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■獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(7) AOAO SAPPORO

2024-03-04 16:53 | 前の記事 | 次の記事

左は筆者、右は角川 雅俊先生。4F AOAOのロゴの近くで。

A:大通りの狸小路にあるAOAO SAPPORO。/B:AOAO SAPPOROの入る総合施設の1Fは、お洒落なお店LUSH。/C:多面的に見える水槽で藻の繁殖風景/D:グリーンの植物とフェアリーペンギンの照明時間について解説/E:六角形の展示ブロックを用いた陸場の形状を変化できる世界初のペンギン展示システム/F:ムーンライトアクアリウムの中のペンギン(画像提供:AOAO SAPPORO)

A:ペンギンの泳ぎが見えるガラス水槽/B:あなたの推しはどのペンギン?/C:チリメンナガクビガメのポピオンヨードによる消毒風景/D:大通り公園で準備中の札幌雪祭りの風景

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

前回は、パンダの繁殖で有名で、動物園、水族館、遊園地の3つを兼ね備えたアトラクション施設である南紀白浜のアドベンチャーワールドをご紹介いたしました。

今回は、札幌の中心地(狸小路)で昨年7月オープンしたにもかかわらず、ELLEの建築やデザインを楽しめる、美しい水族館[2023最新]の第3位にランキングされました、AOAO SAPPOROに勤務されている生物担当 獣医師の角川雅俊先生(写真1)にお話をうかがいました。

角川先生は、普段、おたる水族館にご勤務されており、AOAO SAPPOROには定期的に訪問されて、飼育されている魚や動物達の健康管理をチェックして必要に応じて治療を実施されています。

Q1.AOAO SAPPOROの名前の由来や思いは何ですか?

『AOAO SAPPORO』とは、生命が生き生きと繁茂する様子を表す「青々」という単語に由来する名称で、札幌という都市のビル内にありながら、海や水の生物たちの豊かな営みに出会える場所をつくりたいという思いを端的な言葉に凝縮しました。

Q2.AOAO SAPPOROのロゴは何か意味があるのでしょうか?

三角と丸の中にある小さな白い点には、「生き物たちの生命の輝き」と「生き物たちを観察する眼」という二つの意味が込められています。生命の神秘や不思議をひとつひとつ丁寧に伝え、来館された方々に観察していただく機会を提供することによって、海や水の世界への好奇心や畏怖の念などが次々と引き出されている場所でありたいという、私達の思いを表現しています。

Q3.AOAO SAPPOROの魅力およびアピールポイントは何ですか?

AOAO SAPPOROの魅力の第1番目は、札幌の中心地という好立地な条件の場所にあることです(写真2A・B)。水族館の生物たちの営みを観察して、地球の多様性を感じる空間へ一歩足を踏み入れて、お客様に味わってもらいたいです。

第2番目は、札幌の都市部に位置していることもあり、海から海水を運ぶのではなく人工海水システムを採用しています。そんな水族館の裏側であるプラントを間近で見ることができるのが、「水の循環ラボ」エリアです。このプラントで人工的に海水をつくり、館内の水槽で使用しています。

第3番目は、当館は大型鯨など大型な生き物は入手困難であり、飼育するスペースはありません。

その代わりに6Fのスクリーンで映し出されるリアルな映像で、大型な動物を味わっていただきたいです(BLUE ROOM)。幅約20メートルの大型スクリーンに投影されるだけでなく、総延床面積約120平方メートルの床にまで投影され、まるで海の中にいるかのような没入感を味わうことができます。

ある意味別の切り口で伝えることも重要だと思っています。

小さい動物の水槽は、昔の水族館では一面のみでしたが、AOAO SAPPOROの水槽は、多方向から立体的に見ることができます。実際お客様の多くはじっくり観察しています(写真2C)。

第4番目は、当館は動線がなく、展示物を見る順番が指定されていません。お客様の判断で見たい場所から自由に見る設計となっています。

第5番目は、植物が多い(GREEN ROOM)ことも特徴の一つで、植物&動物を用いて自然環境を表現しています(写真2D)

Q4.AOAO SAPPOROの展示生物数と飼育員の数はどのくらいですか?

250種4000点あります。飼育員は10人います。

Q5.AOAO SAPPOROの代表的な展示動物としてペンギンがいますが、ペンギンを飼育するきっかけは何かございますでしょうか?

油壷マリンパークが閉館になるのに伴い、ペンギンをもらい受ける交渉を館長が依頼したことによって実現いたしました。

Q6.ペンギンが飼育しているブロックの形状が特殊ですが何か意味があるのでしょうか?

