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■獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力(1)四国水族館

2023-09-15 16:52 | 前の記事 | 次の記事

写真1 左は筆者、右は加来雅人先生

写真2 夕日に向かってジャンプするマダライルカ/夕暮れの景 (画像提供:四国水族館)

写真3 アカシュモクザメを下から見上げる/神無月の景(画像提供:四国水族館)

インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆

動物医療発明研究会 広報部長/獣医師

以前、動物医療発明研究会の会報誌「SAMI NEWS」(No.61、62)に動物園と水族館に勤務されている獣医師の先生方に関する記事を執筆しました。その後、連載を要望する声が多く、今回、文永堂出版のJVM NEWSに「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」を連載(年4回の予定)することになりました。

第1回目として、「絵画のような水族館」と言われている四国水族館に勤務されている飼育展示部 獣医師の加来雅人先生(写真1)にお話をうかがいました。

Q1.獣医師の先生から見た四国水族館の魅力および他の水族館と比較して優れている点は何ですか?

1つ目は、「四国水族館」と言う名前の通り、四国内に生息する様々な生きものを展示している点です。ご来館の皆様に、四国にいる生きものを知ってもらい、さらに興味を持った人には四国内の実際に生きものが生息している場所や、四国内の他の施設へ行くなどのきっかけ作りになることを目指しています。四国水族館のある香川県、宇多津町だけではなく、ひいては四国全体の活性化にもつなげたいと考えています。

2つ目は、当館は四国の豊かな水景を再現すると共に、絵画の様な展示をイメージしています。代表的な水景としては、イルカが躍動するビュースポット/夕暮れの景(海豚プール、写真2)、自然が生み出す神秘/渦潮の景(渦潮水槽)、アカシュモクザメを下から見上げる/神無月の景(サメ影水槽、写真3)などがあります。

実際、私も見学しましたが、従来の水族館と異なり、絵画と同様に額縁があり、まさしく絵画を鑑賞しているようでした。また、魚や海獣の紹介も、他の水族館のようなプレートによる一般的な表示はありませんでした。これは、見る人によってどのように鑑賞したり、評価をするのかは個人の感性に委ねたりといった絵画鑑賞のコンセプトなので、あえてプレートによる一般的な解説を実施していないのが特徴的でした。

その代わり、飼育員の方々の手書きによる各種展示魚類や海獣類を紹介した黒板による解説は、とても興味深い内容が記載されており、手作りの温かみも感じられました。

3つ目は、当館ではマダライルカを飼育していることです。マダライルカは国内で飼育している水族館が少なく、生態がまだ分からない部分もあります。このマダライルカ7頭による「イルカプレイングタイム」を1日数回実施しています。一般的に「イルカショー」という言葉がありますが、あえて“プレイングタイム”という言葉を用いているのは、単にサーカスによるショー的な要素ではなく、イルカの能力の一部を観客の方々に知っていただくという目的で“プレイングタイム”を実施しています。また、マダライルカ専用のおもちゃをプールに入れ、マダライルカがくわえたり、背びれに引っ掛けたりなど、自主的に遊んでいる姿が見られることも特徴だと思います。

私も13時のイルカプレイングタイムを拝見しましたが、イルカが自主的に遊んでいて、楽しそうにジャンプを行っているのを感じました。また、イルカが飼育されている水槽は通常、観客とイルカとの間がアクリル板で仕切りがあるのに対して、四国水族館はアクリル板による仕切りもなく、観客とイルカの触れ合いの距離感が近いのも特徴的だと思いました。

Q2.水族館の飼育動物の診療で苦労された点、感動された点は何ですか?

苦労している点は、検査に関する機材をまだ十分に充実できていない点です。具体的には、診療に関する検査機材として、当館は内視鏡や超音波画像診断装置はありますが、血液検査やレントゲンの機材がないことです。これらの機材があれば、例えばレントゲン撮影により、イルカの肺炎の診断や、ペンギンのアスペルギルス症(真菌症)の診断、肺炎の重症度の早期の判断などができ、より迅速な対応が取れると思います。

感動した点は、当館での診療に限らず前職等の話も含みますが、様々な動物の出産に立ち会えた点です。動物の育子はどのような動物でも途中で問題を抱えることも多く、無事に成育してくれると、感動も大きいです。

Q3.マダライルカは、国内で飼育している水族館も少なく、生態が分からない部分もあるとのことですが、具体的に普通のイルカと比べどんな点が難しいのでしょうか?

飼育や診療の経験上、マダライルカは環境変化に弱く、警戒心の強いイルカだと感じています。反対に、一旦、環境変化になれるとよく遊び、よく人にも寄ってくる動物です。国内の多くの水族館で飼育されているハンドウイルカの寿命は一般的に40~50年くらいですが、マダライルカは、まだ長期飼育として20年ぐらいの報告があるだけです。ハンドウイルカと同じ寿命だとした場合、餌や水質などの飼育環境面を十分に整えて、長期飼育させることが今後の課題だと考えています。

Q4.四国水族館で飼育されている動物で見られる主な病気は何ですか?

イルカは感染症が多いです。ペンギンはアスペルギルスによる肺炎が多いです。

イルカの感染症には肺炎が多く、分離される菌としては、豚丹毒菌、緑膿菌、感染性腸炎ではクロストリジウム属が多いです。このような細菌疾患に対しては、培養し、感受性検査の結果をもとに抗菌薬を選択しますが、第一選択薬としてアモキシシリンやクラブラン酸とアモキシシリンの合剤で治療することが多いです。また、緑膿菌による感染を疑う場合には、ニューキノロン剤(レボフロキサシンやエンロフロキサシン)で治療することもあります。

ペンギンのアスペルギルスによる肺炎は、イトラコナゾールやボリコナゾールなどの抗真菌薬で治療します。

アシカ、アザラシ、カワウソではフィラリア症になることがあり、定期駆虫をしています。また、ペンギンでは鳥マラリアに罹ることがあり、こちらも定期駆虫をしています。

Q5.水族館で飼育されている動物等の治療を実施する上で参考とされているものはどんなものがありますか?

