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A:ジャイアントパンダの採血の様子(画像提供:アドベンチャーワールド)/B:アドベンチャーワールド内に設置している託児所「キラボシ」(画像提供:アドベンチャーワールド)/C:サファリワールド(画像提供:アドベンチャーワールド)/D:ビッグオーシャンで行われるマリンライブ「Smiles」(画像提供:アドベンチャーワールド)/E:ワイルドアニマルメディカルセンターの様子(画像提供:アドベンチャーワールド)/F:パンダバンブーアート(画像提供:アドベンチャーワールド)/G:日本初の自然体感型竹製モバイルワーケーションスポット(画像提供:アドベンチャーワールド)/H:約120種類ある動物達の缶バッジ(画像提供:アドベンチャーワールド)/I:特急パンダくろしお号
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWS として「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」を不定期に連載することになりました。
第1回目は、「絵画のような水族館」と言われている四国水族館、第2回目は、「復興を象徴する水族館」と言われている仙台うみの杜水族館でした。第3回目、4回目は、番外編として世界シェア8割をもつアクリル水槽のガリバーでありますNIPPURA株式会社を紹介いたしました。第5回目は、写真家の銀鏡つかさ先生の初めての著書である「日本の美しい水族館:株式会社エクスナッジ2022年発行」の表紙の写真に撮影されている「神戸の港の劇場型アクアリウム」であるátoaを取材いたしました。
第6回目は、株式会社アワーズが経営する、日本でジャイアントパンダの繁殖で有名な和歌山県南紀白浜にあるアドベンチャーワールドの獣医師 尾﨑美樹先生(写真1)にインタビューをさせていただきました。
Q1.アドベンチャーワールドのロゴは、何を意味していますか?
アドベンチャーワールドが目指す、人生の未来にプラスの影響をもたらすパークへの思いをロゴマークの「人(ひと)」の形で表しています。
また、大切にする3つのこころ「素直なこころ」「前向きなこころ」「思いやりのこころ」が3色の線となり、「人(ひと)」を表すロゴマークを満たしています。
交じり合う3色の線が、人(ひと)、動物、自然、社会の多様性を表現、また同時に変化と成長も表します。お互いに認め合い、支えあうことで「こころにスマイル 未来創造パーク」を創る思いを込めています。
Q2.獣医師の眼から見たアドベンチャーワールドの魅力およびアピールポイントは何ですか?
動物園と水族館を兼ね備えているパークなので、陸の動物、海獣動物、鳥類など色々な種類の動物(約120種約1600頭)に遭遇できることです。また、ジャイアントパンダやエンペラーペンギンなどの希少動物を飼育していること、飼育面積の広さと飼育している動物と人との近さを感じられるのが特徴かと思います。
Q3.パークに来園される海外の方の比率はどのくらいですか?
約1%程度で台湾・香港・中国の方が多いです。中国内でパンダが見られる場所が遠いので日本に来た方が便利なのでパンダを見に来られるお客様が多いようです。
インバウンドで海外からいらっしゃるゲストにも快適にパークをお楽しみいただくため、看板の多言語表記や翻訳アプリの導入検討などインバウンドプロジェクトが発足いたしました。
Q4.尾﨑先生が今後取り組んで行きたい課題は何ですか?
飼育レベルのアップを今後図っていきたいです。飼育スタッフの協力のもと、より一層チーム力をアップし、アドベンチャーワールドで暮らす動物たちが幸せに長生きして、必要とされる動物園を目指します。
Q5.飼育されている動物の診療 でご苦労された点や感動された点は何かございますか?
苦労した点としては、20年勤務しておりますが、いまだに経験したことのない症例に直面することがあります。また、それらを本などの学術資料で調査してもわからないことがあります。ただ、分からないので苦労もしていますが、やりがいにもつながっています。
感動した点は、子育てするときに愛情たっぷりに育てている母親の姿にいつも感動します。パンダが出産し、子育てする際に片手で子供を抱っこし、もう片手で餌を採食する姿や、イルカが子供を出産した際に、子どもがプールにぶつからないよう親が子どもに寄り添うように外側を泳ぎ、子供を内側にして泳ぐところなどは、子育ての本能を感じるのと、遺伝子(子孫)を残そうとする姿がけなげだと感じます。
Q6.ジャイアントパンダの繁殖を含めた飼育に関する難しさを教えてください。
繁殖のタイミングを見逃さないようにすることです。ジャイアントパンダの個体はもちろん、繁殖時の体調や気候などによって繁殖のタイミングが異なるので、見極める難しさがあります。
飼育面では、質の良い竹を与え続けなければいけないことです。1日15~20kgの竹を食べさせないと体を維持できず、また繊維質の量が重要になってきます。それぞれのパンダたちが好みの竹を選べるように、7~10種類の竹を用意しています。
また、質の良い竹を与えないとお腹をこわしたりします。そういう面では餌の管理が難しいです。
Q7.パンダ特有の病気などはございますでしょうか?また、そのような時に何を参考にしてパンダを治療するのでしょうか?
