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- 著者:服部 薫
- 発売:2026年6月25日・東京大学出版会
- ISBN:978-4-13-063970-5
- 判型・ページ数:四六・176ページ
- 定価:3,300円(本体3,000円+税)
- 詳細:https://www.utp.or.jp/book/b10166471.html
浅川満彦(酪農学園大学名誉教授)
本書目次
本書本文は次の章/節で構成される。
- 第1章 海に暮らすラッコ
- 高度な水生適応
- 海に浮かぶ秘密
- ラッコの生活
- 食べることが生きること
- 歯は口ほどにものをいう
- 第2章 歴史の中のラッコ
- ラッコ、絶滅の危機に瀕する
- 古代史に出てくるラッコ
- 日本の猟業史とラッコ
- 第3章 ラッコが帰ってきた海
- 絶滅寸前!からの回復
- 生態系のキーストーン種
- 極東から日本へ
- 大きな時代の転換点
- ラッコは日本にいたのか?
- 第4章 海に生きるラッコの仲間たち
- ゼニガタアザラシとの切れない縁
- ラッコの減少はトドのせい?
- ラッコ、鳥を襲う
- 第5章 新しい時代のヒトとラッコ
- 身近になったラッコ
- 漁業にとっては厄介者
- どうやってともに生きるか?
カイソウを寝床するに関しての愚門
ラッコ休息/育児場(寝床)が海草上ではなく、海藻なのか長らく疑問であった。大昔の北の水辺でステラーカイギュウが海草をワシワシ食べている横で、ラッコがケルプの森の樹冠に寝転びながら「おーいデカいの、そんなの、旨いのかね?」と揶揄うシーンを勝手に思い描いていたからだ。
が、この愚門、本書64頁の海中側面から描いたイラストにより瞬時に解決した。物理的支持構造が異なるのだなと。それほどまでに見事であった。なお、この図を描いたのは長 雄一氏とあり、紹介者(私)も大変お世話になった海鳥専門家である。おそらく、長氏が観察していた個体がラッコに襲われたのであろう(本書109頁)。その悔しさをバネに記録を残すために描いたかと(想像)。それにしても、惚れ惚れする見事な作品。個人的な回想で恐縮だが、長画伯と私がお付き合いさせていただいた現役時の十数年間、そのような才能の片鱗すら感じさせなかった。まさに能ある鷹爪隠す。いや、長さんの場合、能あるケイマフリ、(赤で目立つ)水かき隠す?かな。
野帳の使い方
それはともかく、一事が万事、本書では優れた画像が惜しげもなく多数提示される。ただし、一点、92頁で提示された本書著者の野帳の見開画像には少々違和感を抱いた。空白があまりにも多かったからだ。これでは一冊を直ぐに使いきってしまい、退職時には膨大冊数が著者書斎を大きく占拠するはず[ちなみに、私も同製品フィールドノート常用]。
それほどまでに、著者は経験豊かな野外生態・行動学の専門家であることを本書一読だけで、容易に想像されよう。特に、北方ロシアでのフィールドは、現在の難しい状況では貴重で、後進には羨ましい、妬ましいという感情を惹起させよう。
飼育ラッコにおける危機的状況
いろいろ申したが、私は、若人が誰しも憧れる生態・行動等いわゆるフィールド系のスターではなく、地味なムシ屋だ。現に、この「JVM NEWS」では何度か拙稿を披歴させていただいた。行きがかり上、材料の死体を集めるための方便で野生動物の法獣医学なるものにも片足を突っ込んだ。
だとしても、主眼は寄生虫病含む野生動物全般の感染症研究に軸足を置いた領域で、関連雑文の一部はこちらで開陳させていただいた。だが偶然、ラッコに関しては、10年以上前の大昔-「JVM NEWS」がweb刊行に移行する前-、次の拙稿を掲載いただいていた。
- 田中祥菜、伊藤このみ、伊東隆臣、浅川満彦.2015.
- 飼育ラッコの肺に濃厚寄生が認められたアザラシハイダニ Halarachne halichoeri (ハイダニ科 Halarachnidae).
- JVM68:47-50.
