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■【寄稿】獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(16) NIFREL

2025-01-21 13:43 | 前の記事 | 次の記事

写真1・写真2・写真3

写真4・写真5・写真6・写真7

写真8・写真9・写真10・写真11

記事提供:動物医療発明研究会

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

前回は、北海道釧路湿原野生動物保護センター内にある希少猛禽類の保護活動をしている猛禽類医学研究所の代表である獣医師の齊藤慶輔先生の記事を掲載しました。

今回は、大阪万博記念公園に隣接する複合商業施設エキスポシティ内にあるNIFREL(ニフレル)の獣医師 村上翔輝先生(写真1)にお話をうかがいました。

(取材日:2024年9月18日)

Q1.NIFRELの名前の由来を教えてください。

生きているミュージアム「NIFREL」の名前は、コンセプトである「感性“にふれる”(ニフレル)」が由来です。日々の生活の中で小さな気付きが生まれてほしいという思いが込められています。

Q2.NIFRELのブルーのロゴは何を意味していますか?

NIFRELのNをモチーフにし、やわらかなフォルムは生きて進化する生命体のようなイメージです。また、お客様をお迎えする入口のアーチも表現しています(写真2)。

Q3.NIFRELの魅力および他の水族館と比較して優れている点を教えてください。

1番目は、動物や魚の生態展示でなく、生きものの特徴にフォーカスを当てて展示していることです。他の水族館のようにアジアの海に生息している動物、アフリカの海で生息している動物のような展示の仕方はしていません。

例えば「いろにふれる」や「わざにふれる」などがあります。NIFRELでは、多様性をテーマに展示エリアがわかれています。いろ(色彩の多様性)、わざ(行動の多様性)、かくれる(擬態の多様性)など空間全体で“感性にふれる”展示にしています。

2番目はNIFRELは水族館と動物園、美術館を融合した、子供から大人まで幅広い世代の感性を豊かにする「生きているミュージアム」です。

3番目は個性を見せる展示をしていることで他の水族館や動物園と比較して、飼育魚や動物種の数も少なくしており、1種類ずつの魚や動物にフォーカスをあてている点が特徴だと思います。

4番目は、ゾーンごとにリニューアルが可能であることが特徴だと思います。例えば「すがたにふれる」ゾーンが「およぎにふれる」ゾーンになるなど、可変性もNIFRELの特徴の一つです。

Q4.NIFRELの中で美術館的な要素のものがあると説明されていましたが、具体的にどのようなものがどこにありますか?

1FにあるWONDERMOMENTSという巨大なアート空間です(写真3)。「感性にふれる」というコンセプトを体現したインタラクティブな体感型アートコンテンツになっています。

直径5mの球体と足元に広がる8mの円形スクリーンにより構成されているこのWONDERMOMENTSは、LUCENT Inc.の代表を務めるアーティストの松尾高弘さんがプロデュースしたNIFREL独自の神秘的な空間になっており、水や自然、宇宙などをテーマにした壮大なストーリーを映像や音楽で表現しています。

Q5.ゾーンごとにリニューアルが可能とのことですが、今までどのようなリニューアルをされたのでしょうか?

過去3回展示ゾーンをリニューアルしています。

2019年に「かくれるにふれる」、2020年に「およぎにふれる」が誕生し、2021年にはSONYさんとコラボした期間限定の「ひびきにふれる」が生まれました。

水族館や動物園という枠に縛られずに、時代に合わせて進化し続け、新たな体験を提供しています。

Q6.感性にふれる主な展示エリアの特徴を教えてください(以下ニフレルWebサイトより)。

1番目は、いろにふれる(COLOARS)です(写真4、写真5)。ゆるやかに色が変化する世界。水のゆらめきを感じる美しく澄み切った13台の水槽で泳ぐ、あか、あお、きいろ、色鮮やかな魚たちがいます。

2番目は、わざにふれる(ABILITIES)です(写真6、写真7)。水をふく、砂に隠れる、まわりと同じ色に変化する。生きものたちのオリジナリティあふれる「わざ」を間近に見られる工夫がされた水槽で、キュレーターがわかりやすく解説します。

3番目は、およぎにふれる(SWIM)です。澄みきった水中を、波打つように、羽ばたくように無重力に舞う魚たち。一滴の水からひろがる美しい波の陰影。魚たちが泳ぐ影と水の波紋が重なるアーティスティックな空間が不思議な体験へと誘います。