ジャイアントパンダは、漢字で「大熊猫」と記載するので猫科の病気が多いと想像されるかもしれませんが、犬科の病気に感染することが多いです。例えばジステンバーなどに感染するそうです。
ジャイアントパンダの病気については、本が出版されています。また、困った時は中国人スタッフとメールやチャットで連絡をとっています。
Q8.ジャイアントパンダが感染症を発生した際にはどのような抗菌剤を使用いたしますか?
ジャイアントパンダには、セフェム系の注射剤を使用することが多いです。ジャイアントパンダは、1日に多量な竹を消化吸収するために腸内細菌が発達しているので、腸内細菌に影響のない抗菌剤としてセフェム系を使用しています。
Q9.ジャイアントパンダはどの施設に飼育されていますか?
2つの施設で飼育しております(写真2)。
ひとつは、パンダラブでもうひとつは、ブリーディングセンターです。
Q10.2つの施設の違いは何でしょうか?また、現在飼育しているパンダの名前を教えてください。
「ブリーディングセンター」は主に繁殖を目的とした施設なので、ジャイアントパンダファミリーの父親(2023年2月に中国へ旅立ちました。)と母親、また出産した際は母親の子育ての場として1歳になるまで母親と子どもが暮らす場所、「パンダラブ」はひとり立ちした子どもたちが暮らす場所となっております。
- 暮らしているパンダ
- パンダラブ:結浜(ゆいひん)・楓浜(ふうひん)
- ブリーディングセンター:良浜(らうひん)・彩浜(さいひん)
Q11.ハズバンダリートレーニングを実施することにより、動物園動物や海獣動物から採血などを余りストレスなく対応できる良い手法だと思いますが、動物種によってハズバンダリートレーニングの違いはあるのでしょうか?
動物種によって異なります。もともとハズバンダリートレーニングは、海獣動物から広まりました。海獣動物の中では、イルカは学習能力の高い動物です。
動物園動物に関しては、今、色々な動物(ジャイアントパンダ、キリン、サイ)で実施中ですが、海獣動物と異なり、常に餌を与えるなどしてご褒美を与えないと姿勢を維持できない傾向があります。
これらのハズバンダリートレーニングが容易になれば、今後、定期的に採血が可能となり、色々な薬物に対する動態研究が進むものと思われます(写真3A)。
Q12.獣医大学との連携による研究テーマは何かございますでしょうか?
東京農工大学の薬理学教室と共同研究を実施しています。
テーマは、ペンギンの肺炎の原因のひとつである真菌(アスペルギルス属)に対して用いる抗真菌剤のイトラコナゾールの薬物動態測定を実施しております。
治療法はイトラコナゾールの経口投与を想定しています。
Q13.動物園や水族館の動物の治療を実施する上で参考とされているものは何かありますか
- (野生動物関連)
- Fowler's Zoo and Wild Animal Medicine Current Therapy,Volume10
- Medical Management of Wildlife Species: A Guide for Practitioners
- Zoo and Wild Mammal Formulary
- (海獣動物関連)
- 海獣診療マニュアル(上巻・下巻)
- CRC Handbook of Marine Mammal Medicine 3rd edition
- (エキゾチックアニマル&鳥類関連)
- Carpenter's Exotic Animal Formulary, 6th edition
Q14.最近、海獣関連で海獣診療マニュアル(上巻・下巻)が発刊されましたが、CRC Handbook of Marine Mammal Medicine 3rd editionとどのように使い分けをされているのでしょうか?
海獣診療マニュアルは、若い獣医師さんへの基礎資料として活用しております。
Q15.獣医師の先生方が加盟あるいは参加されている国内外の学会や協会は何ですか?
当パークでは「日本野生動物医学会」と「日本動物園水族館協会」に加盟しております。
Q16.当園では何人の獣医師の先生が勤務されていますか?
園長、副園長を含めて6人の獣医師がおります。女性獣医師は4名です。
Q17.社会的に女性進出が進んでいますが、当園では、何か取り組みをなされていますか?
5年前から、女性活躍推進の対応としてパーク内に託児所を設置しております。託児所の名前は「キラボシ」です(写真3B)。
また、時短などの調整も可能であり子育てには恵まれた環境だと思います。
Q18.今後、診療上開発してほしい動物用医療器具、野生動物・海獣動物の為の薬剤あるいは剤形、翻訳本、学術データがありますか?
イルカの感染症で耐性菌が発見されているので、各種抗菌剤を投与した時の血中動態を測定して、適切なる投与間隔・投与量を検討するための基礎データが欲しいです。
Q19.ワイルドアニマルメディカルセンター(動物の診療所)はどこに位置していますか?