これは国内の某展示施設内で(好適宿主)アザラシ類からの当該ダニ呼吸器感染と思われる例で(ダニ同定で関与)、この報告上の濃厚感染したラッコ肺病変を確認されれば、飼育ラッコ個体をこれ以上希少化させないような展示法模索にも参考になろう。関連して水族館における飼育・繁殖の状況は118頁にあるが、近交劣化の問題点は負の螺旋を想像させ暗澹たる思いになる。
free-rangingでは鳥フルなので厳しいもの言い
著者は卓越したフィールドのスターであっても獣医師である。したがって、疾病たる感染症の記述は信頼がある。一方、私はチンケなムシ屋だが、ムシ研究材料として死体収集をしたことから、副次的に死因解析にも関わった(いや、関わらされた。野生動物の法獣医学)。門外漢なので、かなり辛かったが、感染症再興時代となった今、感染を少しでも疑うような事例では、その解明は社会貢献であるし、畢竟、随分、鍛えられたと回顧している。
そういったことを総合し、以下では多少物言いが厳しくなる。
で、ラッコ。何と言っても鳥フルである(本書139~141頁)。
当然、本書では2025年春の高病原性鳥インフルエンザとして紹介され、肝心な文献的根拠は環境省URLが明示されていた。最重要マターなので、私も疑い深くなり、これを検索したが、目的データには直接到達はしなかった。だが、国立国会図書館を経由して、当該情報(一覧表)にはアクセスできたので(2026年6月30日閲覧)、結果オーライ[「令和6(2024)年シーズンの哺乳類の⿃インフルエンザ発⽣状況」]。
ところが、この表を子細に検分すると、死体回収年月日は2024年4月22日~同年5月7日、2025年ではない!実際年ではなく、年度等によるズレなのか。また、回収ラッコ死体は計4個体分。全てに対し(専用キットによるだろう)簡易検査と遺伝子検査とが実施され、これらからH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルス遺伝子陽性であったとのこと。だが、ウイルス粒子自体を得たのかどうかは不詳)。あくまでも、ラッコ死体からウイルスDNA遺伝子が見つかったという事実を示していた。
もし、ラッコが当該ウイルス感染で死んだとするならば、然るべく病理検査が行われ、感染との組織学的に因果関係を明示しないとならないが、これも不詳。そもそも当該資料中には、剖検に供されたかどうかでさえ記載無し。
私も人迷惑なへそ曲がりではない(と思いたい)。当該ウイルス感染致死の蓋然性は高い(と思う)。しかし、眼前の死体の科学的分析に忖度が入り込む余地は無い。たとえば、致死には至らずとも軽度な当該ウイルスの感染が有り(あるいは試料内にウイルスの物理的な付着が有り)、別要因で死んだ点は明確に否定して欲しかった。
今回の死体発見を社会への警句とした世論形成で、たとえば、インフルエンザ(ウイルス)は希少種も殺す!(発症する!)のだから、希少種保護は感染対策も必要!ワンヘルス・アプローチが大事!というシナリオはわからないでもない。
だが、科学はスローガンではない!
諄(くど)いが、感染≒致死ではないのだ。せめて、本事例に限るのなら、何がわかり、何がわかってなかったのかだけでも公的立場で明示する。だが、それは著者の責任ではないので戻るが、本書は啓発かつモノグラフである。ならばそのような限界もフェアに示すのが使命であった(改訂版での明記を期待する)。
新鮮死体を得たら、他マイナー感染症・中毒を調べる僥倖
前を引きずるが、回収時のラッコ死体の状態だけは気になる。たとえば、病理解剖が不可能であったのか。本書82頁では新鮮な状態ではなく=剖検不可と受け取られる表現が見える。それにムシ。ムシ(病原体)も死体同様、腐る(変質する)。死体の有益な情報には、情報化前の状態も含まれる。著者は死体は学術的に有効活用されねばならないと主張されている(125頁)なら私がクドクド述べたことは最低限の気づきであった。
なお、関連し死因解析は24~28頁にもあり、野外踏査中見つけた死体に関してであった。その食性分析シーンであったが、海外でのことでもあり、消化管内容物の目視検査に留まったのは、十分、理解できる。しかし、前述の2024年 or 2025年は、著者のホームである北海道で、しかも複数のラッコ死体、綿密な調査体制下の発見、変性は軽度であった(と想像している)。ある意味、僥倖であった。だから、鳥フル以外の国外で記録のある感染症・中毒の検査が思う存分できたと思う。
たとえば、トキソプラズマ症(108頁)で、この寄生原虫(原生生物)性疾病はラッコ個体群に甚大な影響を与えることはよく知られ、たとえば、「JVM NEWS」の公開元・文永堂出版からつい最近販売された保全医学の書籍でも例示されている(『君たちの保全医学 地球環境を守るために知り・学び・変わる』)。
時に寄生性原虫性疾患と混同されるのが自由生活性原虫生成毒素で起きる中毒で、本書では渦鞭毛虫類(本書では渦鞭毛藻と表記)のドウモイ酸による事例が紹介された(108頁)。また、細菌である藍藻類毒素(ミクロシスチン)による中毒も見えたが(107頁)、日本ではしっかり調べられてはいないので、その好機(いや、不謹慎です)に調べたかったものだ。どうしてもメジャーな鳥インフルエンザウイルスに目が行くが、感染症病原体も多様。この分野も細分化され、それぞれの病原体で専門家が分かれてしまう。だからと言って調べる必要が無いとするのはいかがなものか。
以上、ラッコの最新刊モノグラフへのコメントを列挙しつつ、おもに感染症研究の言及の現状や課題についても言及した。門外漢の私のような人間ですら、刺激を受けたことは優れた著作である証拠。後は皆さん御自身で御確認を。
