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■獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(12) 新江ノ島水族館-後編

2024-05-07 18:21 | 前の記事 | 次の記事

写真1A:世界で初めて「シラス」の生体の常設展示を行ったシラスサイエンス/1B:湘南江の島の特産品でもある「シラス」(A・B画像提供:新江ノ島水族館)

写真2A:クラゲファンタジーホール/2B:しんかい2000(A・B画像提供:新江ノ島水族館)

写真3A:ウミガメの浜辺/3B:カピバラ(A・B画像提供:新江ノ島水族館)

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

JVM NEWSとして水族館や動物園の獣医師の先生方を紹介しています。

第12回目は、第11回目の続きで新江ノ島水族館に勤務されている展示飼育部 展示飼育チーム 獣医師の白形知佳先生へのインタビューです。

Q1.世界初 カタクチイワシの繁殖展示「シラスサイエンス」について教えて下さい。

2014年4月、湘南江の島の特産品でもある「シラス」の生体の常設展示を世界で初めて行って以来、累代繁殖にも成功しています。“えのすい”でしか見られない、生まれたばかりのシラスから、食卓に上るシラスまでの成長過程を是非ご覧いただきたいです(写真1A、1B)。

Q2.美しいクラゲの世界である「クラゲファンタジーホール」について教えて下さい。

約70年の飼育研究と展示手法で培われた経験を活かした「クラゲファンタジーホール」は、クラゲの体内をイメージさせる半ドーム式の空間の壁面に大小13の水槽とホール中央に球型水槽「クラゲプラネット(海月の惑星)の合計14の水槽を配置しています。

世界で一番大きなクラゲの一つとされるシーネットルをはじめ、常時約14種類のクラゲを公開しています(写真2A)。

Q3.世界唯一・潜水調査船しか見られない深海の再現について教えて下さい。

深海Ⅰでは、深海の不思議な世界を凝縮し、その世界に生息する生物たちの長期飼育法の研究を行っている「化学合成生態系水槽」をそのまま公開しています。

ここでは、深海底で見られる3つの特殊な化学合成生態系(湧水域、鯨骨生物群集、熱水噴出域)を再現しています。

世界にある深海底の湧水域、熱水噴出域、鯨骨生物群集の特徴を凝縮し、その生態系を再現、これまでの地球生命の常識をくつがえす、もう一つの生態系の姿がここにあります。

世界で唯一、これまでは潜水調査船からしか見ることができなかった深海の化学合成生態系の世界をご覧下さい。

Q4.相模湾の深海調査で活躍している潜水調査船を展示しているそうですが、どこの、どんな調査船ですか?

「しんかい2000」はJAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)の有人潜水調査船で、人が乗船して深海を調査するために作られた日本初の本格的な潜水船です(写真2B)。

深度2000mまで潜航することができ、1982年1月から2002年11月までの20年以上にわたって1411回潜航を行い、数々の結果をもたらすとともに日本の深海研究の飛躍的な発展に貢献しました。

ここでは、「しんかい2000」の臨場感あふれる展示をはじめ、コックピットのようすや深海調査研究の歴史など、深海に関するリアルな情報をご紹介し、みなさまを未知なる深海へと誘います。

Q5.ウミガメを間近で観察でき、繁殖にも成功している「ウミガメの浜辺」について教えて下さい。

新江ノ島水族館の目の前の海、相模湾には複数種のウミガメたちが回遊・生息しています。

「ウミガメの浜辺」では、ウミガメたちが暮らしやすい環境を考え、種ごとのエリアを分けアカウミガメ、アオウミガメが産卵できるようそれぞれ砂浜を設けました(写真3A)。

屋外施設のため海水温度が下がる冬期も一定の水温を保てるように整備し、年間を通し、いつでもウミガメたちを間近でご覧いただけます。

ここではウミガメの生態はもちろん、“えのすい”でのウミガメ研究、フィールドでの活動についても紹介しています。

Q6.カピバラのくらす水辺の草原をイメージした「カピバラ~陽だまりの草原~」について教えて下さい。

カピバラは南アフリカからアルゼンチン北東部にかけて広く分布し、川近くの草原や湿地帯で水辺の植物を食べて暮らしています。

成長すると体長1m、体重50kgになる、世界最大のネズミの仲間です。

寒さが苦手なカピバラのために、空調付きの小屋も設置し、カピバラが遊んだりくつろいだりできるように、池や砂場も作りました(写真3B)。

Q7.水族館の動物の治療を実施する上で参考にされているものは何かありますか?

  • 『CRC Handbook of Marine Mammal Medicine』
  • 『Handbook of Ultrasonography in Dolphins』
  • 『Exotic Animal Formulary』
  • 『Wild and Exotic Animal Ophthalmology』
  • 『BSABAエキゾチックペットマニュアル』
  • 『エキゾチック臨床シリーズ』

Q8.白形先生が加盟されている水族館関連の学会や協会を教え下さい。

国内ですと「日本野生動物医学会」「野生動物保全繁殖研究会」です。

海外ですと先程(前編)お話ししました水棲生物を診療している獣医師の学会であるIAAAM(International Association for Aquatic Animal Medicine)です。

ペンギンですと国際ペンギン会議があり、2023年は南米のチリで開催され、参加しました。

Q9.今後診療上、開発して欲しい医療器具、水棲動物のための薬剤、翻訳本、学術データなど何かありますか?

