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■【寄稿】髙井伸二先生のモンゴルだより(8) モンゴルの獣医学教育

2025-05-28 18:38 掲載 | 前の記事 | 次の記事

写真1

写真2~写真7

写真8~写真10

モンゴルの獣医学教育と獣医師養成の支援事業で、現在、ウランバートルに派遣されている北里大学名誉教授の髙井伸二先生にプロジェクトのことやモンゴルの獣医事情などの紹介をいただきます。2~3か月のインターバルでの掲載を予定しています。(編集部)

獣医学部の卒業式

  • モンゴル生命科学大学獣医学部・JICAオフィス
  • 髙井伸二(北里大学名誉教授)

1.口頭試問による卒業試験(獣医師国家試験)

モンゴルの教育カレンダーは9月から始まることは以前にも述べた。獣医学部の2024年度の第1学期(秋学期)は9月1日から12月20日までの16週間で、12月23日(月)からの試験週間となり、1月末まで冬休みとなった。第2学期(春学期)は2月から5月までの16週で、6月初旬に試験週間があり、1年が終了する。

最終学年の5年生は、これより早く、2025年4月28日から5月2日に最終試験(国家試験)が実施された。

獣医学科の専門科目の試験には、口頭試問とペーパー試験があることは既に述べたが、5年生の最終試験は口頭試問である。獣医学部の建物の1階にあるちょっと広めの教室に科目担当教員が並び、その前に1人の受験生が座る。科目担当者が出題し、受験生は口頭で答える。次に別の科目担当者となり、合計4~5問が出題され、1人の持ち時間の10~15分以内に終了する。

学生数によって試験日程は異なるが、2024年度の学生は130人程であり、1週間で試験は終了した。教員は朝から夕方まで、1時間で4人としても、1日に30人前後で、教員も入れ替わって対応している。

こんな口頭試問の試験形式で質保証は大丈夫か?と思われるかもしれないが、例えば、2018年入学者は200人であったが、卒業生は150人となっており、5年間の過程で専門科目の試験で篩に掛けられて残った学生が卒業するということだ。もちろん、卒業試験の不合格者もでる。順番を待つ学生には緊張感が走っていた(写真1)。

2.卒業研究と卒業論文による卒業

5月16日(金)に獣医学部の卒業式が挙行されたが、挨拶の中で、今年度の卒業生は127人で、その内訳は卒業試験合格者111人、卒業論文提出者16人であった。お恥ずかしいことだが、ここで卒業には口頭試問による卒業試験の他に卒業論文による卒業があることを知った。「モンゴルだより」第5回の「獣医学科のカリキュラム」を見直すと、確かに5年後期に卒業論文が配当されている。著者は先入観で卒業論文は必修科目だと思っていたが、実は選択科目であった。5年生は、5年後期に口頭試問による最終試験を受験するか、卒論研究を行って卒業論文を提出するか、いずれかの選択が迫られたのであった。

卒論研究を選択した学生は、担当教員の指導の下で5年後期の空いた時間を利用して研究を行い、卒業論文を作成する。今年度は16人であったが、成績優秀な学生が卒業論文を選択する傾向にあるそうだ。余談だが、5月19日の第6回JCC会議の席で、総合獣医庁(GAVS)・ナラントヤ長官から、卒業論文提出者の内、14人をGAVSで採用し、2人はSVCL(日本の農研機構動物衛生研究部門のような組織)に、12人は県獣医局に配属するとのお話があった。さらに、この14人の卒業論文は極めて優れた内容で、指導教官は日本での学位取得者あるいは短期研修を経験した教員で、プロジェクトの支援の成果が、学生の卒業論文にまで波及効果を現しているとのお褒めの言葉も頂いた。

3.卒業式

獣医学部の卒業式が、5月16日(金)に国立モンゴル生命科学大学講堂で挙行された。毎年、プロジェクトオフィスも卒業式に招待され、成績優秀者10人にささやかな記念品を贈呈することが恒例となっている。

モンゴルの卒業式は日本の学位記授与式とはちょっと違っていたので、時系列で解説する。

まず、プロの司会者が卒業式を進行する。最初にエルデンオチル獣医学部長の挨拶で式が始まった(写真2)。次に、男女3組によるダンスが披露された(写真3)。曲目も数曲。2024年9月の入学式でもダンスがあったが、この意味はよくわからない。引き続いて、一同起立し国歌斉唱があった。次に、学長からの祝辞。続いて、来賓挨拶。いずれの挨拶も4~5分で、話の内容はわからなかったが、適切な時間であった。

ここからが驚きなのは、モンゴルでは有名なWolf Boy Bandのボーカルが登場し、10分間に3曲の歌唱(写真4)。その一つの歌詞は、この獣医学部のクラスは一つで一つの家族であるという、団結の歌であった。卒業生は肩を組んで合唱していた(写真5)。

これが終わると、次の来賓挨拶。ここまでで30分ほどが経過した。次に、モンゴルでは欠かせない馬頭琴の演奏となり(写真6)、ここから雰囲気が一転し、引き続いて厳粛な学位授与式が始まった。まず、学業成績トップ3の学生の表彰式となり、学長、学部長とJICAプロジェクトから私も登壇し、大学からの賞状と記念品の贈呈。その後、学年トップの学生から感謝のスピーチ(写真7)。

学位記授与は卒業学年担任の挨拶の後に始まった。呼名された学生が次々に登壇、学位記を授与する数名の先生がそれぞれの学生に学位記を渡し、獣医師のバッチを卒業ガウンの襟に付け、その場面を3人のカメラマンが一組ずつ写真撮影し完了(写真8)。学位授与は全ての教員が入れ替わり行い、この一連の動作が127人の卒業生全員が終わるまで、50分間ほど続いた。

不思議なことに、閉会の辞はなく、そのまま流れ解散で終了となった。学位記を貰った卒業生は、会場の外で家族が待ち受ける場所に移動し、そこで家族との記念写真の撮影が始まった(写真9、写真10)。日本でも卒業式の後は謝恩会があるが、モンゴルでも卒業パーティーがあるそうだ。

4.終わりに:時間通りには始まらない

卒業式の案内状には午前11時開始と記載されていたが、始まったのは11時25分であった。昨年は、市の中心にある国立劇場が会場となり、ウランバートル中心部の交通渋滞により卒業生も先生も大幅に遅刻し、開始が1時間以上遅れた。今年はその教訓を生かして(?)、キャンパス内で挙行されたが、しっかり開始時間は遅れた。様々な集まりは予定時間には始まらないというのがモンゴル流であることを、この1年間に体得した。

また、遅れたことを気に掛けないというのもモンゴル流で、それも普通だと思えるようになった。昔から遊牧民は太陽・月・星の動きを頼りに移動するわけで、モンゴルの時間概念はどのように現代のモンゴルの人々に受け継がれているのか?と思い、文献検索すると、「モンゴルの遊牧生活において培われた時間概念」という研究論文にヒットした。興味のある方は、このタイトルでgoogle検索すると、論文が出てくる。ここには会議に遅れて来る理由が述べられている訳ではないが…。

参考文献

1)高井伸二(2025) JVM NEWSモンゴルだより(5)モンゴルの獣医学教育 獣医学科のカリキュラム 2)吉日木図、植田 憲(2018) モンゴルの遊牧生活において培われた時間概念.デザイン学研究 65(2),1-10.

シリーズ「髙井伸二先生のモンゴルだより」