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■【寄稿】「ウィスコンシン酪農セミナー2025」報告-(3) 講義「子牛・育成牛の管理、特にアニマルウェルフェアと行動学」

2025-12-05 19:05 掲載 | 前の記事 | 次の記事

図1 農場視察(巨大なミルクタンクトレーラー)

図2 Jennifer Van Os博士による講義

NOSAI北海道 道央上川センター 上川北支所 名寄家畜診療所 安田 茜

1.参加のきっかけ

私は臨床獣医師として北海道で診療業務に従事して6年目となります。目の前の牛を少しでも良くしたい、農家の皆さんの力になりたいという思いで、これまで自分なり努力を重ねてきました。そんな折、本セミナーの案内を受け、最初は自分などが参加して良いのかと迷う気持ちもありましたが、それ以上に北米の最前線で活躍する先生方から現地で直接学べることに大きな魅力を感じ、参加を決めました。

2.セミナー概要と講義内容

本セミナーは2025年10月6日から10月10日の5日間、米国ウィスコンシン州で開催されました。午前と午後の講義に加え、農場視察(図1)やイブニングセミナーなど非常に充実した内容でした。私はその中で、Jennifer Van Os博士による「子牛・育成牛の管理、特にアニマルウェルフェアと行動学」について紹介いたします(図2)。

アニマルウェルフェアにとって大切な3つの柱に“Functioning(機能性)” “Feelings(感情)” “Behavior(行動)”があり、主に私たち臨床獣医師がかかわるのは“functioning”の中の生物学的・生産的側面です。Jennifer Van Os博士は、アニマルウェルフェアとプロダクションメディスンは似て非なるものであり、人間視点で判断するのではなく、その動物をよく理解し考えることが大切だと話していました。

米国では“FARM Animal Care Program”というアニマルウェルフェアに関する具体的なガイドラインがあり、酪農家の99%がこれに参加しています。今回の講義ではその中で提唱されている“Social housing(社会的飼育)”という子牛の飼養方法について学びました。社会的飼育とは、1頭での個別飼育ではなく、2頭以上の小規模グループで子牛同士が直接触れ合えるような環境で飼育する方法のことです。Jennifer Van Os博士によると、牛は本来社会的な動物であり、選択肢を与えると自然と群れを形成しようとするそうです。社会的飼育をすると子牛は遊びを通して社会性を身に着けます。この遊ぶという行為はアニマルウェルフェアにおいて非常に重要な要素です。社会性を身に着けた子牛は、環境の変化やストレスからの回復が早く、将来的に大きな群れにも円滑に適応できることが確認されています。また、社会的飼育されている子牛は互いに温めあうため寒冷ストレスが軽減されることや、個別飼育された子牛よりも採食量が多く増体に優れることなど多くの利点が報告されています。いくつか報告がありますが、いずれの報告においても、社会的飼育は個別飼育と比較しスターターの摂取量、1日あたりの平均増体量、離乳時の体重のいずれも同等もしくは優れており、社会的飼育の方が劣るという報告は一つもなかったそうです。

注意点として、飼育方法によって健康が改善するわけではないため、初乳や衛生環境など基本的な管理は個別飼育と同様に前提条件となります。もし死亡率が高いのであれば、社会的飼育を行う以前に改善すべき問題点があります。また、15頭以上の大きすぎるグループでは、肺炎などの治療発生率のリスクを指摘する報告もあり、頭数については今後更なる研究が必要とのことでした。加えて、複数頭で飼育を行うことでクロスサッキングによる臍帯炎や乳房炎の発生を懸念するのであれば、十分な哺乳量を与えて空腹にさせず、吸乳欲を満たす環境をつくることも重要です。

子牛飼育の世界的傾向は個別飼育から社会的飼育へ移行しています。英国ではすでに一部のスーパーマーケットチェーンが、個別飼育している農家からの製品の仕入れを中止したとのことで驚きました。また、社会的飼育は牛や生産者への利点だけでなく、社会からの受容度の向上(消費者心理として個別飼育にはマイナスイメージがある)が期待できることも知り、これは新たな視点で驚きました。

3.セミナー全体の感想と今後の抱負

英語に自身のない私でしたが、周りの方々の優しさに助けられ、多くのことを学ぶことができました。旅に出る前は不安もありましたが、勇気を出して参加して本当に良かったと感じています。また、セミナー参加者の先生方のレベルの高さにも衝撃を受け、全国の獣医師の先輩方や友人と出会えたことも私の人生おいて大きな財産となりました。

本セミナーを通して、学ぶことの楽しさを改めて実感するとともに、自分に足りない部分を痛感しました。今回得た学びを少しずつ自分の中で反芻し、さらに研鑽を重ね、地域の酪農業へ還元していきたいと考えています。最後に、このような素晴らしいセミナーを作ってくださった共立製薬株式会社の皆様、佐藤 繁先生、渥美孝雄先生、鷲山順慈先生、そしてセミナー参加者の皆様に心より感謝申し上げます。