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- 編:藤村響男・筏井宏実
- 発行日:2024年12月10日
- 価格:定価5,500円(本体価格5,000円)
- 発行元:Gakken
- 詳細:https://gakken-mesh.jp/book/detail/9784055100595.html
評者 浅川満彦(元 酪農学園大学)
岡目八目もたまには御参考
愛玩動物の臨床をしない私が紹介することに違和感?でも、専門の医動物学では寄生虫病診断やダニ・シラミ等衛生動物鑑定(同定)の依頼で臨床獣医師との交流は日常業務。加えて、つい最近まで勤務していた獣医科大学で愛玩動物看護師養成課程の教育-寄生虫(病)学・エキゾチックペット含む野生動物学担当-も兼任し〔『書き込んで理解する動物の寄生虫病学実習ノート』も編集〕、その大学定年退職間際に、次世代向けに獣医療の実際を伝えるため一般書『獣医さんがゆく-15歳からの獣医学』を作成(浅川 2025)、それと並行し法獣医学に関する漫画作品『ラストカルテ-法獣医学者 当麻健匠の記憶』(浅山 2022-2024)の作成協力をした。なので、動物病院を頻繁に訪問したが、「はあ、だから?やっぱり、ただの素人じゃん」と切り捨てるのか。が、限りある人ひとりの一生、様々なプロとなるのは無理。岡目八目、素人なりにとんでもない切り口からのとんでもない見方も、時によって参考になる(かも?)。
スマホで動画も!
ところで、上記の『ラストカルテ-法獣医学者 当麻健匠の記憶』の作成協力の経験は熾烈であった。漫画という表現は画が命。もちろん、私には資料となる手持ちの写真は無い。本書『愛玩動物看護技術プラクティス』を読みつつ、「ああ、当時、これがあったなあー」と何度思ったことか。
本書は、類書に比して写真・図表が豊富だけでなく、副題「Web動画付き」とあるように、随所にQRコードがあり、スマホをかざすだけで診療室内の所作を会得できる。「おいおい、漫画ではなく、愛玩動物看護師業務で使えるのかどうかだろ!」と聞こえて来たので、補足するが、獣医学の素養を欠く者が、画像だけで漫画作品に落とし込み、プロからクレームが来ない表現にするのは至難の業であるということが、約3年間、プレッシャーに圧し潰されそうな作家を励ましながら、しかも遠隔で獣医療の様子を伝えた経験からの結論である。この至難の業を容易に補うことができる完璧な動画教材があるということは、初学者-とはいっても獣医学・動物看護学の素養がある-にとって鬼に金棒という証左である。
もちろん、この時代、「Web動画付き」は珍しくなく、たとえば、水上昌也氏は『写真と動画でよくわかる!コンパニオン・バードの臨床テクニック:これだけはおさえておきたい検査手技と外科処置』を2020年と5年も前に上梓している。余談であるが、この著者の水上獣医師は筆者が特別顧問を務めている鳥類臨床研究会の会長であり関係を築いている。しかし、色々なことを知っているふりをしないとならないので、水上獣医師の著作でこっそり勉強しているが、その際でも動画は不可欠である。このように動画は、様々な局面において福音であり、あの文部科学省も2024年度から小学5年生~中学3年生に対し英語のデジタル教科書を提供し始め、その他の教科も段階的に導入とのこと。そして、そのような人々が、近い将来、動物看護師を目指すのである。したがって、本書のようなスタイルは普通になるのだろう。
犬猫中心なのはわかるが…
話が前後するが、本書は次の七つの章、すなわち動物形態機能学、動物内科看護学、動物臨床検査学、動物外科看護学、動物臨床看護学、動物愛護・適正飼養および動物看護総合で構成されている。そして、それぞれの学問名末尾に「実習」が付き、手を動かすための実に親切なマニュアルの体裁をとっていた。CTやMRIなどの高度な検査機器も掲載され、おそらく1.5次診療クラスの動物病院で想定される愛玩動物看護師が行う全てが網羅されているであろう。
ただし、あくまでも犬猫診療に関してであり、鳥類臨床研究会に関連する飼鳥は埒外である。前述したように書籍は限られた器なので、アレもコレも詳述というわけにはいかないとしても、ほんの数語の付加は(本体価格に反映しない範囲内で)お願いしたい。たとえば、浅在リンパ節は鳥にはないので触診できないことや鳥の心拍数が正常でも数百/分なのでその数は無意味なこと、保定でも気嚢の働きを阻害しないことや採血の場合も、その量もだが(体重1%を超えた失血は致死)、抗凝固処理においてEDTAではなくヘパリン推奨などなど。このようなことは水上(2020)などの専門書に譲るということなのだろうが、最低限のことを示した方がよいだろう。
