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■【寄稿】髙井伸二先生のモンゴルだより(4) モンゴルの獣医学教育

2024-12-06 19:03 | 前の記事 | 次の記事

表1、表2

図1、図2

図3

モンゴルの獣医学教育と獣医師養成の支援事業で、現在、ウランバートルに派遣されている北里大学名誉教授の髙井伸二先生にプロジェクトのことやモンゴルの獣医事情などの紹介をいただきます。2~3か月のインターバルでの掲載を予定しています。(編集部)

モンゴルの獣医師数と獣医学部の教育体制

モンゴル生命科学大学獣医学部・JICAオフィス

髙井伸二(北里大学名誉教授)

1.モンゴルの獣医師数

モンゴルの5畜は、馬、牛、羊、山羊とラクダである。過去40年間の飼育頭数の推移を表1に示した。2000年まで飼育頭数は徐々に増加傾向を示していたが、その後の20年間で山羊の飼育頭数が激増し、羊も加わって飼育総数が1980年の282%となった。

日本の家畜衛生を担当する公務員獣医師は、全国167カ所の家畜保健衛生所に1,993名の獣医師が所属する。一方、公衆衛生獣医師は食肉検査所や保健所に3,841名が所属する。モンゴルの場合は、日本の縦割り行政とは違い、モンゴル国食料・農業・軽工業省(Ministry of Food, Agriculture, and Light Industry)に総合獣医庁(General Authority for Veterinary Services:GAVS)が、獣医事の全てを統括している。因みにGAVS長官は女性である。モンゴルの21県1首都は、更にソム(郡)に細区分され、その役所施設や地域の出張所に家畜伝染病などの防疫を担当する家畜衛生獣医師と、食品衛生・食肉検査などの公衆衛生獣医師が1-3人配置され、日本の家畜保健衛生所と保健所の出張所的機能を果たしている。その数は約1,500人である。公務員獣医師数で家畜数を割ると、単純に1人が4万頭を管理担当することになる。

一方、家畜診療を担う民間の産業動物臨床獣医師は約1,000人おり、担当する遊牧民世帯の家畜の診療に当たる。2022年の調査では家畜を保有する遊牧民世帯数24万8300世帯、家畜総数7,110万頭で、世帯当たりの平均飼育頭数は286頭となる。地域によって家畜の種類と飼育頭数が異なるが、ある地域の若い男性獣医師は一人で76世帯9.8万頭、もう一人は160世帯11万頭、50代の二人の女性獣医師も259世帯で7.1万頭、164世帯で8.8万頭の家畜を診ていると話していた。余談だが、2022年の届出では日本で診療に携わっている産業動物獣医師数は4,138人で、モンゴルの4倍であるが、家畜(牛、豚、馬、羊、羊、山羊)の飼育頭数の合計は1,312万頭であり、単純に割り算をすると獣医師一人当たり3千頭となる。

小動物臨床獣医師の数は少ない。根底には犬などの小動物は自然治癒が基本という昔からの考えがあるようだ。しかし、産業動物獣医師は五畜以外に遊牧民の番犬も診療する。ウランバートル市内の小動物病院数を獣医学部の先生に聞いたが、10軒くらいとの返事だった。獣医学部附属動物病院以外にはMongolia VET N.E.T.というNGO団体があり、その動物病院では獣医学部卒業生に対する産業動物獣医師と小動物獣医師のインターン研修制度があり、人気がある。私共のプロジェクトもインターン研修生を支援している。余談だが、モンゴルの人々は猫が好きでは無いようだ。その理由を獣医師に伺うと、猫の目が気持ち悪いと思っているとのこと。しかし、附属動物病院への猫の来院数は増えている。

2.モンゴルの獣医師の課題

モンゴルの獣医師の課題は2013年に実施された「モンゴル国獣医・畜産分野人材育成能力強化プロジェクト詳細計画策定調査」報告に記載されている。引用すると、「畜産国モンゴルにおいて、実際に現場に配置される獣医師や畜産技術者の技術レベルが低いことから家畜繁殖や家畜疾病対策のニーズには十分に対応できていない状況があった。それは、モンゴル生命科学大学獣医学部における獣医師養成能力不足に起因しており、具体的には、国際基準に満たない不十分な教育カリキュラム、教育・研究施設の不足、教員の指導能力不足といった課題があり、結果的に既に現場で活動している獣医・畜産技術者(社会人)の能力不足に至っている」とある。