下の本を主に参照しています。病気の一般的な把握として、ヒトの医学書やイヌ、ネコ、ウシ等の獣医学書を参考にしたり、本以外には、論文や他の飼育施設の先生と情報交換を行ったりしながら、治療方針を決定することもあります。

§海獣類全般

  • 『CRC Handbook of Marine Mammal Medicine 3rd edition』
  • 海獣類のバイブル的な本。治療でも栄養管理でも輸送でも、分からないことがあったらまずこの本で調べる。
  • 『海獣診療マニュアル(上巻・下巻)』
  • 日本初の海獣類の診療マニュアル本。投薬量の参考の他、飼育員への説明用、参考用となっている。
  • Fowler's Zoo and Wild Animal Medicine Current Therapy Volume10
  • 動物園や野生動物の治療に関する本。Volume7~10で内容が異なり、動物の管理、治療で関連項目があれば、参考にする。
  • Zoo and Wild Mammal Formulary
  • 野生動物の薬用量が記載されている本。

§イルカ

  • 『Handbook of Ultrasonography in Dolphins Abdomen,Thorax & Eye』
  • イルカの超音波画像診断に関する本。イルカに超音波装置をあてる場合には確認する。

§エキゾチック アニマル

Q6.水族館の獣医師の先生方が加盟あるいは参加されている国内外の学会や協会は何ですか?

日本の学会では「日本野生動物医学会」があります。海外では、「IAAAM (International Association for Aquatic Animal Medicine)」があります。両方とも毎年開催され、今年のIAAAMは5月21日~24日で米国のユタ州のソルトレイクシティ(ハイブリッド開催)で開催されました。

Q7.今後、診療上開発して欲しい動物用医療器具、水棲動物の為の薬剤あるいは剤形、翻訳本、学術データがありますか?

下の物を要望します。

  • 動物用医療器具としては、水中で2~3時間点滴が可能な動物用医療器具が欲しいです。その理由としては、体重の重い海獣類をずっと保定して点滴することで動物に負担がかかる恐れがあるからです。また、水中でも使用できる薬剤の入った吹き矢やヤリ等、遠隔で投薬できる器具を開発して欲しいです。
  • ペンギンの肺炎で多いアスペルギルス症の抗体検査ができるものを発売して欲しいです。以前は人体用でアスペルギルス症の抗体検査ができていたのですが、現在は試薬が変わり、検査ができなくなりました。
  • 有核赤血球を有する哺乳類以外の脊椎動物の血液検査機器(全血球計算や白血球の分画測定ができるもの)があれば助かります。
  • 各種海獣類やペンギン、魚類等の薬物投与時の血中動態のデータを要望します。その理由として、海外の本で薬物の投与量が記載されていますが、時々、その投与量や投与間隔で問題がないか疑問に思うことがあります。投与対象動物の血中動態データがあれば、確実に投与量や投与間隔を決定することができると思います。また、動物種や動物の状態によっては、投与時間や回数に制限が出てくることがあります。成書のような使い方以外での薬剤の効果の有無を幅広く知ることができたらと思います。
  • 自館だけでは症例数が多いとは言えず、各種海獣類の症例集のようなものがあれば、同様の症例が発生したときに速やかに動物に適した治療ができると思います。
  • 『CRC Handbook of Marine Mammal Medicine』の翻訳本があれば便利です。この本は版が更新する事にページ数が増え、第3版が2018年に出版されており、現在1144ページのボリュームがあります。

Q8.水族館の獣医師として就職を希望する獣医学科の学生の方々へのアドバイスあるいは学生時代に何か準備しておきたいことはありますか?

各施設で機材等の充実度、飼育している動物が異なります。自分が将来どんな動物に関わりたいか、診療したいかを良く考慮した上で、実習先や就職希望先を決められた方が良いと思います。勤務内容にしましても、診療業務のみをしたいのか、飼育業務もしたいのか、研究もしていきたいのかと、各施設が獣医師に求める考え方が合致するかも大切だと思います。

また、犬・猫などの臨床経験があった方が良いと思います。まずは、獣医療が発展している動物の診療経験を積むことで、水族館に就職した際に臨床の基礎が既にできているので即戦力としてその後、活躍できる可能性が高いと思います。

Q9.今後やってみたいことは何かありますか?

地域との連携を深めていきたいです。例えば、必要に応じて、近隣の動物病院で当館ではできない飼育動物の精密検査や学術的な連携を図っていきたいと考えています。また、四国内の他の水族館、鯨類飼育施設、動物園等との連携を深めることで、四国にあるこれらの施設のさらなる活性化や四国全体の動物管理や獣医療の質の向上に寄与していきたいです。

編集後記

今回、新規連載の「獣医師の眼から見た水族館と動物園の魅力」の第1回目として、四国水族館を訪問しました。四国水族館は、従来の水族館と異なる次世代水族館として、展示の方法も工夫されているだけでなく、イルカの能力の一部を観客の方々に知っていただくという目的で、従来の“イルカショー”でなく“プレイングタイム”を実施しているのがとても印象的でした。

今後、同館が、四国全体の動物管理や獣医療の質の向上に寄与する水族館になることを期待しています。

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