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■【寄稿】大地と獣

2025-07-31 14:04 掲載 | 前の記事 | 次の記事

浅川満彦(酪農学園大学 名誉教授/非常勤)

連絡先 mitsuhikoasakawa(アットマーク)gmail.com

宿主特異的な寄生虫の生物地理に興味があった。要するに「寄生虫はいつ、どこから、どのような経緯で日本にやって来たのか?」を知りたかった。学部生時代から2025年3月(定年退職)までの約40年間、彷徨した。でも餓死するので獣医私大のサラリーマン教員に擬態し、答え探しの調査・研究費稼ぎで無我夢中の年月だった。このあたりの背景は昨年・一昨年の本メディア(JVM NEWS)の拙稿(書評 佐藤 淳 著『進化生物学 DNAで学ぶ哺乳類の多様性』/書評 日本哺乳類学会 編『日本の哺乳類学 百年のあゆみ』)にもある。

これがひとまず落ち着き、それまでの移動生活を振り返ったら、気が付けばおもな大陸を駆け抜けていた。膾炙される“五大大陸”(南北アメリカ・アフリカ・ユーラシア・オーストラリア・南極)のうち、研究モデルではない南極は未踏。せっかくなので南極制覇し、きりよく“五大大陸”にしてはとある人から推奨された。だが、氷床に覆われた大地はモデル外。ゆえに端から無関心。

私の移動は明確な目的があってなので“彷徨”ではないだろう。でも、結構長い物理的移動とその準備・後始末の最中は非生産的な様々な想いが去来、メンタル的に漂っていた。ならばしっかり彷徨である。

系統と分類(学名)は表裏一体なので敬遠

彷徨論はともかく、数年前、それらモデル地域(大陸)の歴史(地史)が宿主モデルとして追い回した獣の類縁関係(系統)と密接に関わるという岡田典弘先生(東京工業大学)他の説が出た。その時だけ、一瞬後悔をした。そういった説を知っておれば、その地をもっと味わうことができたと思ったからだ。

だがこの説は危険でもある。系統性は間違いなく分類(学)に反映する。そうなると、授業や専門医(野生動物[医]学)のため記憶した名前・用語も無いモノとされ、頭の中に形成された獣系統分類体系もリセットしなければならないからだ。結局、恐怖の方が勝り、新説完全無視と決め込んできた。

でもワンヘルス・ブーム(?)の今、地史と獣(およびとその寄生虫=病原体)の関係性は無視できない。つまり、大地の歴史とその上で展開する獣の系統性の説は新興・再興感染(症)をワンヘルス的に理解する上で非常に示唆的と見なせよう。深みにはまらない程度にさらっと紹介させていただく。

なお本稿は、2025年8月30日、札幌市北区役所で開催される第177回最終間氷期勉強会創立30周年記念講演『感染症問題を野生動物専門医の視点から概観-特に地史と関連させ』の講演原稿を目的に作成されたものである。講演では今回の情報、すなわち宿主である獣(哺乳類)の分類と分布した大陸の地史の基礎情報をもとにヒトと動物の共通感染症や家畜伝染病のいくつかの事例についても簡単に省察する予定である。本稿では、その前半の基礎情報の紹介に努めたい。当該発表の貴重な場を賜り、かつ本稿を校閲頂いた同勉強会各位に深謝する。

「高校地学」の絶滅危惧種化がそもそもの宿痾

ところで、そもそもだが獣医大(特に獣医私大)入試で地学選択が事実上皆無なので、本メディア主想定読者(獣医師および獣医療関係者)にどれほど伝わるのかが非常に危惧される。常識・公共知範囲内で記すように努力するが、ここで述べる内容は教養(文化)である。もし、少しでもご興味を持っていただいたのなら、この機会に自己学習されてはどうだろうか。そのため、(確信犯的に)横道にそらすが(地質や天文気象・気候等の基礎を学ぶ)地学は入試戦略面でツブシが効かず、畢竟、高校地学が絶滅危惧種になっていること自体が日本の大問題であると指摘する。

鉱物資源の現状と課題、台風・震災の防災・減災、山容・温泉等の恩恵面等、この科目にはいずれも日本人こそ知るべき情報満載である。一方、これだけ環境・エコと喧伝されながら、高校地学の悲惨さはどういうことか。もちろん、(現状の二次産業・加工業ではなく)限られた国土内で真の一次産業を目指す農林畜産業面で、これに貢献する獣医療が地学と無関係であるはずはない。

