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■書評 日本哺乳類学会 編『日本の哺乳類学 百年のあゆみ』

2024-04-09 17:23 | 前の記事 | 次の記事

『日本の哺乳類学 百年のあゆみ』

評者 浅川満彦(酪農学園大学 獣医学類 医動物学ユニット)

本書は日本哺乳動物学会発足100周年の記念事業として、この間に成された日本人による哺乳類を対象にした研究史である。歴史を知るコトは、それ自体、未来予測として読み方をされるので、後進のために刊行されたとの本書巻頭言の通りである。一方、これまで類書は無かったので、まさに、本書編著者各位が、事実上、<歴史を創る>人々となるので相当な緊張感があったはずだ。まず、深い敬意と謝意を表したいが、この<緊張感>について補足する。このような書は、自身の研究(他活動)がどのような位置付けになるのか、どういった意義を有するのかを客観的に把握する読み方もできる。すなわち、去りゆく者含め現役もとても気にするはずである。

実際、紹介者もそのような一人として本書を熟読した。その結果は後述するとして、本書編著者らもバリバリの研究者である。なので、各執筆した部分で、ご自身の研究をどのように紹介(抑制的に引用)するかが難しかったはずだ。だが、それぞれきちんと冷静に、淡々と著され、その点だけでも信頼にあたる証左で有益な資料であることを示す。なので、今後も何かと本書を安心して参照をしたいと思う。

本書構成は総論部(学会の歴史、日本の哺乳類学の源流、同・黎明、アジアの哺乳類学、日本列島環境史)と各論部(<分類学/進化>分子系統等現代の哺乳類像、化石からの進化学、分類学・生物地理学、方法論からの種認識、博物館・動物園との交錯史、外来種、<古生物学>化石研究史、<医学/畜産学>感染症、実験動物、畜産、<生態学/産業>捕鯨、基礎・応用生態学、<生態学/群集>食性・種間関係等の群集、<生態学/行動社会>動物社会、<生態学/社会>シカ・イノシシ・クマ類の保全・管理、<生物多様性/生態学>亜熱帯生態系、北方生態系の保全)で、括弧内の章(哺乳類[学]などは略)を包含、さらに各論の章はカギ括弧で示したサブパートで括られた。

各論サブパート題名に生態学を冠したものが多いが、生態学自体、人文・社会系まで含む幅広いので気にする必要はない。が、だからこそ、不親切である。多様な背景の方のためにも、サブパートは一工夫したい。たとえば、<産業>、<群集生態学>、<行動社会>、<日本社会>、<生態系>などとすれば、もう少し親切なガイダンスとなろう。ところで、博物館・動物園や外来種を<分類学/進化>に含めたのは適切だったのか。確かに、前者には分類・形態や自然史への<塩対応>への批判が含まれるも、外来種や保護管理と併せ<日本社会における問題点>などの方がしっくりする(?)。

その博物館・動物園の記載は獣医解剖学の専門家により記されたが、総論・アジアの哺乳類学で言及されたソウル大学の方含め、本書執筆陣に当該分野を背景にしている方が比較的多い。この点は獣医大生は、是非、知って欲しい。どうしても、獣医=臨床というステレオタイプをイメージするが、哺乳類学を牽引する方々には基礎(そして病態)獣医学の研究者が少なくないことも、本書により確認したい。

また、本書索引で<獣医学>の頁を開くと、前述した博物館・動物園の章に行きつき、そこで獣医学の限界が語られている。この部分は手遅れにならないように、獣医大を目指す野生志向の中高生は読んでおいて欲しい。一般に、動物とは哺乳類のことであり、たとえば、紹介者勤務先の獣医大生が口にする<野生動物の保護>は、目立つ(可愛い)大型獣をまもることで、もっというと、負傷して可哀そうな個体の救護活動(緊急的な獣医療とその後のケア)を指す。これは愛護精神の発露であり、根本的に異なる保護(保全)との峻別をして欲しい。

