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■【寄稿】髙井伸二先生のモンゴルだより(10)モンゴルの獣医学教育

2025-06-26 17:31 掲載 | 前の記事 | 次の記事

写真1 実験室の様子(筆者とOtgontuyaさん)

写真2 NANAT選択培地での菌分離(左)、純培養した菌株(右)

写真3 PCR産物の電気泳動実験の様子(左)と泳動像(右)

モンゴルの獣医学教育と獣医師養成の支援事業で、ウランバートルに派遣された北里大学名誉教授の髙井伸二先生にプロジェクトのことやモンゴルの獣医事情などの紹介をいただく連載を掲載してきました。プロジェクトが終了し、髙井先生は6月25日に帰国されました。連載は今回で最終回となります。髙井先生、ありがとうございました。(編集部)

プロジェクトを終えて

  • モンゴル生命科学大学獣医学部・JICAオフィス
  • 髙井伸二(北里大学名誉教授)

1.20年ぶりのモンゴル

「文部科学省科研費(B)海外学術調査研究:動物の移動・定着に伴う病原体の伝播に関する分子疫学調査:病原体生態史観から日本在来馬の起源を韓国・中国・モンゴルへと遡る(2002-4)」で、モンゴルに初めて足を踏み入れたのは2004年のことでした。その20年後の2024年4月からJICAの専門家として「公務員獣医師及び民間獣医師実践能力強化プロジェクト(2020-2025)」に最後の1年と3ヶ月の活動に携わりました[1]。

2.20年ぶりのモンゴル各地での土壌と馬糞便のサンプリング

前回の調査では、ウランバートル近郊の27の遊牧民のゲルを訪問し、子馬糞便とその飼育環境土壌をサンプリングしました。SVCL(日本の動物衛生研究部門)の実験室をお借りしてロドコッカス・エクイ選択培地を用いて菌分離を試みたが、菌は分離できませんでした[2]。今回は、調査地を広げて、地方で開催される獣医師免許更新研修会のモニタリングの際の移動中に検査材料を採取しました。

3.研究の背景:馬の移動に伴って日本に強毒株が伝播した?

子馬にロドコッカス・エクイ感染症を引き起こすのは病原性プラスミド(pVAPA)を保有する強毒株のみです。本菌は土壌細菌で至る所に棲息していますが、馬飼育環境以外からの分離菌の殆どは病原性プラスミドを保有しない無毒株です。

1991年に世界で初めて本菌強毒株に病原性プラスミドが存在することを私たちが発見し、日本の在来馬と世界各地の競走馬生産地の分子疫学調査から、病原性プラスミドには制限酵素切断像で亜型が存在することが明らかとなり、その分布は欧米型と日本・韓国型と地域性があること分かりました[3]。日本在来馬と韓国・中国・モンゴルの在来馬との分子遺伝学的研究から日本の在来馬は4~5世紀の古墳時代に朝鮮半島経由で我が国に導入されたと推察されています[4]。もし、強毒株が馬の移動に伴って古墳時代に日本の侵入したものであれば、途中の経路となった、韓国・済州島、中国内蒙古、そして、モンゴルの在来馬にも、日本に存在する病原性プラスミド亜型が存在するのではないかという仮説をたて、それを証明するために、2002年に韓国・済州島の在来馬である済州馬を調査したところ、日本の木曽馬から分離された病原性プラスミド亜型と同じものが分離されました[5]。次に、2003年に中国・内蒙古の在来馬の調査を行いましたが、ロドコッカス・エクイは分離されたが、強毒株は分離できませんでした[6]。その後、研究が中断されたままで2021年に定年退職を迎えました。

4.11年間のJICAプロジェクトの成果

今回、11年間のJICAプロジェクトの研究機器整備の成果で、培地作製からPCRによるvap遺伝子の検索、プラスミド抽出に至る一連の実験機器が揃っており、獣医学部・微生物学実習室で一連の実験を完結することができました。分離菌株はモンゴルにおける初めての強毒株でもあり、国の検査機関(SVCL)と獣医学部に菌株を保存して頂きました。プロジェクトアシスタントは北大大学院獣医学研究科博士課程を修了したOtgontuya Ganbaatarさんで、菌分離からPCRによるvapA遺伝子検索とプラスミド型の同定、更にはプラスミド抽出・制限酵素切断像の解析に至る全ての実験を一緒に行い、モンゴルの実験拠点ができました。

5.最後に

1国1獣医学部という教育環境のモンゴルでは、獣医学教育改善には長い時間が掛かり、特に、JICAを含めた海外からの教育・技術支援が継続的に必要であることを強く感じています。最後に、このJICAプロジェクトにご支援・ご鞭撻を頂いた北海道大学獣医学部を始めとする国内関係機関の皆様に心より御礼申し上げます。また、6月25日のプロジェクト終了をもってモンゴルだよりは最終回となります。掲載を快くお引き受け頂いた文永堂出版 松本さんに感謝いたします。

参考文献

  • [1] 公務員獣医師及び民間獣医師実践能力強化プロジェクト
  • [2] Takai S, Sengee S, Madarame H, Hatori F, Yasuoka K, Ochir E, Sasaki Y, Kakuda T, Tsubaki S, Bandi N, Sodnomdarjaa R. 2005. The absence of Rhodococcus equi in Mongolian horses. J Vet Med Sci 67: 611-613.
  • [3] Takai S, Suzuki Y, Sasaki Y, Kakuda Y, Ribeiro MG, Makrai L, Witkowski L, Cohen N, Sekizaki S. 2023. Short review: geographical distribution of equine-associated pVAPA plasmids in Rhodococcus equi in the world. Vet Microbiol 287: 109919.
  • [4] 髙井伸二. 2025. ロドコッカス・エクイ病原性プラスミドpVAPA による分子疫学調査―馬の移動と感染症(病原体)の伝播 Hippophile 98: 1-8.
  • [5] Takai S, Son WG, Lee DS, Madarame H, Seki I, Yamatoda N, Kimura A, Kakuda T, Sasaki Y, Tsubaki S, Lim YK. 2003. Rhodococcus equi virulence plasmids recovered from horses and their environment in Jeju, Korea: 90-kb type II and a new variant, 90-kb type V. J Vet Med Sci 65: 1313–1317.
  • [6] Takai S, Zhuang D, Huo XW, Madarame H, Gao MH, Tan ZT, Gao SC, Yan LJ, Guo CM, Zhou XF, Hatori F, Sasaki Y, Kakuda T, Tsubaki S. 2006. Rhodococcus equi in the soil environment of horses in Inner Mongolia, China. J Vet Med Sci 68: 739-742.

シリーズ「髙井伸二先生のモンゴルだより」