地球誕生四十億年後にチョーでかい大地パンゲア出現

主題に戻る。45億年前に地球が誕生、その40億年後、原始の海にチョーでかい大地が浮かび上がった。古生代~中生代の超大陸パンゲアである。パンは“汎”の当て字があるように“遍く”を含意し、ゲアは古代ギリシャ“大地の女神ガイア”に由来する大地という意味である。

いやその前に“古生代等何々代”がダメだ。申し訳ないがこれだけ-古生代6億~3億年前、中生代3億~6500万年前、その後が今を含む新生代のたった三つの地質時代区分-は自助努力をお願いしたい(参考:日本地質学会「地質系統・年代の日本語記述ガイドライン」)。古生代が6億年前ということだけでも憶えていただければ、次はその半分3(億年)である。6500万は脈絡を欠くが、巨大隕石衝突で恐竜が絶滅したイベントは今や常識。とりわけ恐竜好きなお子さんは間違いなく知っているし、運が悪いことに多くのお子さんは大の恐竜好き。要するに恐竜ブームなのである。よって、子どもの多くがこの数字を知っていると覚悟しよう。

つまり、子ども相手で何かの拍子に恐竜談義になる危険性が高いのである。具体的には獣医さんであるあなたがこの数字がいとも自然に口から出るか出ないかで、その後の関係性が微妙になる。子どもは残酷で、常に大人をやり込めたいと願う生き物である。たとえば、私の次男は

「えっ、動物のセンセイなのに、そんなこともしらないの?」 と何度も投げつけてきた。どこかのマイナー動物本で仕入れた些細な情報を、前触れなく口頭試問してくるのである。それゆえ隕石衝突年ごとく反射的に口から飛び出さないといけない。

要するに大陸はジグソーパズルのピース

“口頭試問”等の関連はもっとあるが本論に戻す。パンゲア実体は“五大大陸”(前述)が連結した大地であった。その名のごとく超でかい。それが古生代の終わり頃~中生代の3億年間存在した。しかし、中生代になりそのパーツの大陸が移動開始するのだ。孫氏兵法“動かざること山のごとし”だが山を載せた大陸は動く。もちろん船舶のようにスイスイと航行するようには見えない。2ないし3億年というスケールで少しずつなので。だが19世紀半、ドイツの気象学者ウエゲナーが世界地図を眺めていると各大陸の縁が他大陸のそれと合致すると直感した。

今日のリアルな地図はウエゲナーが眺めていた時点から百年前には存在していたので、もし、その時よりずっと前の神話的で楽し気な中世の地図だったら、そのような発想には至らなかった。それでも、ウエゲナーの手元にあったその地図は大量生産品ではなかったのでとても高価であったはず。だが躊躇せず大陸を切り抜き、繋ぎ合わせた。そうなるとジグソーパズルは見事に繋がった。パンゲアの地図が現出した瞬間である。

熱の伝わり方の物理現象“対流”が大陸を動かす

早速大陸移動説を唱え、後年その仮説(思いつき)が地球物理学的に立証され、想像から真面な(まっとうな)学説に脱皮した。メカニズムは単純で地下深部の高熱物質マントルがドロドロしているので暖かい部分は上昇し、対流が生ずる。そして、その上に乗っていた岩盤(地殻、プレート)が引きずられるように動くというものである。

それにより超大陸が分裂、最終的に各大陸が今の位置に移動、その後、島のような感じで獣を隔離した。しかし、移動したプレートは岩や石だけの殺風景なものではなく、その上に“乗客”を乗せていた。

“客”は獣の祖先で両生/爬虫類の雰囲気を纏った何か、あるいは少しグレードアップした原始的獣であったはずだ。でもムシ屋には興味がない。しかし、獣医師にとって“異星人”のような古生物学者が日夜研究、その実体を探っている。気長に待とう。客の実体はともかく、地理的隔離に到るまでの過程は明白である。客≒獣は陸棲なので経路は陸伝いである。単純だ。ここでコウモリやクジラを出さないで欲しい。分断され大陸に取り残された“客”は乗っかった各大陸の上で(地理的隔離の結果)独特な系統を形成、結果的に多数の種となった(多様化)。

現生獣は計約五千種。この多様化した軌跡を追跡する場合、いきなり全部並べられても困る。いくつかの群に分けるのが良い。群はクレードとかタクサ等の名称があるがこれ以上は込み入るので名称論は脇に置く。

