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■【寄稿】新刊『となりのクリハラリス』紹介兼ね一この種と野生動物医学者として向き合った回顧
- 著:田村典子
- 発行日:2025年8月25日
- 価格:定価3,300円 (本体価格3,000円)
- 発行元:東京大学出版会
浅川満彦(酪農学園大学 名誉教授)
今回紹介する『となりのクリハラリス』の詳細は書名をクリックいただきたい。つくづくweb媒体は便利だ。筆者(以下、浅川)がリス類と関わった点を徒然に回顧し、その折々で新刊『となりのクリハラリス』とその著者・田村氏のことに触れる。
2025年7月31日、浅川はJVM NEWSに「大地と獣」と題する文を掲載した。よろしければ、そちらも横目でご覧になりつつ以下お読みいただきたい。
「大地と獣」では、真獣四上目についてごく簡単に触れた。リス含む真主齧上目という仲間は哺乳類全体の系統性とを地史的時間を鑑みると、比較的後の方(最近)に出現した(要するに進化した獣)と考えられている。それが誕生・展開した大地は野生の故郷アフリカ(ゴンドワナ超大陸の一部)ではなく、もっと北の(ユーラシアや北米両大陸等を包含したローラシア超大陸)と考えられている。
しかもこの上目にはネズミ類(齧歯類)約2千種(およびウサギ類)が含まれ、現生獣種の半分を占めるので哺乳類の生物多様性研究面で絶対的好適研究モデルでもある。ゆえに進化学に軸足を置き、院・学部で指導する方が院生・学生に齧歯類を卒論・学位論文の材料にしたら?と提案することが多いだろう。
が、言われた本人は若干落胆したとか、しないとか。「ゾウやライオン、クジラじゃないのかよ!」と心中毒づいたとか、つかなかったとか…。野生好きで野心満々の中には、扱っている動物がその人間のヒエラルキーを決めると思い込むような傾向が有るような無いような…。(浅川のように)この業界に半世紀いると様々な人間と出くわす。野ネズミ(の寄生虫)をモデルにしていると知ると急にマウントをとる方がいたような、いないような…。感染症時代に生きる野生動物医学者がそのような方を相手にしている暇は無い。
野生動物医学という獣医学の中でワンヘルスを標的にした領域(保全医学)に身を置く浅川は、リス含む齧歯類は新興感染症を含め感染症の観点から絶対無視できない。『となりのクリハラリス』でもいくつかの場所で感染症に触れられ、田村氏の主眼であるリス類の行動・生態(心理?)と考えあわせ、実に示唆的な刺激を読者に与え、ワンヘルスについても明確に言及されている(107頁)。そこでは浅川の蠕虫に関する論文も引用され面映ゆい。否、気まずい…(後述)。
浅川の発表以外の蠕虫研究(他原虫等寄生虫)にも触れており、リス類が衛生動物でもあることを知らしめる効果を有し貴重であり、浅川にもありがたい。一点、取り上げてもらいたかった事例をここで紹介しておく。1990年代初頭、東京都内のクリハラリス放飼場でC型溶血性連鎖球菌集団感染し、500個体以上が致死した症例で、稀に人にも感染することを紹介していただきたかった。また、この細菌Streptococcus zooepidemics(あるいはStreptococcus equi subsp. zooepidemicus)はβ溶血性連鎖球菌の一種で劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)とは別系統ではあるが、馬や牛、犬・猫等との接触により稀に人に感染症を引き起こすことが知られている。滅菌が不完全な乳製品摂取による感染報告もあり、リスが濃密飼育された場所でも同様な危険性があろう。
なお、田村氏に引用いただいた浅川の著作は学会報告(oral)の後の中間報告で、原著論文にはしておらずとてもバツが悪い。
さて田村氏からは試料・標本を預かっていた。全て保管し余裕ができたらその調査・解析をと心に決めていた。が、時は残酷である。2025年3月末で時間切れ(定年退職)。田村氏から預かった試料・標本も廃棄された(自宅への持ち帰りも禁止)。もし、本稿をご覧になっておられる方で浅川のように「いつかやる!」と念ずる方がいらしたら、これを他山の石とされどうか準備怠りなく。
田村氏から頂いた試料に添付された中でもっとも旧い年月は2002年6月で、福江島由来試料であった。浅川は野ネズミの蠕虫研究で主だった国内離島を巡ったので、これに触発され福江島のアカネズミを捕獲しにいつか訪れたいと思っていたがこれも果たせず時間切れ…。ところで『となりのクリハラリス』を読んで福江島に近い壱岐にもクリハラリスがいると初めて知った。現役時代の1990年3月に調査した島であるが、当時、見かけたことはなかった(と思う)。壱岐では浅川の調査後に自治体が放獣した可能性があると知った。何と罪深くやるせないことか。同書にはこのような移入の経緯・背景も詳細に紹介され、皆さんも同様な気持ちになろう。浅川の島巡りには1997年3月の伊豆大島も含まれるが、同書15頁の写真にあったリスがヤブツバキに対する新旧環状食痕も実見した。初見時のショックは今でも鮮明に思い出す。