4番目は、かくれるにふれる(MIMIC)です(写真8、写真9)。自分の姿を環境や背景とそっくりに変化させ、獲物に気付かれないように近づいたり、あるいは敵から身を守る。生きものたちが自然を生き抜くための「かくれる」能力を、生きものの模様をモチーフにした空間で体感していただきます。

5番目は、みずべにふれる(WATERSIDE)(写真10)です。光が差す広く開放的な空間で、「みずべ」に棲む大型動物たちが大迫力でお出迎えします。陸上はもちろん、澄み切った水中でのユニークな生態に、驚きと感動の連続です。

6番目は、うごきにふれる(BEHAVIOR)(写真11)です。ここは生きものたちの遊び場です。1本の小川を隔てて行き交う生きものたち。小川までが、私たち人間がお邪魔できるエリアです。自由奔放な「うごき」を感じられる新体験に胸が高まります。

Q7.「感性にふれる」ためのデザインについてのこだわりを具体的に教えてください(以下ニフレルWebサイトより)。

【空間について SPACE】

多くの動物園や水族館は、各ゾーンを地域か気候区分で構成しています(例えば、瀬戶内海とかサバンナとか)。しかし、NIFRELでは、多様性を展示テーマに、色彩や形態といった個々の特徴でゾーンを構成しています。

そして、それぞれのゾーンの特徴を、現代アートで用いられる「インスタレーション」という手法を用い、展示に足を踏み入れた方が、空間からもテーマを感じてもらうために空間全体で表現しています。

【水 WATER】

NIFRELでは、生きものたちが快適に過ごせるように水質にもこだわっています。

海水で暮らす魚や、淡水に棲む生きものたち。特にクラゲやイソギンチャクなどの無脊椎動物は、水質の変化に非常に敏感で、日々の水質検査が欠かせません。

また、イリエワニやミニカバなど、大型動物の水中でのユニークな生態をご覧いただくため、できるだけ高い透明度を維持しています。

それぞれ違う水環境を、海遊館で培った厳しい基準で管理しています。

【水槽 TANK】

魚やエビ、カニなどを展示する小型の水槽については、海を自由に泳ぎながら、色んな場所で生きものと出会うイメージで、展示室内に水槽を点在させています(水族館では壁に埋め込んだ水槽が一般的)。

そして、ガラス越しではなく直接生きものを感じてもらうために、ほとんどの水槽にフタをしていません。水面に小さな波が出来て、その波を通って差し込む光がユラユラと底砂に影をつくり、その中で生きものが自由に泳ぐ。共有する同じ空間で、色んな魚たちに出会う感じです。

【形 SHAPE】

○△□私たちの生活の中には、色んな形があります。

○を基本にした形はとても強い形で、ヒトの体も多くは円柱で出来ています。腕や脚、胴の断面は○形ですよね。

また□はヒトの生活では非常に多く存在しますが、崩れやすい形なので、自然では□は多くありません。

六角形はハニカム構造とも言われ蜂の巣で有名ですが、衝撃に強く面を隙間無く埋めて使うのに最も有効な形と言われています。

形の持つ面白さからヒントを得て、各ゾーンは基本となる形をもってデザインしています。「いろにふれるは○」、「わざにふれるは□」、「うごきにふれるは六角形」など。

【光 LIGHT】

空間全体を創る光、サインを照らす光、プロジェクターの光(映像)など展示の中には色んな光があります。

その中で、水槽の中を照らす光は、生きものを最も忠実に美しく見せるものを選んでいます。

小畑館長が北極から熱帯の色んな海に潜った経験から、熱帯の海の水深1m位の砂地が、生きものの発色も良く、形もくっきりして、生きものが最も美しく見えると感じたことから、何度も水槽で実験を重ね、そのイメージに近い色温度と強さの照明を造りました。

【ユニフォーム UNIFORM】

NIFRELは「人と自然」、「人と人」を繋ぐ場所だと考えています。

ただ、生きものを展示するだけで無く、“キュレーター(生きものの飼育に携わる者)”が、館内でお客様とコミュニケーションをとり、その橋渡しをします。

生きものや自然の素晴らしさを共感してもらいながら、ヒト同士の繋がりも楽しんで貰う、その為にも、ユニフォームは大切だと考えています。

派手すぎず、埋もれず、コンセプトに沿ったデザインにしています。

【建物 BUILDING】

NIFRELのコンセプトやテーマ、展示内容を決定してから、建物の外観デザインにかかりました(写真2)。

白をベースにした角の無い有機的なフォルムは、生きものの持つ柔らかさを、そして、建物の外と内を繋ぐひし形の窓は、水の泡や連鎖、繋がりを表現しています。

この窓の設置に関しては、非常に特殊な工法が用いられ建築的にも大きなチャレンジでした。

生きもののようでもあり、万博のパビリオンのようでもある、この地に似合う建物になりました。

Q8.NIFRELのコンセプトやデザインなどの演出はどなたが考えたのでしょうか?設計施工の竹中工務店や展示設計のトータルメディア開発研究所からの提案でしょうか?