いや、言い過ぎた。本書でも鳥については、オウム目の全身骨格と前肢骨の模式図と説明が一枚分の頁に収められていた。ならば、なおさら前述程度の附記はバランスを得るためにも必要だろう。なお、前肢骨のところでは、三骨間孔(本書で三骨間管)のやや詳しい解説があった。要するにこの孔を深胸筋(本書で烏口上筋)腱が通過、上腕骨前縁に付着して翼挙上≒飛翔=鳥らしい行動となるので、親切な記載となったことは推察される。見当違いならお許しいただくとしても、鳥の場合の生き様は、翼と同等、いや、私見だが、後肢、とりわけ趾に特徴が出る。そのような「偏見」に従うと、模式図の趾骨は残念である。4本(通常)ある趾は第Ⅰ~Ⅳ趾で、それぞれの構成骨数は趾番プラス1である(第Ⅰ趾が2つ、第Ⅱ趾が3…)。この豆知識は、たとえば、新たな骨片が生じるような骨折があった場合、レントゲン画像で確認する際に便利だろう。ならば、趾の部分が拡大し、各骨の正確な数がわかる図があったら便利。
愛玩動物看護師になっても無駄に獣医師をいじめないで
上記で鳥の心拍数聴診のことを書いていて、ふいに思い出した。40歳となったばかりの頃、野生動物医学専門職大学院にいた(Sainsburyら 2001)。その研修場はロンドン動物園附属動物病院で、その園専属の動物看護師にしごかれることも多かった。その初日である。その園で飼育されて、しかも場慣れしたインコを手に持ち、「Pはどう?」と問われた。鳥に聴診器をあてるのはその時初めてであったが、「どうせ牛と同じでしょ」と高をくくり安易に従った。ところが、物凄い速さのビートに、途端にフリーズ。担当看護師(多分、当時の私の同年代の女性)の怖い顔が、こちらを凝視し回答を待っているが、消え入るように「ソーリー、アイ・カント・カウント」と絞り出すだけだった。「違う違う、雑音は無いのか!」と叱られた。怖かった。
四半世紀前の数十秒のことだったが、その恐ろしい顔を彼女がかけていた冷たい眼鏡の輝き含め、今でも鮮明に浮かび上がる。もちろん、不勉強な私が断然悪い。むしろ、知識伝達という教育面としては最上級であろう。現に、高齢者となった現在でも憶えているのだから。本書の「はじめに」の冒頭に「熟練者の知識と経験にもとづいて行われてきた従来の看護に代わり、誰もがどこでも実践できる科学的に立証された看護」という文字を見た。その通りであろう。その一環として、本書が編纂されたのである。一方で、経験が軽視されることがあっては、絶対にいけない。経験と科学との両輪を具有し、卓越した動物看護師になって欲しい。もっとも、いくら優れた看護師となられても、未熟で無知な未来の獣医師を、なるべく虐めないでやって欲しいが、スパルタ式が効果ありと判断されたら、ご遠慮なく。
そうそう、このエピソードに追記すべきことがある。熟練看護師による新入院生のしごきは恒例であったのであろう。この様子を微妙な距離間で見守っていた(?)2、3名の園獣医師は、「ああ、またやられているよ。お気の毒様」といった雰囲気で妙な感じでニヤついていた。断言しよう。このシーンで優れた教育者は、間違いなく動物看護師の方であるし、そのような方にしごかれたのが私である。
そして獣医・動物看護学徒へ
そんな私であったが、約40年間のうち7割程度の時間は野生動物医学と寄生虫(病)学に傾注した。しかし、2017年度から19年度までは愛玩動物看護師養成課程に所属し、その分野に奉じた。この課程の専任教授1名が、学部完成前に中途退職し、その欠員を補うため、獣医学課程の教授が1ないし2年間、入れ代わり立ち代わり出向していた(これを怠ると、文部科学省の改善勧告発令)。2017年度も別の方の異動が決まっていたが、直前になり翻意。結局、当該教員がいた大講座主任が引責する格好で解決した。その主任が私であった。「長」と付くものに、ほぼ縁が無い人生であったので、とにかく稀ごとであった。当時、直属の上司であった学科長によると、「遅くとも3年以内には、穴を埋め専任教授が配属されるのだがなあ…」とボヤいていたので、ならば、この姑息的人事体制を終わらせるため、任期を3年間としていただいた。