ペンギンで関節症の治療時にNSAIDsを使用しますが、副作用の心配があります。安全に使用できるもの、あるいは予防できるサプリメントが欲しいです。

また、ポータブルサイズの防水のエコーが欲しいです。米国では、海獣類を診療している獣医師の先生方は、防水エコーを使用しています。

内視鏡も動物用がなくなりつつあるとの状況ですので継続的に使用できるよう希望します。

鰭脚類の麻酔を実施する時に血圧やSpO2を測定できるものが欲しいです。できたらアシカの鰭部に巻きつけ測定できるものがあれば、ベストです。

セフェム系の注射用剤であるコンべニアをイルカで注射した際に効果が3日くらいしか持続しないので、畜産用のアモキシシリンの持続型製剤であるアモスタックLAのようなロングアクティングの製品を要望します。

Q10.新江ノ島水族館で使用している主な薬剤と使用目的を教えて下さい。

抗菌剤関連ですと、既往歴にもよりますが、ファーストチョイスはペニシリン系薬剤にすることが多いです。

緑膿菌に対しては感受性を確認してからニューキノロン製剤等を使用します。

イルカの豚丹毒菌感染症に対しては、豚用の豚丹毒ワクチンで予防しています。

Q11.他の水族館や獣医大学との技術的な面の交流がありますか?

沖縄美ら海水族館とは技術交流のため、お互いのスタッフを派遣しあっています。また、イルカの人工授精では他館のイルカの精液をいただいたり、人工受精の見学受け入れも行っています。

獣医大学では日本大学や麻布大学と共同研究を行っています。特に日本大学動物病院の先生方とは、アシカやカワウソ、ペンギン、ウミガメの麻酔下CTや放射線治療のご協力をいただいています。

Q12.水族館の獣医師として就職を希望している獣医の学生へアドバイスあるいは学生時代に準備しておきたいことをお伝え下さい。

時間と体力があることが学生の特権なので、興味があることには何でも挑戦してみるとよいと思います。水族館実習や日本野生動物医学会に参加し、業界全体を見ることも将来役に立つと思います。

Q13.東京農工大学の博士課程に在籍されていますが、その理由は何ですか?

東京農工大学の生理学研究室に所属しています。学生の時も同じ研究室に所属しておりました。現在は当館で問題になることの多い鯨類の消化器疾患の研究をしています。

卒業生には動物園や水族館で勤務している方が多いので、水族館関連の研究もでき情報交換もできます。

Q14.白形先生が今後目指すものは何ですか?

動物たちが健康に過ごせる手助けをしたいです。また、繁殖を通じて次の世代に命を繋げていきたいと考えています。

さらに、微力ながら日本国内の水族館診療のレベルアップに尽力できればと考えています。

Q15.白形先生が国内外で参考あるいは是非訪問してみたいと思われる水族館を教えて下さい。また、その水族館を選ばれた理由もお聞かせ下さい。

沖縄美ら海水族館のチーム医療体制は、今後のチームビルディングの参考にしたいです。また、新しくできたシーワールド・アブダビも医療施設が充実しているとのことなので、見学し、勉強したいです。

編集後記

前回と今回で新江ノ島水族館を紹介し、今回は、学術的な展示を中心とした内容となっています。

クラゲの研究に関しては、前身となる江の島水族館が1954年に開館した当初から研究を行ってきた長い歴史があります。

また、昭和天皇が相模湾の生物、特にヒドロ虫類を中心とした海洋生物学研究の第一人者であったことから、旧・江の島水族館時代から皇族関係者とのゆかりが深く、現在も館内に「今上陛下のご研究」のコーナーを設置しています。

このコーナーでは昭和天皇の研究を始め、今上陛下のハゼ類の研究、秋篠宮殿下のナマズ類の研究を紹介しています。また、秋篠宮殿下は現在、社団法人日本動物園水族館協会の総裁でもあります。

新江ノ島水族館に展示している有人潜水調査船「しんかい2000」は、日本初の本格的な潜水調査船で、深度2,000mまで潜航することができます。

2021年7月、JAMSTECの有人潜水調査船「しんかい2000」が「ふね遺産33号(現存船 第12号)」に認定されました。「ふね遺産」とは、歴史的で学術的・技術的に価値のある船舟類およびその関連設備などを社会に周知し、文化的遺産として次世代に伝えるため、公益社団法人日本船舶海洋工学会が認定しているものです。

今後、沖縄美ら海水族館とは技術交流のため、互いのスタッフを派遣しあっているとのことですので、両水族館が日本の水族館診療のレベルアップの牽引役になればと思いました。

シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」