両足で“ホップ”して(飛び跳ねて)移動する習性があるキタイワトビペンギンのダイナミックな行動を間近で観察できる展示となっています。

六角形の展示ブロックを用いた陸場の形状を変化できる世界初〔陸場の形状を変化できるペンギンの水槽を使用している動物園・水族館は世界初(「ペンギン会議」調べ)〕の展示システムです(写真2E・F、写真3A)。

六角形の展示ブロックは固定式のものと可動式の2つに分かれています。可動式のブロックの設置は毎日飼育員の方が考えて組み立てています。

可動式にした目的は、環境エンリッチメント(動物福祉の立場から飼育動物の“幸福な暮らし”を実現するための具体的な方策)の観点から、ペンギンのマンネリ化を防止することを目的としています。

また、AOAO SAPPOROでは、ペンギンたち一羽一羽をより身近に感じてもらうため、名前(愛称)を決定しました。キタイワトビペンギンには「北海道市町村の名前」を、フェアリーぺンギンには、AOAO SAPPOROにちなんで「青をイメージする名前」をそれぞれ名付けています。

キタイワトビペンギンは、22羽、フェアリーぺンギンは、6羽飼育されています(写真3B)。

Q7.AOAO SAPPOROで飼育されている動物における主な疾病について教えてください。

重症例はありません。ペンギンで軽度の趾瘤症がある程度です。

また、ペンギンについては室内飼育していますが、他の水族館で屋外飼育しているペンギンと同様に飼育員の方が照明の調整で光の管理を適切に行っているので、問題なく羽が抜け替わり、換羽が上手く行われています。

また、水については、人工海水を作成し使用しているため、雑菌などが混入することが無いメリットがあり、魚の飼育も上手くいっている状況です。

Q8.AOAO SAPPOROは、深夜22時まで営業していますが、他の水族館より夜遅い感じがします。何か理由はありますか?

日本有数の繁華街すすきのからも近いということで、会社帰りのお客様に寄っていただいたり、夕食の後に訪問していただくことが可能なように、営業時間を設定しています。

飼育生物に対しては、照明の明るさを調整することにより、健康の配慮も行っています。

Q9.水族館の動物を治療実施する上で参考とされているものはありますか?

海獣動物関係は、CRC Handbook of Marine Mammal Medicineを主に使用しています。海獣診療マニュアルは、イルカの知見が乏しいので、参考にしています。CRC Handbook of Marine Mammal Medicineと海獣診療マニュアルを読み比べています。

魚類に関しては、下記を参照しています。

  • 観賞魚マニュアル《第2版》Edited by William H.Wildgoose 畑井喜司雄 訳 学窓社
  • 獣医学教育モデル・コア・カリキュラ ム準拠 魚病学 監修 児玉 洋 緑書房

昔は、酪農学園大学の図書館に行き調べたりしていましたが、今は、文献検索を行って情報を収集しています。

Q10.先生が普段勤務されているおたる水族館で主に飼育されている海獣動物は何ですか?また、感染症についてどんな抗菌剤で治療をされていますか?

主な海獣動物は、アザラシです。感染症の治療として、最初に使用する抗菌剤としては、第一世代のセフェム系やアモキシシリンを使用します。次にビブラマイシンなどのテトラサイクリン系の薬剤で、最後にニューキノロン系薬剤を使用します。

Q11.今後診療上、開発して欲しい医療機器、水棲動物のための薬剤あるいは剤形などはありますか?

第1番目として鎮静剤を要望します。チレタミン・ゾラゼパムの混合液(商品名:telazol,米国ゾエティス社)の注射剤が欲しいです。

第2番目は、トドなどの大きな動物に対して高濃度品の製剤でアモスタックLAなどのロングアクティング製剤が欲しいです。

第3番目にアザラシやトドに対する薬物の血中動態のデータが欲しいです。

Q12.今後先生がやってみたいことは何かありますか?

第1番目は、ワンヘルスを伝えられる展示を推し進めたいと考えています。魚をはじめとする生きものたちも病気になりますが、その予防治療だけでなく、人間との関わり合い(ズーノーシス)も含め、地球の生きものが健康に幸せに暮らしていくためには(SDGs項目含む)人間、他の生きもの、環境のすべてをひとつの生命体としてとらえ、人間が何をすべきか来館者が考えるきっかけとなるような展示を飼育担当者といっしょになり作っていきたいと考えます。

第2番目は、ペンギンの繁殖です。キタイワトビペンギンは、他のペンギンと比較して繁殖頭数が少なく、まず自分たちが所有する個体群の中でのペアリング、そして国内の他園館との個体交換等の協力、更には外国の動物園や水族館からの導入も想定しつつ、命のバトンを繋げていきたいと考えます。

Q13.月1回AOAO SAPPOROに来園された時にどんなタイムスケジュールで対応されているのでしょうか?

