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■【寄稿】書評『小さなパンダ‐レッサーパンダの謎』

2026-01-15 20:20 掲載 | 前の記事 | 次の記事

『小さなパンダ‐レッサーパンダの謎』

北海道厚岸町で捕獲したアカネズミ眼球表面上のRhabditis orbitalis幼虫(湾曲した白色状物;2000年7月、浅川原図)

浅川満彦(酪農学園大学 名誉教授)

目次・概要等 本書のねらい

本書評が公開される「JVM NEWS」は主要読者層として獣医・畜産系を想定にしている。本稿では、動物病院関係者にはエキゾチックアニマルのフェレットの寄生虫病含む感染症の参考に、園館(動物園水族館)の方々には人工繁殖計画含む域外保全と密接に関わるように話を展開しつつ、『小さなパンダ‐レッサーパンダの謎』を紹介している。

本書の各章は以下の通りの構成となっている。

第1章-レッサーパンダの人気

  1. 食肉目草食系
  2. かわいい
  3. 立った
  4. パンダと日本
  5. 人間社会との関わり

第2章-レッサーパンダの由来

  1. でっかいパンダのせい
  2. 180年の謎
  3. 進化を探るDNA
  4. 残された唯一の系統
  5. 消えてしまった仲間たち

第3章-レッサーパンダのかたち

  1. 紛らわしいかたち
  2. 一種か二種か?
  3. 肉を食べる身体
  4. パンダの親指
  5. 腹黒い

第4章-レッサーパンダの生きざま

  1. 野生の動物
  2. 食う食われる
  3. パンダとパンダは共存する
  4. 繁殖戦略
  5. ゲノムと生きざま

第5章-レッサーパンダの保全

  1. 絶滅危惧種
  2. 分類と保全
  3. 保全の旗印
  4. 保全ゲノミクス
  5. レッサーと考える地球の未来

要するにレッサーパンダの形態・生態・進化・保全等動物学的な面に加え、人との関り方を独特筆致で著された科学随筆的専門書である。本書のねらいは獣類全般の分子系統に関心を抱く著者が、これを基軸に動物園人気動物を用い生物の面白さを啓発するためと序にあった。それは完遂されたが、そのためにも前著『進化生態学』を読み込んでおくことが望ましいと思う。もし、未読ならばとりあえず評者書評(浅川 2024a)で急場をしのいでいただきたい。

ならば、最初から“小さな”パンダより大きい方がインパクトあり!だと思うが、ナンバー2好みが著者生来の心情らしい。無益なニッチ争いを回避する上で賢明と感銘、さらに読んだら名著『パンダの親指』をあっさり切り捨て思わず二度見した(いや、本当はもっと見た)。結果としてあのレジェンド(スティーヴン ジェイ グールド)をディスる?ような書きぶりはロートルの視線を釘付けにした。

脱線が過ぎた。レッサーパンダの学名はAilurus fulgensだがこういった学名は、分子系統の進展により随時変わり、困惑する(本心、有難迷惑的?)。予想通り本書71頁にインド亜大陸北東部の亜種は中国産とは別種A.styaniとする説が紹介されていた。「分子で見たら実は別種」的結論には慣れたし、大階層が1科1属1種(2頁)のままなので安堵。

それでも、亜種レベルで厳密に管理されてきた方は「ああ、またもや“分離”種登場か!」と溜息をついているかもしれない。このような分類学的変更を想定した実務の“心構え”が本書にしっかり記されている(130頁前後の“分類と保全”)。自身が科学に貢献していると信じて疑わない“前のめり傾向”の院生・学生さんは御一読して頂きたい(必ずしも正確=適切ではないということ)。

ジステンパー生ワクチンは危険と納得

園館やエキゾチックアニマル等非典型飼育種を相手にする野生動物医学専門医(感染病理)の立場上、“レッサーパンダ&園”というと条件反射的に犬ジステンパーワクチン接種による致死症例を思い出す(板倉ほか 1979)。用いたワクチンは生ワクチンという微弱化した生きたウイルスを体内注入したので、結果として人工感染である。

実は同じような症例(事故)は北米のクロアシイタチでもあった。このイタチは自然界でほぼ絶滅状態であったので、域外保全の努力でようやっと個体数を増やした。これを放獣する際、ジステンパーに罹患しないように前述のワクチンを接種した。このイタチが希少化した原因の一つは、その疾病に罹患したからだ。でも接種直後、ほぼ全個体が死んだ。おそらくイタチ類にはこのワクチンが危険であったのだろう。

