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モンゴルの獣医学教育と獣医師養成の支援事業で、現在、ウランバートルに派遣されている北里大学名誉教授の髙井伸二先生にプロジェクトのことやモンゴルの獣医事情などの紹介をいただきます。2~3か月のインターバルでの掲載を予定しています。(編集部)
獣医学科の講義と実習
- モンゴル生命科学大学獣医学部・JICAオフィス
- 髙井伸二(北里大学名誉教授)
1.獣医学部の建物は1957年生まれ
表1は、前のモンゴル国立農業大学と現在の生命科学大学の獣医学部入学者と卒業者数を、2024年8月に実施された獣医師免許更新研修会の参加者に聞き取り調査した数字を纏めたもので、参加者本人の記憶を辿った大凡の数字である。1942年に畜産学・教育学・医学の3専攻科から成るモンゴル国立大学が創立され、1957年にモンゴル国立農業大学獣医学部となり、建物がザイサン地区に建設された。当時、獣医学部の入学定員は20~30名であった。1990年の民主化により国立大学運営も自由化、授業料は無償から有償、入学定員増加も学納金値上げも大学独自で可能、入学者数は10倍以上の250~300人となった(表1)。
一方、教員は1980年代には13人程だったそうで、現在では42人が在籍し、学生数が10倍となった講義・実習を担当している。獣医学科の教育環境整備は、2014年から始まったJICA獣医学教育改革プロジェクトによって、大学側は図書館・大講義室・研究室等の改修・整備など教育施設の整備、JICAプロジェクトは研究教育環境(機器・備品等)を整備した(写真1)。しかし、学生数の大幅な増加(200~250人/学年)に対して教育インフラ整備は追いついていない状況が続いている。初等教育でもベビーブームと首都への人口集中により小学校教育においては2部制(午前と午後の部の入れ替え制)で対応していることを以前に紹介したが、獣医学部は更に過酷な状況であった。俄には信じられない現状を解説する。余談であるが、建設当初は学生数に見合った立派な教育施設で、高い天井と階段の御影石は日本の古い国立大学の建物に似た雰囲気を漂わせている。
2.実習室の収容人数は20~30人、教員は同じ実習を9回繰り返す
微生物学実習室には6人掛け実験台が4台あり、24人が適切な収容人数となる(写真1)。これは1990年以前のモンゴル国立農業大学獣医学部においては、適正な教育環境であると先に述べた通りである。しかし、現在の学生数には狭すぎる。2024年度 2年生は240人位おり、例えば、微生物学実習では9クラスに細分し、実習を行う。微生物学は講義実習3単位が2年前期(9月~12月)に配当され、学生は毎週火曜日の1時間目に開講される微生物学講義(90分)を16回、微生物実習(180分)を隔週8回、受講する。
最初に、微生物学担当教員がどのように講義実習を行っているのか、表2を使って紹介する。まず、微生物学講義は2学年全員が受講できる大講義室で毎週火曜日に実施、実習は2週間がひとつの区切りとなり8回であるが、実習はクラス毎となり、2週間に同じ内容の実習を9クラス分が填め込まれ、先生は9クラス×8回=72の実習を4ヶ月間にわたり繰り返すことになる。解剖学、生理学も同様にクラス数の同じ実習を繰り返す。これが1年から5年次まで各学年で実施されており、各科目担当教員は超多忙となる。
日本の獣医学教育においては、実習科目1単位は前期(4月~7月)に15回である。日本では1つの実習科目は週1回であるが、モンゴルでは週4.8回、ほぼ毎日実習を繰り返す。つまり、各実習室の学生収容数が実習クラスの人数となり、入学者数を収容数で割った数が実習クラス数となっていた。
3.2年生の時間割は個人毎に異なっている
表3は2年生4人の時間割表である。2年前期(秋学期)には、他に組織学(講義・実習)、生理学(講義・実習)、衛生学(講義・実習)、ウイルス学(講義・実習)が配当されており(前回のカリキュラム)、実習室収容数で細分化されたクラスはそれぞれの実習科目で異なっている。学生たちは講義で一緒になる以外は、2週間の時間割が各自で異なる。12月の、とある水曜日の微生物学実習の時間に4人の学生にそれぞれの時間割を記入してもらった。他の5つの実習はバラバラに配当されていた。
日本の獣医微生物学実習等では微生物の培養24時間後の判定があるが、こちらでは各自の時間割が異なることと、実習室の空き時間がなく、翌日判定はできないので実習内容に工夫が必要である。このように、2週間のインターバルで前期8回の実習を9クラスで繰り返すためには全ての実習が180分以内に完結する内容にならざるを得ない。
4.教員・公務員の待遇は…
大学の先生の給与は働いた時間で支払われる。勤務評価と給与査定がどのようになされているかまでは調べていないが、教員との面談では、そのような印象を受けた。モンゴルでは、公立初等中等教育機関においても、国立大学などの高等教育機関においても、教師・教員の待遇は悪いようである。余談であるが、国家公務員も同様で、先日、獣医学中央ラボ(日本の農研機構動物衛生研究部門のような国立の検査機関)の給与体系を知った。一般職員から所長の月給は100万から120万MNT、日本円だと5~6万円であった。大学教員は授業・実習が実施される期間は出勤するが、それ以外は大学に毎日出勤する訳ではないようである。冬休み・夏休み期間は休みで給与もない。そこで副業も行っていると聞いている。このような環境下で、空いた時間に研究や教科書作成などを展開することは極めて厳しい状況である。しかし、日本に留学し、学位を取得した若い世代の大学教員においては少しずつ意識が変わってきている。
5.口頭試問
筆者は今から50年程前、解剖学や繁殖学の試験で口頭試問を体験した。先生の前に3~4人が座り、先生が順番に問題を出し、口頭で答える方式である。実は、日本で現在も口頭試問が解剖学では続いているということを日本の大学院博士課程に留学していた解剖学のTsolmon先生から伺った。
同じ光景をモンゴルでは日常的に見ることができる。廊下で自分のノートや携帯を見ながら、クラスメイトと一緒に口頭試問の順番を待っているが、教科書を持った学生は見かけない。日本の共用試験CBTでは、パソコンやiPadを使う。モンゴルでは解剖学の試験にgoogleフォームで5者択一テストを作成し、学生は携帯電話を使って回答する。試験問題数が少ないと色々な手段を使って回答を導き出すので、解剖学では150問を90分で解くような設定にしているとのこと。1分で1.7問を解く計算で、時間的余裕を与えない作戦。これもまた凄い。
6.おわりに
長い冬休みが終わり、1月最終週から学生が大学に戻り、後半の春学期16週が始まった。このプロジェクトも6月の卒業式と同じタイミングで完了となるが、残すところ4ヶ月となった。
参考文献
- 1)Myagmar Ariuntuya(2021)モンゴルの教育制度・高等教育の質保証・モンゴル人学生モビリティ状況
シリーズ「髙井伸二先生のモンゴルだより」