかのような展示空間です。観るだけでなく、生物の機能美、造形美に触れ、五感で感じ学ぶことができます。ここでは、水槽展示に加えて額縁に注目ください。額縁のひとつひとつのアートな仕掛けが、記録に残る体験となります。
最後に4Fです。
- SKYSHORE「空辺の庭」
- みなと神戸の空に通じる開放的な空間です。爽やかな潮風を肌で感じながら、水と緑の開放的な広場に暮らす生きものたちの息遣いを感じていただきたいです。目の前に広がるダイナミックな神戸港の景観は昼と夜で異なる姿を見せ、átoa最後の展示作品とも言えます。
Q5.アートな要素を詳しく教えて下さい。
átoaでは、アクアリウムを核に舞台美術やデジタルアートを融合させ、生きものの造形美、神秘性を惹き出しています。音、光、香りなど五感で感じる演出が幻想的で独創的な世界への臨場感を高めています。
また、額縁は、館内各所に散りばめられたアート作品のアイコンとなっています。
併せて、エレベータ―や壁面グラフィック、階段にもアートがちりばめられています。
劇場型アクアリウムátoaの中心的な2つの舞台として、MIYABI、PLANETSでは水槽、音、光などがシンクロしたエンターテイメントショーを上演しています。
Q6.水族館内の先端的なデジタル演出とは対照的に、外観は洞窟のようなデザインですが、どのような意味あいで、また何処の建設会社が設計・施工されたのでしょうか?
神戸ポートミュージアムは、アクアリウム、フードホール、ブライタルデスクで構成された複合文化施設です。
そのシンボリックな外観は「隆起する台地と侵食する水により生まれた造形」を表現しており(写真3A)、新しい文化と食を体験できる、神戸のウオーターフロントエリアに誕生した新しいランドマークとなっています。
設計・施工は全国で数多くの水族館を手掛けられている大成建設です。
Q7.来場者はどのような年齢層でしょうか?
20代~30代の女性を中心に10代~40代やアクティブシニアの方やファミリーと幅広い年齢層の方がいらっしゃいます。
Q8.国内最大級の球体水槽「AQUA TERRA」に特別な意味があるのでしょうか?
名前のとおり水の惑星地球(TERRA)をイメージしており、直径が3mあります。球体水槽の設置されているゾーンは、宇宙をイメージしています。レーザー演出と相まって幻想的な空間での没入感がお楽しみいただけます。
Q9.掃除や給餌などはどのように行っているのでしょうか?
上部が直径1mほど開いているので、そこから給餌や特注の梯子を用いて潜水掃除を実施しています。また、球体水槽の下に配管設備があり、それらを使用して水換えを行います。
Q10.株式会社アクアメントが経営する他の水族館との連携があるのでしょうか?
株式会社アクアメントは、四国水族館、スマートアクアリウム静岡とátoaを経営しています。
『日本の美しい水族館』著者の銀鏡つかさ先生の同タイトル写真展を3館での巡回展として実施しました。
2023年2月3日~4月16日にátoaで実施し、その後、各館で実施しました。
また、3館合同企画として「やっぱり水族館っていいな フォトコンテスト2023」を2023年7月13日から9月20日まで実施しました。予想を上回る応募があり、各館入賞10作品を決定し、入賞作品を館内展示しています。
また、広報連携や飼育技術や診療技術に関する情報交換を行っています。
Q11.今までátoaで実施されたイベント内容を教えて下さい。
アートをはじめ文化の発信という切り口で、定期的に企画展を開催しています。直近ではエジプト遺跡発掘60周年 吉村作治先生監修「古代エジプト文明展」を2023年2月23日~6月12日に開催しました。
ゲームFINAL FANTASY BRAVE EXVIUSの世界を表現したコラボ企画展「クリスタル・プラネット」を2023年9月26日から2024年1月8日まで開催しています。
Q12.神戸市との連携はありますか?
地元の神戸市との関り方のひとつとして、神戸市消防局とのコラボレーションについて紹介いたします。コツメカワウソの展示場に取り付けてられているハンモックは、神戸市消防局より廃棄消防ホースを無償譲渡していただき、飼育員が手作りしました。
インタビュー後、館内を見学し、コツメカワウソがハンモックに気持ちよさ様に寝ている姿の写真を撮影しました(写真3B)。神戸市消防局で使用しなくなったものをハンモックとして再利用することは、SDGsに繋がるものと思いました。
Q13.水族館として目指す形や想い、 その実践内容や展開を教えて下さい。
átoaは、空間への没入感を大切にしており、訪れた方に驚きと感動を与えられる水族館を目指しています。併せて、これまでとは少し違ったアートという切り口で、生きものを観て体感することで、もっと生きものへの興味関心を持っていただけたらと考えています。そして、さらに全国の水族館やフィールドへもぜひ足を運んでいただきたいです。
これまで展示空間と親和性のある企画や異業種コラボ、生きものの魅力を伝える写真展や絵画展を実施してきました。2024年1月からは、NAMIKO「きらきら=ぼし(にぼし)展」と題して、にぼしをテーマにした絵画作品展を実施します。今後もさまざまなアーティストや施設、企業とのコラボ企画展を開催していきます。
体験プログラムとしての「フィーディングタイム」があります。餌や生きものに関して飼育員による解説を聞きながらの給餌見学で、臨場感あふれるトークが楽しめます。
2階ELEMENTSに暮らす4頭のアルダブラゾウガメの餌やり体験もあり、体験後に甲羅に触れることができます。日中は、展示エリアを自由に散歩していますので、是非近くでじっくりと観察して、息遣いを感じていただきたいです。
加えて、マイクロプラスチックへの関心を高めるブルーカーボン啓発展示やアート展示が学びのきっかけとなるように、中高生を対象に「調べる・考えるワークシートAQUARUM×STUDY」を配布しています。生きものやアート展示を巡りながら考え、回答していくワークシートとなっています。このように学びへのきっかけづくりも積極的に取り組んでいきたいです。
Q14.診療で苦労しているはありますか?
