JVMNEWSロゴ

HOME >> JVM NEWS 一覧 >> 個別記事

■【寄稿】新刊『マングース・ヒストリー』“証憑標本”/“悪魔の証明”の大切/大変さ念頭に読了

2026-03-18 15:51 掲載 ・2026-03-18 16:19 更新 | 前の記事 | 次の記事

『マングース・ヒストリー ひとつの島を守るということ』

浅川満彦(酪農学園大学 名誉教授)

昨秋(2025年9月)の環境省による奄美大島マングース根絶宣言の報に接し、本紹介者(私)が最初に想起(連想)した点を本拙稿タイトルで示した。すなわち、(標的獣真の不在に関する)“不在の証明”と(この獣に存した寄生虫等)“証拠標本”であった。双方とも、少なくとも私の研究人生で重要で難敵であったからだ。そうは言っても、人様の著作紹介を主眼に置く本拙稿で自叙伝的告白などどうでも良いか…。

でも、まあこれで大いに脱線出来る。あっ、その前に、肝心の本書目次概要。序/跋文除く本文は次の八章である。

第1章 「ハブとマングース」の代償

  • 「死の森」金作原原生林
  • 奄美大島の動物たち
  • マングースが導入された経緯

第2章 マングースが引き起こす甚大なインパクト

  • マングース研究との出会い
  • マングースのインパクト研究
  • なぜマングースのインパクトは強いのか?
  • マングースはハブを減らせたのか?

第3章 マングース対策前夜

  • 大規模森林伐採の時代-マングース導入以前
  • 逆風の中で
  • なぜここにマングースが⁉ -阿部愼太郎と奄美哺乳類研究会
  • 救世主から害獣へ

第4章 マングース対策実現

  • マングース対策とはなにか?
  • 農作物被害対策としてのマングース対策のスタート
  • 国の事業の開始と奇跡の人事
  • 根絶までのブレイクスルー
  • ついにそのときを迎える

第5章 衰退から回復へ

  • マングース駆除の劇的な効果
  • マングースを減らせても回復が見られない地域
  • 回復傾向の高止まり

第6章 なぜマングース対策は成功したのか?

  • 外来種対策の原則
  • 失敗フェーズと成功フェーズ
  • 成功の原動力

第7章 マングース根絶の意義

  • 生態系の回復
  • “悲劇”を終わらせたこと
  • 世界のモデル

第8章 ひとつの島を守るということ

まず、第3章に個人名が出た節が見える。野生界隈ではとても有名な方だが、本拙稿が掲載されるweb媒体愛読者の皆さんの獣医・畜産領域ではどうかな。現役環境省に所属されるが、当該省の職制上、いわゆる公務員獣医師ではない(と思う)。ちなみに、この方の氏名・環境省で検索とAIによる最新情報として“同省奄美群島国立公園管理事務所 国立公園保護管理企画官”と示された(2026年3月12日閲覧)。要するに、間違いなく“環境獣医師”のような職域先駆けが期待される方である。

さて、先に掲げた私の“難敵”の一つ不在証明は別名“悪魔の証明”とか“消極的事実の証明”とも呼ばれる論理学的課題である。定義はやはりAIに任せたいが、あるモノゴトがこの世に無い!を真に立証するなんて、全知全能なる神様(または悪魔)でない限り不可能!と言い切る言説である。冒頭宣言は1979年に奄美大島に放獣、その後増えに増えたフイリマングースを公金かけ駆除事業展開、ついにこの島からいなくなったとした内容であった。それ自体は絶対的慶賀であるし、その作業は根絶事例として語り継がれるべきである。だが、私は捻くれているので、当該獣不在となった根拠・証明法がとても気になった。もちろん、本書ではこの点が記され、第4章に確率モデルを示しつつ詳述されていた。もっとも、これを真剣に理解するには、獣医学徒が苦手とする数学の必要性を実感することになろう(幸運にも、そこでは基盤数式は非表示されているので、アナフィラキシーショックは受けない)。要するに、口でいくら可哀そうな動物や貴重な自然を“マモル”と叫んでも、しっかり勉強しないとダメなんだよと諭される仕掛けとなっているのだ(要するに勉強の意義を会得)。この戦術、私は嫌いではない。

勉強は数学に限らない。前節で“公金”と、私もつい口走ったが、これは要するに血税。そのためこの根絶事業に関わる資金に関しては、非常にシビアに語られていた。特に、世代によってはリアルに思い出すあの“事業仕分け”のくだりは刺激的で、書き手としての第二の人生を歩む私には参考になった。ネタにするはず。感謝したい。「あの」としたが、事業仕分けなんぞ若い人は当然知らない。でも、政治経済の社会科等の授業で教えられるだろう(多分…)。“マモル”とはそれに至った経緯と対処は社会活動(あなたが生きているモロモロ)の結果にすぎない。したがって、“マモル”に関わることを望む者は、やはり、世の動きを学ばないとならないということ。本書の書きぶりも、これを読み手に思索させ嫌いではない。