このような経緯であったが、やはり未経験のサイエンスゆえ不安があった。ところが、既に寄生虫学の大先輩である内田明彦 麻布大学名誉教授がヤマザキ動物看護大学を盛り立てておられたので、出向して直ぐアドバイスを求めた。そして、新たな挑戦の機会として前向きに捉え、その所信表明の舞台として生物科学系の専門誌にて動物看護学の特集を編むことを提案された(浅川・内田 2018)。この経験は動物看護学が生物科学分野でも一定のニッチを得たと信じ、その後の生き方をより誇らしいものにしていただいた。
もし、この拙文が現役の獣医学生あるいは動物看護学生の目に触れるのならば、心して聴いて欲しいが、動物看護師は獣医師の単なる下働きの職域ではない。この点は、時に、教員ですらそのように誤解されているので、先ほど紹介したような無様な出向騒ぎの遠因にもなったのだろうが、別の性格の職域なのである。獣医師が動物・病気そのものに向きあうが、動物看護師は問題を抱えた動物のオーナーである飼主と担当獣医師とのコミュニケーションを円滑に行うための専門職である。また、ケアされる動物については看護診断を行い、適切な看護計画を科学的に立案する。このプロセスも本書でかなりの頁数を割いて解説している。熟読され、看護学生は誇りを持ち、獣医学徒は動物看護学を尊重し、良好な関係構築に尽力されたい。最終的に、このようなことが背景となり、真のチーム獣医療が完成し、動物看護学・獣医学双方が発展していくはずである。
漫画家になるのは、どうかな…?
内田先生のことを紹介しながら、寄生虫仲間の筏井宏実 北里大学教授に言及しないのは片手落ちである。バベシア症等の論考があるように優れた原虫病専門家である(比較的新しいところでHirata et al.,2022;本論文連絡著者が筏井先生で、実は私も共著者に加えていただいた)。そのことから、寄生虫病学実習テキストを作成する際(浅川 2020)、原虫病パートをご担当いただいた。分かり易い記述で、毎年、履修生からの評判も良い。その筏井先生が、なんと、本書を編集されたのである!まず、純粋にとても嬉しい。
当然、本書でも寄生虫病診断が充実していた。糞便という手近な材料で、光学顕微鏡レベルで正確な診断がつくほど、コスパが良いので、各動物病院自前で行う検査の代表である。したがって、糞便検査専門の動物看護師が登場しても不思議ではない。人の医療現場とは異なり、臨床検査技師のニッチが不在の獣医療では、十分、あり得る。そのような背景が、寄生虫学領域の教員が動物看護学と親和性制が高いと愚考しているが…。
最後に大事なこと。長い教員生活で接した学生さんの中には、漫画家を夢見る方が少なからず存在した。でも、たとえ、いくら本書が獣医漫画の作画上の最高度の資料になるからといって(前述)、その道に進むのは再考して欲しい。「それならば、なぜ、お前は冒頭の作品に手を貸したのか」となるが、複数の理由(遠因)がある。でも、分かり易い理由の一つは描手が実子であったということである。そのようなことから、3年程、ネーム(漫画原案のこと)の相談や描写のチェックなどで親密に関わることになり、並行し、傍目から描手を親として観察することにもなった。そして、結論は「この仕事(特に連載)を尋常な身心で成立させるのは余程のサポートが必要で、気軽に関わってはいけない危険な世界」となった。それが再考をすすめる理由である。
引用文献
- 浅川満彦 編.2020.書き込んで理解する動物の寄生虫病学実習ノート.文永堂出版,東京:162 pp.
- 浅川満彦.2025.獣医さんがゆく-15歳からの獣医学.東京大学出版会,東京:240pp.
- 浅川満彦,内田明彦.2018.「新しい学問としての動物看護学」の趣旨説明.「生物科学 69(2)」
- 浅山わかび.2022-2024.ラストカルテ-法獣医学者 当麻健匠の記憶.全10巻.小学館,東京.
- Hirata, H.et al. 2022. Identification and phylogenetic analysis of Babesia Parasites in domestic dogs in Nigeria J Vet Med Sci 84: 338-341.
- 文部科学省.年不明.「学習者用デジタル教科書について」(2025年2月8日閲覧)
- 水上昌也.2020.写真と動画でよくわかる! コンパニオン・バードの臨床テクニック:これだけはおさえておきたい検査手技と外科処置.緑書房,東京:168pp.
- Sainsbury A.ら.2001.英国王立獣医学校およびロンドン動物園による野生動物医学コースの概要と参加者の印象について. 獣医畜産新報 54: 801-812