犬や猫などと比較して生態や治療法などわかっていないことが多い生きものばかりですし、治療法がわかっていても保定や投薬が難しい生きものがいることに苦労しています。
Q15.診療で参考としている書籍などを教えて下さい。
- 『野生動物の医学』
- 多くの野生動物の獣医学について記載された本。
- 『鳥類とエキゾチックアニマルの血液学・細胞診』
- 『鳥の血液・細胞診検査マニュアル』
- 『BSAVA観賞魚マニュアル』
- 魚の飼育方法から検査方法、診断、治療について学ぶ際に使用。
- 『BSAVA爬虫類マニュアル』
- 『エキゾチック臨床』
- 『異常値のでるメカニズム』
- 検査の数値をみて考える際に使用
- 『Carpenter's Exotic Animal Formulary』
- エキゾチックアニマルの薬用量を調べる際に使用。
- 『Zoo and Wild Mammal Formulary』
- 野生動物の薬用量を調べる際に使用。
Q16.水族館の獣医師の先生方が加盟あるいは参加されている国内外の学会や協会は何ですか?
日本の学会では「日本野生動物医学会」があります。
Q17.今後、診療上開発してほしい動物用医療器具、水生動物のための薬剤あるいは剤形、翻訳本、学術データがありますか?
- 薬品の味や匂いがうまく隠せて、人工飼料等に簡単にいれることができる薬品や小さな生きものにも使いやすい薬品を希望します。例えばカピバラやワラビーなどを薬で治療する際、個体によっては、臭いや味、食感の違いに警戒して飲んでくれないことが多くあります。
- ゾウガメ、カピバラ、ワラビー、ペンギンの薬剤投与時の血中動態データを要望します。
- 検査機器としては、ペンギンなどの有核赤血球を有する動物の血球数を測定できる機器がほしいです。
Q18.貴館ではコツメカワウソを飼育されていますが、どんな病気が多いですか?
特に注意すべき疾患として尿路結石が多いと思います。
Q19.水族館の獣医師を目指す獣医学生へのアドバイスをお願いします。
臨床の基礎的な手技や病気の考え方を養うために臨床経験はあった方がよいと思います。
水族館に入ることが難しいとよく言われていますが、続けることも難しいと思います。園館により生物の種類も違いますし、備わっている医療機器の種類も異なります。獣医師の仕事内容や待遇などの情報を集めて、自分が将来どういう道を進んでいきたいかということと照らし合わせて下さい。そうすれば就職してからの現実とのギャップがより少ないと思います。
Q20.明石先生の目指しているものを教えて下さい。
生きものたちが、元気に過ごせるよう病気の予防に一層注力していきたいです。わかっていないことが多い分野ですので、これからの世代の方々が同じ壁にぶつからずに、次のステップに進んでいけるようにサポートしていけたらと思います。
他にも、大学など専門分野をもつ研究機関とも連携し研究を進め、よくわかっていない生態や治療法を解明していきたいです。子どもたちが自分以外の生きものに興味を持って、考えるきっかけを作り出せるようにしていきたいです。
編集後記
átoaは、従来の水族館の概念を覆す、Aquarium×Artが融合した新感覚の都市型水族館でした。水族館をより良い形で見せるために所々において細かい工夫がなされています。様々な演出の根底には、これまでと違ったartという切り口で、もっと生き物について知ってもらいたいというátoa職員の方々の思いが、強く感じられました。
フィーディングタイムや「調べる・考えるワークシートAQUARIUM×STUDY」の配布活動などの「学びへのきっかけづくり」は水族館の意義を高めるのではないでしょうか。átoaが牽引してその活動が広がっていくことを期待しています。
なお、átoaの入っている神戸ポートミュージアムは、アクアリウム、フードホール、ブライダルデスクで構成されている複合施設であり、インタビュー後に食事をとった、下から青い水槽が見えるフードホールにあるCOFFEE STANDはとても素敵でした(写真3C)
動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。
シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」
- (1)四国水族館
- (2)仙台うみの杜水族館
- (3)NIPPURA株式会社-前編
- (4)NIPPURA株式会社-後編