獣現生種約五千を形と分子で分類し生息地情報加味

それは系統を反映した分類群“目”で30ほどある。分けた根拠は獣の骨の形態や細胞から得られたミトコンドリア(mt)および核DNA等分子情報分類である。内一つの目がオセアニアの単孔目(ハリモグラやカモノハシ)、同じく二つが南米産有袋類(後獣下綱)、五つがオーストラリア大陸産等の有袋類である。残りの目全てが“真獣類” (≒有胎盤類)という大きな“群”に一括りにされる。この“群”、雑だが汎用性は高い。分類(学)的にこだわるならクレードとかタクサ等という用語もある。でも無視しよう。

形や分子で明らかになった獣の系統分類だが(前述)、その知見に獣の主な生息地の地理的な分布を重ね合わせると、それぞれの大陸に分かれた時とほぼ一致した。それぞれの大陸周囲が海峡に取り囲まれ、図体はデカいが島のような感じとなった時点である。後は単純。大陸に乗っていた祖先獣は地理的隔離され、それぞれの大陸上で分化(適応放散、種や系統等の多様化)したと解すれば良い。そのような系統群に“異星人”のごとき獣の現生獣の分類学者が島大陸名にちなんだ系統(分類)名を付けてくれた。これは大いに評価したい。地理的隔離の身近な好例としては、北海道を除く日本列島固有種ニホンカモシカCapricornis crispusである。固有種(種レベルの分化)なので大陸で隔離され、もっと大きな分類群(目・科等)の分化に比べればいささかスケールダウンするが、ユーラシア大陸から獣の供給を受け日本列島内での隔離期間は長くて200万年程度なので断然短い。日本列島は島国なので、こういった地理的隔離が普通にあるかのように思われるが、実際はカモシカのような例は僅少である。よって、日本哺乳類学会ではこの種をアイコンにしているほど貴重なのだ。たとえば、いくら絵になるからと言って島嶼のヤマネコ類はせいぜい固有亜種なのでそういった名誉に浴することはあり得ない。

“真獣”とそれ以外

真獣類の中には家畜・愛玩の飼育種や感染症論的に問題視される野生種等が多数入るので、以下本文では真獣類中心となる。だが、些末なモノゴトが気になり話が入ってこない方ももいらっしゃる。“以外”にはあのビッグ・アイドル“コアラやワラビーも入る。触れておく方が無難だ。

だが、アイドルでも真獣類との競合に敗れた哀れな獣である。今はオセアニアと南北米大陸に生残するものの真獣類と雄々しく戦った勝者ではない。生き残った場所が他海峡により隔絶されただけだったからだ。つまり大地の神ガイアの気紛れにすぎなかった。

同じ有袋類の中で、オセアニアと南米とに生息する獣はそれぞれ系統が全く異なる。つまり、隔離された直接的祖先(系統)が異なっていたのである。それぞれ隔離された大陸・島嶼内で独自進化が起き、系統が異なった(ように見える)わけではない。繰り返すが島大陸に分かれた時、(系統の)異なった有袋類が、異なった場所にそれぞれ残っただけである。有袋類というとそれだけであたかも“一枚板”のようなイメージをお持ちかもしれない。だが彼らは彼らで複雑=複数系統を包含する。くどいがそれぞれの島・大陸で独自進化したわけではない。

たとえば、オーストラリア大陸のカンガルー・コアラ等とオセアニア各地にいてフクロギツネというポッサムは同系統内。しかし、南北アメリカのオポッサムはオーストラリアのそれとは別系統。書きながら私も混乱しそうだ。ポッサム/オポッサムという表記・呼び名がそもそも迷惑千万。系統が違うことがわかった上は英語名も思い切って全然違う呼称にしてはどうかと思ったが、今さら急に変更されても困るか。これだから分類変更は恐怖なのである(前述)。

中締め-ワンヘルスの使命を確認

まだ続くので、ここで中締めとして以上をまとめる。獣の進化系統は乗った大地が大陸化したタイミングに影響を受けたことが多そうである。だが、私の関心は、あくまでもその獣(宿主)に寄生・共生したウイルス、原虫、寄生虫等である。おそらく、大陸に隔離された後は、その大陸にいる他の獣からの感染や同じ大陸の同居者へ宿主転換(シフト。宿主と病原体とは別の生き物)、あるいは宿主だけが生き残って寄生体だけ絶滅等の二次的現象も沢山あったはずだ(病原体が宿主と運命する義理はないし、病原体も生き残るのに必死)。

