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■髙井伸二先生のモンゴルだより(3) モンゴルの教育制度

2024-10-07 17:37 | 前の記事 | 次の記事

表1~表4

図1~図3

図4

モンゴルの獣医学教育と獣医師養成の支援事業で、現在、ウランバートルに派遣されている北里大学名誉教授の髙井伸二先生にプロジェクトのことやモンゴルの獣医事情などの紹介をいただきます。2~3か月のインターバルでの掲載を予定しています。(編集部)

モンゴルにおける獣医学教育 その2:学費編

モンゴル生命科学大学獣医学部・JICAオフィス

 髙井伸二(北里大学名誉教授)

1.国立大学という名の私立大学

ちょっと話が長くなるが、著者は41年間私立大学に奉職し大学・学部運営を経験した。私立学校は私立学校振興助成法(昭和51年4月施行)に従って私学を運営するための経常費補助金が毎年国から支給される。この法律は国公立大学と私立大学の教育格差を縮めるために、教育や研究に係わる経常的経費(教職員給与費・福利厚生費・教育研究経常費等)のうち二分の一以内を補助することができると記載されている。しかし、法律が施行されて以来、二分の一近くに届いたことはなく、10%前後で推移している。

つまり、我が国の私立大学は大学運営費の約10%を国からの補助金、残りの90%は授業料と大学病院などの収益事業で賄われている。蛇足だが、私立大学への経常費補助金は収容定員超過率の基準(縛り)があり、反則にはペナルティー(減額・不交付)がある。

モンゴルは1992年からの民主化と市場経済への急激な変革により、国立大学の学費無償廃止と国立大学教員の給与支給が停止された(表1)。表2と表3はモンゴル国立大学の2015年、17年、19年の収入源を調べたジャルガルサイハン・ジャルガルマー論文から引用した。モンゴル国立大学は1942年に設立されたモンゴル国最初の国立大学で、モンゴルの東大である。この調査によると、2015,17及び19年度収入に占める学費の割合は78.6%、80.9%、及び76.8%であった。一方、国からの補助金(資金調達と記載)は、10%以下であった。

この論文は「モンゴルにおける国立大学の予算 -収入構造に着目して-」というタイトルで、支出に関する記載はないが、大学教員の給料や研究・実習費などの経常的経費は学生の学納金から賄われているのである。論文の著者は最後に「国立大学と言いながら、政府から財政支出が小さく、学生から徴収する授業料が中心で運営している特徴を持つ。」と締めくくっている。

モンゴル国立大学は、大学運営費(経常経費)の約8割を学生からの学納金(授業料等)に依存しており、日本ではこれを私立大学と呼びます。

2.モンゴル国立大学の授業料値上げ vs 東京大学の授業料値上げ

さて、話をもう少し進めよう。我が国でも国立大学が2004年に独立行政法人化され、国立大学法人運営費交付金で国立大学は運営されている。2024年度の運営費交付金は2004年に比べ13%減少し、国立大学は極めて厳しい運営を強いられている。この文章を書いている最中に「東大授業料11万円値上げへ 20年ぶり、来年度入学から」というニュースが入ってきた。

日本の国立大学の財源の主たるものは国からの運営費交付金であり、大学の自己収入は授業料、病院収入等となる。この運営費交付金が独法化以降20年間に13%減少したことに対して、東大では授業料を20年ぶりに20%値上げした訳である(と理解した)。

一方、モンゴルの国立大学の授業料値上げはもっと凄い。ネット検索で授業料値上げのニュースを調べると、「モンゴル国立医科大学は、2015~2016年度の1単位あたりの授業料を58,500MNT(モンゴル通貨トゥグリク:1円=23.8MNT)から70,000MNTに値上げした。大学当局の発表によると、新入生が年間平均34単位を学ぶと仮定した場合、年間授業料は230万MNTとなる。」(図1)。

ここで、このニュースの内容を少し解説する。モンゴルの大学授業料は受講する科目毎に異なり、更に選択する科目数によって1年間の授業料が学生ごとに異なる。

2015年当時の医科大学の平均的授業料は230万MNTで、現在のレートで97,000円である。最近のニュースでは、「モンゴル生命科学大学では2021年度は1単位当たり111,000~128,000MNTだったが、2022年には127,000~156,000MNTの値上げとなった。」とある(図2)。これは、私のオフィスがあるモンゴル生命科学大学の科目当たりの授業料の値上げである。同じ国立大学の医学部と比較しても、1単位当たり70,000 MNTから156,000MNTと、この5~6年で国立大学の授業料は2倍近く値上げされた。さらに、2023年のニュースでは国立大学の授業料が2023/24年度には20~35%値上げされた(図3)。

国立大学の自治権の付与と民営化は、授業料の値上げも各国立大学に任されているということだ。蛇足だが、モンゴルでは医学部の授業料よりも経済学部(University of Finance and Economics)の授業料が2倍近く高い(図1と図3)。モンゴルにおける医師の待遇は低く、授業料の違いは卒後の収入を反映しているのかと邪推する。当地の医療事情は実体験を基に番外編として話してみたい。

3.授業料値上げが許されるモンゴルの経済的背景

大学当事者がどのような判断で学費値上げを決断されているのかわからないが、モンゴルは今、経済発展が急速に進んでいる国の一つで、経済成長率は9%前後と極めて高い。それを反映すると思われる最低賃金の推移を図4に示した。2007年から2020年の13年間に4.7倍となった。平均月収も2018年から2021年まで毎年12%程増加している。大学の授業料の値上げも、近年の一般労働者の賃金上昇を反映しているものと推察した。

再び、日本の国立大学の授業料に話を戻す。表4は、日本の国立大学の授業料値上げの推移を私立大学の授業料の平均値と比較した。我が国も経済成長の真只中からバブル(1975~1989年)までに、国立大学の授業料は昭和50年(1975)の約10倍まで連続的に値上げされ、その結果、私学と国立大学の授業料格差が5倍以上から2倍以下に縮まった。日本では過去の出来事として、モンゴルではリアルタイムの出来事として経済成長と大学授業料値上げがリンクしているのであろう。

次回は、モンゴル生命科学大学獣医学部の教育体制と教育内容、さらには入学者数と卒業者数の推移など、本題に入りたい。

参考文献

  • 1)ジャルガルサイハン ジャルガルマー(2020)モンゴルにおける国立大学の予算-収入構造に着目して- 『日本とモンゴル』第54巻 第1号・第2号合併号,134-148.
  • 2)宮前奈央美(2009)モンゴルにおける社会体制移行と教育政策の課題 九州大学大学院教育学コース院生論文集 9,89-107.