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■日本野生動物医学会設立30周年記念シンポジウムが行われる

2025-07-09 17:17 掲載 | 前の記事

日本野生動物医学会は、1995年に創設され、2025年に設立30周年を迎えた。それを記念して、6月21日、日本獣医生命科学大学で「日本野生動物医学会設立30周年記念シンポジウム~これまでの30年を礎に、次の時代を築く~」を開催した。会場には60名以上、オンラインで100名ほどの参加があった。

講演者とテーマは以下の通り。

  • 基調講演「日本野生動物医学会30年の歩みと今後への期待」
  • 坪田敏男先生(北海道大学)
  • 基調講演「野生動物医学の学術・教育のこれまでと今後の課題を卑近な例から論考する」
  • 浅川満彦先生(酪農学園大学名誉教授)
  • 活動紹介:野外環境における取組「野生動物保護管理の現場より」
  • 箕浦千咲先生(株式会社野生動物保護管理事務所)
  • 活動紹介:野外環境における取組「Zoonosisの感染環とそのネットワークの解明」
  • 土井寛大先生(森林総合研究所)
  • 活動紹介:野外環境における取組「生息域内保全の観点から見た野生鳥獣に対する環境汚染評価の意義」
  • 牛根奈々先生(山口大学)
  • 活動紹介:動物園・水族館、ラボにおける取組「動物園動物の臨床」
  • 川瀬啓祐先生(日立市かみね動物園)
  • 活動紹介:動物園・水族館、ラボにおける取組「希少動物の飼育下繁殖」
  • 中島愛理先生(沖縄美ら島財団 沖縄美ら海水族館)
  • 活動紹介:動物園・水族館、ラボにおける取組「ゲノム解析とin silicoアプローチによる絶滅危惧種の保全戦略」
  • 近藤充希先生(鹿児島大学)

日本獣医生命科学大学に野生動物学研究室が設置されたのが1984年。獣医系で初めての野生動物学の研究室であった。その研究室の当時、助手の羽山伸一先生、大学院生の鈴木正嗣先生(現 岐阜大学)、岸本真弓先生(元 株式会社野生動物保護管理事務所)を中心に、北海道大学の坪田敏男先生らと一緒に研究会を立ち上げたのが1988年。そして、当時、麻布大学外科学第一研究室の教授であった髙橋 貢先生を会長として、1995年に学会となった。

坪田敏男先生は、学会設立時には事務局長を務め、その後は会長も務めている。講演では30年の歴史を振り返るとともに、今後は、アジアとの連携をさらに強めていくこと、再び国際会議を誘致すること、獣医学以外の動物科学分野の研究者を呼び込み、社会的認知度をアップしていくべきだと述べた。また微生物を含めた「Diseases Ecology」の解明にも貢献していくべきだとも語った。最後に今までたくさんの達成、困難・苦労、そして感激があったと講演を締めくくった。

浅川満彦先生は、日本野生動物医学会の学生を対象とした研修プログラムのSSC(student seminar course)を酪農学園大学野生動物医学センターWAMCで行ってきた。その有用性を語り、将来は全ての獣医科系大学での実施、動物看護系の学生も養成対象とし、基礎の実習も行っていくべきだと、SSCの発展に期待をかけた。また、WAMCが閉鎖されてしまった現状についても触れ「戦わなく(闘わなく)ては無くなってしまうこともある」と述べた。

箕浦千咲先生は、前職の環境省対馬自然保護官事務所でのアクティングレンジャーとしての活動について触れ、野生動物を治療することのリスクをあげ、「治療が獣医師のエゴであってはいけない。治療は必ずしも正義というわけではなく、最小限であるべき」と述べた。そしてもっと広く環境問題に取り組むべく「野生動物行政を専門知識で支えたい」と現所属の株式会社野生動物保護管理事務所に転身したことを語った。また、箕浦先生は「私の野望は野生動物学を義務教育に取り入れること」とも述べた。

土井寛大先生は、森林総合研究所野生動物研究領域の研究者で、学生時代からマダニの研究に取り組んできた。講演では、「マダニがどこから来て、どこに行くのか」のテーマでの研究について述べた。ハクビシンはマダニをよく食べ、アライグマはただ吸血される存在であるとのこと。マダニがどんな動物から吸血しているかの解明を続けている。

牛根奈々先生は、野生鳥獣の鉛汚染の研究に取り組んでおり、野生動物の健康や健康的な暮らしを通しての環境汚染物質の評価の意義を述べた。A型インフルエンザウイルスへの免疫反応と鉛との関連にもふれた。

川瀬啓祐先生は、動物園動物の臨床やハズバンダリートレーニングについて語った。また、「動物園学研究拠点」を茨城大学、日立市かみね動物園、千葉市動物公園で創設し、その活動の一環で、学会誌に投稿するほとではないが残しておくべき記録を「Zoo Science Journal」に集積していることを紹介した。

中島愛理先生は、国内で沖縄美ら海水族館が唯一飼育しているミナミバンドウイルカの繁殖の紹介のほか、環境省とNPO動物たちの病院沖縄によるヤンバルクイナの精液保存、沖縄こどもの国 Okinawa zoo & museumのチンパンジーの精液保存など、他施設との連携にも触れ、施設間協力により希少種の保全強化に務めていくべきだと述べた。また、鯨類の繁殖の課題に「種ごとの適切な精液保存液・保存プロトコールの開発」などをあげた。

近藤充希先生は、前所属の国立環境研究所などが取り組んでいる野生動物のゲノム解析の現状を紹介した。またゲノム解析により機能遺伝子の特徴をつかみ、化学物質への解毒機能・感受性、感染症への感受性などが解明できることも紹介した。そして、現在取り組んでいるヤンバルクイナでの殺鼠剤感受性予測などについて述べた。

総合討論では活発な討議が行われた。様々な活動を行っていく上で、コミュニケーションの大切さ、ネットワーク構築の大切が改めて述べられた。浅川先生の「戦わなくては無くなってしまうこともある」との発言を受けて、会長の高見一利先生(豊橋総合動植物公園)は、「戦えとは、私たちの取組みを社会に認めてもらうことだと思う。その視点でその後の講演を聞くと、十分に認めてもらえるような内容であり、戦えるに値するものである」という主旨のことを述べた。

また動物園・水族館が法的に動物取扱業とされていることについて、改善を計っていけないかとの発言があり、高見先生が公益社団法人日本動物園水族館協会から環境省への働きかけを行っているとの返答があった。また、同学会幹事の佐伯 潤先生(帝京科学大学) は、臨時委員を務める環境省の中央環境審議会動物愛護部会の元で開かれている「動物の適正な飼養管理方法等に関する検討会」において、「議題にあがってもよいと個人的には思う」と述べた。

同学会の今後の発展のためには、獣医学に限らず周辺領域・学問の人材を取り入れ、議論を活発化させ、会員も増やしていくことが必要と述べられた。それには例えば、シンポジストとして招き、口コミで地道に広げていくことも考えられるとの提案もあった。