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■獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(9) 沖縄美ら海水族館-後編

2024-04-11 15:24 | 前の記事 | 次の記事

1A:ジンベエザメとマンタが遊泳する「黒潮の海」/1B: 「サンゴの海」水槽/1C:マンタの写真エコー(1A~1C画像提供:沖縄美ら海水族館)

2A:『海獣診療マニュアル(上巻・下巻)』/2B:旧水族館の一部が再現された屋外の休息コーナー

3A:南国をイメージする沖縄美ら海水族館の入り口/3B:長期飼育に成功したジンベエザメのモニュメントがお出迎え/3C:たくさんの屋根で分節した建物。屋根は「マンタの群泳」をイメージしているそうです。

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSとして水族館や動物園の獣医師の先生方を紹介しています。

第9回目は、第8回目に続くジンベエザメの長期飼育で有名な国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館(以下:沖縄美ら海水族館)に勤務されている沖縄美ら島財団附属動物病院 院長 獣医師の植田啓一先生にインタビューを行いました。

なお、インタビュー終了後、館内を広報担当の池上千鶴様にご案内された時に、広報担当の方から回答をもらったものは「広報」と記載しました。

Q1.植田先生が大切にされていることあるいは心掛けていることは何ですか?

出来るだけ多くのデータを蓄積することを心掛けています。特に画像でデータを残すことを心掛けています。例えば水中採血や水中でのエコー検査の様子を毎回動画で残しています。画像に残しておくと他の職員や国内外の獣医師や研究者などに対しても説明がしやすいです。また、沖縄美ら海水族館は、診療機材が充実していると言われますが、もともと全部揃っているのではなく、必要性を論理的に説明して予算を獲得した経緯があります。また、購入した機材を使用した際には、データを蓄積し科学的に証拠をそろえることにより、その必要性を納得してもらうことも重要なことだと考えています。

Q2.水族館の海獣動物の診療で苦労された点は何かありますか?

苦労した点は、水族館に就職した際に教えてもらう先生が少なかったです。

また、当時はインターネットも無い時代でしたので情報収集が難しい時代でした。米国のシーワールドに勤務している獣医師にFAX等で問い合わせたりしました。

沖縄は獣医大学がないので、母校の酪農学園大学の先生方には大変お世話になりました。

動物の健康管理を行う上で、飼育員とのコミュニケーションは大事だと思います。その関係は、競馬界と似ていてオーナー、厩務員と獣医の関係に似ていると思います。

海獣動物に起こっている微妙な変化を感じとることに敏感な方が飼育員では多いので、コミュニケーションを取ることにより海獣動物の健康状態の様子を知ることは重要だと思います。

Q3.ジンベエザメや複数のマンタ、キハダ、カツオの群れが悠々と泳ぐ大水槽「黒潮の海」は圧巻ですが、どのくらいの大きさですか?

大きさは、深さ10m、幅35m、奥行き27mです(写真1A)「広報」。

Q4.水槽のサイズをこの大きさに設定した理由は何かありますか?

自然界のジンベエザメが垂直の姿勢でエサを食べることから、この深さになりました。また、平面的にもゆったり泳げるサイズになっています。

大海を切り取ったようなイメージを鑑賞者が感じられるように、水槽の前面に幅22.5m、高さ8.2m、厚さ60.3cmの大アクリルパネルを設けています。2003年に「世界最大級のアクリルパネル」としてギネスに認定されました。アクリル水槽を製作した会社は、NIPPURA株式会社です「広報」。

Q5.生きたサンゴを展示する「サンゴの海」の水槽は何か工夫をされている点はありますか?

自然光を直接取り込むために屋根を架けず、眼前の海から新鮮な海水を絶えず供給するシステムを採用して、サンゴの大規模飼育を実現しました(写真1B)「広報」。

Q6.水中での超音波画像診断の開発のきっかけは何ですか?

きっかけは、ジンベエザメやマンタの妊娠画像診断を試みよというミッションが2009年春、私達獣医師にかせられたミッションでした。

イルカの場合は、受信動作訓練によりプールサイドに機器を置いて簡単に検査を行うことができます。

しかし、ジンベエザメやマンタは水中にいる魚類のため、残念ながら水から揚げることは身体の大きさ(ジンベエザメで約7m以上、マンタで約3m以上)から不可能です。

そのためにも、こちらからジンベエザメやマンタのフィールドである水中に向かい、かつ機器を水中に完全に沈めなければならなかったのです。

我々は、協力してくれるメーカーと完全防水のハウジングシステムを作製してくれる業者を探すことから始めました。

この無謀な申し出に対して、当時富士フィルムメディカル株式会社の協力により同社のFAZONE Mを使用機器とし、有限会社SSP社にその機器を丸ごとに収納できる「水中ハウジング」の制作協力を得ることができました。

Q7.水中での超音波画像診断が可能になったことによるメリットは何ですか?