次いで寄生虫等“証拠(証憑)標本”。これも、前述した在/不在問題に少し関わるのだが、もし、あなたが“ある場に標的動物が本当にいた”とした論文を公表する。しかし、疑い深い後輩がその論文を読み、ホントかいな?と疑念を抱く。そこで登場するのがオリジナルな論文で扱われた標本・試料そのもの。なげかけられた疑いを晴らすためにそれを再検討となる。その追試研究材となるのが証拠標本voucher specimenである。そして「ああ、確かに!」と納得すれば大団円。そうでなくても、面白い新たな研究につながるかもしれないので、やはり、ハッピーエンド。そういった大切なモノである。

たとえば、私(寄生虫[病]学専門)が国内外来種としてのフイリマングースの寄生虫保有状況の共同研究では、沖縄島産個体について関り、次論著者の一人となった。

なお、この筆頭著者(刊行時、厚生労働省所属“公衆衛生獣医師”)博士論文の一環で、重要業績である。そこでの私の役割は、この獣から得られた寄生虫同定であり(形態分類学的手法に依拠)、検出虫体群にMesocestoides属中擬条虫を確認した。可及的速やかであったので種小名不明のまま、依頼者らには答申した(後述)。その試料(標本)は頂いたので、将来、DNA等調べ最終結論を出そうとの心づもりでいた。

なお、この条虫属は国内外の飼育犬・猫含む肉食獣(終宿主)から時折記録されている。成虫になる前に二つの中間宿主を要し、第1が節足動物、第2が爬虫類、両生類、(小)哺乳類および鳥類である(寄生虫[病]学をサボらなかった方は、裂頭条虫あたりを想起するだろうがorして欲しいが…)。したがって、宿主食性がキーポイントとなるのだが、本書第2章でこういったものを食べるマングース食性を反映するように、当該条虫寄生は然もありなん。奄美大島産個体を調べる機会は無かったが、この貪欲な悪食性を奄美でも示したので、沖縄のように見つかったはずだ。もし、今でも、この絶滅個体群の消化管が何処かに残っておれば、しっかり寄生虫検査を調べ、沖縄島の条虫と比較して欲しい。もっとも、当方の条虫試料は失われたが…。私の定年退職とともに廃棄されたのだ。いや、この中擬条虫証拠標本だけではない。私が1980年代から収集した全ての試料・標本が廃棄されたのだ。ラボスペースの余裕が無かったのがその理由。これらから貴重な情報を引き出せたが、その機会は、2025年春、永遠に無くなったのだ。

もちろん、この情報の中には“マモル”ための知見も含まれたはずだろう。希少動物(健康)を“マモル”ためには、前述のような公金も要るが、証拠標本を“マモル”空間も要るのだと、私は研究者人生黄昏に思い知らされた。寄生虫[病]含む野生動物医学の後進だけにはこのような心的苦痛を味わわせたくはないのだが…。

本題に戻る。本書29頁に本土側・鹿児島県内でマングース存在の情報が多数あり、しかも1979年捕獲個体の剥製があるという。先に言ったが不在証明不能でも、たった一例でも在ればその存在は立証される。そうなると、マングース、人々の目に触れない九州の何処か過疎地域の一隅で生きているのだろう。本書で示された戦いは、いつか舞台を本土に移し継続される?

さて、その本土。今さらながらだが、私の関心は北海道・本州・四国・九州とその周辺小島(ただし、火山島等除外)“本州陸塊”である。その中に地史的な成り立ちが異なる奄美は含まれない(異なる雰囲気は本書の第1章参照)。さて、ムシ屋の私は日本固有の体内寄生虫(たとえば、前述した条虫等)が、ユーラシア大陸がその陸塊と陸橋で連結された状態で、ムシ宿主(祖先)がやって来た際、寄生虫相がどのように変化したのかという生物地理学的な研究をライフワークにしている。その概要は本書出版元から出た拙著『野生動物医学への挑戦』でも触れたので、もし、興味を持たれたらそちらも一瞥を。その研究ではモデル対象とする地面/宿主選びがキーポイントだが、本書舞台の奄美やその独特な動物は、繰り返すようだが私にとって完全埒外。

であるので、本書について扱われた全文脈は別世界であったが、餓死しないようにいた大学で命ぜられた業務の野生動物医学教育兼担上、この島のノネコや小哺乳類、時に鳥類に関わった。指導学生(の卒論研究)のため同島を訪問(時に家族連れで予備的踏査)した。その点で本書はガイドブック的に参考になったろう。なので、退職する前に拝読したかったものだ。特に、著者のフィールドでの戦いシーンは心くすぐる(まあ、こんなことを言っても仕方は無いのだが…)。

もう一つ順不同で申し訳ないが、寄生虫のところで引用した石橋ら(2010)つながりで補足。当方へのムシ同定依頼という意味で、この公表論文の実質的責任著者となった故 小倉 剛先生(当時、琉球大学)のお名前を、思いがけなく目にした(149頁)。小倉先生が亡くなる前、私は愚かにも加え携帯持たず人間だったのでアポ無しで、先生の大学に訪問した際、とても親切にマングース専用巨大飼育施設をご案内頂いた。「これが出来た時、勇んでマングースを放したんですよ。でも、一瞬で、それこそ数秒で、逃げて行っちゃんたんですよ。まいりましたあー。」と屈託無く話された。お名前を拝見した途端、精悍なのに柔和なマリアージュの浅黒いあのお顔・お声がいきなり蘇り泣けた。不意打ち、ヤッパリだめだわ。