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記事提供:動物医療発明研究会
インタビュアー・構成・執筆 伊藤 隆
動物医療発明研究会 広報部長/獣医師
JVM NEWSとしてJAVS(日本獣医学生協会)とのコラボレーションにより獣医大学を紹介しています。
第1回目と第2回目は北ブロックの酪農学園大学を訪問し、第3回目は東ブロックの日本獣医生命科学大学、第4回目と第5回目は「全国唯一の国立獣医畜産系単科大学」で北ブロックの帯広畜産大学、第6回目は西ブロックの鳥取大学でした。
今回、第7回目は、北ブロックの北里大学(写真1A)のJAVS代表 岡村真凜さん、川手真仁さん、片山達也さんにお話をうかがいました(写真1B)。
(取材日:2024年6月19日)
Q1.北里大学のアピールポイントは何ですか?
(1)生命科学分野での総合大学(医学部、薬学部、看護学部、医療衛生学部、健康科学部、獣医学部、海洋生命科学部、理学部、未来工学部)である強みを活かし、農医連携の教育・プロジェクトを行っています。
学問の進歩による細分化がともすれば知の分離を招くこともあります。環境や食糧、健康などの問題を分野横断的な思考と連携によって解決する人材育成のための「農医連携教育プログラム」により、獣医学部でも農学的視点と医学的視点から問題解決を図るスペシャリストを養成しています。
(2)キャンパス内に2つの動物病院があります。「小動物診療センター」は、CT、MRI、放射線治療装置などの最先端の高度医療設備を備え、日本初の核医学検査装置を導入した動物病院です。東北地域の獣医療の中核総合施設となっています(写真2A)。もうひとつは、受精胚移植や疾病の治療・予防など、家畜の獣医療に貢献する「大動物診療センター」があります。家畜の疾病の治療や予防を主とした獣医療を通じて家畜生産者の経営の安定や安心で安全な畜産物の供給に貢献しています。また、ステロイド測定と受精胚移植などの牛胚移植事業も実施しています。
(3)農場、馬場、畜舎、放牧場など畜産系の設備が充実しています。十和田キャンパスは、総面積が38.4haあり、東京ドーム約8個分の広大な敷地の中には牛、馬、羊、山羊などたくさんの動物を飼育しています(写真2B)。
(4)米国2大学(インディアナ州パーデュー大学、テネシー州テネシー大学)、中国4大学(吉林大学、吉林農業大学、西南大学、華中農業大学)、タイ・マハナコン工科大学、オーストラリア日本野生動物保護教育財団との国際交流を行っています。
(5)JAVS第1期会長の朴 永泰先生は北里大学のOBです。朴先生については先輩メッセージ(後編)の中で詳しく紹介します。
(6)福島原発事故からの復興支援の研究を行っています。事故から13年たった現在でも研究を続けています。
2024年5月15日に掲載された岩手日報の記事『「家族」被ばく牛と共に13年 福島原発旧警戒区域・本紙記者ルポ』にも紹介されました。
(7)2021年6月映画にもなった「犬部!」は、北里大学獣医学部に実在したサークルです。「北里しっぽの会同好会」として今も活動を続けています。
Q2.現在、北里大学獣医学科で取り組まれている主な研究テーマを教えてください(回答は岡村真凜さん)。
【臨床系】
(1)小動物第2内科学研究室(有効な診断法と治療法の開発に繋がる研究)
研究室名は内科学ですが、眼科学を中心とした研究・臨床を行っています。眼炎症、特にぶどう膜炎に関与する転写因子の細胞内シグナル伝達の調節機構を明らかにし、これらの研究から得られた知識を、新たな薬剤送達システムを用いた分子標的治療に生かすことを目標にしています。そのためタンパク質分析、分子生物学的解析ならびに病理組織学的検索などによる多角的な解析法を用いた研究を行っています。
また、近年話題の再生医療研究として幹細胞(iPS細胞など)や角膜再生の研究も行っており、他大学・企業との共同研究や大学院生の育成(現在2名所属)も積極的に行っています。また、肝臓や腎臓などの臓器再生研究も実施しています。
Q.国内において獣医眼科学を専門とする教員がいる大学は少ないのではないでしょうか?