さらに、ヒトが登場したのは地質学的にはごくごく最近のイベントだし、その獣が別の獣を家畜として飼い始め、他大陸に移動した際に意図的・非意図的に別獣を外来種として持ち込んだのはもっと新しい。こういったイベントは結果的に病原体との関係を一層複雑化させた。これを一つずつ解き明かすのがワンヘルスの使命だ。それはそれとして大変な作業。だからせめて、宿主獣分類だけは複雑化しないで欲しい。

残念ながら獣系統解析の研究の進展に伴い、先に述べたように獣の分類(系統)がどんどん追加・変更されつつある。ただでさえ、分類は苦手。いろいろな名前が出てくる。獣が進化・分散した舞台の大陸名を獣系統名につけてもらうことが多いのは福音である。

獣(哺乳綱)現生種は約5千種。化石の記録だけでも絶滅種も相当ある中、2~3億年間でよくぞこれだけ生き残ったものだ。でも、獣名五千を眼前に並べられても困る。獣の系統分類学者はこれを整理するためいくつか束ね整理した。そのツールが“目”(もく)で御存知のような霊長目のような時に使う。適当に束ねるのではなく、可能な限り系統関係を反映するので適切な分類名称を兼ねる。まず五千種は約30の目に分けられた。

真獣類の四つの上目とは

うち1目がオセアニアの単孔目(ハリモグラやカモノハシ)、2目が南米の有袋類(後獣下綱)、5目がオセアニアの有袋類である(後述)。それでも約20の目が残るので、それらすべてを“真獣類”というさらに大きな分類“群”として一括りにされた(分類学的に“真獣下綱”)。ところで、この“群”、何だか雑みたいだが、“類”同様に汎性が高く捨て難い。分類(学)的に厳しくこだわるならクレードとかタクサ等もあるが無視。真獣類も面倒なのでただ真獣と略記する。

その真獣だがいまだ依然約20のままなので眩暈は続きそうだ。本稿冒頭で“逃げた”と吐露した説によると、これを少し上位クレード(上目)に束ね、以下①~④が提案されている。また、本当はパンゲア初出で記すべきだったがこれら上目の誕生背景とも密接に関わるので超大陸~五大大陸までの成立経緯も簡単に追記している。

  • ①アフリカ獣上目:1億年以上前(中生代)、ゴンドワナ大陸からアフリカ大陸が分かれた際、祖先的真獣類が隔離された後分化
  • ②異節上目:同じく1億年以上前、ゴンドワナ大陸からアメリカ大陸(の南米)が分かれた際、そこに隔絶された真獣類から誕生
  • ③ローラシア上目:2億年以上前、パンゲアが“南”と“北”に分裂、次いで“北”がローラシア[超]大陸(ユーラシア大陸と北米包含)。この[超]大陸上でローラシア上目が誕生。一方、“南”はゴンドワナ[超]大陸になりゴンドワナ[超]大陸はアフリカ・オーストラリア大陸、オセアニア島嶼・南米・南極大陸を分裂)
  • ④真主齧上目:1億年以内(最新の群)にローラシア上目から適応・分化し、本上目が誕生。なお、便宜上、ローラシア上目と真主齧上目とを統括した名称“北方真獣類”も頻用

三つのマイナー上目に生態や系統の情報を加味すると…

アフリカ獣上目では原始的な長脚目(ハネジネズミ類)とアフリカトガリネズミ目(テンレック類)のアフリカ大陸にのみ分布するネズミ型小獣類、管歯目(ツチブタ類)、さらに進化し大型化した近蹄類が順次分化した。この上目の特徴は分化初期でこそ、岩狸目(ハイラックス類)のような小獣が分化したが、この上目では進化するにつれ体サイズが増加する一般則の典型である。最終的に長鼻目・重脚目(サイの仲間)等が分化したのが証左である。

形態分類から系統仮説をひねり出していた頃の仮説を信じ、授業で話すたび「ハイラックスからゾウかよ!」と一人突っ込みをしていたが、分子系統の説でそれが直線的な“単系統”と実証されたのである。「進化ってすごい!」と書きながら感慨に耽っている。

これら巨大獣は草食(被子植物食)性だが水棲にも適応したものは、餌植物を追いかけアマモ(被子植物)食に適応、海牛目ジュゴン・マナティに分化したものもいた。

ローラシア獣上目は当該大陸(前述)で進化放散したので、そのままの名称が付いたのでとてもありがたい。もっともローラシア[超]大陸を知らねば取り付く島もないが…。

危険なのが異節上目である。獣医初学者が獣医解剖の頸椎数で例外に遭遇するのが異節上目の被甲目アルマジロ類や有毛目アリクイ・ナマケモノである。南米で分化したとされるので、上目名に“ゴンドワナ”を付けた方がローラシア上目とのバランスがとれただろう。異節上目の獣は骨解剖ばかりかここでもトリッキーな存在。