コンセプトやデザインなどの演出は、小畑館長の発想によるものです。それを形にしていくために3社で何度も議論を重ねました。

Q9.NIFRELのキュレーターと広報担当者の方とで、普段話される機会はありますか?

当館は、キュレーターのセクションや広報担当のセクションなどの垣根がなく良く話すことがあります。

また館長とのコミュ二ケーションが容易に取れる風通しの良い職場でもあります。

Q10.今実施中の企画展示は何ですか?

2024年3月6日からは、「あなたも愉快な生きものだ!展」を開催中です。

「かおノート」や「パンダ銭湯」など数々の大人気絵本を手掛ける「tupera tupera(ツペラツペラ)」と、今注目のデザインチーム「minna(ミンナ)」とコラボレーションした“生きものたちと自分との共通点を見つける”をテーマにした企画展です。多様で個性豊かな生きものたちと繋がれる特別な体験をお楽しみいただけます。

この企画展では、30種類の「あなたはどんな生きものだ?カード」から自分らしい特徴のカード4枚を選んで、自分と似ている生きものを見つけたり、有料のワークショップでお面を作って愉快な生きものになったりすることができます。大人もこどもも楽しみながら、生きものを身近に感じていただけます。

Q11.キュレーターとは何ですか?

ニフレルでは生きものの飼育に携わるスタッフを「キュレーター」と呼んでいます。飼育をするだけでなく、お客様に生きものの魅力を伝えるという大切な役割も担っています。お客様が⽣きものを通して感性にふれるお⼿伝いをするのが、知識豊富な「キュレーター」です。

いつも観覧通路にいて、お客様からの生きものについてのご質問に、笑顔でお答えします。

館内で見かけたら、お気軽にお声がけください。

Q12.キュレーターの平均年齢はどのぐらいで、何人いますか?

キュレーターの平均年齢は、20代後半です。また人数は、約25名です。

Q13.キュレーターにはどうすればなれますか?

飼育担当になった段階で、同時にキュレーターとなります。キュレーターは飼育担当生物に関する豊富な知識だけでなく、お客様に対して感性にふれるお手伝いやお客様からの質問に対して的確かつ笑顔で回答しなければならないのでコミュニケーション能力や表現力が必要となります。

Q14.村上先生は獣医師でありキュレーターでもありますが、2つの仕事の割合はどのくらいですか?

キュレーターの業務が8割で獣医の業務が2割です。

キュレーターの担当ゾーンは、「みずべにふれる」のミニカバやイリエワニを中心に、ホワイトタイガーも担当しています。また獣医師ですので、NIFRELの生きものすべての健康管理にも関わっています。獣医の業務が2割というのは、キュレーターの細やかなケアと、飼育種数が少なくそれぞれの種に時間をかけることができるため、診療数は少ないと感じているためです。

Q15.NIFRELにおける展示動物の診療でご苦労された点、感動された点は何かありますか?

展示動物の診療については、海遊館に2人の獣医師がいるため相談することもできますが、扱ったことも飼育したこともない生きものばかりですので、どれも大変です。感動した点は、ミニカバやアメリカビーバーが出産したことです。当館は出産から成長をお客様と見守ることができるように、生まれた赤ちゃんも翌日から展示することになるのでその部分では苦労があります。しかし、日ごろからキュレーターと生きものがよい関係を築いているので、出産や育児の中で母獣や仔に悪い影響があったことはありません。

Q16.NIFRELにおけるや動物の治療を実施する上で参考とされているものはありますか?

  • 魚関連
  • 『Fish Diseases』
  • 爬虫類、両生類関連
  • 『Mader's Reptile and Amphibian Medicine and Surgery』
  • 鳥類関連
  • 『Avian Medicine』
  • 麻酔関連
  • 『Zoo Animal and Wildlife Immobilization and Anesthesia』

Q17.村上先生が加盟あるいは参加される国内外の協会・学会について教えてください。

飼育野生動物栄養研究会と動物の行動と管理学会に所属しています。

Q18.今後診療上、開発して欲しい医療器具、水棲動物・野生動物のための薬剤あるいは剤形、翻訳本、学術データはありますか?