水棲動物は水中生活を営むため、その治療とともに疾病の診断方法についても工夫が必要となります。今回、水中での超音波画像診断検査が可能となったことは大きいです。

検査のために魚類を水から揚げる必要がなくなったため、動物への負担が少なくなり、陸上動物と同様な各臓器の診断や妊娠診断(写真1C)も可能となりました。

Q8.『海獣診療マニュアル 上巻/鯨類の診療編』『海獣診療マニュアル 下巻/鰭脚類・海牛類の診療編』の執筆者のひとりである植田先生ですが、この本が出版された経緯について教えて下さい。

まず、植草康浩先生は、鯨類、鰭脚類、海牛類をはじめとする様々な野生動物の診療に医師・歯科医師の立場からアドバイザーとして関わって頂いています。マニュアルの前には、植草先生たちと『鯨類の骨学』(緑書房)を出版いたしました。その頃から私と植草先生との話題はいつも診療マニュアルの必要性でした。

日本は海獣飼育施設数が世界有数であるにもかかわらず、園館によって診療レベルに差があることが課題になっています。これは世界的傾向で、一部の園館に獣医療資源とノウハウが集中しています。獣医学部教育で水族館獣医学が取り上げられないことも理由の一つです。

園館を跨ぐ技術移転は、獣医師間の個人的交流に基づいていることが多く、新人教育システムも構築されていない状況です。採血技術一つ挙げても、各園館でやり方に差異があるのは普通のことです。

たとえ不充分であっても誰かに聞かれた時にすぐ差し出せ、若い獣医師や愛玩動物看護師、トレーナー、学生にも手に取りやすく、プールサイドまで持ち込めるマニュアルを創れないだろうか、そんな思いから、新江の島水族館の白形知佳獣医師にも加わってもらい、沖縄美ら海水族館、新江ノ島水族館の協力のもとこのマニュアル本が作製されました(写真2A)

Q9.『海獣診療マニュアル』の特徴を教えてください。

執筆に関してご協力いただいた各水族館のデータがおしげもなく提供されている点です。

また、動画がふんだんに盛り込まれている点です。

さらに、一冊の本の価格が獣医本としては珍しく1万円以下(8000円+税)です。

Q10.『海獣診療マニュアル』はどんな位置づけのマニュアル本としてイメージされてますか?

米国のメルク社が出版されている『MSD Veterinary Manual』の海獣版になれば良いとイメージしています。

Q11.『海獣診療マニュアル』の海外展開を今後、考えていますか?

現在、英語版の翻訳作業を実施しています。

Q12.今後、『海獣診療マニュアル』を改訂する際はどんな部分を改訂したいと考えていますか?

海獣動物の症例の紹介や薬物の投与量や血中動態などを盛り込みたいです。

Q13.他の水族館との協力関係はありますか?

新江の島水族館との関係があり、昨年、愛玩動物看護師の研修を受け入れています。

Q14.水棲動物の治療を実施する上で、『海獣診療マニュアル(上巻・下巻)』以外に参考とされているものはありますか?

『CRC Handbook of Marine Mammal Medicine』です。

Q15.今後海獣動物の診療上、開発して欲しいものは何かありますか?

各薬剤の投与間隔や投与量の根拠となる血中動態のデータが欲しいです。

そのためには、水族館、動物用の製薬会社、血中動態を分析する獣医大学の研究室などが一体となって研究することが必要です。それを実施する上でコーディネートをしていただく方が必要だと思います。

また、画層診断機器のメーカーが、引き続き撤退することなく継続的にメインテナンス等の対応して頂けることを希望します。

Q16.水族館の獣医師として就職を希望される獣医大学の学生さんへのアドバイスをお願いします。

学生時代の特権として色々な水族館を見学し、各施設の現状を見ることが重要です。

Q17.今後目指すゴールは何ですか?

海獣動物用の往診診療車が欲しいですね。検査機器を載せるものでハイエースぐらいの大きさの車があればと思います。今後、内地に対して応援支援に行ければと思います。以前に北総のDrヘリの見学をしたこともあります。

Q18.国内外で参考あるいは是非訪問してみたいと思われる水族館はありますか?

アブダビの水族館」に行ってみたいです。中東最大の水族館です。2021年に新オープンしました。

診療施設が充実してるとの噂ですので。

それ以外は、フロリダのシーワールドです。

Q19.沖縄国際海洋博覧会(1975年)のためにつくられた「国営沖縄記念公園水族館」(槇文彦氏設計)の一部はまだ残されていますか?

一部を再現した建物があり、憩いの場となっています(写真2B)「広報」。

編集後記

前回と今回で、沖縄美ら海水族館(写真3A、3B、3C)を紹介しました。

イルカの人工尾びれ、水中での採血とエコー検査、動物の医療チーム体制の導入、ギネスに認定されたNIPPURA株式会社作成の巨大アクリル水槽、新江ノ島水族館の協力のもと、業界初の『海獣診療マニュアル(上巻・下巻)』の発刊、ジンベエザメの「ジンタ」の長期飼育29周年など、“世界一”、“世界初”が数多く揃っている素晴らしい水族館です。

このことが、沖縄美ら海水族館の高い“誘客力”に結びついたのだと考えています。

また、記事の中にも記載がありましたが「沖縄美ら海水族館は、診療機材が充実していると言われますが、もともと全部揃っているのではなく、必要性を論理的に説明して予算を獲得した経緯があります。また、購入した機材を使用した際には、データを蓄積し科学的に証拠を揃えることにより、その必要性を納得してもらうことも重要なことだと考えています」ということは、第三者を納得させる上で、大切なことであり大変共感いたしました。

日本の水族館のけん引役として更なる活躍を期待しています。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」