ローラシア上目こそ従来の獣進化モデル

ローラシア上目の祖先に相当するのが現生のトガリネズミ目(モグラ類)やハリネズミ目である。これは旧来の解釈、王道なので枠組みもそのままで理解しやすい。ちなみにこれら両目は食虫類と総称され、生態(食性)も一瞬で理解できる優れたネーミングだ。

そして、樹上に進出・適応し、樹上特化した絶滅獣キモレステス(目Cimolesta)が生まれた。しかし、恥ずかしながら私は初耳(初見)であった。外観はイタチかオポッサム的と想像された。地味であるが、メジャー現生種につながる大物である。

まず、進化・系統が不明のまま絶滅のふちに立たされたセンザンコウ(有鱗目)の先祖である。よって東南アジアの野生動物医学のシンボルとなり、当該地域の専門医協会のアイコンでもある。最近ではコロナ禍原因ウイルスのレゼルボア“容疑”をかけられ、その時、センザンコウはかなり注目された。だがこの獣に関し、謎が多く授業での有鱗目の扱いには苦しめられた。

ヒグマも犬猫もキモレステス“キモいです”から

センザンコウの先祖が判明したのは大収穫であったが、これが森から草原に進出、肉歯目(絶滅)という獣を生み、これから、さらに食肉目へ進化した。さらなる驚異である。

読み飛ばした方もいるかもしれないが、食肉目とはネコ・イヌ・クマ・イタチ・アザラシ等を含む群である。獣医師にとって重要な伴侶動物の祖先がここでやっと登場した。もちろん野生好き獣医学徒が憧れるライオン・トラもこの地味な獣キモレステスから生まれた。

不条理の極みのようだが放置はいけない。まず、名前から掘り下げよう。キモレステスだが古代ギリシャ語で後は“盗賊・泥棒”、盗むモノは前の“裂肉”や“白墨(チョーク)”。分からん。強引だが獣医師国家試験でお世話になった手法でまず憶えよう。

「目立たないくせに大物なんて、“きもいすです(=キモレステス)”」

あたり。だが実際は大物なのに目立たない方が恰好良い。人望がないのに大物ぶる人間を見るたびにそう思う。

幻となった有蹄類

ローラシア[超]大陸上で“仕事”をしたキモレステス(の遠い親戚)は汎歯目・紐歯目・裂歯目・幻獣目・顆節目等を生んだ。これらは草食(被子植物の草という形態の植物)、蹄有す有蹄類のような獣であった(全て絶滅)。

やっと有蹄類登場だと思ったら尚早。“有蹄類”という系統群(クレード)は無い。家畜といえば有蹄類、有蹄類といえば家畜と刷り込まれた獣医師にとって裏切られた気になる。他人の空似の寄せ集めに過ぎなかったのだ。汎歯目が南米・南極(当時は温暖化していた)、顆節目がオセアニアを除く他の全大陸にいた。そういった場所はいずれも広大な草原であったろう。これら“化石有蹄類擬き(もどき)”や野獣類[または広獣類・猛獣類・肉獣類等]という有鱗目・食肉目・キモレステス目・肉歯目を一括した系統群の詳細は省略する。

ローラシア獣上目に牛馬の始祖を垣間見る

なお、前節冒頭で列挙した“化石有蹄類擬き”のうち、顆節目だけは奇蹄目とその近縁群の祖先かもしれないという考えはある。だが確かではない。それほどまでに、顆節目に由来し蹄を有した草食性獣分化は多様であったのだ。多種・多様な化石が出土したのだろう。分析が進まないほど…。

真獣類進出が乏しかった南米では(これは異節上目にとっても幸運であったのだが)南蹄目・滑距目・火獣目・雷獣目・異蹄目等がのびのびと多様化した。一方、北米・ユーラシアでは別の“擬き”である恐角類が放散、現生バク・サイ・ウマ擁す奇蹄目が生まれたものの、アフリカまで進出し、奇蹄目以外全て絶滅した。せっかく生残した奇蹄目も後進した偶蹄類進出に圧倒され、結局、約20種しか残っていない。