パークのほぼ中心に位置し、ジャイアントパンダがいるブリーディングセンターやマリンワールドやサファリワールド(写真3C)のいずれにも近く対応できるように図っています。
ビッグオーシャンの1F(写真3D)にあります。
私も取材後、ワイルドアニマルメディカルセンターを見に行きましたが、観光客にもワイルドアニマルメディカルセンターでの各種検査業務の概要(血液検査、レントゲン検査、エコー検査、糞便検査、尿検査)やハズバンダリーとレーニングについても子供達にも分りやすく説明しているのがとても印象的でした(写真3E)。
また、動物園などでは、診療所が外れに多く設置することが多い中であえてアドベンチャーワールドさんは、各種動物に対して緊急対応できるように、園内のほぼ真ん中に設置されたことが、「動物ファースト」で素晴らしいことだと思いました。
Q20.アドベンチャーワールドの獣医師として就職を希望する獣医の学生の方々へのアドバイスあるいは学生時代に何か準備しておきたいことはありますか?
色々な動物園や水族館に実習に行かれた方が良いと思います。
できれば、獣医の学生さんとして4年生から5年生くらいが良いと思います。
Q21.先生が今後目指すゴールは何ですか、またどんな仕事をしていきたいですか?
アドベンチャーワールドは、私が夢を持って就職した職場です。一部の動物園が閉園する現状の中で、いかにして継続的に事業運営するために必要なことは何だろうかを常に考えながらさまざまなことにチャレンジしていきたいと思います。
Q22.SDGsに関する観点で、ジャイアントパンダが食べ残した竹はどのように有効活用されていますか?
ジャイアントパンダが食べない竹の幹の部分や食べ残した竹を有効資源としてアップサイクルを推進する「パンダバンブープロジェクト」に取り組んでいます。
パンダが食べずに廃棄している竹を有効資源としてアップサイクルし、使い捨てしないリユースカップや、食べ残した竹を竹ひごに成形し、指輪やピアスとして販売しています。
希少動物繁殖センター「PANDA LOVE」エリアにて、ジャイアントパンダ「彩浜(さいひん)」の5歳の誕生日を記念し、「共生」と「共に楽しむ」をコンセプトとした、竹300本を使用したアート作品の制作を行いました(写真3F)。
また、滋賀県立大学陶器浩一研究室と共同で、サファリワールドに日本初の自然体感型竹製モバイルワーケーションスポットを企画、設計、設営いたしました(写真3G)。
Q23.広報の方や尾﨑先生が胸元につけられている動物達のバッジはどのくらいの種類あるのでしょうか?また、これらのバッジを付けている目的は何でしょうか?
全部で約120種類あります(写真3H)。動物達のバッジは、来園されたゲストとバッジ交換や、胸に付けているバッジの動物の特徴や飼育方法等について話をすることにより、ゲストとのコミュニケーションを図ることを目的としています。
Q24.夏のサファリは他の動物園でお聴きしたことはありますが、当園では、「ナイトサファリWINTER 2024」を現在開催中ですが、冬に開催される意味は何ですか?
白浜にお越しになる観光客の方々が冬の夜も楽しんでいただけるように開催しています。
企画の内容は、実施年によって異なりますが、今年は、「夜の動物なにしてる?」をテーマにナイトサファリハイキング、パンダツアー(夜のパンダなにしてる?)、ペンギンツアー(夜のペンギンなにしてる?)などの魅力的なツアーを実施しました。
Q25.尾﨑先生が国内外で参考あるいは是非、訪問してみたいと思われる動物園を教えてください。また、その動物園を選ばれた理由を教えてください。
スイスのチューリッヒ動物園です。
2014年にオープンしたケーン・クラチャン・エレファントパークで象が泳ぐプール(透明水槽)があることです。象がダイビングする姿を目にすることができることです。
編集後記
今回、アドベンチャーワールドを訪問して動物園と水族館を兼ね備えているパークのみの役割だけでなく、ディズニーランドなどの総合エンターテインメント施設と共通するものを感じられました。それは、ゲストとのコミュニケーションをとても大事にしていることです。
ジャイアントパンダの繁殖については、2022年2月11日にNHKのファミリーヒストリーで紹介されています。
このように繁殖に成功しているのは、ジャイアントパンダのハズバンダリートレーニングやワイルドアニマルメディカルセンターの設置位置など、「動物ファースト」による人と動物との信頼関係があったからこそ、成功したのではないかと考えます。
また、アドベンチャーワールド内に保育施設があり、先進的な取り組みでスタッフの方々が安心して働けるシステムが構築されているのも、特筆すべき点ではないかと思います。
スタッフの方々の心の余裕が、ゲストに対しても良いコミュニケーションや満足していただけるサービスが提供できるのではないかと思いました。
京都、新大阪、大阪からもJRの特急パンダくろしお(写真3I)がありますので、大阪の獣医の学会のついでに訪問するのも良いかもしれません。
今後のご活躍を期待しています。
動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。
シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」
- (1) 四国水族館
- (2) 仙台うみの杜水族館
- (3) NIPPURA株式会社-前編
- (4) NIPPURA株式会社-後編
- (5) átoa