その通りです。当研究室は国内唯一の獣医眼科を専門とする専任教員が2名いる研究室です。金井一享教授は国内に数名しかいない「アジア獣医眼科専門医」です。
Q.どんな動物の眼科を診療していますか?
イヌ・ネコ等のみならず大動物や鳥類、爬虫類のエキゾチックアニマルの診療を行っています。また、小動物診療センター内に眼科専用の手術室があります(写真2C)。
(2)小動物第1外科学研究室(安全・有効な麻酔で痛みの少ない治療を)
近年、飼育頭数が増えている小型犬種では、前肢の形態的特徴から容易に骨折が生じます。本研究室では3Dモデルを用いたシミュレーションにより、小型犬種の骨折に対する適切な治療法を探求しています。また、骨折や細菌感染に伴い広範囲に骨を失う例では、骨の再建が必要となるため、骨移植の代替として自己の組織を利用して骨を再建する方法を研究しています。
犬に好発する椎間板ヘルニアでは、脊髄損傷および脊髄の炎症に伴い麻痺等が起こります。そのため、主に治療法が注目を集め、その病態には未解明な点が多く残されています。本研究室では手術時に摘出したヘルニア物質およびモデル動物を用いて犬椎間板ヘルニアの病態を解析しています。
Q.手術時に摘出したヘルニア物質を用いてどんな研究をされているのでしょうか?
椎間板ヘルニアはヒトでもよく発症しますが、飛び出した椎間板(ヘルニア塊)は体内で自然に吸収するため、保存療法が有効です。ヒトではヘルニア塊に対して新たな血管が作られ、白血球の浸潤やタンパク分解酵素が活性化するため、自然に縮小すると考えられています。「イヌも自然退縮を図れないだろうか?」研究室ではその可能性を探るべく、手術治療で摘出したイヌのヘルニア塊の炎症促進因子や血管新生の誘導因子、またタンパク分解酵素の発現パターンを解析しています。自然退縮を妨げる要因を明らかにし、新規治療法や再発の予防開発につなげたいと考えています。
(3)獣医放射線学研究室(放射線による診断・治療法の開発)
医療における画像診断の多くは放射線を利用するため、その安全取扱のための放射線防護に関わる調査・研究、動物での放射性物質や放射性医薬品の体内動態をはじめとする動物の核医学検査について、その特徴を明らかにすることによって検査を最適化することを行っています。また、培養された株化細胞に対する放射線の影響とそれにかかわる様々な因子を明らかにすることで動物の放射線治療の最適化に繋がる基礎研究や、福島原発事故に関わる環境放射能や家畜の被ばく調査を含む復興支援研究を行っています。
Q.核医学検査とはどんな検査でしょうか?
臓器の機能を見る検査です。臓器だけでなく腫瘍 (がん)の場所を教えてくれる検査もあります。薬は体の中に入ると、いろいろな臓器へ分布して、利用されたり分解されたりします。その薬に放射線を出す物質をつけておけば、体の外からカメラで薬から出てくる放射線の動きを追うことで、臓器の機能を評価します。
Q.X線、CT、MRIなどの他の検査より核医学検査が優れている点は何ですか?
犬や猫も人と同じようにX線、超音波、CT、MRIと検査が行われていますが、いずれも「形」を見る検査です。形が保たれていても、細胞が生きているとは限りません。核医学検査はそれができます。
Q.具体的に核医学検査を使用した小動物の症例について教えてください。
3症例を紹介します(写真2D)。
- 症例1「骨肉腫が肋骨へ転移した場合」-FDG-PET(フルオロデオキシグルコース陽電子断層撮影法)
- 悪性腫瘍(がん)がとめどなく糖(グルコース)を取り込み続ける性質を利用して、CTでも発見できない腫瘍を発見したり、がんが本当に完治したかを判断します。
- 症例2「跛行の原因がどこかわからなかった犬の場合」-骨シンチグラフィ
- 骨の腫瘍だけでなく、ちょっとした骨折や炎症がどこにあるのかレントゲン検査でもわからない時に威力を発揮します。
- 症例3「腎臓腫瘍」-腎シンチグラフィ
- 腎臓に異常があるからといって、単純に手術をしてはいけません。ましてや取ってしまえば戻せません。血液が通っていても機能しているとは限りません。手術をして良いのか悪いのか、左右それぞれの腎臓機能を正確に評価できるのは、腎シンチグラフィしかありません。
Q.国内で唯一核医学検査が受けられる動物病院ですか?