飛翔ルートの開拓

ローラシア獣上目が分化し始めた頃、樹上生活獣から前肢から体側にかけ皮膜を発達させ、滑空する小獣が進化した。コウモリ類(翼手目)である。翼竜や齧歯類・ヒヨケザルのような滑空ではなく鳥と遜色ない飛行・飛翔する能力を得た。よって、獣の典型的な放散以外のルートを開拓した。よって、今、南極除全大陸と海洋島にも分布することになった。人の住環境にも積極的に進出し、感染論的にも無視ができない存在となった。この事実は全人類、コロナ禍で身に沁みついた。

獣の系統論のトリビア的な話題になろうが、翼手目・奇蹄目・食肉目・有鱗目をあわせ、ペガサス野獣類等と呼称したことがあった。獣の系統研究は想像上の動物を現出させたが、私のような素人を混乱させるのはいかがなものか。これまで見たように多数の獣の系統が絶滅した。もし、こういった幻系統を作るなら、これまでの絶滅系統の扱いがどうなるのかが気になるし、獣医師のような無邪気な人々を一層混乱させることになるかもしれない。慎重に公表していただきたい。

満を持してクジラ登場

獣医師にとって重要なウマ他奇蹄類の出自は前述のようにすっきりしない。一方、ウシ含む偶蹄類はどうか。ある意味、ローラシア獣上目で最も多様化に成功した(種数、生息地等から)のがウシ含むいわゆる偶蹄類である。だが、その前にこの動物群の現行(系統)分類学的な扱いを確認しないとならない。

まず、正式な分類学的名称“鯨偶蹄目”が使われて久しい。もっとも、獣医学領域ではあまり使用されていない印象だが。まず、この目はスタートからしてトリッキーであった。ローラシア獣上目の顆節目(前述)あたりから生じたメソニクス目(無肉歯目)という肉食性でありながら、この目の本流である陸棲草食性偶蹄類と水棲動物食のクジラ類を生んだ点である。また後者のこの多様化・勢力拡大の主因として(イノシシ・ラクダ等の例外があるが)反芻という植物消化システムである。

偶蹄類は奇蹄目との競合が想定されたが、このシステムにより最終的には勝利に導いた。なお、カバを見れば容易に想像可能だが、彼らが育児を水中で行い、かつ水中でのコミュニケーションを行い、無毛というスタイルは現在のイルカ・クジラを彷彿とさせ、鯨偶蹄目自体が水棲への前適応のような性質が想像される。これはクジラ類の成功も納得がいこう。

真獣類多様化の背景と原因

真獣類の著しい多様化は約6500万年前(前述)以降だが、アフリカ、南アメリカ、北方大陸の動物群の遺伝子レベルの分化は1億年以上前から始まっていた。遺伝子レベルでは別々の動物群として独自に生じたが、当初は一様にネズミタイプの小動物として似たような形態と生態を維持していた。よって恐竜の陰で細々と生きていたのだと巷間喧伝されるが、それは偏った見方かもしれない。前述したような上目を概観しただけでも哺乳類間、特に多様な真獣間でも激しい勢力争いをしたことも想像できた。

わかりやすいが、恐竜という重石がなくなり(絶滅)、残った空間で大いに放散という見方は再検討すべきだろう。当然、この争いには鳥も加わっただろうし、新生代初期の有袋類の存在も無視はできない。だがそのようなことは別の機会にしたい。

鼠・兎とサルの北方真獣類

ローラシア上目と真主齧上目とを統括したクレード“北方真獣類”について補遺する。これは分子系統学的にも支持をされるので、直感的・便宜的な括りではない。カウンターパートのローラシア上目は前述したので、真主齧類(=超霊長類)の主に現生種について概観する。真主齧上目は(1万年前頃)、ローラシア獣上目から分かれグリレス類(単歯類=ネズミ目[齧歯目]と重歯類=ウサギ目)と真主獣類(サル目[霊長目]、ヒヨケザル目[皮翼目]、ツパイ目[登木目])の群に分岐と従来体系と同じような枠組みであった。本稿冒頭で述べた私の宿主モデルは野ネズミ類で、彷徨したのはこれを追いかけてのことだった。齧歯類は現生種の半分を構成しており、いろいろ変更したら面倒であるので心底安定した。

まとめ

本稿では、獣医学を背景にする方々に向けて、通常接する機会が少ないであろう大陸の歴史(地史)が獣類の類縁関係(系統)と密接に関わるという仮説骨子を紹介した。その目的はワンヘルスという視点で人と動物の共通感染症や家畜伝染病の実態を時空間で俯瞰していただくための基盤情報の提示であった。次回はこの点を省察したい。