まず、午前中に飼育員の方と飼育動物の体調について確認し、問題のある動物や魚に関しては治療の処置を行っています。

実際、インタビュー後、午後から処置動物の対応について見学することができました。

チリメンナガクビガメの甲羅の病気に対して、細菌感染の疾病を予防する目的でポピヨンヨードの噴霧による消毒を実施していました(写真3C)。

また、オオサンショウウオの経過観察を見ました。オオサンショウウオの病気としては、腹水や展示に使用している石を誤飲するケースがあるとのことです。

オオサンショウウオの病気については、広島県安佐動物公園に相談したり同園発行の資料を参考に治療方針を考えるとのことでした。

Q14.他の水族館や獣医大学との技術的な面での交流はありますか?

酪農学園大学の獣医実習の一環としておたる水族館で実習をしていますが、今後AOAO SAPPOROでペンギンが22羽と多くいるので、健康なペンギンのレントゲン写真を撮ってデータを蓄積と健康管理をして行きたいと考えています。健康な状態を把握していると、病気になった場合と比較でき、治療にも役立つものと思われます。

Q15.水族館の獣医として就職を希望している獣医の学生へのアドバイスあるいは学生時代に準備しておきたいことは何かありますか?

1番目は、水族館や動物園にかかわらず、幅広い視野を持って欲しいことです。正解は必ずしも一つではありません。また、正しいと思われていたことも間違っていることもあるからです。

2番目は、想像力を働かせる人間になって欲しいです。必ずしもネット情報が正しいとは限らないので鵜呑みにすることなく自分なりに想像力を働かせて下さい。そしてできるだけ実際に自分の目で見て考える習慣をつけてください。

動物園や水族館の動物は、犬・猫と異なりまだまだ未知の部分が多い動物です。そのような時に想像力を働かせて、試しにこんな治療をしてみようと試みる上でも、想像力を働かせることは重要かと思われます。

Q16.国内外で行ってみたい動物園や水族館を教えてください。また、その動物園や水族館を選ばれた理由を教えてください。

水族館は、ネズミイルカの繁殖に力を入れているベルギーのフィヨルドアンドベルト(Fjord&Bælt)水族館に行ってみたいです。

ネズミイルカは、生体数が少なく日本で飼育している施設は、1館しかなく小樽水族館のみです。

動物園は、英国のチェスター動物園です。その動物園は動物の柵や檻などが無い新しい試みを実施している動物園だからです。

Q17.AOAO SAPPOROで何かコラボレーションやイベントを実施していますか?

コラボレーションでは、「たべっ子どうぶつ」「たべっ子水族館」で有名な東京の製菓メーカーのギンビスと特別企画展「たべっ子水族館 meets AOAO SAPPORO」を開催しています。

また、日本郵便とコラボレーションし、ペンギンのペアを学び、大切な人に気持ちを伝えるバレンタインイベント「人を、生物を想う『水族館の手紙』」を実施しました。

イベントとしては、夜の水族館で、アートや食、生物の夜の姿を観察するナイトイベント「AOAO NIGHT」を開催しています。

Q18.AOAO SAPPOROでオープンに向けて色々な水族館を参考になされたり、ご協力があったと思いますが、具体的にどんな水族館にご協力いただけたのでしょうか?

おたる水族館、札幌市豊平川さけ科学館、室蘭民報みんなの水族館、サンピアザ水族館、登別マリンパークニクス、八景島シーパラダイス、アクアパーク品川、長崎ペンギン水族館、すみだ水族館など、多くの水族館にご協力いただきました。

Q19.今後どんな水族館にして行きたいですか?

来館されたお客さまはもちろん、生物にとっても居心地の良い水族館にしていきたいです。

いきいきと生物が暮らし、生物本来の動きを間近に、そしてじっくりと観察できる場所になれたらと思っています。

編集後記

今回、札幌のすすきのや大通り公園に近い繁華街でオープンした都市型水族館であるAOAO SAPPOROにインタビューに行ってまいりました。

まだ、昨年の7月にオープンして1年も満たない水族館ですが、六角形の展示ブロックを用いた陸場の形状を変化できる世界初のペンギン展示システムや札幌の都市部に位置していることもあり、海から海水を運ぶのではなく人工海水システムを採用しているなど様々な工夫がされている水族館でした。

また、営業時間も深夜22時まで営業していますが、飼育生物に対しては、照明の明るさを調整することにより、健康の配慮健康の配慮も行っています。また、館内の所々にグリーンが配置されていることも特徴の一つではないかと思います。

訪問した時間がお昼前後でしたので昼のペンギンの様子を見ることができましたが、ムーンーライトアクアリウムのペンギン達は、また違った魅力を味わえるのではないかと思います。

順調に運営できているのも、東京スカイツリーの「すみだ水族館」を立ち上げた実績のある山内館長のプロデュース力や開館に向けておたる水族館を初めとした北海道を中心とした水族館の協力があったからだと思います。

東京で例えるならば、新宿歌舞伎町に水族館をオープンしたという初めての試みは、今後の水族館の新しいビジネスモデルとして注目すべきではないかと思います。

訪問時は、ちょうど札幌雪祭りが開催される前の準備を行っている日でした(写真3D)。

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シリーズ「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」