現時点で、本学が国内で唯一核医学検査を実施している動物病院です。ただし、JRA(日本中央競馬会)美浦トレーニング・センターに2025年導入されると聞いています。立ち上げに向けて本学が技術指導した経緯があります。研究成果としては、日本の獣医核医学の方針は私達から発信されて来ました。
【生態機構系】
(4)毒性学研究室(「毒」の謎を解き明かし環境汚染物質から生命を守る)
環境汚染物質が与えるヒトおよび野生生物への毒性影響を分子生物学・獣医学・ケモインフォマティクス・AIを組み合わせて解き明かしています。
Q.希少な野生動物に対してどのように実験して毒性の評価をされているのでしょうか?
化学物質に対する感受性は動物種差が大きく、野生動物は犬猫などのペットやマウスなどと異なる感受性を示すこともありますが、希少な野生動物に対する実験は困難です。研究室ではコンピューターシミュレーションを用い、動物を傷付けない評価法の確立に挑戦しています。化学物質が作用する標的タンパク質の形が生物種で異なることを利用し、その結合具合から各動物への影響を評価します。毛根などから入手できるDNA配列を用いAIで構築するため、動物が傷つくこともありません。
Q.野生動物での評価の実例を教えてください。
研究対象の一つに、世界自然遺産登録地の小笠原諸島があります。外来鼠対象に殺鼠剤の散布が行われていますが、これまで100頭しか存在しないといわれる、絶滅危惧種のオガサワラオオコウモリがいます。研究で、オガサワラオオコウモリに対する殺鼠剤の種類による感受性の違いを、世界で初めて明らかにしました。私達の研究は、環境問題という社会が抱える課題解決に直結するものです、社会実装に向け、農薬メーカーや製薬企業との共同研究もあります。今後はより幅広い動物種・化学物質に対応した、高性能の予測モデルの構築を目指します。
Q3.卒業生の勤務先は主にどんなところでしょうか?
2024年3月の卒業生121名の内、動物病院が最も多く64.8%(70名)、公務員(独法・地方)20.4%(22名)、産業動物関連(NOSAI・農協)7.4%(8名)、サービス業3.7%(4名)です。主な就職先として動物病院、厚生労働省、農林水産省、青森県庁、岩手県庁、福島県庁、宮城県庁、栃木県庁、埼玉県庁、茨城県庁、群馬県庁、千葉県庁、長野県庁、北海道農業共済組合、沖縄農業共済組合、全国酪農業協同組合連合会、東レ株式会社、全薬ホールディングス株式会社、共立製薬株式会社、KMバイオロジクス株式会社です。
Q4.海外研修制度について教えてください。
獣医学科では、1995年インディアナ州立パーデュー大学、テネシー州立テネシー大学と学術交流を締結し、それ以降毎年夏休みに各大学獣医学部に8名程度の5年生の学生を獣医学研修に派遣しています。研修期間は2週間で、皮膚科、眼科、循環器科、腫瘍科などの診療科において、それぞれの専門医の先生の指導の下で研修を行います。
また、2023年から新たにオーストラリア日本野生動物保護教育財団で行われる野生動物臨床研修への学生の参加が認められました。夏季研修ではカランビン・ワイルドライフ自然保護区での野生動物保護活動を通して臨床研修が行われました。
Q5.北里大学内でのJAVS活動、悩み、今後実施したいことなどを教えて下さい。
1年生が相模原キャンパス、2年生が十和田キャンパスなので、1年生と連絡を取るのが難しいです。また、他の獣医大学のJAVS代表は3年生ですが、北里大学ではJAVS代表が4年生でギャップを感じることがあります。JAVS活動としては全国のJAVS支部からねぶた祭のために青森に来て一緒にお祭りに行けるのが楽しく北里大学支部の推しポイントです。
Q6.北里大学獣医学部の受験生に対して先輩としてアドバイスをお願いします。
公募制の推薦基準が高校3年生だけでなく、一浪までOKです。
大学入学共通テストを利用すると国公立と併願可能となります。
一般入試では、理科の受験科目に物理を選択することができ、獣医系の大学では珍しかった気がします。物理は化学や生物と比べて基礎的な問題が多いため、高校で履修していた人にとっては狙い目だと思います。物理以外の理科は難しい問題が多いので、物理選択ではない人は特に英語と数学でしっかり得点することが合格への近道になると思います。
大学のWebサイトで過去問が確認できるのでうまく活用してください!
