HOME >> JVM NEWS 一覧 >> 個別記事
浅川満彦(酪農学園大学 名誉教授/非常勤)
連絡先 mitsuhikoasakawa(アットマーク)gmail.com
序
先日、本webメディア(JVM NEWS)に掲載したコラム「【寄稿】大地と獣」でローラシア上目の中で絶滅獣キモレステスCimolesta目獣をフィーチャーした(浅川2025)。
しかし、皆さんとっては唐突であったと思う。書き足りなかった。特に、この絶滅獣の末裔センザンコウについてはコロナ禍初頭注目された。にもかかわらず、この現生獣情報がほぼ無かった。強く反省している。これを補遺・補強するのが本コラムの主目的である。
化石・絶滅獣なんて獣医師には無縁!
実は本コラム題名は名も無きヒーロー キモレステス云々とするつもりだった。どちらにせよ、とても影が薄い化石獣。末裔含めこれ以上付け加えることなどあるのか?いや、それ以前にその拙稿をお読み下さった皆さんは釈然とされないはずだ。理由は明確でこのキモレステス以外にも、もはやこの世にいない獣が前回コラムに何度も登場したからだ。当たり前だが日頃対峙する患畜(病畜)は生きた動物(現生種あるいは品種)。これがここ獣医系メディアで披歴されたことにきっと違和感を抱いたからだ。
まずご安心いただきたい。今回もやや縁遠い獣(化石獣含む)の記述はあっても公衆/動物衛生や希少種保全等に示唆を与える内容となり得るので。
真獣上目は一気に放散!
ついでにもう一つの反省すべきことを吐露する。前コラムの目玉であった真獣を四つに区分けされたアフリカ・異節・ローラシア・真主齧各上目間の類縁関係が示されていなかった。忘れたのではない。頼るべき異星人(後述)がわからないのである。
ヒトの系統のようにチンパンジーのような祖先から進化、アフリカを出てというような美しい話を期待された方には、異星人に代わりお詫びする。彼らのために弁明するが系統仮説はあくまでも塩基配列を元に想定された。材料は生きた細胞で化石はこの塩基配列を確定する検討には材料的に無理。畢竟、取り扱うのは現生種のみとなる。
一方、古生物学的には今日の獣の組み合わせ(ファウナ、動物相)に到るまで、先程述べたキモレステス含め多種・多様・多数の絶滅(化石)獣が存在した。そういった獣の塩基配列が、もし詳らかになれば、上目間の系統性は明らかになろう。あくまでも、もしだが、完全素人の著者でもそれは不可能だと思う。ここは無いものねだりはやめ!今の大陸が配置された頃、各上目が一斉に放散したとする(大変失礼だが)苦し紛れ的想定で堪えておきませんか。
胎盤が化石に残っていれば…
これも無理な話だが胎盤の化石も参考になる。酪農学園大学野生動物医学センター(前職場で2004年~2023年夏運用)で学んだ学生の中にはウイルス学にシフトチェンジした方もいた。もちろんその施設を通じ、共同研究した仲間にもこの分野の専門家もいたので五十の手習い宜しく(いや、六十だった!)、そういった異分野の個人レッスンを受けることができる。そして時々大変なことを告げ、著者を驚かせてくれる。コラム(浅川2025)作成時もそうだった。真獣が著しい先程の適応放散を遂げたのは胎盤という新システムが導入され、それまでに比べ生き残り易くなったが、その背景にウイルス感染があったらしいという。
著者は学部時代、獣医臨床繁殖学が殊の外ダメだったし、専門は感染症とはいってもウイルス(病)ではなかったのでとんでもない誤解をしている危険性はあるが、要するにレトロウイルスのシンシチウム(合胞体)合成能が胎盤形成を促したという。そのウイルス遺伝子(拡散)の一部が獣の生殖(細胞)の中に取り込まれ定着し(内在化)、その原動力となった塩基配列がトランスポゾンといい、種明かしすればその解析によりコラム(浅川2025)で紹介した各上目の獣の系統性が明らかになったわけである。
現生種センザンコウなら許容範囲?
