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■獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(11) 新江ノ島水族館-前編

2024-05-07 16:47 | 前の記事 | 次の記事

写真1 筆者(左)と白形知佳先生(右)

写真2A:新江ノ島水族館の外観/2B:リニューアル前のイルカショースタジアム(2024年4月リニューアルオープン)/2C:相模湾大水槽/2D:海獣診療マニュアル上巻・下巻(A~D画像提供:新江ノ島水族館)

写真3 竜宮城のイメージを感じさせる小田急線の片瀬江ノ島駅

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

前回は、番外編「水族館を支える人々」の第2回目として大成建設株式会社を紹介しました。

今回は、新江ノ島水族館に勤務されている展示飼育部 展示飼育チーム 獣医師の白形知佳先生(写真1)にお話をうかがいました。

Q1.新江ノ島水族館(写真2A)の魅力は何ですか?

第1番目は、相模湾の海を再現しているゾーン。入口の「出会いの海」から、そこを潜っていく没入感があります。それは、江の島の海を潜っていくような感じで、地元の海に触れることができます。

第2番目は、イルカたちのパフォーマンスを披露する「イルカショースタジアム」です。湘南海岸に浮かぶ富士山と江の島の美しい景観が、施設の一部(背景)に見えるように設計されています(写真2B)。

イルカショーはトリーターと動物の繋がり。すなわち、人と動物の繋がりが感じられます。

第3番目は、当館は、生物や標本を見学するだけの水族館だけでなく、海洋生物の宝庫である「相模湾と太平洋」と「生物」を基本テーマに、遊びながら学ぶことができる「エデュテイメント型の水族館」ということです。

エデュテイメント(Edutainment)は、エデュケーション(Education:教育)とエンターティンメント(Entertainment:娯楽)を組み合わせた合成語で、近年、博物館や美術館などでは楽しみながら学習する手法を表現する用語として認知されています。

Q2.新江ノ島水族館のコンセプトは何ですか?

「新江ノ島水族館」は、“わくわくドキドキ冒険水族館”をコンセプトに掲げています。

当館では、いつも新しい「発見」に出会える場として、来場するたびに海や生命にひそむ多くの不思議を「発見」し、海遊びを発展させた体験プログラムから「驚きや感動」を感じられるように、エデュテイメント性の高いコンテンツとプログラムを開発・提供しています。

Q3.新江ノ島水族館の魅力のひとつである、8000匹のマイワシの大群が銀色に輝き、うねり泳ぐ「相模湾大水槽」の特徴を教えて下さい。

館内の水槽では最大規模となる「相模湾大水槽」は、高さ9m、水深6.5m、床面積144m2、容量1000トンで厚さ41cmのアクリルガラスを使用しています(写真2C)。

できる限り自然のままの環境に近づけるように2つの造波装置を設置し、絶えず波を発生させています。岩場にぶつかる波の音を聞きながら、波の下で雄大に泳ぐ魚たちの生態や水深に応じた魚たちの種類が変わっていくようす、相模湾の岩礁や沖のようすを目の前で観察することができます。

Q4.新江ノ島水族館の相模湾大水槽の最大の見どころである、約8000匹のマイワシの大群に対してどのような演出や工夫を行っていますか?

マイワシが生息する相模湾は国内でも有数のイワシの漁場として知られていますが、その生態は普段見ることできません。

そこで当館では、来場者ができるだけ自然に近い環境の中で、マイワシが力強く、美しく群泳するようすを実感できるように大水槽に沿ってスロープをつくり、オーバーハング形状のトンネルや途中の壁面にくぼむように開けた半球状の丸いのぞき窓から、水槽内を見られるようにしました。

大水槽の正面は床と水槽の底面が非常に近いため、自分自身が海底に立っているような感覚でマイワシの大群を見上げることができます。

大水槽のマイワシのほか、アジやサバなど食用魚としておなじみの魚たちが泳ぐようすや、エイが力強く泳ぐさまなど、岩場から海底までに生息する大小の生物約100種類20,000匹がご覧いただけます。

Q5.新江ノ島水族館におけるトリーターの役割は大きいと思います。「えのすいトリーター」とはどんな意味なのでしょうか?

生物を飼育(Treat)し、お客様をもてなし(Treat)する「えのすい展示飼育スタッフ」の新呼称です。

Q6.新江ノ島水族館のチーム医療体制を教えて下さい。

獣医師1名と愛玩動物看護師1名の2名体制です。4月から獣医師が加わる予定です。

Q7.今後、チーム医療体制はどんな形で変化して行くのでしょうか?

今後、獣医師が3名体制となるので、より幅広い診療ができると思います。愛玩動物看護師も増やしたいです。

Q8.白形先生がご苦労した点あるいは、感動された点は何ですか?

苦労した点は、大きい海獣類が体調不良になった際、検査や投薬をするのにたくさんの人や薬の量が必要になることです。

また、野生のイルカが近くの海岸に打ち上げられることがありますが、衰弱しているイルカの救護や治療は厳しいことが多いです。

感動したことは、犬・猫と比較して検査をしやすいことです。海獣類とトリーターが協力して動物をトレーニング(ハズバンダリー)することで採血や体温測定、エコー検査、レントゲン撮影なども簡単に行えます。

例えばイルカの胃に麻酔や保定なしで内視鏡を挿入して検査を実施したり、鰭脚類やカワウソのレントゲン撮影も保定なしでスムーズに実施できます。

さらに、イルカの人工授精では子宮内に内視鏡を入れ、精液を注入することで妊娠に至り、無事赤ちゃんが生まれたことは、産まれる前からの過程を知っているので実に感動的でした。

また、カマイルカの「クロス」を長期飼育できていることもとても素晴らしことだと思います。46年間飼育しております。そのように長期飼育ができているのも、「クロス」の初期飼育から携わっているトリーターがいるからです。

Q9.往診を実施されているとお聞きしていますがどんなところへ行かれているのでしょうか?