浅川が起居する北海道のキタリス(エゾリス)のことを連想する。冬季にイタヤカエデ幹に対し類似した横線状の傷を付け染み出るメープルシロップを舐め取るキタリスの姿を何度か目撃した。同書16頁に「このような削り方をするのは(このリス以外)無い」とあったので、浅川が目撃したのは似て非なるものなのだろうか。浅川はこういったモノゴトは素人なので(野生動物の寄生虫専門)誤認してもやむなし。
罪深いのは餌付け。クリハラリスが公園等で手から餌を摂る姿は理屈抜きでめんこい(北海道弁で可愛い)。浅川の伊豆大島(1997年3月)では、当時小学生であった子ども3人を連れていったが、訪れた公園で専用餌が売られ、これをリスにあげとても喜んでいた。仕事人間で家庭を顧みなかった浅川にとり、数少ない子どもとの思い出となっている。そのイメージは『となりのクリハラリス』114頁の写真そのものであった。こういった公的機関の餌やりは専用手袋を餌と一緒に渡されるので安全ではあるが、乾燥糞尿飛散・吸引の危険性は有る。要するにこういった餌体験を売り物することは(生態系的にも公衆衛生的にも)、望ましくはないということだ。
感染症の問題については先ほど言及したが、『となりのクリハラリス』では人のみならず外来リスがその源となり在来種へウイルスを感染させ、在来種の個体数減少が懸念されると紹介されている。日本ではそのような関連研究が少ないようなので検証は難しいが、その先進国となる英国の事例が取り上げられていた(103~109頁)。
ここでウイルスについて付記しておく。リス類を自然宿主とするポックスウイルス科ポックスウイルス亜科に属し疾病Squirrelpoxを引き起こすウイルスは、SQPVと表記される(参考「Squirrel pox and other squirrel diseases」)。このウイルスはかつてパラポックスウイルスの仲間とされたが、今日では異なるという説が有力である。日本ではパラポックスはカモシカでの高病原性がよく知られ、あくまでも浅川の管見だが、野生動物に悪影響というイメージが先行・拡張されているように思える。そして、現在でもSQPVをパラポックスウイルスと記すことが散見される。
ウイルスの系統や分類はややこしく、そもそもウイルス自体、生物なのかそれとも非生物かとの論議中で話が複雑である。だが、少なくとも整理、分類(作業)面に関し真の生物である体系を借用している。ゆえにここで記した科familyや亜科subfamilyは私たちがイメージする真の生物と同様としたい。
この点では(少々長くなるが)卑近な例を語らないとならない。浅川は定年退職した獣医科大学で(前述)、ムシ(寄生虫)関係と野生動物(医)学を教えていた。ムシ系はともかく野生動物学は素人というか、これが命ぜられた1990年代中頃には獣医野生動物学の教育体制はほぼ無かった(参考 浅川著『野生動物医学への挑戦』)。よって、授業準備のため2000年から翌年にかけ(浅川40歳から41歳)、ロンドン大学大学院に留学した。ロンドン動物学会と王立獣医学校Royal Veterinary Collegeとが共同開講した野生動物医学専門職修士課程MSc Wild Animal Health課程に在籍するためだ。獣医科大学には当時も今も(日本も英国も)、野生動物に関する自前の拠点は無い。よって、ロンドン動物学会が所有するロンドン動物園が当該課程のメインキャンパスであった。その園の主任獣医師Anthony W. Sainsbury(我々はトニーと呼んでいたのでその愛称を使う)がその課程主任で、当時、博士号取得と課程運営を兼ね忙しいことになっていた。浅川が専門職修士号を得、しばらくたってトニーにも博士号を授与されたという。その参考論文の一つ(トニー共著)と思しき論文が『となりのクリハラリス』でも引用されていた(Bruemmer et al. 2010)。この論文で見るようにトニーの博士主論文テーマはハイイロリスのSQPVの在来種キタリスへの影響であった。ロンドン動物園(そのサファリ版であるウィップネード野生動物公園含む)の専任獣医師なのにそのような地味な動物を専門にするトニーに対し、課程のクラスメートの中には、前述したような「なーんだ、リスかよ」という失礼な感想を持った人間がいたかどうかは確かめてはいない…。
そのような縁から、トニーが集めた冷凍ハイイロリスをエタノール固定し、帰国間際アルコールを捨て日本に持ち帰り(写真)ムシを出した。しかしこれも口頭発表留まり…。この写真を見るたび心が痛い。このあたりで止めよう。