生業とする獣医大教員くさい立場はここまでとして、紹介者背景(関心)の野生動物医学を基盤にした寄生虫(病)学(v.v.)から管見したい。ところで、野生動物医学という語であるが、哺乳類学と付かず離れずの密接な関係があると思い込んでいたが、非常に残念ながら、本書索引には見当たらない。悲しき片思いかと悲観したが、前述した博物館・動物園の図10-4(178頁)および各論・感染症の229頁に記されていた。特に、後者の章には、1989年刊『哺乳類科学』に掲載された拙稿が引用され、紹介者のライフワークについて言及頂いた。なお、この拙稿刊行までにとても厳しく訂正され、逃げ出したくなったが、それは鍛錬の場となり、後の執筆に生かされたと思う。感謝しかない。

本書編著者と異なり、紹介者は慎ましくはないので、もう少し補足させて頂くが、ライフワークの概要は総論・アジアの哺乳類学で引用された増田・阿部(2005)の著作(88頁)の中で書かせて頂いた。そこで示したように、野ネズミ類と線虫をモデルに南西諸島を除く日本列島で展開している宿主‐寄生体関係の由来と変遷である。地史と密接な関係にある野ネズミ類は、この研究を展開する上で、とても優れた宿主群であった。これを巧みに表現した文が各論の基礎・応用生態学の284頁上で発見した。すなわち、<神が大学院生に与えた動物だ>であった。もちろん、<大学院生>の所には、大学院中退者や研究費がほぼ無し若手研究者などを挿入しても良いだろう(いずれも、紹介者20代の身分、扱い)。なお、その金言隣に、河田雅圭氏のお名前が、偶然、目に入ったが、この方も獣医大出身で(ただし、ゼミは解剖学ではなく、病理学?)、ここでも哺乳類学と獣医学がつながっていた。

ところで、紹介者勤務先でネズミというと公衆/動物衛生上、害悪を与える住家性ネズミ類一択である。実に困ったものだが、衛生動物以外は埒外という獣医学の限界であろう。ついでに、各論の外来種(190頁、194頁)と同・実験動物(245頁)で住家性ネズミ類について比較してみると、タネズミの扱いとexulanceへの和名であったが気になった。なお、外来種では、その介在で在来(本来)の宿主‐寄生体関係が乱れを指摘し、その問題点について指摘した『保全生態学研究』上の拙著論考が引用されていた。このような研究も、前述の野ネズミ類と線虫をモデルした研究があったからこそである。

なお、外来種の章では、この他、特定非営利活動法人 生物多様性研究所 あーすわーむと長年行った共同研究として行った長野県に生息するアメリカミンクの内部寄生虫保有状況の研究で、ゼミ生筆頭の中澤ら(2019)も引用頂き、本文でもイエネコへの健康被害の危険性について詳しく記述されていた(198頁)。

ところで、野ネズミ類を扱ったので、本書コラムで紹介された<土屋公幸>にはとてもお世話になったし、同コラム<徳田御稔>による大東亜の息吹感ずる戦前著作に影響を受けた(うって変わって戦後刊『生物科学』で目にしたモノには唖然とした。コラムによりその理由が氷解、しスッキリ)。

そのコラムが無く、とても不思議に思ったのが、飯島 魁。寄生虫学の大先達、巨星、レジェンド…。もちろん、紹介者は哺乳類学の創学にも関わっていたので、本書の様々な箇所で名前が出ていて、具体的な関わり方を知り、ますます、畏敬の念を深めた。ただし、その学会立ち上げの約20年前、東京大学病院で患者から摘出された条虫幼虫(プレロセルコイド)を飲み込み、その感染性を実証したが、寄生部位によっては、大変、危険な行為であった。もし、若死にしたら哺乳類学会(それと、鳥学会も)どころではなかったはずだ。なお、飯島のweb情報では、その条虫を<ミゾサナダムシ>とされていたが芽殖孤虫Sparganum proliferumと称される。飯島は自身に対して行った実験結果を自費出版したが[On a New Cestode Larva Parasitic in Man (Plerocercoides Prolifer, 1905)]、その系統性等は最近明かにされ(Kikuchi et al., 2021 doi: 10.1038/s42003-021-02160-8)、マンソン裂頭条虫Sparganum erinaceieuropaeiに近いようだ。やっぱり、ヤバい!彼は運が良かっただけだと思うし、皆さんは決して真似をしてはいけません。