大きく分けて2つあります。1番目は獣医師の先生が常駐していない水族館への支援です。実際往診にあたり検査機器も持参していきます。事前に先方の水族館の方には、「海獣診療マニュアル」で該当する部分を予習いただき、検査のトレーニングをしてもらっておくことで、スムーズに診療できています。

2番目の獣医師の先生がいらっしゃる水族館では、例えばエコー検査で臓器をいかに鮮明に撮影できるか、撮影方法などをアドバイスしたりします。

また、私にとっては往診によりゴマフアザラシやオタリア、ペンギンなどの動物に関するデータ収集ができ研究にも役立っています。

Q10.白形先生は、新江ノ島水族館にご勤務されて10年くらいですが、どのような経験を積まれて往診まで行かれるようになったのでしょうか?

これまで、休みの日に犬・猫の動物病院で研修したり、国内外の動物園・水族館獣医師の元を訪れてさまざまな検査や治療を学ぶようにしてきました。海獣類にも、犬・猫と同等レベルの診療をしたいという思いがあり、海外の海獣類を診療されている先生に教えてもらうこともあります。ただ、自分でできることには限界があるので、大学の先生や専門医の方々にお世話になることも多いです。

Q11.具体的に海外のどこの国の先生に聞かれているのでしょうか?

アメリカやヨーロッパの水族館で勤務されている先生方です。IAAAM(International Association for Aquatic Animal Medicine)等の学会に参加し、発表することで、そういったつながりを増やしています。

日本水族館協会(JAA)の海外研修でも、アメリカの施設をいくつか訪問しました。

Q12.白形先生は『海獣診療マニュアル 上巻/下巻』の執筆者のお1人ですが、どのような関わり方をされたのでしょうか?

植草康浩先生と植田啓一先生は私にとっての師匠であり、沖縄美ら海水族館の獣医師である植田先生の元へは、毎年のようにイルカの手術や処置の研修をさせてもらっていました。植草先生には往診に来ていただいたり、治療のアドバイスをもらっていました。

そのような中で海獣類に関する日本初の教科書を作成したいね、という話になりました。

本の執筆に当たり、植草先生は総監督であり、全体の執筆や他館との調整を行い、上巻の鯨類は共同で、下巻の海牛類は植田先生、鰭脚類やペンギンは私、のように飼育動物ごとに分担しました。

Q13.海獣診療マニュアル『海獣診療マニュアル 上巻/下巻』は、どんな方を対象に作成されたのでしょうか?

トレーナーや飼育員、新人の獣医師を対象に作成しました(写真2D)。

また、自分の水族館だけだと海獣類の種類や症例数が限られるので、いろいろな水族館の方々にご協力いただき、なるべく写真や動画を多くとりこみイメージしやすくしました。

Q14.『海獣診療マニュアル』発刊に伴い何か変化はありましたか?

「海獣診療の過去・現在・未来」というテーマで2023年2月22日に発刊記念シンポジウムを新江ノ島水族館で開催し、3人の執筆者が参加しました。

また、関西地区では2023年8月27日、大阪ECO動物海洋専門学校で同様なシンポジウムを開催しました。

更に水族館に来られた海外の水族館の方も『海獣診療マニュアル』を購入して下さいました。

Q15.『海獣診療マニュアル』発刊後、海獣診療関係でどんな企画を具体的に考えていらっしゃいますか?

現段階では症例集を作成しようと考えております。『海獣診療マニュアル』を発刊後、他の水族館の獣医師の先生方から、自分の水族館ではこんな検査や治療法を実施しているという声もあり、水族館の先生方にご協力いただいております。

編集後記

今回は、水族館の東の横綱といわれている新江ノ島水族館を訪問しました。新江ノ島水族館は2004年にオープンし今年で20年目を迎えました。その20周年の記念のひとつとして、イルカショースタジアムのリニューアルがあります(2024年4月オープン)。

新江ノ島水族館も、以前ご紹介した、沖縄美ら海水族館が実施している「動物の医療チーム体制」を導入していますが、独自のチーム医療体制を構築しており今後が楽しみです。

『海獣診療マニュアル』の執筆者の1人である白形知佳先生は、まだ新江ノ島水族館に勤務されて10年程度なのに、海外の海獣診療の先生と交流があったり、国際学会も積極的に参加されています。また、全国の水族館往診も行かれており指導もされており、今後日本の水族館を牽引して、レベルアップを図って行くリーダーの1人ではないかと思いました。

新江ノ島水族館は、新宿からも近く小田急線の片瀬江ノ島駅は竜宮城のようで(写真3)、そこからは、まるで海の中を探検し新江ノ島水族館に繋がる感じでした。

後編は、新江ノ島水族館の学術的研究(シラスの生体展示、クラゲ、深海の再現、ウミガメの繁殖)について紹介します。

シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」