Q7.北里大学における獣医師国家試験に対する対応状況について教えてください。
6年生の11月に総合獣医学講座が実施されます。これは国家試験や卒業試験のようなものです。北里大学の卒業試験は画像問題があって、他大学の卒業試験よりもハードルが高く、卒業試験を余裕でパスできれば国家試験は落ちはしないだろうという面で、国家試験対策に役立っていると思います。卒業試験は12月前半にあって、その時点で基礎〜臨床までの知識は覚えていないといけないし、CT・MRI画像も見られるようになっていないと卒試に合格できないから、国家試験対策としては最高だと思っています。あと他大学と比べて、大学で勉強する人が多いので、切磋琢磨し合えることも良いところだと思います。
2024年3月の国家試験合格率が全国平均72.7%に対して北里大学は、88.9%の合格率でした。
Q8.動物医療発明研究会の取材記事で、どの分野の獣医師の話を読みたいですか。あれば教えて下さい。
- 厚生労働省に獣医系技官として勤務されている獣医師
- 三沢基地内に動物病院を開業されている獣医師
- 医療機器メーカーに勤務されている獣医師
- 大阪にあるナイル動物病院(エキゾチックアニマル対応動物病院)の獣医師
- 株式会社大阪海洋研究所太地事務所 石川 創先生
- 海外で馬の臨床関係の仕事をされている獣医師
Q9.北里大学を含めた周辺のご当地自慢をお願いします。
- 食べ物や畜産関連では十和田名物のバラ焼き、ガーリックポーク(ブランド豚)、日本短角牛が有名です。
- お祭り関連:青森ねぶた祭、八戸三社大祭(ユネスコ無形文化遺産 写真3A)
- 観光地:十和田市現代美術館(写真3B)、星野リゾート奥入瀬渓流ホテル(写真3C)
編集後記
北里大学獣医学部は、国内で唯一核医学検査が受けられる動物病院があり、小動物第2内科学研究室は国内唯一の獣医眼科を専門とする専任教員が2名いる研究室であることと、小動物診療センター内に眼科専用の手術室があるなど他の獣医大学にはない最新の機器や施設が揃っている点が特筆すべき点ではないかと思いました。
また、施設の充実だけでなく生命科学分野での総合大学(医学部、薬学部、看護学部、医療衛生学部、健康科学部、獣医学部、海洋生命科学部、理学部、未来工学部)である強みを活かし、農医連携の教育・プロジェクトを行っているのも特徴的だと思いました。
数ある研究の中でも小動物第1外科学研究室は、犬に好発する椎間板ヘルニアを研究しています。椎間板ヘルニアは脊髄損傷および脊髄の炎症に伴い麻痺等が起こります。そのため、主に治療法が注目を集め、その病態には未解明な点が多く残されています。同研究室では、治療法の研究ではなく、手術時に摘出したヘルニア物質およびモデル動物を用いて犬椎間板ヘルニアの病態を解析しようと試みている点は注目すべき点ではないかと思われます。
次回の後編では、2つの研究室を紹介します。1つ目は猫のFIP研究を行っている獣医伝染病学研究室。もう1つは、人喰いバクテリアの研究を行っている獣医公衆衛生学研究室です。また、2人のユニークな先輩からの後輩に向けてのメッセージの記事もありますのでご期待ください。
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シリーズ「JAVSコラボレーション-獣医師による獣医大学訪問」