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■髙井伸二先生のモンゴルだより(1) プロジェクトの紹介

2024-07-01 14:12 | 前の記事 | 次の記事

図1 モンゴルの風景

図2 モンゴルの畜産事情

図3 モンゴル生命科学大学獣医学部の校舎

モンゴルの獣医学教育と獣医師養成の支援事業で、現在、ウランバートルに派遣されている北里大学名誉教授の髙井伸二先生にプロジェクトのことやモンゴルの獣医事情などの紹介をいただくことになりました。2~3か月のインターバルでの掲載を予定しています。(編集部)

「JICA公務員獣医師及び民間獣医師実践能力強化プロジェクト Project for Strengthening the Practical Capacity of Public and Private Veterinarian」の紹介 その1

モンゴル生命科学大学獣医学部・JICAオフィス

 髙井伸二(北里大学名誉教授)

TBSドラマ「VIVANT」のモンゴル・ロケでウランバートル市内の撮影地が日本人観光客に脚光を浴びている。モンゴルは日本の4倍の国土面積に静岡県とほぼ同じ人口の345万人が暮らし、その約半分の169万人がウランバートル市に集中し、世界で最も低い人口密度(2人/1km平方)の国でもある。

私事ですが、丁度20年前の2004年に文科省科学研究費海外学術調査に「動物の移動・定着に伴う病原体の伝播に関する分子疫学調査:原体生態史観から日本在来馬の起源を韓国・中国・モンゴルへと遡る」が採択され、モンゴル馬のロドコッカス・エクイ感染症の調査を実施した(図1上)。

当時のモンゴルの人口は253万人、ウランバートル市も91万人で、この20年間に急激な人口の増加と都市集中が起きていた。ウランバートル市内には高層の商業ビルやアパートが建ち、20年前の面影は全く無い(図1下)。正に、浦島太郎となった。国民1人当たりのGDPも790ドルから6,181ドルと7.8倍の急激な増加をしている。この遊牧民の国は、鉱物資源に富み、主要鉱物は石炭、銅、金、ウラン、蛍石などがあり、更にレアメタルも存在し、鉱物資源の採掘と輸出により急激な経済成長を続けている。

一方、農牧業(農業・畜産)は、鉱業、サービス業に次いでGDP第3位の12.8%を占め、労働人口はサービス業についで23.3%の第2位で、農業生産の87%は畜産による。家畜の飼養頭数は3,230万頭の羊、2,930万頭の山羊、470万頭の牛、420万頭の馬、50万頭のラクダとなっており、これらが5畜と呼ばれ、2011年の合計3,632万頭が2023年には7,100万頭となり、過去15年間で約2倍の飼育頭数となった(図2)。

この急激な増加は、様々な問題を引き起こしている。一つは、山羊の増加による放牧地の荒廃と砂漠化であり、放牧地における過放牧が生産性を著しく低下させている。遊牧民は“the right species for the right place”という飼育哲学(?)を持って家畜放牧によって生業を成立させてきた。しかし、畜産業にも市場経済の波が打ち寄せ、換金性の最も高いカシミア(カシミアヤギの毛)生産の急激な増加が1990年(この年から社会主義国であったモンゴル人民共和国からモンゴル国へと国名・国章を変更し、民主化へ舵を切った)から始まったのである(図2)。

さて、筆者は2024年4月から「JICA公務員獣医師及び民間獣医師実践能力強化プロジェクト」のチーフ・アドバイザー(専門家)を杉本千尋先生から引き継いだ。MJ-Vetの略称のプロジェクトはモンゴル生命科学大学獣医学部(図3)がカウンターパートとなり、オフィスも獣医学部内に設置されている。今回は、そのプロジェクトの目的を以下の文章を引用して紹介する。

プロジェクトの目的

1990年代以降の市場経済化に伴う国営農場解体により多くの獣医師が失職し、その結果家畜疾病が増加した。また、寒雪害(ゾド)による被害とも相まって、2000年代には合計1,800万頭以上の家畜が死亡している。このように、獣医師不足による家畜疾病増加は、ゾドや過放牧とともにモンゴル牧畜業の脆弱性を高める大きな原因となっている。

モンゴル政府は、国内329郡(ソム)全てに獣医師・畜産技術者を3名ずつ配置し対策を講じてきたが、実際に現場に配置される獣医師・畜産技術者の技術レベルが十分ではないため、現場で発生する課題に対し適切に対応できていない。

その原因の一つがモンゴル国内で獣医・畜産分野の人材育成を担うモンゴル生命科学大学獣医学部の教育能力不足である。そこで、JICAは技術協力プロジェクト「獣医・畜産分野人材育成能力強化プロジェクト(2014~2020年)」を実施し、獣医学部における教育カリキュラム改善、教育・研究施設の整備、教員の指導能力向上を行ってきた。

加えて、モンゴル政府は、既に現場で活動する社会人獣医師等の能力強化も喫緊の課題と認識し、彼らの実践能力を強化することを目的とした本事業の実施を新たに要請した。

本事業は、モンゴル政府が掲げている「安全で健康な食品・健康なモンゴル人」を達成するために家畜疾病対策として食糧・農牧業・軽工業省(MOFALI)が実施中の国家プログラム「モンゴル家畜プログラム(第2フェーズ:2016~2021)」のうち、社会人獣医師等の人材育成に貢献する取り組みとして位置づけられる。

さて、北海道大学獣医学部が主体となったモンゴルの獣医学教育と獣医師養成の支援は2014年から始まり、梅村孝司先生、多田融右先生、杉本千尋先生と引き継がれ、私が2024年4月から2025年6月末のプロジェクト終了まで赴任する。これまでのJICAプロジェクトの成果と今後の支援の在り方などを、不定期となるが、お伝えしていく。