鳥類のCBC(有核を検出できる)の測定できる機械を開発して欲しいです。

Q19.NIFRELで飼育されている主な生き物の主な疾病を教えてください。

ホワイトタイガーは猫科の動物なのでCKD(慢性腎臓病)になりやすいです。ミニカバは皮膚炎、草食動物は歯の摩耗による歯の疾患が多いです。ワオキツネサルも歯に歯石が溜まりやすいため、健康診断時にスケーリングを実施しています。鳥類は、種類によって鉄貯蔵症があります。魚は寄生虫疾患が多いです。

Q20.海遊館やNIFRELの獣医師として就職を希望している獣医学生へのアドバイスをお願いします。

私は学生時代に外科の研究室に所属していたので外科の知識は役に立っています。また、病理学や解剖の知識があった方が良いと思います。

獣医学生の研修受け入れについては、海遊館は受け付けていますが、NIFRELについては残念ながら受け入れておりません。

私の就職時の例をあげますと、海遊館の募集があり、縁があって入社しましたが、それ以外に北海道大学出身でしたので、札幌の円山動物園や環境省も候補にいれており、公務員関係の勉強もしていました。とにかく、場所を限定すると就職が難しかったので片っ端から就職活動をする予定でした。

Q21.今後、先生の目指すゴールについて教えてください。

飼育動物の福祉の向上を目指したいと思っています。飼育動物が病気になる前に予防ができることはもちろん、健康だけではなく栄養や行動など多角的な視点でその生きものが生きものらしく生き生きと生活できるようにしたいです。

日本動物園水族館協会(JAZA)や動物の行動と管理学会などで研究の成果を、定期的に発表したいと考えています。

Q22.他の水族館や獣医大学(大阪公立大学)との技術的な面での交流がありますか?

大阪公立大学からの依頼で大阪の小学校において「いのちの授業」を実施しています。

また大阪大学の比較行動学研究室と一緒に、動物行動の調査について意見交換などを実施しています。

Q23.国内外で参考あるいは是非、訪問してみたいと思われる水族館や動物園を教えてください。また、その水族館や動物園を選ばれた理由を教えてください。

国内の動物園や水族館は比較的よく回っていますが、まだ回りきっていません。また、海外の動物園も数か所行ったことがありますが、まだまだ見てみたいところが多いです。

私が今後国内で行きたい動物園は、「高知県立のいち動物公園」と山口県宇部市の「ときわ動物園」です。どちらも飼育環境が素晴らしいと評判ですので、一度は行ってみたいなと思っています。

編集後記

NIFRELは水族館、動物園、美術館を併せ持ち、幅広い世代が楽しめる施設だと思いました。その名前の由来である「感性にふれる」がコンセプトであり、展示のテーマである多様性を感じることができました。

「いろにふれる」では、水のゆらめきを感じる美しく澄み切った水槽で泳ぐ、あか、あお、きいろ、色鮮やかな魚たちがいました。「わざにふれる」ではテッポウウオの「わざ」を体験することができました。「かくれるにふれる」では自分の姿を環境や背景にそっくり擬態するエボシカメレオンを実際に見ることができました。「みずべにふれる」ではホワイトタイガーやミニカバ、イリエワニを間近に見ることができました。「うごきにふれる」では、柵のない広い空間の中にオウギバトなどの鳥類や、ワオキツネザルなどが自由に暮らしており、生き物たちのシェアハウスにお邪魔する感覚でした。

一般的な動物園や水族館は、地域や気候でゾーンが分かれていますが、NIFRELの「いろ」や「わざ」など個性にフォーカスし、人間の五感を甦らせるような斬新的な展示はとても印象的でした。

取材時に実施していた“生きものたちと自分との共通点を見つける”をテーマにした企画展「あなたも愉快な生きものだ!展」は、人間と動物の接点を見つけ出す素晴らしくユニークな企画だと思いました。

開業からNIFRELは9年目となりますが、更なるクリエイティブなテーマで来訪する人々を魅了することを期待しています。

動物医療発明研究会は、会員を募集しています。入会を希望される方は、「動物医療発明研究会」まで。

シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」