本書53頁/57頁で示されたイヌ亜目現生属種の系統関係(52頁)から、レッサーパンダ(科)はイタチ科と非常に近接しており、ワクチンの影響も類縁関係を反映したものだと想像された。

註:本書でも感染症の危険性は、レッサーパンダ保全という文脈内において言及されている(狂犬病およびジステンパー;124頁)。

イタチ上科系統と寄生/感染の“種の壁”

再度系統樹に注目すると、レッサーパンダ科はイタチ科/アライグマ科/スカンク科とともにイタチ上科というタクソン(クラスター)を形成するという。これは病原体への感受性や密接な宿主-寄生体関係(または宿主特異性や“種の壁”等と言い慣わされる)にも強い影響を与えると考えられ、厄介な寄生虫(病原体)保有有無の見当にも使われる。

もちろん、アヤフヤな見当ではなく、獣約6千種全てを一つ一つ検証するにこしたことはない。が、現実的に不可能。よって信頼の置ける系統関係でアタリを付ける。たとえば、北米希少イタチで起きた不運な事例を他山の石とすれば、イタチ仲間のレッサーへの接種はあり得なかったはず。なお、“種の壁”等も負けず劣らずアヤフヤなので、至近/究極要因から「野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第29回】有蹄類に感染するウイルスはなんで畜舎の犬や猫へ感染しない?-「鯨偶蹄類」進化・生態からの考察」において説明を試みた。

どんな寄生虫を有す?

系統関係で気になったのがレッサーパンダとアライグマとの類縁関係の近さであった。御存知のようにこの動物はアライグマカイチュウBaylisascaris procyoniを保有し、原産地北米はもちろん外来種化した欧州等でも人々を苦しめている。なお、日本の野外で蔓延る個体では、相当数調べたが未検出である。前後したがこのカイチュウのヒトへの健康被害の深刻さは「アライグマ回虫による幼虫移行症」を御覧いただきたい。

それではレッサーパンダの寄生虫は何か。

ネパール国内の自然公園に生息するレッサーパンダの糞便検査によると、アライグマカイチュウと同属とこれとは明らかに別属回虫卵が調べた半数の試料から見つかっている(回虫類の寄生率が約50%)。また、これ含め数種線虫卵が認められ、加え原虫・条虫も記録された(以上、Shrestha and Maharjan 2015)。

虫卵形態だけでは、その精度はかなり限界があるので、願わくば後進が分子生物学的手法も併用し、かつレッサーパンダ死体からの直接的な検出を用いた検査が求められるが、今なお続報は見当たらない。おそらくレッサーパンダを対象にした感染・病理系の研究自体が少ないのだろう。いずれにせよレッサーパンダには何らかの回虫類が寄生するのは確実なので、あの茶色のモフモフ体毛に多量の回虫卵が付着しているとして接した方が無難である。

ジャイアントパンダ繁殖施設内レッサーが有すzoonoticな真菌

中華人民共和国四川省に所在するジャイアントパンダ繁殖センターは、何度もマスコミに登場し超有名だが、そこではレッサーパンダも飼育される。本書105頁にあるように四川省ではレッサーパンダとジャイアントパンダは同所的に生息しているので、当該センターで飼育されているのかもしれない。

そして、そこのスタッフは脇役レッサーパンダが主役ジャイアンに変な寄生虫を感染させたら危険!と考えているのだろう。レッサーパンダの糞便検査はかなり丁寧に行われ、EnterocytozoonEncephalitozoon等比較的珍しい微胞子虫を見つけている(Yang et al.2023)。

微胞子虫とは何となく寄生虫っぽいが、実態は真菌(カビの仲間)でいくつかの種はヒトや飼育動物に感染、脳炎や肝炎等の原因となる(浅川 2024b)。だが、多くが日和見感染であり健康な状態であるならば問題なしである。

アカネズミも可愛いに賛成だし…

評者は野ネズミ寄生虫の生物地理を論考する上で、多数島嶼に生息するアカネズミには多少思い入れがある(この点は浅川 2024a内で言及)。が、本書134頁上の著者の面目躍如たる見事なアカネズミのアップ写真提示には敵わない。実際、素晴らしいし可愛い。それに、この子の左眼球表面に白色物が三つ。Rhabditis orbitalisという線虫で幼虫時に移動宿主としてアカネズミ等野ネズミ類に便乗することが知られている(宿主視力にはほぼ影響なし)。

本書ではモノクロゆえ判別難なのが実に残念。余計なお世話だが本稿の図であらためてお楽しみいただきたい。

引用文献