モンゴルの牧畜は、本来、広大な耕作に適さない草原を水と餌を求めて遊牧することで生産物である肉や乳製品を自家消費する他に羊を中心とする肉用の家畜やカシミヤ、羊毛、ラクダ・馬の毛、皮革等を販売して現金収入を得るという形態である。これは畜産業が国民の食糧と畜産資源(原料)を供給する重要な部門であり、この部門の経済成長を目指すためには、獣医療サービスの質の向上により、越境性動物疾病の発生と蔓延を抑え、畜産物を安全に国民に供給し、更には畜産物原材料の国際貿易を促進する必要がある。しかし、これらの社会的要請に応えうる獣医師養成課程が十分に整備されておらず、国際基準の獣医学教育にも達していない状況にある。これはどこかで聞いたフレーズだが。

3.モンゴルにおける獣医学教育は1942年から始まり82年の歴史がある

モンゴルにおける獣医学教育はモンゴルにおける高等教育機関の設置から始まる。1942年10月5日にモンゴル初の大学として、畜産学・教育学・医学の3専攻科から成るモンゴル国立大学(The National University of Mongolia:NUM)がソ連の支援を受けて創立された。1946年の第一回卒業生のうち、16名が獣医師に、1名が畜産家に、18名が教員になり、計35名が学士号を取得した。これは当時のモンゴルの国情に合ったもので、産業と教育基盤形成のための高等教育機関において最初に畜産・獣医学教育が82年前に始まった。

1943年畜産学部が設置され、1949年に農学部となった。1990年に農業大学(University of Agriculture)として改編設置され、1993年に国立農業大学(Mongolian state University of Agriculture)、2014年に国立生命科学大学(Mongolian University of Life Sciences)に改称された。同大学は農学系5学部で構成されている。獣医学部は5年制で1年次は200人、2年次以降は151-200人が在籍しているとWebページには記載されているが、在籍者はこれよりも多い。

獣医学部の所在地は、司馬遼太郎の街道をゆく「モンゴル紀行」137頁の「丘の上から」にあるザイサンの丘の直ぐ下にある。この丘の上からウランバートル市街を見渡すことができる。市街地中心のスフバートル広場からは南に5km程離れた郊外に獣医学部の建物は1957年に設置された。

4.国立モンゴル生命科学大学獣医学部の教育組織は大講座制

獣医学部の教員組織は専任教員36人、嘱託(定年退職)4人と技術職7人が5つの講座(基礎獣医学、内科・薬理学、外科・繁殖学、微生物・感染症学、公衆衛生・衛生学)に所属する大講座制で教育・研究が運営されている(表2)。附属動物病院(図1)には1人の専任教員と3人の獣医師が配置されている。

2014年から始まったJICAの獣医学教育支援プロジェクト(梅村孝司先生)において新カリキュラムとシラバスが伊藤茂男先生の主導で作成され(図2)、2019年に新カリキュラムでの教育が開始、2024年6月に新カリキュラムの学年が卒業した(図3)。

モンゴルの獣医学教育は5年制で定員は150人となっているが、実際はこれ以上入学する。現在の2年生は250人と聞いた。必修57科目139単位、選択5科目13単位以上の合計152単位以上が卒業要件である。学年は4学期制で、第1学期9月~11月、第2学期11月~1月、第3学期1月~3月、第4学期3月~6月に分けられ、6月初旬に卒業式、中旬に第4学期が終わると、学生にも教職員にも長い夏休みが始まる。因みに、夏休み期間には教員の給料は支払われない。実働時間に対しての給与である。余談だが、7~8月の獣医学部校内は教員も学生も居ないので静かである。隣の第32小中高校も夏休みで、周辺の人通りも車の渋滞もない。次回は、大学の施設、各学年の科目配当、教育方法と試験等について解説したい。

参考文献

シリーズ「髙井伸二先生のモンゴルだより」