さて、ウイルス感染-胎盤形成説の前に絶滅獣は獣医師には縁遠いと申した。が、現時点でかろうじて生残している現生種ならどうであろう。たとえば、インパクトある姿で一度実見したら忘れることができない獣センザンコウ(有鱗目)である。IUCN絶滅危惧種に指定され、その原因は漢方薬として鱗の奪取、高級ブッシュミートのための違法密猟、生息地攪乱・破壊等人間の欲である。
個体数が減れば近交弱勢によりいわゆる抗病性が低下、これが更なる個体数減少につながりといった負のループに陥っていると思う。手遅れとならないうちに、本格的な生息地内/外保全に着手すべきである。中心的な役割を果たすのがアジア野生動物医学会認定専門医等の同志たちである(写真1)。この同志は日本野生動物医学会認定専門医協会とも密接に連携している。そこでは獣医療最新理論・技術を総動員し行動する。ほら、ここで今の獣医療のど真ん中の皆さんとつながったでしょ!
一方、センザンコウの系統分類学面は謎であったが、その一端がごく最近明らかにされた。つまり祖先に近い獣が(何度も登場、フィーチャーした)キモレステスという説がきわめて有力なのである。そしてセンザンコウ分岐直後、食肉目・有蹄類的な獣へと進化・放散を遂げた。化石獣界のスーパースターたる所以である。
化石獣界のヒーローの姿は想像だけに留めた方が無難
著者は本稿では便宜上キモレステス-食肉類ラインと呼ぼう。末裔センザンコウでは保全面で暗い面を見せるがこのラインは大変輝かしい。当然、このラインに注目したのは著者だけではない。検索エンジンでキモレステス[英名cimolestan(s)]で検索すると多数ヒットする。それらの微に入り細を穿つ解説には(化石から)描かれた想像図もある。このようにご自身で探索可能ゆえキモレステスの姿をここでは掲載しない。著作権のこともあるし…。
だが、決して期待してはいけない。その画は現生ジネズミかトガリネズミ(モグラの仲間)を大きくした精彩を欠く風体なのだ。描手は食虫/腐肉食をイメージし描いた(発注された)に違いない。キモレステス原義は裂けた肉片・白墨(骨の比喩?)等を盗む者だが、ネーミングはこのあたりを反映したはず。この獣が生きた時空間は今より高温・高湿、そこには有り余る朽ちかけた死体とそれに群がる昆虫(今の衛生動物に相当)がいた(はず)。
誇り高き死体あさり
生態系は死骸や昆虫を餌資源として利用するスカベンジャーを用意しないと循環しない。そういった特殊な生態学的な位置をニッチという。今様の語ニッチとはマーケティング分野の特定ニーズがあるが競争の少ない市場・顧客層を指すようだ。だが、生態学本来の概念を完璧に伝えた語用である。謎のカタカナ語が氾濫する中で実に清々しい。
生態系における循環はもちろん巷間喧しいリサイクル。要するにキモレステスは生態系リサイクルエンジニアという独特なニッチを担っていたのだ(と思う)。あれだけフィーチャーしておきながらただの死体漁りかよと落胆、蔑むのは尚早かつ偏狭(自虐)ですらある。
ヒト-人だって同じようなモノだったし…
たとえば、獣としてのヒトが人間(人)になる前、我々の祖先は猛々しい肉食獣が残した残滓を貴重な餌(食)資源としていた(という有力説がある)からだ。もちろん、ライバルはハイエナ等で森を離れ両手が自由に使えたので鬱陶しい横取り屋を追い払い貪った。このあたりは映画『A Space Odyssey』(1968年、スタンリー・キューブリックの邦題『2001年宇宙の旅』)の冒頭シーンあたりをご参考。握ることが巧みな手はライオン等の残滓草食獣等の骨髄を割り啜った。こうしてヒト-人への階段を一気に昇りつめる貴重なエネルギー・タンパク源となった。
以上の話は獣医学に奉ずる我々からすると異星人(前述)の如き古生物学・考古学・人類学者等の知見を総合したお話である。したがって、ここは我慢してキモレステスの復元図を鑑賞しつつ我が祖先の有様を素直にかみしめよう。
<中編に続く>